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第七話 (前編) ポルターガイストとお茶会を 



 わたしはディアモンさんのアトリエにご厄介になってるんだけど、遊び惚けているわけじゃない。

 学院からは星智学や算術の課題が届いているからな。

 けっこう山積みである。

「『この図における水星と金星の位置から、火星の差異創出する形成力が強まる月を算出しなさい』」

 どの星図式使うんだ、これ。

 星図盤とペンを動かしていると、ディアモンさんがノックして入ってきた。おやつの時間には早い。

「ミヌレちゃん。午後から学院に行きましょう」

「復学できるんですか?」

「いえ、まだよ」

 なんでやねん。

「鎮護魔術師の情報をどこまで教えていいか審議中なのよ。あとは護衛の問題もあるし。ニックが家庭教師してくれれば、指南も護衛も完璧なのに」

 オニクス先生がわたしの専属家庭教師。

 なんでそうならなかったんだ……

 オプシディエンヌのせいだよ!

 あの魔女さえ生きてなければ、わたしは今頃オニクス先生の後任になるため、個人授業と書いてハッピーライフと読む日々を送ってたかもしれねぇ……

 カマユー猊下が許さないかもしれんけどさ。

「人生儘ならねぇなあ~」

「そのうち復学できるから、そんなにやさぐれないで。学院長と一度面談しましょう」

「復学もしたいですけど、没収されてるわたしの呪符はいつ返却されるんですか?」

「アナタがアタシだったら返すと思う?」

「……うぃ」

 婚約式でいきなり脱走する奴なんて、ビタイチ信用できねぇ。わたしがディアモンさんだったら、ミヌレが呪符なんて持ってやがったら心臓が持たねぇよ。

 オニクス先生の件が片付くまで没収だよな…… 

 隙を見てこっそり作るしかねーな!

 レトン監督生から貰った真珠は、まだ鍵付き引き出しの奥でお眠りしてるのです。

 バレたら没収されるから、黙ってんだよ。真珠のことは。

「代わりに新しいドレスが完成したわよ」

 神作家がわたしのためだけに作ってくれた作品というパンチに、不平不満は一気に吹き飛んだ。

 



 完成したばかりの散歩用ドレスに手を通す。

 苔緑色に染めた木綿で、汚れが目立たず洗いやすい。サンザシの花が織られているの。白いサンザシの花は、もうすぐ花開くから今にぴったりのお散歩ドレス。

 ポシェットとベレー帽にも、ディアモンさんがサンザシの花を刺繍してくれたから、よだれが垂れるくらい可愛い。お出かけ気分じゃなくても、街を歩きたくなるドレスだ。

 これね、予知で視たデザインなんだけど、着るとやっぱり仕立ての良さを実感する。動きやすい。

 秋に仕立ててもらった狩猟用ドレスもそうだけど、身体の動きを阻害しない。

 機能性と芸術性を両立させてるの、ほんと最高だな。

 それに比べてディアモンさんは地味な立襟のワンピース。

 だけど、ものすごく凝った刺繍のショールを纏っている。光の加減や角度で、目まぐるしく色が移り変わっていく糸。きらきらと遊色している刺繍は、オパールみたいだ。

「素敵なショールですね! 素材の不思議な光沢も魅力的ですけど、ディアモンさんの精緻な刺繍が光沢の中を泳いでいるみたいです。今にも光とともに飛び出しそうな、生き生きとした刺繍。これも古代魔術ですか?」

「ええ、正確には古代魔術と現代魔術のハイブリット。アタシの長年の研究なんだけど、アナタのお陰で完成したわ」

「へひ?」

「アナタの護衛役として、カマユー猊下から貴重な素材を融通してもらえたの。ちょっとやそっとじゃ手に入らない素材よ。オパール化した飛竜の化石だもの」

 ディアモンさんがショールを広げる。

 絶えず虹色に揺れる光の刺繍。それは飛竜を象っていた。

「レアだァ! っていうか、それは加工前を拝みたかった」

「ごめんなさい。嬉しくてついすぐ使っちゃったわ」

 ディアモンさんの気持ちも分かる。念願の素材を手に入れたら、さっそく使いたいよね。

 はぁ、わたしも早く【水中呼吸】を使いたいな。 

「実戦で使ってみたいけど、アナタに危険が及ぶのは御免こうむりたいわよね」

 ひらひら揺らすたびにショールから光の雫が散らばる。

 わたしの新作ドレスに、魔術研究の成果か……

「ディアモンさん、睡眠きちんと取ってます?」

 わたしの問いかけに対して、微笑みながらそっと視線を逸らすディアモンさん。

 取ってねぇな、睡眠……

「休息はしてください。ディアモンさんには末永くドレスを作って頂きたい。いえ、たとえ作れなくなっても、わたしはあなたという感性が存在しているだけで感激なんです!」

「あらあら、大袈裟ね」

 大袈裟じゃねーよ。

 まさかこのひと、神作家の自覚がないのか……?

