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ミニャルディーズは幸せに 3



 大アトランティス展の内覧会の朝は、突き抜けるほどの晴れ模様だった。

 王立公園にあるヴェルメイユ・ホール。

 女王陛下即位十周年に建設されたホールだ。

 市民のために芸術展を開いたり、地下の音楽堂では演奏会が行われる。魔術師や学者の講義も開かれていた。

 大アトランティス展の内覧会ともなれば、裕福そうな身なりの紳士淑女ばかりが観覧している。

「普通の日は静かだね」

「普通の?」

 お嬢さま(セラフィット)状態のセラが、愛らしく小首を傾げた。

「ぼくは王都民感謝デーにしか入らないから」

 王都民なら半エキュで入れる日だ。 

 裕福でないご家庭でも、文化に触れられるように半額設定になっている。その代わり混雑するんだよ。

「俺んちも。妹連中が迷子にならねぇようすんの大変だから、結局、俺は何も見れてねぇんだよな」

 ホールの静けさを壊さないように、小声で会話を交わす。

 最初の小部屋には、硝子ケースの中にアトランティス発掘品が並んでいた。壊れた壺とか、青銅のナイフとか燭台とか。どれもこれも大きなサイズだ。

「どれも大きいねぇ」

「儀式用か?」

「第四人類は、平均身長二メートル半なんだよ」

 ぼくは知ったばっかりの知識を披露する。

 一応、アトランティス展の予習として、モリオン氏から頂いた全人類史シリーズの『第四人類』の項目に目を通してきた。難しいから途中で挫折したけど。

 中央の硝子ケースに、いちばん人だかりができていた。位置と人気からして、この部屋の目玉なんだろう。

 黄金の首飾りだ。

 やや赤みを帯びた金……というか飴色というか、不思議な深みのある色合い。葉アザミの意匠を豪奢に連ねている。

 すくんだ発掘品の中、瞳を引き付ける光沢だ。

「もしかしてこれ、オリハルコンか。ちょっと浮いてるじゃんか、純度すごいな」

 アルは素材に興奮していた。

 オリハルコンは貴重な魔法金属だ。所持や流通が制限されているから、これほどの質量はお目にかかれない。

 呪符の座金に使っている準騎士もいるけど、庶民には手が届かないものだ。

「すごいねぇ。アトランティス文明のオリハルコン装飾は、ほんっとに数が少ないんだよね」

「アトランティスといえばオリハルコンなのに?」

「文学的にはね。でも砂漠帝国クーヘ・ヌール朝の頃に発掘されちゃったアトランティスのオリハルコン工芸は、潰されて砂漠風に作り直されたんだよ。現存数は少ないんだ」

「なるほど」

「アトランティスの工芸が本格的に保護されるようになったのは、ダリヤーイェ・ヌール朝の末期も末期。大宰相ムグノティス・エマンが遺跡や遺産を保護をはじめてくれたから、アトランティスの美が現代に伝わっているんだよ。欠けたりしている出土品が多い中、これは完璧な状態で出土したから、さらに貴重なんだ」

