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ミニャルディーズは幸せに 4



 ニケル氏はフォーマルな白シャツと赤いベスト。靴も銀のバックル付きの黒革だ。腰にレイピアを下げているけど、いつもの冒険者めいた衣装じゃない。

 呪符の座金に使われているオリハルコンは、アトランティスに共鳴しているみたいに光沢が増していた。単にクリーニングしたのかもしれない。

 抱えられているプロンちゃんは、緋色ワンピース。流行のジゴ袖だ。

 ふわふわの髪を両側でひとふさずつ三つ編みにして、ハートマークに結っている。凝った髪型を彩るのは、緋の幅広リボン。襟元には【耐炎】の護符ブローチがひとつ。靴はお揃いの黒革に銀バックルだった。

 誇らしげにリボンを見せつけてくる。金刺繍で花や蔓が描かれていた。

「どう? このリボン、リボン屋さんで見立ててもらったの。すてきでしょ」

「うん。すてきだよ。すごくカワイイね」

「アトランティスでは緋と紫が高貴な色だったの。いいでしょ?」

「大アトランティス展にぴったりだね」

 ぼくがそう答えると、プロンちゃんは鼻高々になる。

 背後でセラが「紫にすればよかった」とか小さく呟いていた。可愛さに余念がない。

 それよりニケル氏に真っ先にお礼を言うべきじゃないか。

「チケットありがとうございました」

 ニケル氏に礼を述べると、セラやアルも続く。

「役に立てて良かったよ」

 晴れやかな笑顔に、プロンちゃんも大きく頷く。

「そうよ。どうせお母さんやお兄ちゃんが来たって、こういうの全然ダメなんだから」

「あ、ご家族で来る予定だったんですか?」

「……まぁね。おれはそのつもりだったけど、嫁ちゃんにでかい仕事が入って、息子もついていったんだよ。美術とか博物とか、そんなに好きじゃないのは分かってたけどな」

 力なく微笑む。

 無理やり作った笑顔は、ニケル氏に似合わなかった。似合うひとなんていないだろうけど、見ているこっちが居た堪れない気分に陥る。

「お兄ちゃんとお母さんはがさつだから、ここじゃ浮いちゃうわ」

「そういう言い方は、淑女じゃないなあ」

 ニケル氏は咎めつつも、否定はしなかった。

 おぼげながら伝わってくる奥さんの印象からすると、がさつという表現さえ、慎み深い言い回しになっているのかもしれない。

「わたし、お兄ちゃんじゃなくて、お姉さんみたいなきれいなお姉ちゃんが欲しかったわ。すてきなんだもの」

 プロンちゃんにそう言われ、セラはまんざらでもないみたいだ。

「はじめまして、セラフィニットです」

「プロンよ。飛竜と波濤ヴォラント・エ・ヴァーグの家紋を頂いているわ」

 大人を真似た口ぶりだ。

 気取ったというより、背伸びしたって雰囲気で可愛らしい。

「お姉さんはどちらのご家門なの?」

「僕は庶民だよ」

 セラの回答に、プロンちゃんの瞳が見開かれ、瞳孔が細くなる。

 一瞬だけ、双眸が爬虫類めいた。

 そういえばプロンちゃんは、先天性妖精化症候群。片脚だけ飛竜化しているんだった。

「お姉さんからエグマリヌさまやラリマーおじさまと、よく似た気配がするのに?」

「……えっ?」

「血の匂い、北の貴族よ」

 戸惑いがぼくらを頭を押しつぶして、足に絡みつく。 

 ぼくたちは勝手にセラの事情を話せないし、セラ本人は面食らっているのか言葉がない。

「センシティブな話題だった?」

 ニケル氏は申し訳なさそうに問う。

 一拍の沈黙を経てから、薔薇の唇が開かれた。

「ええっと……僕は父親が亡くなって、どんな人物か教えられていないんです。写真もないし。ただ遺産は多かったから、不自由はしていないんですけど」

「お父さんのこと知らないの?」

 プロンちゃんから驚きの声が上がった。

「うん。母さまが教えてくれなくて」

「うちのお父さんは、そういうの調べるの得意よ」

 プロンちゃんが誇らしげに言い放つ。

 ニケル氏は新聞記者だ。身元を調べるなんて、仕事の一環だろう。 

「いくらおれでも情報ゼロだと無理だよ。名前なり家紋入り遺品なり、せめてその遺産を取り扱った事務弁護士か。とにかくなんか手がかりがないと」

「事務弁護士ならアヴェンチュリンヌって名前です」

 途端、ニケル氏が止まった。

 まるで石化したのか、視線まで止まっている。

 固まった空気を呼吸するように浅く唇を開いて、さらに数拍、言葉を絞り出した。

「マジで?」

「え、ええ。去年、母さまが大病を患われて、もしもの事態があったらこの方を頼るようにって。訪問カードもあります」

 セラが白い手帳から訪問カードを差し出す。

「うそだろ、マジか」

 一瞥した訪問カードを返して、ニケル氏は大急ぎでどっかに向かう。

