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第十話 血の海に沈め、密売ヤー


 オリハルコン鉱山『空中庭園』に赴くため、国境の山脈越えを決行する。

 わたしは服一式をマントに包んで首に縛り付け、ピンブローチで留め、一角獣に獣化する。

 針葉樹の山並みを、四つ足姿でひた走った。

 

 問題がひとつ。


 ここ、飛竜の生息地なんだよね。

 飛竜っていうのは、竜とは違う種族だ。

 どっちかっていえば蜥蜴に近い生き物。翼が大きくて前足がない。

 竜は知能と魔力が人間を上回るけど、飛竜の知能は馬とか犬くらいかな。基本的には獰猛な肉食メインの雑食爬虫類だから飼えないけど、卵から孵化させるとその人間を身内だと思うのか、背中に乗せるようになる。これが竜騎士の騎乗する竜だ。

 竜騎士は本当に数が少ないけどさ。

 理由は簡単、餌代が凄まじいから。

 莫大な飼料を用意できるか、広大な山をひとつ所有しているか、どっちかじゃないと飼えない。

 

 それでもやっぱり竜騎士ってのは憧れのひとつだし、卵は高値で闇市に流れる。

 

 だから密猟者も多い。

 わたしは鉢合わせた密猟者の太ももを突き刺す。

 容赦しないぞ。


「転売ヤーは死すべき!」

「転売ヤー?」

「あっ、間違えた。密猟者は死すべき!」


 密猟者が存在するってこと自体が忌むべきことだ。

 こういう倫理観の薄い奴が森に入ると、他の動植物を踏みにじって価値の高い獲物だけを求める。

 貴重な花の一株のために、芽吹きは踏みにじられて、川の流れが崩され、小鳥の巣が落とされる。挙句の果てに希少価値を高めるため、持ちきれない株を焼き払ったりする。それが密猟者だ。

 卵は危険度が高いから、生え変わりで抜け落ちたうろこだけ狙う密猟者もいる。

 初心者の密猟者も厄介だ。他の動物の餌場や水場を踏み荒らし、火の不始末で山火事を発生させたりするのだ。

 そういうのは山が死ぬから辛いって、ロックさんが言ってた。ゲーム中で。つまりわたしの予知の中で。

 だからわたしの目の届く範囲で、「密猟者は死すべき」していく。  

「クワルツさんは吠えて追っ払うだけですね………ぐさっとやらないんですか?」

「吾輩の怪盗倫理と犯罪哲学に、恋と殺しは含まれていないのだよ」

「すみません。わたしが密猟者を殺すの、ご不快でしたか? 控えます」

 わたしが案じると、クワルツさんは首を横に振った。

「不快とも違うな。吾輩とて畑泥棒は、胆礬農薬に沈めたいと思っている。毎年な。だが殺しはしない。吾輩が抱える哲学と理論では、殺傷を良いとも悪いとも判断できんからだ。判断できないことは、実行しない。吾輩はそう決めているに過ぎん。ただミヌレくんが殺すのは自由だ。別に良いとも悪いと思っていないから、止めもせんし促しもせん」 