「前は欠けてるじゃん」

 アルが突っ込む。

「オープンネックレスだよ。もともと前が開いているデザインなんだ。アトランティス後期で流行したデザインなんだよね」

 セラが嬉々として説明してくれる。

 オープンネックレスって概念を初めて知った。

「こっちのはサーベルタイガーの首輪って書いてあるよ。ペットにもオリハルコンなんだ」

「いいね。ペットとお揃いのネックレスか」

「肝心のサーベルタイガーはいないのか」 

「次の部屋が古生物だよ」

 アルの言葉に、ぼくは次の部屋を指さす。

「僕はまだネックレス見てる」

 セラを置き去りにして、考古学の小部屋から、古生物の部屋に進む。

 巨大な怪鳥の全身骨格が、両翼を広げている。小屋の屋根になりそうなくらい大きな羽根、それに嘴がぎざぎざになっていた。古代の猛禽ってこんな感じなんだ。

「でっけぇな……こいつがスパ……スパムパリュムデス」

「ステュムパーリデス」

 ぼくはすかさず訂正する。

「実物見ても言いにくい……」

 ラベルには個人蔵って書かれていた。

 もしかしてこれが教授のコレクションかな。

 魔王教授の佇む背景に、絶滅した巨大な猛禽。うん、良く似合う。

 骨格標本はサーベルタイガーやマンモスもある。巨大な頭蓋骨は玄冥魚ケートスだ。

「すげぇでけぇ」

「もう頭蓋骨で小舟くらいあるね」

 骨格標本の先に、レプリカだけど、アトランティス時代の人類の骨格もある。

 そして人間の骨格によく似た哺乳類が陳列されていた。

 進化した猿。擬人類たちだ。

 賢きホモ・サピエンス。

 猛々しきホモ・ネアンデルターレンシス。

 静かなるホモ・デルヴィリ・テスティス。

 穏やかなるホモ・フローレンシス。

 四大精霊を信仰していたアトランティスの民は、四を聖なる数字として、よっつの擬人類を侍らせていた。って、全人類史に書いてあった気がする。

 たしか……神聖と卑俗は天地の如く呼応せんがために、天に聖なるものがよつたり統べるならば地に卑しきもよつたり育まれしと、人類に擬した猿を仕えさせ……とかなんとか。

 全人類史シリーズは難しくて、文章はしっかり覚えてない。

「擬人類の骨格の方が、現生人類と似てるよな」

「そうだね。もし今生きていたら、ただの猿っぽい隣人だったかもしれない」

 アトランティス時代は圧倒的な身長差があったけど、現生人類と大差ないな。

 特にホモ・サピエンスとホモ・ネアンデルターレンシスが似ている。ホモ・フローレンシスは腕が長くて背が低いし、ホモ・デルヴィリ・テスティスは指が長い。

 でも絶滅してしまった。

 眺めていると、セラがやってきた。

「カイ、アル。僕は次のコーナーに行くね」

 化石や標本に一切目もくれず、さっさと次の部屋へと進んでいく。地質や化石に興味がないんだろう。

 次の広間のテーマは、現生人類のアトランティス美術か。

 発掘品や化石と比べて、一気に華やかさが増した。

「僕、これを見に来たんだ!」

 青磁の瞳を輝かせる。

 大広間の中心に佇むのは、巨大な彫像だった。

 うっすら薔薇色を含んだ大理石で、巨大な女神像が彫られている。二メートル半くらいかな。ってことは平均身長で、もしかして実物大なのかな。

 圧倒的な存在感だ。 

 それに今にも動き出しそう。

 凄い彫像で、足元には柘榴を咥えたケルベロス像も控えていた。ケルベロスの口許から、犬歯が覗いている。ケルベロスは犬じゃなくてトカゲなのに。

「アトランティス王女カルブンクルスの彫像だよ」

「聞いたことある名前だな……」

 アルは首を傾げてしまう。

「知らないの? 大ヒットしたオペラだよ。『王女と猛将』。予知で夫ルベリウスの敗戦を知ってしまって、絶望して独り命を絶つんだ。だけどルベリウスは王女の訃報で戦争に敗北してしまうんだよね」

 セラがすらすら語る。

 あらすじだけ聞くと援軍を出せばいいのにって思ってしまう。

 悲劇なんだろうけど釈然としない悲劇だ。

 アルはどう思ったんだろうと視線を動かせば、真剣に彫像を見つめていた。

「すげぇな」

「でしょ」

「これ、ヴィネグレット侯国産の結晶質石灰岩だろ」

 アルが嬉々として語る。

「大理石は俗称で、結晶質石灰岩って言うんだ。ヴィネグレット侯国産の大理石はうっすら薔薇色が入っているから、他の産地と区別しやすい。グレーの網目模様が入ってない一級品は、もう採掘されないから輸出禁止にされてんだよなあ。この規模の薔薇大理石が国内で拝めるなんて、絶対無ぇ」

 熱っぽい口調で語る。

 素材に集中して、造作は眼中にないみたいだった。

「注目するところ、そこ?」

 セラは青磁の瞳を眇め、そのままぼくへ視線を投げる。

「カイはどう思う?」

「ケルベロスが犬歯持ってるから、博物的じゃなくて伝統的表現だね。ケルベロスってほんとはトカゲの仲間だから」

「注目するところ、そこ?」

「感想聞かれたんだから、感想答えるよ」

「博物的に正しくないのは残念だな。こんな最高級の薔薇大理石なのに」

 アルの呟きに対して、セラは眦を裂く。

「芸術って、芸術以外の価値があっちゃ駄目なんだよ」

 小声で演説し始めた。

「芸術は芸術。もしそれに博物的価値や素材の価値、ましてや道徳的教訓なんて見出されたら、それは夾雑物だよ。美をどこまで純化できるかが芸術なんだから」

「唯美主義~」 

 アルがからかう口調で嘯けば、セラは軽く蹴りを入れる。

 ケンカになったら困る。

 美術展内でケンカなんて迷惑だ。

「ね、セラ。あっちの大きな絵画、あれもセラが好きそうな感じだね」

「うん。すごいパステルでカワイイ」

 巨大な絵画に吸い寄せられていく。

 パステル調の絵画には、白亜の神殿の大階段が描かれ、そこには美男美女が寄り添っていた。赤毛に花冠をしたふたりは、何か花びらみたいなものを撒いている。

 階下で取り巻く群衆も花冠をつけて、金の腕輪やオープンネックレスで着飾っていた。

 お祝いって雰囲気だ。

「王女カルブンクルスの結婚式か」

「だから花を撒いているんだ」

「花びらじゃなくて、今でいうドラシェみたいな砂糖菓子を撒いているみたいだよ」

 セラが解説文を読む。

「もったいなくね?」

「後で馬や擬人類たちが拾って食べるから、別に無駄じゃないみたいだねぇ」

 絵画の隅っこに、猿みたいな小さなひとたちが描かれている。

 ドラシェを拾って食べていた。

 細かいところまでよく鑑賞すると、ドラシェ取り合ってる擬人類や、サンダルに踏まれてるドラシェを取ろうとしてる擬人類もいる。


「あ、カイユーおにいちゃん」

 

 後ろから聞き覚えのある声がした。

 振り向けば、ニケル氏がプロンちゃんを抱えて立っていた。



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