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第五話 (前編) サントラ未収録のBGМ

 一夜明けて、朝日が王都に行き渡る。


 行き交う人々の間に、新聞売りが大ニュースを声高に喧伝していた。

 大聖堂に侵入した怪盗クワルツ・ド・ロッシュが、騎士サフィールによって捕縛されたと報じられている。

 第一報が載ったのは特許新聞だ。検閲を免除された新聞だから、即時発行でとにかく早い。

 でも検閲を受けてない新聞って、筆者も編集も自粛しているもんだから、毒にも薬にもならない内容と表現しか印刷されていない。読む無害だ。

「他の新聞も出たよ。兄の活躍ばかりだ!」

 氷色の瞳を輝かせるのは、エグマリヌ嬢だ。

 エクラン王国では言論の自由は比較的保証されていて、いろいろな新聞が発行されている。

 新聞といってもだいたいは週一か隔週の発行で、発行元はギルドかサロンが多い。

 商業ギルドが発行している新聞には、株価とか利息とか保険の記事。海難事故や銀行破綻、天候による穀物の取れ高。経済紙って感じ。

 冒険者ギルド発行だと、賞金首の手配書だとか、モンスターの移動予想。元冒険者の連載エッセイが、余りあるほどの文筆才能で爆発してるので、定期購読したいレベル。あと死亡告知覧が多い。

 宮廷サロンが発行してる貴婦人用の新聞だと、オペラやコンサートの宣伝。あと連載小説。香水店やパピエ屋の広告も掲載されている。

 もうちょっと身分が下のご婦人用は、シェフが休みでも簡単に作れるおもてなし料理特集とか、流行スタイルの散策用ドレスの型紙とか、使用人を教育する心得とかが掲載されていた。

 それぞれ特徴がある。

 読む人間の身分や職業が違うんだから、記事は千差万別。

 それなのに今朝はどの新聞でも、サフィールさま一色だった。

 石版画が多用されている新聞では、サフィールさまの絵姿が描かれていた。こういうのって往々にして美化されるものだけど、サフィールさまは元々美形だから実物に軍配が上がるな。

「ミヌレ、ミヌレ。クー・ドゥ・フードル曲芸団では、来週から寸劇『騎士と怪盗』を上演だって! 市井は流行を取り入れるの早いね」

「オニクス先生のこと、どこも報じられていませんね」

 わたしの呟きで、エグマリヌ嬢の頬は雪より白くなった。

 その話題はどうやら御法度みたいだ。

 先生の手掛かりは途切れた。

 新聞は騎士サフィールへの賛美一色。

 知り合いが賞賛されるのは楽しいけど、甘ったるいお菓子を食い飽きた気分だった。

「怪盗のことあんまり書かれていませんけど、今は監獄なんですよね」 

「たしかそうだよ。ライカンスロープ術って【抗魔】でも解除できない術式構成だから、宮廷魔術師でも干渉しようがないんだって。魔力が尽きるまで、監獄で放置されることになったよ」


 魔力が尽きるまで。


「三日三晩か」


 口の中だけで呟く。

 以前、クワルツさんがわたしの魔法空間に入っていたとき、魔力切れを「三日三晩ライカンスロープ使っていたような」って表現していたから、たぶん三日三晩がリミットだろう。

 魔法で怪我を癒すとなると、もっと消耗が早いか。リミットは明日の夜くらい……

 それまでに何とか助け出さないと。

 

「ミヌレちゃん」


 骨太で厳めしい重低音ボイス。

 騎士団に属しているどの男のひとより低い声。

 だけど振り向けば、絶世の美人が斬新なドレスにショールを棚引かせて佇んでいる。

「未来はあだやおろそかに口に出しちゃいけないのよ」

 完璧に美しい唇から、軍人的な低音が響く。

 外見と声はちぐはぐだけど、知的なところだけは唯一の共通点だった。

「騎士団に保護されたって聞いてびっくりしたわよ。軍事機密に抵触するとは思わなかったわ」

「サフィールさまがわたしの予知範囲にいるので……」

 それだけで納得してくれた。

「そういうことね。あの綺麗な騎士さま、ほとんど魔力無かったから予知もしやすいでしょうし」

「魔力のありなしって、見た目で分かるんですか?」

「アタシの専門は古代系の付与魔術だから、経絡に触れなくても糸で読めるのよ。髪の毛も糸の一種だから、どれくらいの魔力があるかって、髪で判断できるの。大まかだけど魔力の量が読めるわ」

 へえ。

 わたしも出来るようなるかな?

