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SS3 ピクニックは攻撃魔術のそのあとで


 エクラン王国の警察は、怪盗クワルツ・ド・ロッシュの脱獄をなかなか報じなかった。

 メンツってもんにこだわってる。

 でもクワルツさんが予告状をまき散らして夜ごとに騒ぎを起こすから、とうとう『怪盗クワルツ・ド・ロッシュ脱獄』というニュースが検閲されなくなった。

 途端に、どこのギルドやサロンの新聞も怪盗一色に染まる。

 ま、華やかな話題だものな。

 予告状を出して、誰にも怪我させず、鮮やかな手口で盗み取る。

 とうとう賞金額は5000エキュに跳ね上がった。

 怪盗クワルツ・ド・ロッシュは酒場でもサロンでも、話題の華だった。


 さて、クワルツさんが復活したら、わたしのやることはひとつ。


「賭け金取りにきました!」


 『引かれ者の小唄亭』に、わたしの声が轟く。

 怪盗脱獄に賭けているひとは、わたし以外いなかったらしい。あぶく銭が手に入ってしまった。

 クワルツさんと山分けするかな。

 ふと、脳内のクワルツさんが、「盗んだ金で遊んでも面白くもなんともない」って言い出した。

 これは盗んだ金のうちかな?

 わたしは元金だけ貯金に戻すことにした。

「ミヌレちゃん。残りはどうすんだい」

「とりあえず冒険者タルトをお願いします。ほんとはお夜食を買いに来たんですよ。残りは……」

 貯め込んでおいても、どうせ今は素材も買えないしな。

 第一ここは冒険者酒場。

 金は後先考えずに使うが吉だ。

 わたしは背筋を伸ばして、お客さんたちを眺める。今夜の客入りはそんなに多くない。

 

「みなさん! 大儲けしたので、今夜はエールとビールを奢ります。飲んで下さい!」


 刹那、『引かれ者の小唄亭』が揺れる程騒めいた。

 ビールやエールの一杯二杯、そこまで大金じゃない。

 だけどタダ酒とか人の奢りってのは、胸を騒がすんだろう。

 みんな大賑わいでカウンターに飛びついてきた。注文が矢継ぎ早に飛ぶ。

 酒のついでに、つまみの盛り合わせや肉の盛り合わせも注文もされる。

「食事代は奢りませんからね!」

 わたしは釘を刺しておいたけど、みんな聞いてるのかな? 

 ま、いっか。

 新しい客が入ってきた。

 常連でも近所のひとでもない。

 ゆったりしたローブに、目深にフードかぶってる。顔は分からんけど、男のひとって分かる程度には男性的な体つき。

 魔術師だ。

 呪符だの護符だのを、これ見よがしに飾っているもの。

 符が重そう。実技担当のシトリンヌほどじゃらじゃらさせてないけどな。ダイヤモンドやエメラルドなんかを贅沢に使っている。でも装具に統一感とかテーマ性が無いし、オリジナリティも皆無。実力は分からんけど、美的センスはいまいち。

 裕福な魔術師が、素材集めに冒険者を雇いにきたのかな?

 ローブの男は酒場を見回し、わたしで視線を止めた。

 なんでわたしやねん?

「『幽霊喰いのミヌレ』だな。貴様に勝負を挑みにきた」

「なんでわたしやねん」

 次は声に出てしまった。

 酒場のひとたちの視線まで集まってくる。

「愚昧な。名を上げたいからに決まっているだろう」

「いやいや、賞金首をぶちかませばいいでしょう。冒険者ギルド登録しなくても倒せますし」

 酒場の壁を指さす。

 ずらっと貼られている手配書には、怪盗クワルツ・ド・ロッシュから捕まえやすそうなザコまでより取り見取りの盛りだくさん。こいつら数人捕まえたら、名が上がるぞ。賞金は貰えないけどな。

 男はフードの下で、含み笑いをする。

「笑止。いかにも凶悪で声のでかい賞金首など、我が委縮してしまうではないか」

 いやいや、笑止って言いたいのはこっちだぞ。

「第一、探すのが億劫だ」

 ……ああ、なるほど。

 そうだよな。わたしは1000周して手配犯の居場所は把握しているけど、普通はいつどこで賞金首とエンカウントするかわかんないもんな。

「『幽霊喰いのミヌレ』。話を聞く限り【閃光】や【浮遊】など、粗末な呪文しか使えん小娘だ」

「……粗末?」

 血管が切れそうだった。

 小娘なのは事実だけど、【浮遊】が粗末だと?

