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裏表のない序 カップル爆発しねぇかなァ~


 全世界のカップル爆発しねぇかなァ~


 恨みはないけど爆発して。

 特に「好き」って伝えれば成立するのに意地だの照れだの分からんこと抜かして、くっつかない両片思いども。爆死な。


「とにかく全員大爆発しろ!」

 

 わたしの口から罵倒が飛び出した瞬間、玄関からジリリリと訪問チャイムが鳴り響いた。

 ジリリリリリリリリ……と鳴り続けるチャイム。

 無視しよ。

 不貞腐れているわたしは無視を決め込んだ。

 ゲームと漫画に満ちた小部屋。

 わたしの安息の地だ。

 ここから出ていく気はないぞ。


 こんなに不貞腐れている理由はひとつ。オニクス先生が行方をくらませやがったからだ。

 失踪は完璧だった。 

 呪符も護符もなにひとつ持っていないのに、なにひとつ手がかりを残してくれなかった。

 あの岩室のどっかに、呪符なり路銀なり隠していたかもしれんけどさ。

 打つ手を失ったわたしは不貞腐れて、魔法空間で自堕落ニート生活しているってわけだ。

 わたしは【一角獣化】できるけど、先生は徒歩だぞ。徒歩。

 マジでどうやって姿消したんや。 


 ジリリリリリ………

 ジリリリリリリリリ………


 オニクス先生が賢者連盟に捕まった時は、まだよかったよなあ。マシだったと言うべきか。

 希望があったし、手掛かりもあった。

 それが今じゃどうだ?

 希望もなけりゃ、手掛かりもない。

 クソゲーオブザイヤーだよ! ハッハッハ!


 ジリリリリリ………

 ジリリリリリリリリ………


「うるせぇ」

 まだチャイム鳴ってる。

 めんどくせぇなあ。

 うんとこどっこいしょっと布団から起き上がり、パジャマにカーディガンを羽織って一階へ降りていく。玄関の扉を開けると、水晶色の照り返しが視界に差し込んできた。

 わたしの魔法空間に尋ねてきた人物は、予想通りクワルツさんだった。

 黒い仮面と、黒革の服。いつもの怪盗衣装だ。

「怪盗クワルツ・ド・ロッシュ推参!」

 クワルツさんは相変わらず元気だった。

 わたしの魔力の方が桁違いに大きいから、怪盗でさえ無理に侵入できない。門前払いは可能だ。だけどお世話になった方を追い返すほど腐っていなかった。不貞腐れてはいるけど。

「どうぞ」

 わたしは不服だが、リビングにクワルツさんを通す。

 何しにしたのか考えるまでもない。現実空間に戻るように説得しにきたんだろう。

「押しかけてすまんな。ミヌレくんの本を借りたいのだ。ほら、飛竜に乗った時に言ってただろう」

 ………ん? ああ。

 そういえばこの世界の設定資料を読みたいって言ってたな。

 空中庭園を目指しているときだ。

 すっかり忘れてた。

 キャラブックの方はプライバシーがあるけど、アートワークならいいか。これは背景資料とかアイテム原画とか載ってるやつ。あとミュージックディスクも持ってこよ。

 わたしは二階の小部屋から色々持ってくる。

「音楽も聴きますか?」

「それはディスクオルゴールか? ずいぶん小型だな」

「未来の技術で、もっとたくさん曲が入ってるんです。人間の声まで再現できる優れものですよ」

「ほお! それはまた面白いな。トリックに使えそうだ」

 リビングにサントラを流す。

 エクラン王国のあちこちにある曲だ。

 王都の広場で旅芸人が弾き語る歌もあれば、田舎の祭りっぽい曲、王宮舞踏会で流れる壮麗な曲もある。しかも戦闘曲までもが収録されてるのだ。

 この戦闘音ってどこの曲なんだろ。

 讃美歌とか歌劇曲は分かる。教会で歌われていたり、オペラ座で歌われているのだ。

 戦闘曲って、現実のどこで流れてんだよ! 謎いぞ!

