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第八話 呪いのアイテムが外れない!


 金具が閉じる。

 経絡が閉じていく。

 わたしの魔力が、わたしの手のひらから壊れ、零れて、散っていく。

 

「【閃光】……ッ」


 それでも唱えた。

 詠唱が結ばれたはずなのに、魔術が発動しない。

 やっぱり魔力が封じられている。


「この野郎……っ!」

 

 フォシルくんをぶん殴ろうとした刹那、視界が滲んだ。

 色彩が拡散していく。

 輪郭が揺らいでいく。

 わたしの視界が濃霧に包まれたみたいだ。

 色と形を無くして、光と影ばかりになる。

 世界が明るくて翳っている霧に包まれて、伸ばした手さえ見えない。

 なにをしたんだ、こいつ!


「何をしたのッ?」

「ミヌレ。そのペンダントがあれば、もう大丈夫。人の心が読めたり、動物になったりするなんて、そんなことないから安心しろよ」


 ………こいつは、分かっていてやったのか。

 この首飾りが枷だと。 

 分かっていて、わたしの能力の封印したのか。

 魔術の封印。

 だけど、何故、世界が靄に包まれているんだ。



 ――ミヌレ、おまえが文字を覚えたい? ――


 ――だからおまえは馬鹿なんだ、覚えられっこないのに、そんなことを――



 父親の声が、脳裏に蘇る。

 わたしから消えない怒りが、深いところから記憶を引きずり出す。

 

 ――おまえは、盲のくせに――


「あ……ああああッ…!」


 

 わたしは、目が不自由だった。



 魔力熱でうなされ、1000回も未来視を繰り返して、わたしが得たのは予知だけじゃない。

 霊視も得ていたんだ。

 そして、わたしは目が見えないことも、忘れていた。いいや、不快な記憶として、あえて意識の底に沈めていたんだ。


 生まれつき目が見えなかったけど、当たり前だった。

 手探りで鳥の羽根をむしり、うさぎを捌いた。汚水バケツの位置は匂いで分かった。目は不自由でも、生きるのに不自由なかった。

 花や野菜も、匂いで判断できる。

 家畜も鳥も、鳴き声で判断できる。

 この不自由に怒りを覚えたのは、視力を理由に学校に通わせてくれなかったこと。教師の話を聞くだけでもよかった。博物や歴史のはなしも覚えられたし、算数だって頭の中で数字を動かせた。

 隅っこの席で、聴講させてくれるだけでよかったのに!

 どうして日曜学校さえ許してくれなかった?

 わたしの瞳は完全に見えなかったわけじゃない。光は映る。影も映る。もののかたちはぼんやりと分かる。色の濃い薄いくらいは、うっすら分かる。

 他人がきたって、声と匂いがあれば判断できる。留守番だって出来る。

 ああ、あの父親。もしおまえの目が見えなかったらただの役立たずだが、わたしは違う! おまえとは違う! わたしはもっと学べた、もっと這い上がれた!

 自分を基準にしやがって。

 許さない。

 わたしは目が見えなくても、おまえより賢くなれた!

 それを邪魔するなら、絶対に許さない! 


 わたしの怒りと憤りに、無限に近しい魔力が応えてくれた。

 世界を視る魔法をくれた。

 未来と過去だけじゃない、現在を視る力もくれたんだ。


 その魔力が封じられて、霊視が消えてしまった。

 わたしの目玉は、もう硝子。

 役立たずの硝子玉だ

  

「大丈夫だ、ミヌレ。大丈夫」

「イカれてんのか!」

 わたしはフォシルの声の方向に、手を振り回す。引っ掻いて、張り倒したやりたい。

 怒りのまま、スカートを翻す。

 ペチコート下に仕込んであった果物ナイフを、抜き放った。

 フォシルの腹を目指して、腕を伸ばす。

「危ねえな」

 簡単に手首が握られてしまう。ナイフを奪われた上に、物理最弱の肉体はあっけなく押し倒された。なんて屈辱!