「粗末だ。労働者階級どもの魔術を弄んでいい気になっていたのか?」

 たしかに【閃光】や【浮遊】は、建築や造園系の技師さんが取得することが多い。労働者階級から下層中流階級が好んで使う。

 そんな理由で【浮遊】を見下すんじゃない。

 お気に入りの魔術にケチつけられて、わたしは腹が立ってきた。あと園丁のオンブルさんまで馬鹿にされているみたいで、立った腹が煮えくり返ってくる。

 こいつ、どうしてくれよう。

「そのようなちゃちな魔術でも市井なら大きい顔できようが、我が真の魔術の前では児戯」

 男が含み笑いしながら手を動かすと、呪符や護符が煌めく。

「魔術の真髄。攻撃魔術をご覧にいれよう」

「えい」

 わたしは男の太ももに、果物ナイフを突き立てる。



 『引かれ者の小唄亭』に、悲鳴が轟いた。



 一方的にまくし立てている間に近づいて、ペチコートの下に仕込んでいる果物ナイフの一撃を食らわせたのである。

 わたしの物理ステータス最低な腕じゃ、男のひとの筋肉にぶっ刺すのは難しいな。先端が刺さっただけだった。

 ちょっと刺さっただけなのに、魔術師の男は苦しそうにぶっ倒れた。

 あっ、こいつ痛覚遮断できないのか。獣属性の適性ゼロかな?

「ケンカを売るなら、攻撃魔術を使うなんてネタバレさせない方が効果的ですよ。自分で出したクイズの答えを喋っちゃう三歳児じゃないんですから」

 わたしの感想に、酒場にどっと笑いが満ちる。

 ひとがぶっ刺されて笑い声が上がる空間って物騒やな。早よ帰ろ。

 倒れたまま魔術師は呻く。


「……我は風の恩恵に感謝するがゆえに……その放埓なる恐ろしさを賜われ……」

 

 これは【斬風】だ。

 攻撃対象を、風によって切り裂く術。

 けっこう高レベルの攻撃呪文じゃないか。真の魔術とかほざいていたの、あながち妄言じゃなかったらしいな。

「ウチの店で、んな物騒もん詠唱すんじゃないよッ!」

 女将さんが料理の片手間に酒瓶を投げつけて、魔術師の男は完全沈黙した。

 ひとさまのおうちで攻撃魔術を使おうとするから、そうなるのだぞ。

 広い場所で不意打ちするのがいいぞ。

 でもそうするとギャラリーいなくて名を上げられないから、冒険者酒場で挑んできたのかな。それで女将さんに倒されてちゃお話にならないけど。

 天井近い窓から、青いあかりが差し込んできた。このぬくもりのない青白さは、【光】の護符だ。

 街灯が灯り始めれば、夕焼けも終わる。

「ミヌレちゃん、冒険者タルト用意できたわよ」

「ありがとうございます、女将さん。お邪魔しました」

 わたしはテーブルを踏み台にして、よっこらしょっと窓から抜け出す。

 空飛ぶ絨毯に乗ったディアモンさんが待っていた。

 ディアモンさんは藍の昏さに翳り、茜の名残りに照らされている。砂漠の美姫みたいだし、王子さまのようにも見えた。夕と夜の狭間をいっそうロマンティックにしてくれる美貌だ。

 だけどその美貌は、怪訝そうに顰められている。 

「ミヌレちゃん。夜食を買いに行っただけなのに、どうして悲鳴が聞こえてくるの?」

「そういう夜もありますよ」

「危ないことしてないでしょうね」

 わたしが首を突っ込んだわけじゃないぞ。

 経緯をざっくり説明する。



「……ミヌレちゃん。そういうときこそ【閃光】使って、アタシに連絡してくれないかしら?」

 【閃光】って、目つぶしじゃなくて連絡用だもんな。

 でも目つぶしした方が早いしな。

「いや、でも珍しいですよね。怖がりなのに、攻撃魔術を取得してるの」

「攻撃魔術の呪符を持ってる腰抜けなんて、珍しくもないけどね」

「よくいるんですか?」

 じゃあなんのために攻撃呪文を会得してんだ。

 攻撃魔術を使いこなせないのに呪符を持ってるなんて、重課金してガチャしないようなもんじゃねーか。

「攻撃魔術は課税額がすごいから、逆に持ってることでお金持ちだってアピールできるのよ。使いもしない高レベル攻撃魔術を保持してる貴族や富豪、そこそこいるのよね」

「ふへぇ……」

 課金マウントか。

 ありがたい話なんだけどね。

 税金によって魔術学院の給費生になれたわたしは、そういう重課金さんたちに感謝しなきゃいけない立場だし。

 感謝するけど、感謝から敬意が湧くかまた別である。

「あと世の中、攻撃魔術を使えたら、戦闘できるって思ってる人間って多いのよ」

 ディアモンさんはため息っぽい口調だった。

「ニックが宮中にいた頃だけど、攻撃魔術を使える魔術師だけの部隊が編成されたことがあるのよ」

 オニクス先生がらみのお話!