 芸術ホールを出る。

 内覧会は再入場できるからいいけど、どこへ行くんだろう。

 ニケル氏は質問も追いつけないくらい速足で進む。

 建物を出て、芝生の小路を進む。

 うららかな中庭には、白いテーブルと椅子が点在して、フリルエプロンの女給さんが銀盆を片手に歩き回っている。

 カフェだ。

 飼い犬を連れた紳士淑女たちが、優美にお茶やお喋りを楽しんでいた。あんまりにも綺麗だから絵画みたいだけど、珈琲の香りが漂っているから、現実なんだ。

「こんなところにカフェあったんだ」

「犬連れ専用の野外カフェだよ。王都民感謝デーは定休日だけどね」

 ならぼくが知らなくて当然だな。

 きょろきょろしていると、奥の席にラリマー編集長を発見。

 ミルクたっぷりのカフェ・オ・レ。マカロン全種類とメレンゲ全種類、それから大きなナッツ糖衣の格子パイ(コンヴェルサシオン)もテーブルに並べられている。

 お菓子の国だ。

 ニケル氏がずかずか近づいていく。


「ラリマー。お前、隠し子いる?」

「ぼくに恋愛趣味はないよ!」


 空色の瞳に、プロンちゃんとぼくたちが映った。頭痛に耐えるように、頭を抱える。

「ニケル。お前、子供の前で何ふざけたこと抜かしてるんだ……」

「ふざけてない。カイユーくんの友達の父親が身元不明で、財産手続きした事務弁護士がアヴェンチュリンヌなんだと」

「……は?」

「子爵家のお抱え、まだ辞めてないよな? アヴェンチュリンヌ女史」

「辞めてない……」

 遺産相続の手続きしたのが、ラリマー編集長の実家のお抱え事務弁護士?

 青空の瞳がゆっくりとセラに焦点を合わせて、青磁の瞳もラリマー編集長を凝視していた。

 血のつながりがあるか分からないけど、どちらも貴族的な面立ちだ。

 しばらく沈黙が落ちる。

 女給さんがやってきて、椅子を用意してくれた。注文を聞かれる。

 無視するわけにはいかないけど、ここで珈琲を注文してもいいのかな。

 みんなと目を合わせて戸惑っていると、ニケル氏が四人分のカフェ・オ・レのセットと、一杯の珈琲を頼んで、チップを弾む。 

 その間に、ラリマー編集長が事態を咀嚼できたらしい。腑に落ちてはないみたいだけど。

「従妹か、姪か……」

 喉の突っかかりを吐くように呟く。

腹違い(いもうと)ってのはないのか?」

「先代子爵の愛人が異性だったことは一度も無いよ」

 眉間どころか鼻梁にまで皺を寄せている。

 露骨に不機嫌さを振り撒いていた。

 ラリマー編集長、自分の父親を先代子爵って呼んでいるのは、貴族の作法なのかな。

「じゃあ兎も角、死んだ親戚で心当たりないのか」

「無いね。男子だと先代子爵の葬儀が最後だし」

「じゃあ死んでないんじゃね」 

 不意に呟いたのは、アルだった。

 死んだって聞かされているけど、セラの母親が嘘をつかれたのか、嘘ついたのかもしれない。

「容疑者が増えるなぁ」

「容疑者って言うな」

 ニケル氏とラリマー編集長が小声を交わす。

 セラのデリケートな話になってきた。

 どうしようと思っていたら、先にアルが気遣う。

「なあ、セラ。俺ら離れていた方がいいか?」

「僕とセラフィットだけにしないでよ。怖いじゃないか」

 セラがそう言うなら留まるか。

 カフェ・オ・レも運ばれてきたし。ほんものの珈琲を使ったカフェ・オ・レは、ミルクたっぷりでも香ばしさが段違いだ。

 入口から新しいお客さんが入ってきた。

 純白のノーブルプードルが三匹。

 由緒正しい猟犬のプードルだ。

 中流階級だと小型化したトイ・プードルを飼うけど、貴族は狩猟のために原種に近い大型を飼ってる。貴族御用達だから、ノーブルプードルって呼ばれている。 

 だから連れてきている飼い主も貴族なんだろう。

 ただすごい……太っている。

 普通に太っているくらいなら驚かないけど、人間ってあれだけ肥大化できるんだってくらい太った紳士だった。刺繍の乗馬服にレースのクラバットだから、余計に嵩が増している。

「……ひゃっ」

 小さな悲鳴を上げて、セラがアルの後ろに隠れた。

「どうしたの? セラ」

「あれ、あの太っちょ貴族だよ。この前、セラフィニットを付け回したの」

 あの貴族がセラを付け回したせいで、アルが大アトランティス展に誘われて、ぼくもついていくことになった原因。

 プードルを連れた太っちょ貴族が、こっちによいしょよいしょと歩いてくる。

 なんで一直線に歩いてくるんだ。

 ややこしい話をしている時に、厄介事が割り込まないでほしい。

 このカフェからどうやってセラを逃がせばいい?


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