「そもそも髪は魔術媒介になるじゃない。なんで魔力干渉できるかっていうと……いえ、とにかくアトリエに戻りましょう」

 大聖堂の裏手には、箱馬車が待っていた。

「わたしはクワルツさんを助けたいんです」

「クワルトスくんのことは賢者連盟がスカウトしたいって言ってたし、保釈金が出るんじゃないかしら。アナタの護衛としてはうってつけだもの」

 クワルツさんは実家継ぐ予定だから、絶対に賢者連盟のスカウトは受けないぞ。

 だからやっぱり助けなきゃ。

 一応【土坑】を隠し持ってるから、穴掘り進めて脱獄ってのがセオリーかな。

 ディアモンさんの監視……というか保護を潜り抜ける方法は、ふたつ。


 プラン1 道路に穴を開けて馬車を停止させて飛び出す。

 不安要素 ディアモンさんの身体能力が高かった場合、速攻で捕まる。

 欠点、道路通るひとが迷惑。


 プラン2 アトリエの裏庭から穴掘って脱出。

 不安要素 ディアモンさんの古代魔術に引っかかってしまう可能性がある。

 欠点、下水道をぶち破ると迷惑。

 

 どうすっかなあ~

 他人に迷惑かけて脱走したら、後味悪いから嫌だよな。

 悩んでいるうちにアトリエに到着してしまった。

「お茶でも淹れましょう」

 やっぱり夜に抜け出すか?

 思案していると、アトリエからベルが鳴った。

 誰もいないはずなのに?

 ディアモンさんはアトリエに駆け込み、わたしはついていく。

 飾り棚にダイヤモンドの飾りがある。

 ダイヤモンドの煌めきが虹色から遊色へと変化して、プリズムが滾々と湧き、カマユー猊下が投影された。

「どうされました? 新しいローブのご注文でしょうか?」

「違う! オニクスが地下納骨堂から、自身の符を奪還したのは本当か?」

「はい。地下納骨堂の呪符と護符、すべて奪還されたそうです」

「厄介な別問題が上がった。この件をブッソールが聞きつけて、地球に降りた!」

 知らん名前だな。

「ブッソール猊下が? アエロリット猊下はお止めにならなかったのですか?」

「この時期、アエロリットは慰霊碑参りだ!」 

「アッアアアア、じゃあブッソール猊下の手綱、誰も引いてない状態で、地球に?」


 知らん名前ばっかだ。  

 内容は良く分からんけど、これは千載一遇では?

 今から全力で走れば、箱馬車に追いつける。観光客が多くて交通渋滞しているから、わたしの脚でも走って追いつけるだろう。

 代金はディアモンさんにツケればいい。

 いや、でも大聖堂から回収されたばかりで、また脱走したらさすがに愛想つかされない?

 ディアモンさんに愛想を尽かされたら、心にくる。

  

