表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
525/528

ポム・ダムールな情熱 (後編)





 幽体離脱して赤いドレスの子を追いかける。

 あの女の子は、辻馬車を拾っていった。

 どこへ行くつもりなんだろう……? 

 ただ家に帰るだけかもしれない。

 しばらく見守っていると、ぼくのよく知った通りに入った。

 赤煉瓦の建物が居並ぶ職人通り。

 ここらへんは民家はない。大きな音を出す工房が集まっていて、夜だって結構な騒音が響く通りなんだ。

 自宅じゃない……?

 辻馬車は大通りからひとつ離れた通りに入り、止まった。

「えっ……ラリマー新聞社に?」

 あんな女の子が新聞社に何の用事だろう?

 しかもエランさんの誕生会のお客になるような子が。

 ……それを言ったらぼくも出入りしているから、似たような境遇の子がいても不思議じゃないけどさ。


「モリオンさん、ここにいないのっ?」


 女の子の愕然とした叫びが発された。

 え、モリオン氏のお客なの?

 思いもよらない名前が出されて面食らってしまった。

「はい。アンお嬢さま、モリオン氏は先日、北極ダンジョン発掘にお戻りになられました」

「……すれ違い!」

 ショックだったのか、その場に崩れ落ちる。

 きれいな赤いドレスが床につくのもお構いなしだ。

 さすがに玄関先で蹲られているのは、執事さんも迷惑だろう。上品な表情ままだけど。

「宜しければお飲み物をお出しします。応接間へどうぞ」

 おとなしく応接間に案内される。

 ソファに優雅に座っていたけど、独りで何かぶつぶつ繰り返していた。

「でもこういうすれ違いイベントでも、恋愛値の足しになるわよね。モリオンさんに会いに頑張ったんだもの。何かのフラグ立つかも」

 うーん。ただモリオン氏に会いに来ただけで、予告状とは無関係なのかな。

 ぼくは一旦、エランさんのパーティー会場へと戻った。

 



 ひらひらと光と翳の入り交ざる木陰。

 花咲月の木陰は、昼寝として最高の場所だった。

 そこでぼくはリチェスに膝枕されていた。遠くから風と音楽が流れてくる。花びら一枚も。

 ぼくの額に花びらが落ちる。

 それをつまんだリチェスと視線が合った。

「いいお目覚め?」

「分かんない」

 ぼくがそう答えながら起き上がると、リチェスはりんごあめを渡してくれた。

「さっきの騒ぎ。あれ、近所の子のいたずらだったみたいよ」

「いたずら?」

「お菓子めあてのいたずら。誰かひとりがこっそり予告状をどっかにおいて、警備してる従僕がびっくりしている隙に、近所の子たちがたくさんなだれ込んだみたい。かなりキャンデイが取られたらしいわ」

 単なるいたずらか。

 怪盗の名前を騙って、狙いはお菓子。はた迷惑ないたずらだ。

「……ほんとにいたずら?」

 ふと、さっきの赤いドレスの女の子を思い出す。

 騒ぎが起きる寸前、ぼくを「お菓子めあてにパーティーに忍び込んだ」とか言っていた。この騒ぎを予見していたみたいに。

 そして騒ぎが起こった途端に、抜け出した。

 やっぱりあの子、何か知ってるんじゃないかな?

 好奇心を飲み込んだけど、リチェスはぼくの額を軽く押す。膝枕の体勢に戻されてしまった。

「まだ気になることあるなら、行って」

「ごめんね」

 

 



 もう一度、星幽体になって飛ぶ。

 ラリマー新聞社の玄関ホール。そのすぐ手前に、新しい箱馬車が留まっていた。

 降りてきたのは、さっき演説していたご婦人だ。

 怪盗追い続けて23年という悪趣……変わっ……えっと、独特な女性。

 応対したのは、執事さんだ。

「いらっしゃいませ、リュビさま。アンお嬢さまなら、応接間にいらっしゃいます」

「連絡ありがとう。世話をかけてしまったわね」

 ご婦人が応接間に入る。

 美少女が小さな悲鳴を上げた。

「ママ!」

 母娘だったの?