「そのディスクがあれば、狭い家でも舞踏会が開けていいな。吾輩のうちだと食堂を舞踏室代わりにするのだが、楽団員やチェンバロが場所塞ぎになるほど狭い」 

「狭い家の基準が、上流階級だな」

 サントラが流れるリビングで、クワルツさんはソファに寝っ転がってアートワークを読む。

 わたしはクワルツさんの読んでいない方の本を読むことにした。

「空中庭園の見取り図があるではないか。これを先に読ませてもらうべきだったな」

「それもそうでしたね……」

 魔法空間で作戦を立てればよかったのだ。反省。

「永久回廊か」

 クワルツさんは永久回廊をページを眺めていた。

 わたしが気絶させられた間、クワルツさんは『夢魔の女王』と戦っていた。

 未来のわたしと、どんな会話があったか知らない。なんとなく踏み込んじゃいけない空気を感じて、わたしは口を噤んだ。

 しばらくページの捲る音だけが続く。

「クー・ドゥ・フードル曲芸団か。懐かしい。ちっちゃい頃に行きたかったのだが、母にダメだと言われてな」

 クワルツさんが指し示しているのは、わたしがイベントで何百回と行ったことがある移動サーカス団だ。現実には一度も。見てない。素材集めばかりしていたからな。

 でもクワルツさんが行ってないのは意外。

 王都近隣の裕福な家なのに、サーカス見物したことないのか。

「厳しいおうちなんですね」

「跡取り息子がサーカス団に入りたいって言い出したら、近寄らせんのは平均的な対応だな」

「あっ! 見物したいじゃなくて、入団したいって意味か。そいつは反対されるな」

「うむ。それからすぐ神学校に入れられてな……ん。吾輩の通ってた神学校は無いのか」

「掲載されているのは、わたしが関わるところだけですからね」

「そうか。お、この酒場がいいな。『引かれ者の小唄亭』は、なかなか風情がある。特に吾輩の手配書が貼ってあるのが良い!」

「自分の手配書があるところに行きたいんですか?」

「最高ではないか。己の手配書を眺めながらワインを飲むのは」

 嬉々として語る。

 この空気、クラスの友人が自宅に来ただけだな。

 お茶くらい出したほうがいいのかな? 出せるのかな?

 でもわたしここでガレット食べていたから、飲み物や食べ物出せるんだよね?

「そうだ。ミヌレくん。ディアモンから聞いたが、きみは学院卒業後に象牙の塔へ就職することが内定した」

「わたしまだ一年生なのに、就職内定したんか」

 いや、でもあれだけトップが熱心に勧誘してきて、一般面接してねって言われてもなんだよって気分になるしな。

「学院では学院長と寮母どの、そのふたりが内定を把握しているそうだぞ。ただ鎮護魔術師の教育カリキュラムに関しては、まとまっていないそうだ。闇属性を学ぶにしても星智学を修めないことには、話にならんらしくてな」

「カリキュラムを、わたし用に組みなおしているんですか……」

 自分専用教育カリキュラムって、なんて贅沢な話!

 わたしのためだけに、神作家たちがアンソロ同人誌を作ってくれるようなもんじゃねーか。

 すごい。すごすぎて涎が出る。

「……」

 でも……やっぱりオニクス先生に教わりたかったな… 

 あのひとの言葉で、あのひとの知識と経験を教えてほしかった。

 沸き起こったやる気が萎んでいく。

 学閥に弾かれて就活地獄したオニクス先生のこと考えると、沈んでばかりもいられない。

 ありがたく思おう。

「就職先が内定してるって、良いご身分になってしまいましたな」

「良いことばかりとは限らん。吾輩も実家を継ぐ予定だが、気が楽とは言い難い」

「そう、ですね……」

 安易に良いご身分って言ってしまって、クワルツさんに悪かったな。

「将来が決まっているのは、それなりに苦労や悩むこともありますからね」

「未来の自分をぶち殺しにいったきみが言うと重いな」

「オニクス先生を見失った件の方が重くて、そこはあまり心に響いてないです」

「……そうか」 

 クワルツさんは本を閉じる。

 閉じる音が何故か、ため息に聞こえた。

「ミヌレくん。吾輩はそろそろだるくなってきたから、帰らせてもらう」

 サントラを聞き終わる前だけど、クワルツさんはソファから腰を上げた。

 魔力に限界があるから仕方ない。

「押しかけてすまなかったな」

 現実空間に帰るように促されるかなと思ったけど、クワルツさんはそんなこと口にしなかった。

 わたしも現実空間でやることあるんだけどね。

 エマリヌグ嬢と交換日記しなきゃいけないし、寮母さんに婚約のご挨拶に行きたいし、クソ王族…じゃねぇプラティーヌ殿下が【屍人形】創造してる件の証拠掴みたいし、オプシディエンヌぶち殺したいし。

 よしんばオプシディエンヌを先回りして殺せたからといって、わたしが先生から愛されるわけじゃねぇけどさ。

 優先順位的には、世界鎮護の魔術師なんだよね。

 大陸が沈まんように勉強したいけど、やる気マジで出ねぇなァ~

「あと、ミヌレくん。吾輩からこういうこというのは、女性に対して不躾だが……」

 なんや。やっぱ現実に戻れって言うんかい。

「確認や処置の諸々は、吾輩ではなくて、きみの友人の伯爵令嬢が行ったらしい。もちろんこういう話題を男から聞かされるのは、きみとしては酷い侮辱に感じるかもしれん。だが黙って見過ごしておくのも宜しくないだろう」

「なんの話やねん」

 ちょっとした苛立ち込めて問う。

 話の着地点が分からんから、イラつく。


「きみ、生理が始まってる」


 わたしは速攻で現実に戻った。



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