 悩んでいるうちに、カマユー猊下との話し合いが終わっていた。

「お待たせ、ミヌレちゃん。朝ごはんにどこかレストランに行く?」

「お願いがあります、ディアモンさん。せめて逮捕のこと、クワルツさんの友人に説明したいんです」

 結局わたしが選んだのは、正攻法だった。

 ディアモンさんは長いまつげで、瞳を翳した。

 わたしの願いを受けるかどうか判断しているのか、それとも断る言葉を探しているのか、わたしには分からない。

「そうね、断ってこっそり抜け出されるよりマシかしら」 

「ありがとうございます!」

「その前に、作っておいてほしい呪符があるのよ」

 ディアモンさんはいそいそと呪符制作キットを出してくる。こういう一式がすぐ登場するあたり、ディアモンさんはクチュリエであると同時に魔術師なんだな。

「ミヌレちゃんがピンチの時、周囲に知らせるための呪符」

「いえ、【浮遊】とか【防壁】を返して頂ければ……」

「【浮遊】と【防壁】で疑似飛行できるんでしょう」

「よくご存じで」

「そこまで自由にさせたら、ニックを探しにいっちゃうじゃない」

「ぐぬぅう」

 図星である。

「わたしは先生から頂いたアクセサリーを身に着けたいだけですよ」

「アナタ、ぐぬぅって呻いたじゃない」

「あれは腹の音です」

「口から出るのね」

「ええ。腹の虫が、喉まできていたのです」

「とりあえず信号弾【閃光】。これを作っておいてほしいの」

 ああ、連絡用信号弾ね。レトン監督も使ってたから、使い方は分かる。

 差し出された素材は、アズラマラカイト!

 孔雀石と藍銅鉱が入り交ざった宝石だ。緑と藍の混ざり具合は、宇宙から見た地球によく似ている。なんて綺麗。

「さっそく作らせて頂きます!」



 


 

 作ったばかりの【閃光】は、ポシェットの房飾りとして収まった。

 刺繍付きハンカチと、刺繍がされた小銭入れ。どっちもディアモンさんからのプレゼント。それから【土坑】のピンブローチもこっそりと忍び込ませておく。

 お出かけ準備万端で目指すのは、下町の酒場『引かれ者の小唄亭』。

 なにかあった時、落ち合う場所として、わたしはこの冒険者ギルド指定の酒場宿を指定していたのだ。

 すっごく久しぶりの『引かれ者の小唄亭』だ。去年、ロックさんと行ったきりだったな。

「こんな猥雑なところに入るの?」

「もし苦手だったら入口で待ってていただければ……」

「苦手じゃないわ。ただミヌレちゃんって思った以上にお転婆ね」

 ディアモンさんは眉間に皺を寄せつつ、山吹色のショールを被って、口許に巻いた。これはこれで異国的な優雅さがある。逆にモテるのではないだろうか。

 わたしは半地下の酒場へと降りる。 

 相変わらず日は傾く前なのに、盛況だな。ここはご飯が美味しいから。

 ただ客層は冒険者たちだ。

 食事をするテーブルに飛び乗って踊るから、食卓は泥まみれ。噛み切れなかったスジ肉を、土間に吐き捨てる客。交わされる会話は、即物的かつ動物的。この空間は何もかもが丸出して、上品さなんてものは縁遠い。

「ブリリアントじゃないわね」

 言葉以上に口調は硬い。

 ディアモンさん的には、あまり長居をしたくなさそうだった。

 