 容姿は似てない。そう、まったく似てない。図書室が似つかわしい母親と、舞台の真ん中が相応しい女の子。

 だけどよく見たらドレスの生地が同じだ。デザインが違うせいで印象は異なるけど、織りや染めが同じ。それに見た目は似てないのに、ふたりとも、赤が似合う。

「アン。偽予告状の犯人が、自分の娘だったなんて」

「犯人? わたしが? ママの推理が外れるなんてお生憎さまだこと」

 ふぃっと視線を逸らす。

「ええ。実行犯は捕まったわ。近所の坊やたちのいたずらだったみたいね」

「でしょうね! わたしは無関係よ」

「……でもね、アン。怪盗さまはエクラン王国の子供には知られていないの」

「えっ?」

 アーモンド形の瞳を丸くした。

「たしかに怪盗さまはこの王国の出身で、一世を風靡したわ。でも1623年の活動を最後に、エクラン王国では活動されていないの。ママ世代なら忘れえぬ名だけど、この王国の子供たちにとってはまったく知らない過去の人物よ」

「親から聞いてたのよ」

「だとしてもエランさんのティアラは誰から聞いたのかしらね?」

「噂好きのおばさんから聞いたんでしょ」

 なおも言い返す娘に対して、母親の眼差しが冷たくなる。

「ティアラを知っていて、かつ怪盗さまの名を出すという発想。その条件ふたつを備えている人物は多くはないわ。この計画、誰が糸を引いたのかしらね」

「わたしだって言うの? いやだわ、ママったら。娘を疑うなんて冷たい」

 ああ。彼女が計画したのか。

「だから、さっき、ぼくに忍び込んだ男の子かって聞いたんだ」

 つい声が出た。

 アーモンド形の瞳が、たちまちぼくの姿を見つける。

「幽霊!」

「あの、はじめまして。肉体無しですみません。今は幽体離脱してるけど、さっきその子に話しかけられたんです」

 娘さんのアンは魔力が高いみたいだけど、母親はまったく掴めない様子だった。

 丸メガネの奥の瞳はぼくに焦点が結ばれないけど、声の方向と音量から察したのか、だいたい視線を合わせてくれる。

「私には星幽体を視認できるほど魔力がないの。ところで、さっき話しかけられたというのは?」

「その子、ぼくに「お菓子めあてにパーティーに忍び込んだんじゃないの?」って聞いてきたんです。騒動が起きる前から」

 それは致命的な証言だったらしい。

 美少女の形相が歪む。

「アン。こんな計画を立てて。レトンさんやエランさんに申し訳ないわ。謝りに行きましょう」

「ママだって怪盗の聖地巡りとかしてるじゃない。わたしがモリオンさんに会いに行ったらダメなんて、意地悪するからじゃない!」

「ママは独りで楽しんでいるだけで、怪盗さまの時間を頂こうと思っていないわ。あなたはモリオンさんの都合も聞かず、会いたいだけで会おうとしているじゃないの。だから禁止したのよ。モリオンさんの時間はモリオンさんのものよ。親でも友達でも恩師でも、モリオンさんの時間の使い道を誰も強いれないわ」

 かなり手厳しく窘められ、きれいな顔はくちゃくちゃに歪んでいた。

 怒りそのものの歪みだ。

 母親は執事さんに謝り、電話を借りに行く。

 残されたアンは、きれいな顔を歪ませたままだった。

「……妨害系ってストレス。脚本家もなに考えてるのよ。デリートできないのかしら」

 硝子めいた目玉で、ぶつぶつと何か繰り返していた。 


 


 あの女の子が怖くなって、ぼくは早々にリチェスのところへ戻った。出迎えてくれた微笑みは優しくて、ぼくはほっとする。

 お祭りの中、りんごあめを食べながら、リチェスに経緯を報せた。

「モリオン氏に会いたいからって、予告状偽装なんて大それたことしたね」

 禁じている母親の目を盗むために、犯罪者の名前を使って、近所の子を扇動するなんて。

 もういたずらで済まされない。

「誰かに会いたいって気持ちは強いのよ。もちろん手段を間違ったらだめだけど。誕生日をめちゃくちゃにするなんて、ひどいもの。信じられないわ」

 ぼくは深く頷く。

 エランさんはここのところ散々だったんだ。

 これで誕生日まで台無しにされたら、不幸すぎる。

「被害がキャンデイだけで、まだよかった」

「ええ。キャンディ屋は店じまいしたけど、別のお菓子を作ってるみたい」

 リチェスの言葉に導かれたのか、いい香りがひとつ、ぼくの鼻孔をくすぐった。

 バターとバニラが絡んだ甘い香りが、熱を持って運ばれてきた。誰だって幸せになりそうな香りだ。

「カイユーくん。バタータルトが焼きあがったみたいよ」

「でもリチェスは食べられないじゃないか。輪投げもやってるよ」

 ぼくは遊びのコーナーを指さす。

 シルエット切りもいるし、曲芸師たちもいる。

「うーん。他のひとが食べてたら羨ましいって思うけど、カイユーくんはいいの。わたしまで嬉しくなるから」

「……そうなの?」

「だから、たくさん食べて。ね」

 リチェスは微笑む。

「大人っぽくなったね、リチェス。働いているから?」

「もともとが子供っぽかったのよ。理想の身体が手に入って、カイユーくんと友達になれて浮かれて、何かしたいって気持ちばかり空回りして。なんでもできる気分だったわ。だから、とうとう暴走して……」

