第一話 (後編) カップル爆発しろとは言ってない
春風月の3日。
今年の春の知らせは風でなく、国王婚礼の祝賀パレードだった。
なんて混雑!
パレードがやってくる表通りときたら、朝から人ごみだ。馬車から眺めているだけで、窒息して圧死しそう。
わたしとクワルツさんは、箱馬車で裏通りを進んでいる。この裏通りも渋滞を引き起こしている始末。
「国内中から見物人が押しかけてそうですね。王都の人口が、五倍くらいに跳ね上がってそう……」
春もまだ浅いのに、人だかりのせいで熱気がすごい。
見物人だけじゃなくて、物売りや掏摸も集まっているからな。
「今日のこの日のために、遠方から泊りがけでやってきた人も多いからな」
そう語るクワルツさんは、当世風の恰好。
袖を通しているのは、財閥の間で流行している実用重視の乗馬型スーツだ。首に結んでいるクラバットを、水晶のステックピンで留めている。
クワルツさんの不格好なほど分厚い眼鏡と、ひどく色素を欠いた肌に、乗馬用スーツは似合っていない。いや、似合わないとはちょっと違うな。体形をか細く変えているせいか、貧弱な坊ちゃんに見える。
「パレードは午後三時からなのに、なんで朝から大渋滞なんですか」
「めったにない大行事だ。騎士団総出で暴徒対策しているせいだろう。両陛下が爆破されたら目も当てられん」
増えまくった観光客と、警戒しまくってくる騎士団。
そりゃ大渋滞だよ。
のっそりのっそり進む馬車。クワルツさんは暇を持て余したのか、馬車の窓から花売りに声をかけて、花束をひとつ買う。黄水仙だ。
「これほんと見物できるんですか?」
「無論」
クワルツさんは自信たっぷりに言い切った。
黄水仙を胸に差して、もう一輪をわたしの髪に差す。
「プレニット農園の名義で、場所を押さえた。ワインを買ってくれている顧客のために、大通りに面した部屋を借りているのだ」
「顧客感謝デーみたいな?」
「うむ。基本は酒のつまみばかりだが、マカロンやショコラも用意してある」
「楽しみですね」
わたしの笑顔と言葉に、クワルツさんは指先で瓶底眼鏡をずらした。色素の薄い裸眼が、わたしを見据える。
「……ミヌレくん。きみがそういう笑顔のときは、愛想笑いだと最近理解した」
「ほげ?」
「やはりミヌレくんは、お菓子や花よりこちらの方がいいか」
クワルツさんは手品師みたいに指を弾く。
その瞬間、瑪瑙のピンブローチが登場した。
わたしが【土坑】の魔術を込めた呪符だ。
「ふひゃっ? ど、どうして」
一輪の花を渡されるように、わたしの指先に戻ってくる瑪瑙のピンブローチ。
びっくりと嬉しさが爆発して、ほっぺの内側が甘酸っぱくなってくる。
「やはりきみの特効薬は魔術か。ディアモンの金庫にあったが、吾輩がすり替えておいた。似たようなピンブローチを持っているからな」
馬鹿な。
ディアモンさんの目を盗んで取り換えたはまでは、怪盗のスキルだ。でもすぐ見つかる。賢者連盟の魔術師が、単なるアクセサリーと呪符の区別がつかないわけないじゃないか。
「吾輩は魔術など習っておらんが、オンブルが指導してくれれば作れんこともない。あいつは魔術基礎やってるからな」
クワルツさんが【土坑】の呪符を作って、わたしの【土坑】の呪符とすり替えたのか。
それならバレないのかな。
でも【土坑】はオリハルコンの器が必須だ。
下町の隠れ家にあった財宝って、押収されたんだよね。他の隠れ家に、オリハルコン製の水差しかコップが置いてあったのかな。隠れ家のひとつやふたつって言ってたし。
「………ありがとうございます」