 そのうちクワルツさん呼んで、また強制睡眠させよう。




 箱馬車は学院に到着した。

 白亜にステンドグラスの窓を持つ美しい学院。

 箱馬車を降りたところで出迎えてくれたのは、すごく恰幅のいい中年のおじさん。学院厩舎長だ。

 厩舎長ってのは、文字通り厩舎・放牧場・馬・馬車の総責任者だ。

 馬丁や御者たちを教育して、だだっ広い放牧場や餌場の管理をし、馬車の不具合があれば修理工を呼び、まぐさや馬の買い付けにまで携わる。

 馬や馬車ってめっちゃ高価なの。それを一手に任せられている責任重大なお仕事だから、もちろん上級使用人。お抱え弁護士とか、侍医とか、そういう専門職だもの。

 任せられている厩舎の規模によるけど、年収は中流階級。使用人が雇えるレベル。 

 ちなみに学院厩舎長は、フォシルくんの伯父さんだ。

「厩舎長がわざわざ馬車の案内をしてくれるとは、なにやらおもてなしが過ぎるぞ」

「アナタの肩書だったら当然よ」

 ディアモンさんが微笑む。

 肩書ってなんじゃらほいと思ったけど、あれか、世界鎮護の魔術師(候補)のことか。

 厩舎長はわたしの肩書を知らんだろうけど、学院長が丁重に案内するように指示したんだろうな。

 建物に入ってからはメイドに案内されて、学院長室へと赴く。

 学院長室は前入った時と変わらない。

 壁紙は写真みたいな灰銀色。黒檀の飾り棚には、年代の古い世界地図だの何百年も前の星見盤だの、今は旧式になったものがお行儀よく並べられている。

 それから真っ白くて大きな鸚鵡の剥製。この前は無かったよな。レトン監督生のうちにも飾られていたから、鸚鵡の剥製って流行ってんのか?

 古めかしい暖炉には、香りを立ち上らせるためのラリアンの実が飾られていた。どこもかしこも古色然とした学院長室の中で、ラリアンの実の赤さは見張るほど鮮やかだ。



 ずっと前、ここでオニクス先生に、夜間外出を見抜かれて【浮遊】を没収され、謹慎処分になったんだ。

 その時に先生が座っていた椅子もある。

 悪の幹部みたいな座り方してたっけ。

 あれは数か月前……ううん、もう半年も経ってしまった。 



 学院長もお変わりない。

 肥えた闘犬みたいな顔つきで、眼鏡の奥の眼光は鋭い。

「体調は良さそうですね、ミヌレ一年生。いえ、世界鎮護の候補生とでも呼ぶべきでしょうか」

「どちらでも返事を致します」

 わたしは深々と頭を下げる。

「そう。驕っていないようで何より」

 学院長は鷹揚に頷いた。

 口調は穏やかだけど、優しくはない。

 座るように視線と手で促されて、わたしは一礼してから安楽椅子に腰を下ろす。

「現在、世界鎮護の魔術師のためにカリキュラムを組んでいます。優先すべきは闇魔術、それの土台となる星智学、魔術解剖学。そして幻獣学です。臨書と算術も足りてない状態ですので、まずは基礎を。もちろん魔術師にとって不要な知識などありませんが、優先順位はありますからね」

「ありがとうございます」

 めっちゃありがたい。

 でも優先順位の低い授業は削られるのかな。

 美術が減らされたら悲しい。

「あなたは今までエクラン王国の税金で、給費生として在籍していました。ですが今までの分とこれからの学費は、賢者連盟の予算から支払われますので、区分が留学生となります。卒業後の公務義務が無くなりました」

 学院長から今後についての様々なことを聞かされる。

「宮廷魔術師長のジスプが面会したいそうなので、参内のお声がかりがあるでしょう。日取りは決まっていませんが、近いうちです。宮廷作法に関してはそちらで習得しておくように」

 ディアモンさんが無言で頷いた。

 ああ、ディアモンさんが宮廷作法にも詳しいのか。

 いかにも育ちが良い王党派だものな。

「これは個人の見解ですが、あなたがオニクス教員と婚約したのは、良かったかもしれません」

「そうなんですか?」

 学院長が賛成しているとは思いもよらなんだ。

「世界鎮護の魔術師のことは……いえ、そもそも邪竜の存在が市井の人間に知られていません。世俗の誉れなどないのです。ですが魔術師の学閥のなかでは、大いに意味があるのですよ」