「女の子がこんなの振り回すなよ、俺が守ってやるからさ」

「ハアァ? わたしの視力まで奪っておいて! 何が『守る』だ!」

「俺以外を見てるからだろ。おまえは黙って俺の腕の中にいろよ」

「離せ、クソ!」

 暴れるけど、フォシルの力はマジで強い。

 逃げられなくても物音を立てなきゃ。

 非常事態だって伝われば、寮母さんが駆けつけてくれるかもしれない。

 必死で暴れてるのに、手首を縛られる。

「ミヌレ。口が悪くなったよな。あんな教師といるからだ」

「うるせぇ! もともとこういう性格だ!」

 上流階級の学院に馴染むために、慎ましい言葉遣いを意識していただけだ。

 わたしは何も変わってない。

「目が見えないってのは、ミヌレがあの教師に騙されてるからだろ。騙されてるって気づけば、きっと元通りになる」

「なんだそのガバガバ理論! 脳みそ在住してねぇのかよ、その頭に!」

 フォシルはわたしの両手首をめっちゃガチガチに縛った挙句、猿轡までかましやがった。

 さらに麻袋を頭から被せてくる。全身すっぽり袋詰めだ。匂いからして干し草を入れる飼い葉袋だ。石炭袋や根菜袋じゃなくて喜んでやるべきだろうか、気が利くって。

 軽々と抱きかかえられた。

 めっちゃ暴れたけど、この野郎、腕の力を緩めない。万力みたいだ。

 窓から運搬される。

 麻袋の中、自分の魔力経絡がどうなっているか探る。魔力が動いてくれない。経絡が滞ってる感じがする。

 【封魔】さえ無かったら、とっととこのイカれをぶちのめせるのに。

「ふごっ!」

 急に身体が傾く。

 麻袋ごと、狭い場所に詰め込まれた。手首を縛られているから、肩で擦って輪郭を調べる。樽だ。しかも蓋された。

 手綱の甲高い音、掛け声、馬の嘶き、轍のガラガラとした響きと振動。わたしをどこに運ぶつもりだ?

 落ち着け。

 ぶち殺してやりたいけど、殺意はひとまず置いておくんだ。

 情報を得なくちゃ。

 五感を研ぎ澄まして、些細でもいいからヒントを集める。泣きわめくだけなら赤ん坊だ。

 荷馬車は止まる様子がない。

 こいつ、わたしをどこまで運んでいくつもりだ? 

 もしかして学院の敷地の外から出た?


 ごとごと、ごとこど。ガラガラ、ガラガラ。ごとごと、ごとごと。土の道、石畳、また土の道だ。


 かなりの距離を走ってから、荷馬車が止まった。

 わたしはまた担ぎ上げられて、どこかに運ばれていく。建物の中に入った。

 フォシルの足音からすると、木造建築の反響だ。ここはどこだ?

 入口に鍵をかけられた。

 やっとわたしは飼い葉袋から解放された。手触りは古びた敷物。その下は、藁のマットレス。

 音の反響で、だいたいの空間の広さは分かる。わたしの寮室より少し広い。

 ほこりと湿り気、普段使っていないっぽい匂い。きっと人の出入りは激しくない場所だろう。光は感じない。硝子窓がない。あるいはあっても雨戸か戸板で塞がれている。

「俺たちの隠れ家。かっこいいだろ。ミヌレに見えなくて残念だ」 

 猿轡を外される。

 ……叫んでも、誰も聞こえない場所ってことか。

 そう思わせておいて実は隣家が近くって可能性もあるけれど、フォシルはそこまで駆け引きするタイプではない。単純にここが森の中で、声が届かないからだ。


「………このアクセサリー、どこから手に入れたんです?」


 【封魔】の護符。

 これは月に属する魔術師、あるいは開発者しか知らないのに。

 月に属する魔術師は、世界鎮護の候補たるわたしを害する理由は無い。だけどオニクス先生絡みだとちょっと分からん。わたしを誘拐してどうする気だ。

 オニクス先生への恨みつらみが募りすぎて、わたしを害するつもりか。

 

「女神さまにもらったんだ」


 女神?

 その単語が似合いながらも、似合わない女を思い起こした。

 魔女オプシディエンヌ……

 【封魔】の護符の共同開発者で、高位の魔術師だ。


「黒髪で蜂蜜色の膚の美人?」

「なんだよ、焼きもちか」

 ………コロス。

 よしよし、落ち着け。

 わざと的外れなことを言って、否定の度合いで情報を引き出してみよう。

「まさか部外者に学院の情報を売って、手に入れたんじゃないでしょうね。誘拐犯は一見関係ない話題からでも、情報を引き出しますよ」

「は? おまえ、俺が犯罪に手を貸すと思ってんのか」

 おまえ今まさにわたしを拉致監禁してんじゃねーか。どつくぞ。

「このペンダントをくれたのは、学院にいる方だよ」

 ………学院関係者?

 もしかしてオプシディエンヌの息のかかった教師がいるとか。

 悔しいが、あの魔女は高位の魔術師だ。弟子が何人かいても不思議じゃないし、闇の教団時代に助手がいたかもしれない。とにかくそいつが【封魔】の作り方を知ってる可能性は高い。 

 あるいは本人が化けたか。

 【幻影】とか【霧鏡】を使えば、姿なんていくらでも化けられるもんな。【擬音】や【幻聴】を組み合わせれば、声だって思いのままだ。オプシディエンヌは闇属性が得意なら、【幻影】と【幻聴】のコンボ決められる。

 関係者が在籍しているかもしれん。あるいは関係者か本人が、関係者を化けてフォシルを騙した。あまり深くかかわらない教師や事務員なら、生徒じゃないフォシルを騙すのは難しくなさそうだ。

 あと女神ってほざいていたから、シトリンヌじゃないことは確定な。フォシル、シトリンヌのこと『宝石じゃらじゃら女』って呼んでたからな。

「焼きもち焼いたり勘ぐったり、おまえ忙しいな」

 喋るな。思考の邪魔だ。


 黒幕1 魔女オプシディエンヌ・フロコン=ドゥ=ネージュ(弟子含む)