祈るように、ピンブローチを握りしめた。
わたしの呪符。
嬉しさで血液と魔力が暖まってくる。
うひひひひ、やっぱり魔術師として、魔術が使える状態だと落ち着く。
おっと、涎が出そうだった。
「きみは本気で喜んでいるときと、愛想笑いとは区別しやすいな」
「そ、そんなに露骨に顔に出ます?」
「うむ。傍らにいて心地よい。取り澄ました相手と喋るのは、吾輩は好まんからな。喜怒哀楽がきちんと出る人間は愛しい」
クワルツさんの手が、ほっぺに触れる。ほんの一瞬だけ。
「言っておくがミヌレくん。呪符を返したとはいえ、無理は推奨しておらんからな」
「ういうい!」
わたしはピンブローチを付ける。
程よい重たさの瑪瑙は、わたしの心に馴染んだ。
箱馬車が止まったのは、一軒の瀟洒なアパルトマン前だった。
貴族向け高級アパルトマンだ。王宮勤めだけど王宮に部屋もらってないひとが住まう場所。王宮に通勤しやすい。
クワルツさんが箱馬車に降りるのを手伝ってくれる。
シャンデリアと大階段があるロビーは、王宮様式の内装。
大階段は臙脂の絨毯が敷かれて、階段絨毯留めや手すりは、金鍍金されている。王宮っぽいアパルトマンだ。
「ここの三階を一部屋借りているのだ」
「貴族じゃないのに借りられるんですか?」
「金欠の貴族から、又借りした」
三階まで登り、入ってすぐは応接間。
バルコニーには温室咲きの薔薇が零れんばかりに飾られて、冷たい風を彩っている。薔薇で暖かくはならないけど、香しさは寒さをほんの一瞬忘れさせてくれた。
王城通りが眼下に広がっている。最高の観覧席だ。
「不躾ですけど、いくらかかったんですか? この部屋を借りるのに」
クワルツさんは笑って、わたしの耳元に唇を寄せた。
「吾輩の賞金と同額だ」
「ほげえっ?」
3000エキュとはまた法外な値段じゃねーか。
1エキュって、労働者階級の一日の平均給金だぞ。
でも王族の婚礼パレードなんて、滅多にない。最高の眺めを約束できるバルコニーに、3000エキュは高くないのか……?
貴族や財閥が入りびたるレストランなんか、最低でも一人5エキュかかるもんな。
「アパルトマンの借り賃だけでなく、馬車で来る客のために駐車場も確保している。食事代や配る手土産もろもろすべて込みで3000エキュだ。古くからの客を持て成すパーティーは毎年のことだが、今年は特に奮発している」
「クワルツさんの社交界デビューですか?」
去年まで神学生だったってことは、社交界へ本格的に顔を出すのは今年から。跡取りのデビュタント祝いって意味も含んでるのかな。
「そんなようなものだな。飲み物を貰ってくる」
初見のイベントだから、ついきょろきょろしちゃう。お行儀良くないけど。
そもそもゲーム中、っていうか、予知ではクワルツさんと婚礼パレードイベント無いんだよ。クワルツさん攻略は、本当だったら長期に渡るイベントこなさなくちゃいけないから。
だからこの婚礼パレードイベントは初見。
フォシルくんだったら混雑しすぎて見れなかったけど密着イベントになるし、ロックさんだったら肩車してもらえるし、レトン監督生だったらこういうアパルトマンを借りている。ちなみに一人で行くと、掏摸に財布を取られるというオチだ。
このイベント恋愛値爆上がりなのに、発生する攻略キャラは三人なんだよね。
ん。
ヤバい。
婚礼パレードって一緒に見物すると、恋愛値爆上がりするじゃん。
いやいやそんな基本中の基本を、忘れてたわけじゃないけど、考慮してなかったというか。
まさかクワルツさんの恋愛値爆上がりしないよね?
