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永久夢的チーティング  作者: 猫目石琥珀
外伝 魔王教授の課外授業 第八夜
497/502

六限目 時計屋は時刻がたくさんありすぎる



 夕化粧(ベル・ド・ニュイ)が蹄を止める。 

 大通りの先に、箱馬車や二輪辻馬車が詰まっていた。こんな広い通りで渋滞するなんて珍しいな。事故かな。

「ぼく、見てきます」

 ひょいと肉体を抜け出して、星幽体で渋滞を越える。

 警兵や憲兵たちが何人もいて、道の真ん中に杭を打っている。完全に封鎖していた。

 倒れている人があっちこっちにいる!

 その近くには、白い魔術師ローブを羽織ったおじいさん。白いローブは治癒魔術師だ。

 急病?

 それとも喧嘩とか、通り魔?

 現場に魔術師がやってきた。ローブから護符を出して、警兵が打った杭に設置していく。

 あの護符、もしかして【毒雫】?

「また水銀被曝か?」

「倒れている被害者の様子からして、同一かと」

 ぞっとする話を聞いてしまった。

 もっと早くここを通っていたら、ぼくたちが巻き込まれていたんじゃないか。

 写真館の子が水銀に蝕まれていたら、兄さんの管理が疑われる。おじいちゃんが残した写真館が営業停止になってしまう。

 星幽体に水銀は干渉できないけど、この場にいたくない。

 ぼくは逃げるように、肉体に帰る。

「水銀被曝が起こっているみたいですよ」

「……例の件か」

 モリオン氏は真っすぐ前を見据えて、独り言ちた。

 物々しい空気になったけど、エランさんとリチェスは暢気なまま。

「ねえ、リオ。時計屋までどれくらいかしら? 歩いて行った方が早いんじゃない」

「そうだね。あともうひとつ向こうの十字路に、時計屋があるよ。裏通りを回ればすぐだ。先に行っててくれ」

 モリオン氏の言葉が終わらぬうちに、エランさんが馬車から降りる。

 言われた通りに進めば、時計屋に辿り着いた。

 十字路の角に建つ時計屋は、重厚な柱時計を思わせる店構えだ。硝子窓には金文字が綴られている。

 ぼくみたいな子供には高級過ぎるんじゃないかな。

 門前払いを喰らわないか不安になっていると、リチェスは堂々と扉を開けて進む。エランさんも続けて入っていく。

「ごめんください! 懐中時計が見たいの」

 ぼくは店に入って重い扉を閉めた。

 店内は掛け時計と柱時計たちが、壁を埋め尽くしていた。どれも深みのある木材で作られて、レース細工みたいな長針と短針が回る。針の差す時刻が、すべて違っていた。

 時間の森、なんとなくそんな言葉を思いついてしまう。

 磨かれた一枚板のカウンターの奥には、金彩細工や陶磁器の置き時計が並べられている。

 さらに奥に在る扉が開いた。

「いらっしゃいませ。お待たせしてすみません」

 店員と目が合う。



 エジル氏だった。

 兄の恋人の。



 エジル氏は緑褐色の、ルイ兄さんに言わせれば海藻色の垂れ目を瞬かせ、ぼくを見下ろしていた。

 あ、固まってないで、リチェスとエランさんに紹介しなくちゃ。

「ぼくの兄の友達で、エジル氏です」

「カイユーくんのお兄さんの友達なんだ。わたしはリチェス、カイユーくんの友達なの」

 元気に自己紹介してくれる。

 ただエジル氏は戸惑っていた。ぼくとリチェス、それから後ろのエランさんで視線を彷徨わせる。

「えーと、カイユーくん。この店のこと、ルイに聞いたの?」

「いえ、友達が時計をプレゼントしたいからって、たまたま偶然です」

「そっか。運命か」

 そんな仰々しいものでもない気がするけど、エジル氏はにこやかだった。

 垂れ目の目尻がますます下がる。

 ルイ兄さんが語った形容、泣きボクロがありそうだけど無い顔ってよく分からなかったけど、日差しの下で目にするとなんとなく伝わる。面長で、肌にシミもソバカスもないから、付けボクロしたら映える顔立ちなんだ。