 黒幕2 賢者同盟所属の魔術師


 手口1 本人が学院関係者

 手口2 学院関係者に化けた


 動機1 オニクス先生への報復

 動機2 世界鎮護の魔術師を確保するため


 本命は1-2-2かな……


 大穴は2-1-1

 このパターンだと、オニクス先生に恨みを抱きながら素知らぬ顔で同僚やっていたってことになるけど、友人のふりして復讐を遂げようとしていたやつがいるなら大穴としてありうる。


「ミヌレ」

 足首が掴まれる。

「ぎゃうっ!」

 乱暴に引っ張られて、マットレスに倒された。

 靴を脱がされて、足首に何か付けられる。

「最初、ミヌレを見たとき。白い馬みたいだと思った。俺の故郷は、白馬ばっかりだから……」

「おまえのポエム聞き終わったら帰っていいか?」

「真面目に話してるのに茶化すなよ」

 ため息つきやがった!

 この野郎……ため息をつきやがったぞ…

「ミヌレは果物好きだろ。ここに籠があるから。あと水差し、重いから気を付けろよ。あっちにおまる。好きに使っていいからな」


 ガチだ。

 こいつ、わたしをガチ監禁する気だ。


「ここにいれば、ミヌレだってあの教師がおかしいって気づくだろ」

「おまえが最悪におかしい」

「ここは森のど真ん中だし、野犬がうろうろしてるから、あの教師だって近づけない。安心しろよ」

 ははーん。

 殺して埋めても大丈夫ってことか。

 そいつは最高に素敵な情報ですね。

「俺はまだ仕事中だから、夜にきてやるよ。寂しいだろうけど我慢しろよ」

 ハハッ………コロス。

 

 鍵が掛けられた音がした。

 遠のく足音。


 【封魔】の護符を掴む。

 触った瞬間、めまいがした。血の気が引く感覚に我慢しながら金具に触れたけど、指に力が入らない。

 経絡を締められて、気絶する瞬間みたいな感覚だ。

 クソ、さすがオニクス先生が開発した護符、強力すぎる。

 外すのは無理か?

 わたしは足首の方の拘束具に触れる。こっちはわたしを物理的に封じてる。

 革か…なめし革じゃない。生皮だな。このかたちは馬用足かせだ。馬の前脚に着けるよう、わっかがふたつ連なっている。わたしの足首には片方だけ嵌められて、もう片方は縄が結われている。縄も生皮編みだ。

 どっちも馬を拘束するための枷だから、頑丈極まりない。

 わたしは縄の範囲だけ動ける。手探りで壁を撫で、部屋を調べた。

 縄は釘で床に打ち付けられているみたいだった。

 生皮の縄は短く、ドアまで届かない。

 ドアの陰に隠れて、背後から一撃が出来ねぇのかよ。

 大きめの窓がひとつあるけど、内側から木板で打ち付けられている。壁のどこが外に面しているか判明しただけでも、めっけものだ。


 床は板張り。

 ストッキング越しに、砂の感触がちくちくざりざりする。

 床磨き用の撒き砂かな。あるいは根菜を保管しておくための砂が、零れて散らばってるのか。


 マットレスの隣には、小さな台がある。ずっしりとした水差しと白鑞のコップ。動物っぽい匂いのするタオルが何枚か。籠にちょっと萎びたラリアンの実が盛られている。

 水差しが鈍器になるかと思ったけど、でかいし、やたらめった重いの。たぶんうまく振り回せない。

 ミヌレが装備できる武器は、果物ナイフとミルクパン程度なんだよ。


 そして、部屋の隅におまる。

 一応、仕切りとして木製のファイアースクリーンが立てられていた。気が利くって感謝すべきか?

「………ははっ」

 乾いた笑いが出る。

 まったく用意周到だな。これ完全に計画的犯行じゃねーか、ぶちのめすぞ。

 あと惚れた相手を監禁するなら、もっとこじゃれた場所にしやがれ。なんだこのちょっとだけ広い牢獄。

 いや、豪華な城館ならいいってわけじゃねーけど。天蓋付きの寝台と絹張りの椅子とメイド付きでも、わたしは悪態をついたね。どのみち監禁するって時点で、クソだ。

 乱れた髪をかき上げて、肺腑で燻っていた体温を吐く。


 両目が見えない。

 魔術が使えない。


 それがどうした!

 村にいる時代に戻っただけ。

 わたしには意思がある。

 健康な手足がある。頑丈な肺腑がある。培った知識がある。鋭い聴覚と嗅覚がある。

 何より一角獣の心臓がある!

 先生だって木の枝ひとつで、険しい雪山から姿を消して大聖堂まで忍び込んだんだ。

 わたしもここから抜け出せる。



 まず思考しなきゃ。

 感情を排して、脳みそに思考を満たす。

 未来のわたしは錫杖を武器にしていた。ミルクパンや果物ナイフ以外だって、武器として装備できるはずだ。

 わたしはガーターリボンを解いて、ストッキングを脱ぐ。それからペチコートも脱いだ。

 

 

 わたしは飼いならせる白馬じゃない。

 一角獣。

 不羈の獣だ。


 囚われの屈辱には、敵か己の死をもってして終わらすのみ!


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