第七話 (後編) ポルターガイストとお茶会を
やったね!
義姉に認められたぞ!
家族の了承が絶対だとは思わないけど、やっぱりご家族から受け入れられるのはノイズが減るっていうか、懸念ごとがひとつ潰れたっていうか、ほっとするよね。
「ありがとうございます、義姉さん!」
「お似合いですけど認めたわけではありませんからね。客観的に見れば、あなたとオニクス教員は被害者と加害者です」
「ほへい」
適当に返事する。
やっぱ祝福してくれねぇのか。
まあ、オニクス先生自身さえ、わたしとのことは認めないもんな。
わたしはため息を落として、落ちた星見盤を拾う。
「メイドを呼びますから、片付けは結構ですよ」
無感情に呟いたのは、学院長だった。
ベルを鳴らして、使用人を呼ぶ。
三十秒もしないうちに羅紗エプロンのメイドが訪れ、誰とも目を合わせず、無言で砕けたラリアンの実を片付け、灰を箒で集め、棚から落ちた星見盤を寸分違わぬ場所に戻す。
ラリアンの実がひとつ無くなっただけで元通り。騒霊現象が無かったかのようだ。
有能メイドは、衣擦れひとつさせず退室した。
静かになった学院長室で、いちばん最初に口を開いたのはディアモンさんだった。
「ミヌレちゃん。愚弟ってことは、この方はニックのお姉さんなの?」
「はい。オニクス先生の実姉です」
「ニック……?」
次に小声を発したのは、寮母さんだった。
「ディアモンさんはオニクス先生の友人です」
「……何が目当てで?」
寮母さんは真剣な声だった。
気持ちは分からんでもないけど、淑女寮の総責任者ともあろうご婦人が、必要最低限の礼儀さえぶん投げているな。
「目当ても何も、アタシはごく普通の友人よ」
「友人になるという手口で、愚弟を油断させて報復しようとした人間が今まで三人いました」
「アタシが聞いたのは四人だけど」
「そうですか。愚弟が刺殺されたところで自業自得ですから、構いませんが」
寮母さんはオニクス先生の友人という存在を、一ミリも信じてない口調だった。
わたしも半信半疑だったから、寮母さんの気持ちは分かるぞ。
「ミヌレ一年生、あと伝えたいことがもうひとつ」
学院長が口を開いた。
「昨晩、あなたのご両親が、学院にやってきました」
「へほっ?」
なんで来たん?
「婚約に対する異議申し立てに対して、親権停止したでしょう」
「……ぁ」
したな、そういえば。
両親からしたら寄宿校に送り出したら、知らん男と婚約したんだよな。
しかも親権停止までして。
そりゃはるばる足を運ぶわな。
「親権に関しては教会の管轄。生徒の婚約問題までは、学院の管轄ではないとお引き取りを願いました。一応、あなたは大怪我してリコルヌ領の伯爵城にて療養していることになっていますから、伯爵家の住所を伝えておきましたが」
まさかリコルヌ領までは行かないだろう。
「ただひとつ気になったことがあります。あなたの両親のことで」
「はひ?」
「あなたの両親は、ここを病院だと思っていたそうです」
……何故?
スフェール学院が病院?
どういうとんでもない勘違いしたんだ?
わたしは魔力が飛びぬけて高いから、給費生として王立魔術学院に入学できる。魔術の発展のためできた給費生制度に、魔術医が申請してくれたのだ。
魔術医からそう説明を受けた。
いや、微妙に違う。ゲームのオープニングだ。実際の記憶じゃない。でも給費生として招かれたのは現実。
両親も似たような説明されたんじゃないのか?
「あなたの魔力熱を診断した魔術医と、なにか齟齬があったのか。よくは分かりませんが、あなたの成績が申し分ないことを伝えておいたら、お父上は「治ったのか」とおっしゃっていましたよ」
治った?
魔力熱が?
いや、魔力熱は村を出立するときには完治してたよな。村から出る前のことは朧げにしか覚えていない。ドレスの手触りを楽しんでいた。
馬車の窓から眺めた風景に感動した記憶はあるぞ。元気だったよな、わたし。
ひょっとしたら微熱でテンションおかしかったかもしれんけど、元気だったぞ。
何を治ったって言ったんだ?
そもそもわたしは生まれてこの方、魔力熱以外に病を患ったことはない。
……否、その記憶がないだけか?
だが出立のときは健康だった。
ああ、最初に逆戻りだ。
「一度、ご家族へ手紙を届けた方がいいでしょう」
「はい」
両親、文字が読めたっけ?