「じゃあ密猟者は滅しますね!」

 わたしは飛竜の卵を狙う連中を、軒並みぐっさり刺した。  





 血の海と夕焼けで地面が朱色に染まる頃、卵をひとつ取り返せた。

 長細い卵で、蛇とか蜥蜴の卵のかたち。でも大きさは人間の赤ん坊くらいだ。

「飛竜はこの時期に卵を産むんだな。早くないか?」

 鳥たちは雛が凍えないよう春に産卵するから、もっと後に卵を産む。

「早くないですよ。飛竜って、孵化に70日から80日ほどかかりますからね。ぴぎゃーって殻を破るころには春です」

 『幻獣解体新書』に孵化日数が書かれていた。

「ずいぶん孵化するまでかかるのだな。巨大な生き物だから当然か。ウズラは17日だから、なんとなくその感覚だった」

 わたしの飼料袋に卵を入れる。

 巣の場所は分からんけど、この卵は返さないとな。

 オニクス先生の居場所を早く掴みたいけど、飛竜の卵は親元に返したい。

「飛竜はもうちょっと高い標高に巣作りしているはずです」

 わたしたちが峰を昇っていくと、北の果ての茜空には赤い粒が星みたいに輝いていた。

 遠くだから星粒にしか見えないけど、あれこそエクラン王国が有するオリハルコン鉱山、通称『空中庭園』だ。

「クワルツさん、ほら、あれ、空中庭園ですよ」

 空中庭園まであと少しだ。

「ほう。思った以上の高度だな」

「ええ、だから、風の加護が希薄なんですよ。それどころか四属の加護がほとんどない」

「水風火土が使用できんのか」

「使える魔術は闇光獣、それから反属性ですね。たとえば風の反属性【静寂】、水の反属性【水上歩行】、土の反属性【石化解呪】【浮遊】あと【土坑】です」

 わたしのマントを留めているピンブローチが、夕日を浴びて光沢を増した。

 瑪瑙には【土坑】の魔術が宿っている。

「もうちょっとで王立星智観測所ですね。ロープウェイがそろそろ見えてくるはずなんですが……」

「この夕暮れでは見れんだろう」

 空中庭園と星智観測所を結ぶ航空便として、ロープウェイが結ばれている。

 ロープウェイのゴンドラに密航するか、ロープの上をえっちらおっちらと渡っていくか、そこは警備状況と風力で判断する予定だ。

 ごつごつした岩肌をさらに昇っていくと、緑色の塊が見えた。

「おっ、あれは飛竜の巣ではないか?」

 嬉々として近づいてみれば、針葉樹の枝が三角に組まれている。

 むうぅ、残念。これは飛竜の巣じゃない。

 密猟者の野営跡だ。

 冷たい風が吹いてきた。冬の太陽は勤務時間が少なくて、もう日が落ちようとしている。切り立った岩の落とす影は、冷たく暗い。

 

「ミヌレくん。吾輩はライカンスロープ解除させてもらいたい。魔力が限界というわけではないが、回復させておきたくてな」


 空中庭園まであと少しだけど、あと少しだからこそ休んだ方がいい。丁度いい休憩所だし、飛竜の巣も探したいし、どういう警備状況なのか分からん以上は魔力を回復させておくべきだ。

 焦る気持ちを理性で抑える。

「夜明け前には出立できると思う」

 クワルツさんは針葉樹の屋根下で、獣化解除した。

 わたしは魔力が尽きるってことないし、一角獣でいる方が寒くないのでそのままでいる。一角獣って北の雪山を生息地にしているから、寒さに強い毛皮なのだ。

 疲れを感じてないけど、火の跡の近くで身体を休ませた。

 土がほのかに暖かい。

 かすかなぬくもりを敷いて、わたしはドライフルーツを一粒、食んだ。


 ――自室にドライフルーツを常備しておくといい――

 ――謹慎中でも、脳に糖分が行き渡って勉強が捗る――


 オニクス先生の声が、鼓膜に蘇る。

 謹慎が終わった後にくれたアドバイスだ。そう、謹慎後なんだよね。

 わたしがまた謹慎するって予測してるし、謹慎中でも勉強するだろうって疑ってない。罰を受けないように注意するんじゃなくて、部屋にいる時間を有意義に過ごせるように助言してくれた。

 ドライフルーツより甘い記憶を噛み締める。

 ああ、先生に、会いたい。

 空中庭園に行くのは、正解なのかな?

 わたしは先生に近づいている? それとも遠ざかっている? 答えがわからない道を進むの、疲れる。

 今まで予知に導かれてきた。

 どこにどんなアイテムがあるか、どのイベントをこなせばどんな結果が訪れるか、すべて知っていた。

 今はすべて手探りだ。

 ラーヴさまのことオンブルさんに調べてもらっても無駄足だったし、図書迷宮に行かなくたって結局は元に戻れるようになった。なんだか空回りしている気がする。

 本当にこのまま進んでいいの?