 学閥。出身校や誰に師事したかによって作られる非公式のグループだ。

 オニクス先生はそこから弾かれた。

 そりゃ先生の師匠が魔女オプシディエンヌと古代竜ラーヴさまで、学んだ場所がブトワールと闇の教団だからな。学閥に属してないどころの状態ではないな。

「世界鎮護の魔術師は、どの学閥でも魅力的な存在です。ですがオニクス教員と婚約したおかげで、あなたを養女にしたいだの婚約したいだのすり寄ってくる魔術師は少ないでしょう。彼を厭う魔術師は多いですが、彼と敵対したい魔術師はそれほどいません」

「いることはいるんですね?」

「皆無とは言い切れませんね」 

 ふぅん。

 でもオニクス先生の一番の敵って、カマユー猊下っぽいよな。

 一通り説明が終わった後、ノックの音が響いた。

 入ってきたのは、寮母さんだ。アッシュラベンダーのヴェールを深くかぶって、紫水晶のブローチだけが飾り気。相変わらず楚々とした未亡人って風情だ。表情は読めない。

 寮母さんはオニクス先生のお姉さんなので、事情を説明しておいた方がいいだろう。

 先生が姿を消した経緯を、ざっくりと告げた。

 ざっくりというのは要所は抑え、感情はなるべく入れないように、最大限配慮したってことだ。


「つまり、あの愚弟は、在学中の生徒と婚約しておきながら、自分のやりたいことのために姿をくらました、と………」


 平たく言うとそうなりますわな。

 オプシディエンヌと心中したがってるのは内緒だ。

 もし誰かがその女の居場所を知っていたら、先回りして討伐するかもしれない。それは駄目だ。わたしはオニクス先生の死に様を拝めなくなってしまう。

 寮母さんは革手袋をきしきし軋ませ、檻の中の肉食獣みたいに歩く。その足音さえ、絨毯が緩衝できないほど神経質だ。

 堪えようとしてるけど、怒りの空気が抑えきれていない。

「あの愚弟、あの愚弟……」

 寮母さんが呟くたびに、周囲が灰色に濁っていった。

 目の錯覚かと思ったけど、違う。暖炉の灰が細かく舞って、寮母さんの周囲に浮いているんだ。

 学院長がブローチに指を当て、【庇護】を詠唱する。

「守りたまえ、抱卵の如く、大樹の如くに 【庇護】」 

 ディアモンさんが光輝くショールをほどき、棚引かせる。

 えっ、何が起こるん?

 見たい。

 前のめりになった瞬間、遊色のショールが翼のように広がって、わたしを取り巻き、包み込んだ。

 綺麗だけど、邪魔だな。

 

「あの愚弟がッ!」


 甲高い絶叫に、暖炉の灰が爆発した。

 次いでラリアンの実が、音を立てて破裂する。芳香と果汁をまき散らした。

 落ちる星図盤。

 割れる花瓶。

 一瞬にして整然とした室内が、ひび割れる。

 わたしはディアモンさんのショールに守られていたから平気だったけど、部屋はひどい有様だった。


 騒霊現象ポルターガイストだ。


「すごい、初めて見ました!」

 魔力が多い思春期の少女に発生する魔力暴走。真夜中に妙な音が鳴り響いたり、火床の灰が浮かんだり、ものが倒れたり壊れたりするんだよ。

 普通は思春期かつ真夜中じゃないと発動しないけど、その条件から外れても起こるって相当な魔力量だ。

 さすが先生のお姉さん。

 いや、魔力って遺伝しないんだけどね。

 しかし機嫌の悪いときに手袋を鳴らしているのって、癖っていうより、騒霊を誤魔化しているんだな。騒霊現象って程度が軽いと音だけだもの。

「見苦しいものを……」

「お気になさらず。わたしも豆食べたらおならぷぅしますし」

 実はわたし、豆を食べると、おなかが張っておならぷぅする体質なのだ。白アリコ豆と塩漬け肉の煮物は美味しいけど、おなかが張って苦手。

「そんなものと一緒するなど失礼ですよ」

「確かにおならは要らんですけど、騒霊現象はもっと見たいですね!」

 でも豆でおならぷぅするのも、感情で魔力ぷぅするのも、自分では制御できないけど、人前で出したらちょっと憚られるって点では一緒だよね。

 寮母さんの頭が少し動く。

 項垂れているのかな?

「ミヌレ一年生、あなたは……なんというか、愚弟とお似合いですよ…」

 力無い囁きが、ヴェールの下から漏れた。


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