読めなかったら教区司祭さまが読んでくれるからいいや。
「あとは手続きの書類ですね。これは身元引き取り人の方のサインが必要です。留学区分が『月』からになりますので、その他のところにサインと記入を」
退屈な書類作業か。
しかもサインするのは、ディアモンさん。
ここでぼんやりしてるのもつまらんな。
「じゃあ、わたし電話室に行って、家族にお手紙を書いてきます」
電話室は電話する場所だ。
だけど鉱石電話が設置される以前は、お手紙を綴るための書簡室だった。その名残で書き物机もあるし、便箋や筆記用具も揃ってる。
「いえ、ミヌレ一年生。寮の事務室を使いなさい。シトリンヌ教員と鉢合わせても面倒ですし」
実技担当のシトリンヌ。
貴族や財閥以外の生徒を排除しようとしている教師だ。
面倒とは思わんけど、会って楽しい相手でもないからなあ。
わたしは寮母さんについていく。
「シトリンヌは相変わらずです。不道徳を理由に、あなたを退学させるように働きかけていますよ」
「マジですか、笑っちゃいますね!」
いやあ、失礼だけど意地悪な笑いが漏れちゃうよ。
だってわたしは鎮護の魔術師として、学院長がカリキュラム練ってくれている。それを知らんと退学させようなんて、滑稽も極まっている。
「他の教員は、オニクス教員に関わりたくないので敬遠してますがね」
ますます笑っちゃう。
空回りしてんのな、シトリンヌ。
「ミヌレ一年生。縁を切るなら今のうちですよ」
「シトリンヌと?」
「オニクス教員とです。いいですか、あの子は今まだ若いですけど、あなたが女盛りになるころには白髪や抜け毛もひどくなりますし、歯を磨けば歯ぐきから血が出るような歳になるんですよ」
「ロマンスグレーの先生……惚れ直すしかない」
「真面目に話をしているんですよ」
「……真面目ですよ。オニクス先生の白髪を抜いてあげられる生活なんて、きっと幸せですよ」
手に入らない将来だ。
あのひとは、オプシディエンヌと死ぬから。
わたしが微笑むと、寮母さんは何も言わなくなった。
淑女寮の事務室に入る。
飴色の調度で統一された小さな事務室だ。ドライフラワーが飾られているあたりは、寮母さんの趣味っぽい。
寮母さんの用意してくれたパピエは、銀っぽい風情の便箋だった。インクは貴族令嬢に人気のラヴェンダーインク。こんなロマンチックなもの事務では使わないから、これきっと寮母さんの私物だ。
慎重に綴らないと。
緊張したけど、さらに重要なことに気づく。
「……わたし、自分の住所分かりません」
「え?」
「予知発狂で、この学院に来る前の記憶がないんです」
「それで、あなた……よくメンタル安定してますね」
「最初は不安定だったんですけど、オニクス先生が傍に居てくれましたから」
雪に包まれたお城で、先生はわたしに寄り添ってくれた。
どれだけみっともない癇癪を起しても泣いても暴れても、ただずっと手の届く場所にいてくれた。
わたしを救って、癒してくれた。
「ずっとわたしを支えてくれました。だから立ち直れたんです」
わたしは寮母さんを見上げる。
色合いの濃いヴェールは、寮母さんの表情を包み隠していた。
「メリス県リュシュ村ですよ」
寮母さんの呟きが、すっと意識に入ってきた。
初めて聞くのに耳に慣れた地名。わたしの故郷の名前だ。
「お茶を淹れてきます。ガトー・ショコラに添えるジャムは、ワインジャムでいいですか?」
「お願いします!」
「分かりました」
素っ気ない態度で、事務室を出ていく。
ガトーショコラにワインジャムとは、前回よりパワーアップしてるじゃないか。
もしかして寮母さん、わたしを義妹扱いしてくれているのかな?
そうだとしたら嬉しいな。
あ、寮母さんの名前知らんやん。オニクス先生からも聞いてないし。今更伺うのも間抜けだけど、失礼を承知で聞くしかないな。
さて、さっさとお茶会したいから、さくっと近況を書いておくか。
しかし家族の記憶がないのも不便だ。
記憶
思い出
わたしは過去を手探りで辿る。
熱が引いて目覚め、最初に呼びかけられた言葉は、「気が付いたかい、ミヌレ」だった。そこからはしっかりしてる。見るものすべてが目新しくて、心が弾んだ。
だけどそれ以前は、曖昧模糊として掴みづらい。
狂ってたの自覚したんだから、何か昔の事ひとつやふたつ思い出せないものか?
――にわとり料理はね、羽根と鳴き声をとったばかりのお肉がいちばんおいしいのよ――
記憶の断片は、母の声。
柔らかで静かで、気が弱そうな声だった。
いまだに顔は思い出せないけど、他愛のない会話が蘇ってくる。
――待って、羽毛がフェザーバスケットから零れているわ――
――ミカちゃん、うさぎの餌を取りにいってちょうだい――
違う!