 また空回りじゃない?

 ゲームみたいに時間をリセットできないし、立ち止まるたび不安になる。 

 ………でも、これが狂っていない人生だ。

 狂気のまま生きて他人を娯楽扱いするより、不安という脆弱さを抱えた方がまだ美しい。


 いやいや、不安がってたり陶酔していたりして、わたしは馬鹿か。

 思考を怠けさせている暇はない!

 

 脳漿を絞れ。

 行動を練れ。 

 

 先生がいると仮定して、作戦を立てるんだ。

 もし空中庭園に先生が監禁されていたら、わたしを捕まえようと賢者は網を張っているはず。


 わたしが賢者側だとして、ミヌレを無傷で捕まえようとしたら………

 人型なら魔力が無限大。

 一角獣型で物理速度が地上最速。ついでに毒は完全無効。

 えっ……?

 こんなの捕まえるの……? 化け物じゃない……? 怖…っ

 

 まず魔術をなんとかしよ。

 無傷で魔術が行使できないようにする魔術ならある。

 反風属性【静寂】か、闇属性【沈黙】だな。

 【静寂】は空間に対して、【沈黙】は術師に対してかける魔術だ。

 わたしは闇属性が通りにくい。

 使うんだったら、確実性の高い【静寂】。

 魔術が使えない空間にして、魔術騎士のなかで物理得意なやつ数名使って、わたしを捕縛。

 いや、でも一角獣状態だったら、魔術騎士でも振り切れるし………

 一角獣だと【蜘蛛】だって躱せちゃうんだよな。

 だいたい一角獣に対して有効な魔術があったら、『処女で誘って無力化する』って戦法、とっくに廃れてるよね。未だにこの戦法ってのは、他に有効打がないせいだろ。

 これは一角獣状態を解かなきゃ、なんとかなるのでは?

 すでに発生した魔術を解除する【抗魔】があるけど、これって獣属性に効かないんだよね。獣属性魔術のライカンスロープとファミリアは他人が強制解除できない。

 

 うつらうつら思考していると、突風が吹いた。氷と同じ温度の風が、顔に打ち付けてくる。

 暗い。

 まだ夜が明けていないのか。

 月がどれだけ傾いているか探すため顔を上げれば、視線の先には飛竜がいた。

 凶悪に血走った眼が、わたしを見下ろしている。

 あれ? ひょっとかして、わたしたちを卵を奪った密猟者だと、思っている?


「クワルツさん、飛竜です!」 


 あっ、どうしよ。一角獣状態だから、言葉が通じない。

 だけどわたしの叫びがあんまり悲痛だったからか、クワルツさんは即座に獣化して飛び出してくれる。

 この高低差の激しい岩場は、飛竜の独壇場だ。

 一角獣は四つ足の獣では最速だけど、天翔ける飛竜からも逃げられるか?


 飛竜はぐるるぅと唸り、そして地面に降りた。

 口を閉じて、小首をかしげている。なんだろう、この動作。敵対している動作じゃない。

 きゅう、きゅう、と可愛く鳴き始めた。

 翼を片方だけ羽ばたかす。

 片翼には、傷跡がある。

 ……あ、こいつ、わたしがずっと前に助けた飛竜だ。ロックさんとサブイベ消化しているときに、うろこ目当てに助けた飛竜。

 