 長いまつ毛が震えれば、大粒の瞳が翳る。

 教団残党のメルキュールを殺しかけた件か。

 悪いひとと同じになりたくないって言ってた。

「わたしはもっと大人になりたいの。カイユーくんの傍にいる女の子(わたし)は、ワガママなコドモより、しっかりとしたレディがいいの」

 そう言ったリチェスの横顔は、かっこよくて、大人っぽくて、それから……きれいだった。

 女の子を可愛いと思わず、心からきれいだと思ったのは、生まれて初めてかもしれない。

 

 


 

 騒動は終わったと思った翌々日。

 ラリマー新聞社を訪問したら、モリオン氏と鉢合わせた。

「北極ダンジョン発掘に帰ったんじゃないんですか!」

「ニケル先輩の経過を診に寄ったんだよ。他にも講演会とか挨拶回りとか、いろいろあるけど……」

 どうして会いたくないぼくと鉢合わせて、あんなに会いたがっていた女の子とはすれ違うんだ。

 世の中そういうものなのか。

「カイユーくん。エラの誕生会に出席したんだよね。何かあったのかな? 全員、ボクに口を濁した感じだったけど……」

「偽怪盗騒動ですか。アンって女の子が、モリオン氏に会うためにニセモノの予告状を作って、近所の子を唆して出させたんです」

「アンバーが?」

 驚きに黒水晶の瞳が揺らぐ。

「カルトン共和国で下宿していた家のお嬢さんだよ。アンバーが発掘現場にいるボクを追いかけてきて……さすがに危険だから、ご両親に接触禁止にしてもらったんだ。ボクが誘惑したわけじゃないからね」

「……はあ」

 なんだか言い訳がましいな。

「ボクはミヌレさまが未亡人になったら求婚できるように、身辺はきれいにしているんだから」

 高らかに言い切る。

 ……つまり教授の死亡待ち宣言だった。

 嫌悪感が一瞬でボーダーラインを越した。やっぱりだめだ、むりだ、きらいだ。

「カイユーくん。すごい形相だけど、ボクを疑ってる?」

「発言の内容を疑ってないので、嫌な気分になっています」

「ボクは本当にミヌレさま一筋だよ」

「義理の叔母ですよ」

「ミヌレさまはボクの求婚を禁じなかった。それがすべて。世俗の法にボクが囚われるとでも?」

 ぼくとしては痛いところを突いたはずなのに、モリオン氏ときたらむしろ誇らしげだった。

 義理とはいえ、叔母に求婚する男はかなり嫌だな……

「だからアンバーが勝手に追い回しているだけで、ボクは潔白なんだよ」

「なるほど」

 主張は理解した。

「恋は魂を懸けるに値する情熱だ。とはいえ怪盗を騙って迷惑を振りまくなんて、ご両親にしてみれば最低の愚行だな。甘い顔するはずない。叱られるだろうから、アンバーも懲りただろう」  

「懲りた感じしなかったですよ。なんて言ってたかな……ええっと」

 あれはカルトン共和国の独特の言い回しなのかな。慣用句的な。

「すれ違いイベントでも、恋愛値の足しになる……じゃなかったかな、それはもっと前か。叱られた後に、妨害系ってストレス。脚本家もなに考えてるの……みたいな」

 刹那、モリオン氏の顔色が変わった。

 こんなに人間の顔色って、豹変するんだ。

「予知発狂……? まさか、どうして」

「モリオン氏? ぼく、何かまずい言い回しをしました?」

「いや、ありがとう。恩に着る。一生着ても構わないくらいだ。放置したら取り返しのつかない事態になっていた」

 顔色を青ざめさせたまま、モリオン氏は素早く立ち去る。向かう先は電話室だった。

 なんだったんだろう。

 モリオン氏が困るなら兎も角、エランさんや教授が困らなければいい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