 わたしはディアモンさんへと身を乗り出す。

「魔術騎士じゃなくて、武芸やってない魔術師の部隊って意味ですか?」

「そう。高度な攻撃魔術は会得してるけど、実戦経験してない魔術師よ。で、ニックはどういう反応したと思う?」

「鼻で嗤った挙句に、お偉いさんに無用の長物とか机上の空論とか嘲ったんでしょう」

「あたり」

 オニクス先生が宮中に居た頃って、オプシディエンヌから魔術を習い始めた頃だよね。

 魔術的には一年生なのに、態度がでかいな。ふふ。

「結局、先生が全員叩き伏せたんですか?」

 ガーゴイルとの立ち回りを思い出すに、実戦経験ゼロの魔術師たちは一敗地に塗れたんだろうな。

「あたり」

「攻撃魔術があっても、度胸がないと駄目だって分からせたんですね!」

「それがね……実力差があり過ぎて、むしろダメだったの。ニックって剣術だけでも強すぎるでしょ。魔術師たちを一瞬で気絶させちゃったせいで、向こうが負けた気しなかったらしくて」

 一瞬で制圧されたのに実力差を理解しないとは、さてはそいつら無能だな。

 オニクス先生が無用の長物と言うのも分かる。 

「で、次に使ったのは死刑囚」

「死刑囚……」

 不穏な単語が登場したぞ。

「ニックってば魔術師を殺したら放免してやるって約束を取り付けて、凶悪犯たちと闘技場で戦わせたらしいわよ」

 死に物狂いの凶悪犯が、襲い掛かってくるのか。

 実戦経験が無い人間にとっちゃ、トラウマイベントじゃん。

「詠唱の余裕ある距離があっても、攻撃魔術が発動できなかったそうよ。発動から命中までしても凶悪犯が火だまるで襲い掛かってきて……だから結局、その魔術師戦闘部隊は解体されたらしいけど」

「いい話ですねぇ」

 先生も宮中で、しっかりお仕事してたんだなあ。

 オプシディエンヌといちゃついてるだけじゃなかったんだ。

 いや、奴隷制廃止させたのもカマユー猊下から聞いたけど、あれは私怨が入った行動だろうしな。

 サフィールさまから伺った話のせいか、オプシディエンヌといちゃついてるイメージしかなかったんだよ。お仕事がんばっていた話は、朗報だよ。

「いい話になる箇所、なかったと思うけど……」

 ディアモンさんは怪訝な眼差しで、わたしを見据えていた。




 空飛ぶ絨毯が星と風を突っ切る。

 そろそろディアモンさんのおうちだ。

 高度を下げると、屋根を跳びはねている人影がひとつ視界に入った。

 月が欠けた宵闇でも、水晶の煌めきは目を惹く。

 怪盗クワルツ・ド・ロッシュだ。

 でかい絵画を小脇に抱えているから、あれはお仕事帰りか。

「お疲れ様です、クワルツさん!」

「クワルトスくん、乗ってく?」

「ミヌレくんにディアモン!」

 凄まじい跳躍力で、空飛ぶ絨毯に乗り込んできた。

 まさに怪盗の身のこなしだ。

 空飛ぶ絨毯が、一気に高度を上げる。

「賞金額アップおめでとうございます」

「うむ、これで吾輩を打ち取ろうとする冒険者も増える。観客と強敵は、吾輩の人生の華である!」

 芝居がかった所作で語る。

 仮面に隠された瞳は、きっと今夜のお星さまみたいに輝いているんだろう。

「ミヌレくんたちは夜の散歩か? 市街地は飛行禁止区域だぞ」

「怪盗やってきたひとがなに言ってるの……?」

 ディアモンさんが小声で突っ込む。

「ハッハッハッ! 吾輩は犯罪倫理に基づいた行動だが、きみたちはそうではあるまい。ところでいい香りがするぞ。散歩ではなく、ピクニックか?」

「お夜食の買出しです。冒険者タルトが食べたくなっちゃって」

「あのタルトか。あれは濃厚で美味かったな」

「なら一緒に夜のお茶会する? クワルトスくんもいるし、今日はここで食事しましょうか」

 ディアモンさんがバスケットから、保温しておいたティーセットを出す。魔法みたいに湯気を立ち上らせるティーポット。ジャスミンティーかな。

 冒険者じゃない三人で、冒険者タルトを食べる。

 星空の下、空飛ぶ絨毯でピクニック。

 刹那、流れ星が煌めいた。



 流れ星をピンにして、この夜をどこかに貼り付けておきたい。  

 魔術師が詩人のふりをしたくなるくらい、素敵な夜だった。


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