「どうした、ミヌレくん。顔が引き攣っているぞ」
「いえいえいえ、なんでもありません」
まさか恋愛値上がってます?とか聞けねえしなあぁあ~
「シトロン水は、王妃の好みだそうだ」
差し出されるエードグラス。
わたしのためにオレンジ入りの炭酸水を持ってきてくれていた。
炭酸の中で揺れるオレンジとレモンの輪切りが綺麗。
うら若い王妃さまにぴったりな飲み物だ。
ふたりで一緒にシトロン水を飲んでると、すらっとした紳士がやってきた。
「クワルトス、こっちに来なさい」
あれはクワルツさんのお父さんだ。
「ミヌレくん。吾輩ちょっと見世物になってくる」
「え、アクロバットでも披露するんですか」
「単なる挨拶周りだ」
クワルツさんはお父さんと一緒に、招いた財閥の方々に挨拶をはじめた。
「これはこれは。アスィエ商会のアスィエ氏がいらしてくださるとは、欣喜雀躍でございます」
「プレニット農園のワインはまた格別ですからな」
クワルツさんも挨拶周りをする。
大農園の跡取り息子として、顧客たちに紹介されていた。
時間が経つにつれて招待客が増えていき、ワインが振舞われていく。
ほのかな薔薇の香りだった空間が、ゆっくりと葡萄に染め変えられていった。
ワインの他に振舞われているのは、トリュフだのフォアグラだのチーズだのが乗ったクラッカー。あとオリーブやナッツといったプチおつまみ。立ったまま食べられる簡素さと、贅沢さを両立させた軽食が用意されていた。
大人のおやつって雰囲気。
唇を喜ばす程度に飲み食いして、舌はお喋りのために回す。
上品に交わされる談笑は、教養と風刺を地金にして、隠喩と引用が鏤められていた。知性を誇示するためだけの会話に、花びら一枚ほどの酩酊が混ざっている。
オルガンの穏やかな音が響く。
足踏みオルガンの前に座っていたのは、クワルツさんだった。
演奏を始める。
滑らかな手つきだ。
教会にはオルガンがつきものだし、神学校ってオルガンの授業があるのかな?
祝福あれ
風はやみ嵐は去った
まさに平穏
幸せな夜明け
清らかなる王冠よ
我らに喜びを
我らに慰めを
カウンターテナーが響くと、お喋りしていた紳士淑女たちは会話を切り上げた。
誰と会話してようが、聞き惚れてしまう歌声だ。
心の課金額がちゃりんちゃりん急上昇していく。
いくつかの教会音楽を弾き語りした後、明るく華やかな曲を演奏しはじめた。
この曲、クワルツさんとの恋愛ENDで流れる曲じゃないか。
サントラでのタイトルは『果樹園の婚礼』。
クワルツさんのレパートリーだったのか。なるほど。
オルガンの余韻が消えて、拍手が終われば、彼方から楽しげなメロディが聞こえてきた。
先発の音楽隊だ。
トランペット、ミュゼット、ファゴット、ファイフに太鼓、クルムホルン。それらが奏でる曲は、田園調って呼ばれている素朴で楽しそうな音楽。
続いて近衛騎士団の騎兵部隊。
蹄の音までぴったりそろえて進行している。
そしてとうとう八頭立ての遊覧馬車がやってきた。
国王と王妃だけしか乗れない優美かつ壮麗なる遊覧馬車。臙脂に金細工の遊覧馬車で、車輪までが黄金に輝いている。飾られた薔薇や百合に囲まれ、手を振っている国王陛下と王妃陛下。
王妃がピンク頭だ。
キャラの描き分けじゃなくて、髪の色、リアルにめっちゃストロベリーピンクだったんだ。
……爆破してぇな。
なにひとつ恨みはないが、あそこで世界中から祝されている年の差カップルを爆破したい。
こういう華やかな場に連れてきてもらったのは嬉しいし、甲斐甲斐しく気にかけてくれるのはありがたいけど、なんつかー……婚約者に逃げられたってのに、婚礼パレードの見物って気晴らしとして逆効果じゃねぇか。
ぼふんっ!
ふへっ? 爆発?
大通りの上の方で、間抜けた爆発音が響いた。
ひょっとしてわたし願っただけで爆発起こせるほど、魔法が上手くなってる?
やべぇ、バレたら国家反逆罪じゃねーか。
国外逃亡計画を脳内で組み立てていると、風が吹いてくる。紙吹雪より大きな紙片が、何百枚も吹き飛んでいた。
なんだ、あの紙片。
わたしの唇が風に触れる。
一陣の風がくるりととんぼ返りして、紙片をバルコニーへ落とした。
駆け寄って、紙片を拾う。
上質なクリーム色の紙片だ。大きさは訪問カードくらい。
ひっくり返すと版画で文字が綴られていた。
『明日の真夜中、ロリケール大聖堂の宝物庫から宝を頂戴いたします』
『怪盗クワルツ・ド・ロッシュ』
………クワルツさん?
予告状を出したの?
わたしの後ろに立っていたクワルツさんを見上げた。
瓶底眼鏡の下にある瞳は、ぞっとするほど冷たい。
「誰が、こんなものを」
クワルツさんの声は怒りに打ち震えていた。