この声は記憶じゃない。
幻想だ。
わたしがこの世界をゲームだと認識していた時、自分の名前がミカだって思っていた。その名残が記憶に混ざる。
無理に思い出そうとすると、現実も幻想もごっちゃになるのか。
これはまずいな。
下手にほじくり返さない方がいい。
やっぱり一度、村に帰った方が……
「ミヌレ!」
窓の外から呼びかけられた。
「………フォシル、くん…?」
御者補のフォシルくんだ。
仕事中だったんだろう、膝の継ぎあて部分は泥だらけだし、髪には藁が一本引っ付いている。
シトリンヌと同じくらい面倒なのが来たぞ。
わたしが来たこと、厩舎長の伯父さんから聞いたのかな。
「なんですか? なんの用事です?」
わたしは用心して距離を取る。
一度はぶちのめされたのに、まさかまだ懲りてないのか?
「この前のこと、悪かったな」
「え、ええ、反省してくれればいいんですよ。わたしは悪くないですが、乱暴にしたことは謝りますね」
さらに距離を取る。
マジで反省したか? 油断できねぇ。
「お詫びに、ミヌレにプレゼントがあるんだ」
フォシルくんはポケットからハンカチを出す。なにか包んであった。
良さげな素材かな?
フォシルくんは恋愛値が高いと、ランダムでアイテムを差し入れしてくれるんだよな。石英みたいなそこらへんにある素材から、螺旋貝の化石の破片なんて超レア素材まで。
わたしは興味をそそられて近づく。
もちろん【閃光】の付いてるポシェットを持って。
「ミヌレに似合うだろ?」
フォシルくんのハンカチから現れたのは、素材じゃなくてアクセサリーだった。素朴な革ひもに、赤い雫形の石。
あ、すごく綺麗。
大粒なのに透明度が高くて、しかも濃いのに明るい赤なの。晴れ渡った日の夕焼けが凝ったみたいで、すっごく目映い。庶民が買うには高かったんじゃねぇか。
「ミヌレ、アクセサリー好きだからな」
「たしかにフォシルくんにアクセサリー自慢したことありますが、あれはオニクス先生のお手製だから舞い上がっていただけで、自分自身が着飾ることにはあまり興味はありませんよ」
めっちゃ早口で説明した。
「俺がプレゼントしたいんだ」
「他人から、高そうなものなんて貰えません」
『他人』を強調した。
率直に「要らんわ、ボケ」って言ってもよかったけど。
「わたしの膚に触れる装具は、オニクス先生の作ったものだけ。一生、あのひとの作ったアクセサリーだけで十分です」
「これはミヌレのために手に入れたんだ!」
「ハァ?」
それって何かわたしに関係あるのかよ。
イラっとしたが、子供っぽい振る舞いはしたくなかった。
「とにかくわたしは先生のアクセサリー以外は、身に着けませんから!」
ただしクワルツさんのは例外な。
心の中で言葉を足す。
フォシルくんは眉間に皺を寄せていた。泣いたり喚いたりするのを我慢してるっぽい。
「……受け取らなくていい、一度、付けてくれるだけでいい。そしたら諦める」
「ほんとですか?」
疑い深い問いかけに、フォシルくんは頷く。
きっぱりと諦められなくても、行動を抑えてくれるなりしてくれれば、わたしは構わないのだ。
諦める言質を取れれば、まあいいや。
「俺につけさせてくれ。ミヌレがペンダントしてる時に思ったんだ、いつか自分の稼ぎで立派なペンダント買って、付けてやろうって」
「へえ」
立派なドリームだけど、それ、わたしが応えてやる義理あるの?
あるな。
夜間外出したときに、夜光蛾がいっぱいいる場所に案内してもらったんだ。
それに低い可能性とはいえ、わたしが魔法で魅了してないとは言い切れないから負い目がある。魔法に関しては、意識で制御できるものではないからな。
背後に回られるのは不安だったけど、わたしには【一角獣化】ある。
ふざけたことしたら、【閃光】で目つぶしだな。
わたしはこっそり詠唱しつつ、背中を向けた。
窓越しに、わたしの首にペンダントが付けられる。
赤い石が揺れた。
真紅の内部に、黒粒が内包されている。
「んぁ?」
石を凝視した瞬間、魔力を感じた。
ただの宝石じゃない。護符だ。
この構成、どこかで見た。
どこで見た?
婚約式の朝。
オニクス先生の手錠から揺れる、赤い雫たち。
八面黒結晶インクルージョン内包の赤色スピネル。
【封魔】の護符。
魔力を封じる、枷。