 酔いどれた客たちが勝手に歌っていた。

 即興唄は『落ちぶれ怪盗』『尾を踏まれた狼』『縛り首のうた』。 

 サントラ未収録の歌だけど、聞いてて嬉しくない。

 みんなもつい数日前まで、貴族の鼻を明かす怪盗を持て囃していたくせに。

 賞賛の花。

 侮辱の礫。

 どちらも本質は娯楽か。あるいは暇つぶし。

 大衆は心の底から褒めているわけでも、心の底から侮っているわけでもなく、ただ楽しいから歌ってやがる。


 『引かれ者の小唄亭』の由来となった縛り首台の上で、小太り中年が喋っている。

 あれは賭けの胴元をしているおとこのひとだ。

 腰のベルトにいっぱい紙束を差し込んで、携帯黒板とチョークを持っている。


「さあ、いらはいいらはい! 怪盗クワルツ・ド・ロッシュの処刑となるか! それとも空中庭園での強制労働か! どちらさんもどんどんお賭けくだせい!」


「公開処刑に10フラン!」

「おれぁ手堅く強制労働に6フランだ」

「強制労働は無いだろ。逃亡しそうだからな。禁固刑に8フラン」


「脱獄に50エキュ」


 わたしの一言が、『引かれ者の小唄亭』に響いた。 

 胴元が呆けている。

 というか面食らってんのかな。

 50エキュって労働階級の二か月分の給金だ。

 もちろん小銭入れに、そんな大金入っていない。

「50フランの間違いじゃ……」

「いいえ。50エキュです」

 わたしは女将さんに50エキュを頼む。

 冒険で手に入れた賞金に、護符を売った利益なんかは、手数料を払って酒場に預けておいたのだ。どうせ学院で買い物する場所ないから、街にお金を預けておいた方が楽。それに酒場預金があると、ツケで飲み食いできるからな。

 女将さんがぴかぴかのエキュ銀貨を出してくれた。

 輝かしい銀貨を、脱獄にすべて賭ける。

 わたしを見知っている常連客たちは眺めたり口笛を吹くだけだったが、客のひとりが席を立つ。豚バラみたいに脂ぎっている中年だ。赤ら鼻からは酒臭い息。まだ日は高いのに、もう泥酔か。

「ずいぶんちびこいが、金持ちじゃねぇか。こんなガキを買うやついるのか?」

 嗤う程度なら好きにしろと思うが、わたしに手を伸ばしてきた。

 それは許さない。

「【閃光】」

 すでに詠唱していた呪文が、最後の一言によって発動する。

 酔客の眼前で、緑と藍の閃光が爆ぜた。

 至近距離での目映さに、酔客は悲鳴を開けでもんどりうつ。

 酒場は大爆笑の渦になった。

 目を抑えて悶える酔客に、近くの常連たちが声をかける。

「あれは『幽霊喰いのミヌレ』だぞ。見かけは妖精だが、凄腕の魔術師だ」

「幽霊だって喰い殺す死の妖精だ。面白半分でちょっかいかけたやつは地獄を見るぞ」

「あの見た目は、擬態ってやつだ」

 擬態じゃねーよ。

「早く言え!」

 酔客は喚いているが、常連たちは笑っている。

 わたしが魔術師だって知らない人間がちょっかい出して、地べた叩きつけられるのは、常連客にとっては娯楽らしい。

「『幽霊喰い』?」

 ディアモンさんが疑問を呟く。

「前に幽霊を喰い殺したことがあるので、そう呼ばれています。【恐怖】を魔法にして、幽霊を滅しただけなんですけどね」

 ロックさんが面白おかしく吹聴した結果がこれだ。

 喧噪の中、カウンターに足を運ぶ。

 オヤジさんが陶器のジョッキを拭いている。

「お久しぶりです。オヤジさん、ナイフ遣いのロックさんって最近どうしてます?」

「ああ、いなくなっちまったよ。護衛対象だったラピス・ラジュリがモンスターに襲われて死んだそうでね、あいつは結構しょげちまってうちから荷物引き上げたよ。ジャスプ・ソンガンと一緒に」

 消えてやがったか……

 冒険者は根無し草だ。ゲーム中でも依頼しないとそのうち姿を消しちゃうんだけど、わたしが一年生の時点で去ることはない。やっぱりラピス・ラジュリさんの件は痛手だったんだろう。

 実はわたしの魔法空間にいるけど。

 しっかしあれだけ護符で強化したメンツがいなくなると、ちょっとキツイな。

「ロックの坊やな、湖底神殿の周りがまたにぎわっているから、そこに留まるかもしれないってさ」

 湖底神殿か。

 エクラン王国三大ダンジョンのひとつ、湖底神殿。

 人魚たちが巣食う朽ちた神殿。

 そこにも行きたいけど、まずはクワルツさんが最優先だ。

「ところでご注文は?」

「ミヌレ・オリジナルをふたつお願いします」

「へえ、すごいな。自分の名前のカクテルがあるのか」

 わたしの真後ろから声がかかる。

 その声は……

「オンブルさん!」

 待ち合わせの相手の登場に、わたしのほっぺは綻んだ。


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