「ここ、エジル氏さんのお店だったんですか」

「まさか。ただの従業員で、修行中の弟子だよ。そのうち独り立ちしたいけどね」

 二十歳くらいなら修行中で普通か。

 うちの写真館だって父さんと母さんが元気だったら、兄さんと姉さんが背負わなくてよかった。

「そちらお嬢さんはパティーヌさんの友達かな?」

「エランさんはぼくの進学相談に乗ってくれるひとです。姉さんとも知り合いだけど」

「進学か。大変な時期だね」

 そう言いつつ、カウンターの奥からいくつか天鵞絨の小箱を出してくれる。 

「このくらいのサイズが軽めで、扱いやすいかな。シンプルで普段使いに適している」

 真鍮製の小さめ懐中時計を並べてくれる。

 蓋つきから蓋無し。蓋に硝子を填めたもの。あとつやつやした金色から、古色仕上げして風合いを醸したタイプもある。

 事務員さんとか会計士が持っていそうな、シンプルかつ扱いやすそうな懐中時計だ。

 リチェスは目を眇めて、視線を奥の棚へと向けた。

「あの木製のも懐中時計?」

「ああ、これは帝国産の時計に、モンターニュの木工細工の台がついているんだ」

 六角形のコンパクトみたいだけど、蝶番の部分がごついな。表面には雪の結晶が、寄木細工されている。

 エジル氏は木彫細工を開く。

 中には懐中時計が嵌めこまれて、六角の木彫は台になった。

「旅行用だよ。懐中時計は取り外して身に付けられるし、旅先のホテルに時計が無い場合でも枕元に置いておけば安心だろう」

「すてきね。肌身離さず部屋にもおいておけるの!」

 リチェスは瞳を輝かせていた。

「帝国産の銀時計だから、値は張るよ」

「このくらい買えるわ」

 意気込むリチェスだけど、エランさんがそっと近づいてきた。

「リチェスちゃん……高価過ぎるものは、センスが足りないわ」

「……センスが?」

「そう、美的センスよ。お金っていくらでも払えてしまうものでしょう」

 支払えません。

 大富豪の一人娘は言うことが違うな。

 ………ああ、でもエランさんの友達や先輩も、お金ならいくらでも出せてしまうのか。そういう世界で育ったひとなんだ。

「他のお友達と同じ価格帯なのに、目を引かれる。それこそが貴婦人の清く正しき贈り物」

「でも時計がいいの」

 しょんぼりとした空気に包まれてしまう。

 静けさの中、エジル氏がカウンターの引き出しから、薄葉紙のかたまりを出してきた。

「おもしろくて珍しいものがあるけど、これはどうかな」

 薄葉紙の紐をほどいていく。

 包まれていたのは、革のブレスレット?

 鞣革がベルト状になっていて、真ん中に何か入れるためなのか、ぽっかり円形に開いていた。呪符か護符でも填め込むのかな。それにしては大きいな。

「懐中時計を手首につけるためのバンドだよ」

 エジル氏は説明しながら、自分の懐中時計の時計鎖から外す。革ベルトに填めて、手首にくるっと巻いて留めた。

「アルムワール帝国の品なんだ。店主が帝国に買い付けに行った時、軍放出品市で手に入れたんだ」

「帝国軍人って手首に懐中時計を付けているんですか?」

「魔導鉄道保安の航空魔術師だね。時刻順守な役職だけど【飛翔】している最中に、ポケットから懐中時計を出すのも難儀だろう。水牛革だから雨天でも平気で、呪符が装備できるように、脇に留め具もついているんだ」

 航空魔術師の装備品か。

 懐中時計を嵌める穴だけど、もしかしたらおじいちゃんの方位磁石でもちょうどいいかも。

 手に取って裏を見る。

 星のマークが焼き印されていた。

「航海北極星……」

 北極星を図案化したこの印は、船乗りが無事に戻れるようにという祈りであり、望む場所に到達できるようにという願いだ。

 航海士だけじゃなく、航空士も北極星に祈るのか。

 じっと星を見つめていると、リチェスがぼくの顔を覗き込んできた。

「カイユーくん、気に入ったの? だったらこれお誕生日プレゼントにしたい」

「値段は……」

「もしよかったら少し値引きできるよ」

 エジル氏が後押ししてくる。

「いいんですか?」 

「なかなか売れなくて、値下げしてもいい商品になっている。行軍に耐えられる鞣しとはいえ、エクラン王国じゃ懐中時計は、ポケットに入れるものって風習が強すぎるんだ」 

 懐中時計をポケットに入れる習慣が染みついていたら、手首を見るって行動に切り替えるのは逆に面倒なのかな。

 需要と供給の結果、値引きしてもらえた。

 さっそく腕に付けてみる。大人用だから、ちょっとゆるいや。

「穴を増やすよ、このあたりかな。穴あけポンチは作業室にあるから、ちょっと待ってて。開けてくるよ」

 エジル氏は革バンドを持って、奥へと行ってしまった。

「カイユーくんの気に入った物があってよかった」

「ありがとう、リチェス」

 リチェスはとびきり嬉しそうに微笑んだ。

 カッコウ時計がCoucou(クークー)と鳴いて、15時を知らせる。

 ほんとうに色んな時計がある。

 外国の時計を仕入れているのか、モンターニュっぽい木彫のカッコウ時計や、扇形のシンプルな掛け時計も並んでいた。あの扇形の時計ってどうやって、針が一周するんだろう。

 扉が唐突に開く。

 モリオン氏だ。外套を大きく翻して、硬い表情で飛び込んできた。

 肩に乗ってた白鸚鵡もいないし、何かあったんだ。

「エラ、知り合いを見かけた」

 知り合い?

 そんな顔色じゃない。

 敵か、さもなきゃ亡霊にでも遭遇した雰囲気だ。

「今、爪紅染(バルザミヌ)に追わせている」

「……まさか子供の頃の知り合い?」

 エランさんは問いかけながら、パラソルから呪符の房飾りを外していく。

「そう、厄介な知り合いだよ。エグマリヌさまへ【書翰】を飛ばした。夕化粧(ベル・ド・ニュイ)を護衛として置いていく。エラは【庇護】をかけておくんだ」

 モリオン氏から発された口調は、お願いではない。命令だった。

夕化粧(あのこ)を連れていかないの?」

「きみたちに万が一があったらスティビンヌ猊下に顔向けできないし、また誘拐されてたらボクの面目はどうなる」

「ぺっしゃんこね」

 エランさんは面白がっていた。

 無邪気に笑っていたけど、ふいに貴婦人のように慎ましやかな微笑みになった。

「手ごわいの?」

「PO-9909メルキュール。【影縫】さえあれば、拘束は簡単なんだけどね」

 ………メルキュール。

 どこかで聞いたことある名前だな。どこだろう。

 リチェスも首を傾げていた。

「わたしは被検体PO-9869だったらしいから、お仲間かしら?」

 闇の教団絡み。

 ぞっとした瞬間、記憶が掘り起こされる。



 ――残党はあとどれくらい残ってるさ?――



 ――ダウブリール、メルキュール……――



 教授が指折り数えていた、闇の教団の生き残り!


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