「卵を返したいんだけど」


 わたしの言葉に、飛竜は後ろ足で卵をそっと掴む。そのまま飛んでいくと思ったら、何故かホバリングしてる。

 きゅうきゅうと鳴く飛竜。

「ついてこいって言ってるのでは?」

 わたしたちは飛竜を追って、真っ暗闇の岩肌を駆けた。

 一角獣の蹄は絶壁をも昇る。

 風雨が届かない岩陰に、針葉樹の葉っぱが敷き詰められた緑の巣があった。奥には小柄な飛竜が蹲っている。

 卵が戻り、きゅいきゅい鳴く飛竜たち。頬を摺り寄せている。

 ここが二匹の愛の巣か。

 飛竜の巣を興味深く眺める。

 たっぷりと敷かれている針葉樹は、胸を清々しくさせる香りだった。雪の塊があるけど、なんか赤く染まってる。

 飛竜は積もっている雪に口を突っ込む。

 死体を取り出した。

 あ、さっき太ももを刺した密猟者だ。飛竜たちの食料になったのか。

 つがいの飛竜は、密猟者だったお肉を半分に引き裂いて、わたしたちの前に置いた。内臓がびょろっと弾け、臙脂色の血が蹄にかかる。

「ごめんなさい。わたしは草食動物だから、お肉が食べられないんです。残念ですけど」

 丁重にお断りする。

 飛竜は半分にした密猟者の半分を、また雪だまりに突っ込む。

 ひょっとしてあの雪は、氷冷庫として使ってんのか。幻獣解体新書の説明より、知能が高いな。それとも人間の前では狂暴化して、知能が計りづらいとか?

 飛竜は何か小さなものを出す。

 ナナカマドの枝だ。枝の葉っぱを落ちているけど、赤い実が鈴なりに実っている。

 わたしがナナカマドの実を食べると、飛竜はぴぎゃびきゃと可愛い鳴き声を上げた。喜んでるみたい。

 みんなでご飯を食べる。

 つがいの飛竜は密猟者でわたしは実だけど、どっちも真っ赤ね。

 ナナカマドの実ってジャムにしないと口にできないくらい酸っぱいけど、一角獣の味覚には合う。それに新鮮な果実なんて久しぶり。

「クワルツさんは食べないんですか?」

 何故かクワルツさんは横になっていた。寝足りないのかな?

「遠慮する。人間を食べるとオンブルが嫌がるのでな」

 そうなのか。

 枝についたナナカマドの実を食べ終わったら、飛竜がわたしの胴体をがぶっと噛んだ。


 えっ? 喰われる?


 果実を喰わせてから、食べようって腹積もり?

 ナナカマドはフィリングだった?

 焦ったけど、飛竜は牙を立ててない。わたしを優しく咥えて、背中に乗せただけだった。クワルツさんも乗るように促す。

 わたしとクワルツさんが、飛竜の背中に乗る。

 たちまち巨大な両翼をはためかせ、月沈む空へと飛び立った。

 地面が離れていく。

「人から育てられない飛竜が、人間を乗せるなんて………!」

「吾輩たちは今、人間ではない」

 せやな。 

 一角獣と魔狼だったな。

 ひょっとしてライカンスロープ術を使用していると、野生の飛竜に騎乗できるってことなの?

 さっきの餌のお裾分けといい、これ、獣属性の同人誌…じゃなくて、論文が一本できるんじゃないか。

 ライカンスロープ術を使用して、非人間状態による幻獣の観察。

 うん、書き甲斐がある。まず類似の先行研究を調べて……アァ~、魔術解剖学を修めてないと、先行研究の閲覧許可が下りねえ~

 この現象が他の飛竜でも可能なのか、再現性を確かめたいのに~


 飛竜がぴぎゃぴぃと鳴く。


 クワルツさんが飛竜の胴体に頬ずりした。

「ふむ。行先を尋ねられている気がする。直感だが」

「飛竜さん。わたしたちは山越えっていうか、空中庭園に行きたいんですよ」 

 

 飛竜が頷く。

 夜明け前の紺色を切り裂いて、一気に高度を上げた。

 すごい。【飛翔】だとこんなに高くまで飛べない。だって上空は空気が薄い、つまり風の加護が少ないもの。【飛翔】が使えないくらい高度を、悠然と羽ばたいている。

 魔術でこの高さを飛ぶとなったら、獣魔術【飛竜羽化】しかない。


 ゲームでは飛竜に乗れるなんてイベントは無かった。

 予知から逸脱するのも素敵だ。

  

 灰色の山脈を越えると、夜が明ける。

 朝焼けが広がる、赤い大地。


「あれが、飛地………」


 真赭色の荒れ地が、どこまでも続いていた。



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