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永久夢的チーティング  作者: 猫目石琥珀
外伝 魔王教授の課外授業 第八夜
495/502

四限目 幽霊姫はインプの瞳を舌にのせ




 インプ。

 世界で最も凶悪な食肉植物。

 見た目は、蝙蝠の羽根が付いた小動物。だけどれっきとした植物なんだ。

 インプから抽出された成分を錬金すれば、『インプの(まなこ)』って危険な麻薬になり、エクラン王国では禁制指定されている。

 魔術や医療の研究所では、厳重な管理下で使用されている。そこ以外は絶対に禁止。

 不当所持は即投獄、嗜好使用は場合によって死刑。

 そのくらい厳しい。

 なのに、リチェスはそれを服用している?

 びっくりして固まっていると、温室にまた誰か入ってきた。銀光沢の黒髪や、不思議な光沢の民族衣装が、緑陰模様になっている。

「お呼びされる前に部屋に突入なんて、行儀悪いさよ」

 スティビンヌさんだ。

 リチェスの身体を造ってくれた世紀の天才魔導発明家。

 何故かスティビンヌさんの後ろに、モリオン氏まで付き従っている。黒いマントに黒いジレ、肩に乗せている大鸚鵡だけが白い。

 正直、ちょっと気まずい。

 ぼくが余計な一言……いや、余計な一言どころじゃない、かなりの失言をしてしまって、モリオン氏の気分を害したのはつい先日だから。

「リチェス、またぶつかったさね?」

 スティビンヌさんは優しい口調で問う。

「違うの。『インプの(まなこ)』って言ったら、カイユーくんがびっくりしてるの」

「禁制麻薬ですよ!」

「そこは大丈夫さね。『インプの眼』を服用した場所は、象牙の塔さね。娑婆の規律は守っているさ」

 スティビンヌさんがウインク付き笑顔で保障してくれるけど、そういう問題じゃない。

 禁忌の麻薬を服用していて、リチェスは大丈夫なのか。今は元気そうだけど、身体を損なわないだろうか。

「長期的に問題ないんですか?」

「問題ないさよ。そもそも『インプの眼』ってどう危険か知っているさね?」

「最初のうちは魔力がとんでもなく上がるけど、何度も服用したら廃人になってしまうんですよね」

「及第点。間違ってはいないさね」

 スティビンヌさんは籐椅子に腰かけて、眼差しをモリオン氏へと投げる。

「『インプの眼』はモリオンくんが詳しいさね。お株を奪うつもりはないさ」

「中毒者の治療をしていただけですよ」

 絶対にこれ謙遜だなって口調だった。たぶん凄まじく詳しいぞ。口端や姿勢の端々から、自信が透けて見える。傲慢ではないギリギリのラインだ。

 そういえば錬金薬学も修めているんだったな。

 欠点は人格だけか。

「カイユーくん。『アルケミラの雫』と『インプの眼』、このふたつはどちらも魔力を補うが、作用が違う。(しずく)は『魔力を回復』、(まなこ)は『魔力を補充』する。回復なら魔力は許容量以上にならないが、補充されて許容量を超えてしまえば魔力熱を発するよね」

 魔力熱。

 肉体が魔力量に耐え切れず、発熱や意識混濁する症状だ。

 兄さんだったか姉さんだったかも一度、それで寝付いた。ぼくは幽体離脱しているおかげで、魔力熱になったことはない。

「ただ通常の魔力熱なら、不調になるのは肉体だけだ。だが『インプの眼』は発熱しながら、経絡まで破壊していく。繰り返し使用していくうちに、経絡は焼き切られて使い物にならなくなる。なのにさらに『インプの眼』で魔力を流し込んだら、どうなるか。行き場の無くなった魔力は、星幽体まで焼き切る。星幽体は肉体と精神の架け橋だ。これが摩耗すると植物人間化する」

 人間を植物化させる……

 世界でいちばん獰猛で凶悪な植物は、錬金されてもなお凶悪なんだ。

 むしろ錬金されてしまった方が邪悪なのかもしれない。

「で、魔導ゴーレムには経絡は無い。人工精霊で動いているからね。『インプの眼』で焼き切れる経絡が無ければ、魔力と発熱の恩恵のみを受けられる」

「なるほど」

 人間には有害だけど、魔導ゴーレムならデメリットゼロ。

 リチェスには打って付けの薬なんだ。

「とはいえ地上で所持させれば、当然ながら処罰される。他者の手に渡ったら大変だからね。一度服用して約二十時間。稼働時間の短さは技術問題ではなく、法律の壁だな」

 法律を壁扱いか。

 弱い人間を守る壁を、立ち塞がる障害物だと言わんばかりだ。

 魔術の進歩させる姿勢は正しいんだろうけど、壁扱いはあまり良くない気がする。

「そういうことさね。法律的な理由もあって、賢者連盟はアルケミラ循環タイプを開発中さね」

 スティビンヌさんが補足する。

 地上で稼働できる魔導ゴーレムを開発中なのか。

「モリオンくんにも研究を助けてほしいさね。魔導と錬金を修めている魔術師なんて稀少さよ。早く月に腰を下ろして、共同研究者になってほしいさね」

「ボクは重い責任なんて真っ平です。まだまだ北極で遊ばせてもらいますよ」

 軽薄なんだか上品なんだかどっちでもない微笑を浮かべ、魔術最高峰たる月からの誘いを断る。

 ぼく自身の感情も、羨ましいのか呆れているのか分からない。 

 発端であるリチェスは、インプやゴーレムの話題なんて興味無さそうだ。ぼくの足元を覗きこんでいた。

「カイユーくんも素敵な靴ね」

「うん。誕生日プレゼントなんだ。兄さんと姉さんからの」

「お誕生日だったの? じゃあわたしもプレゼントする! 友達にプレゼントしてみたいの!」

 顔が近づけられる。

 ぱっちりした瞳は、護符の輝きが宿ったみたいにきらきらしていた。

「カイユーくんは欲しいものある? わたし、いろんなタイプの魔導ゴーレムに憑いて研究のお手伝いしているから、お小遣いもらっているの」

 すごい勢いで迫って来る。

 ぼくが欲しいもの。

 そりゃたくさんある。

 天体望遠鏡だって欲しいし、天球儀だってほしい。だけどそれは友達にねだるものじゃない。高価すぎる。

 ……無難なもの、無難なもの。

「じゃあ、えっと、ハンカチとか……」

「どうして遠慮するの?」

 ぎゅっと両腕で捕まえられてしまった。

「リチェス! はっ、離れ……」

「カイユーくんの欲しいものをあげたいの! なんでも言って!」

 ますます力が強まった。

 強いのに柔らかい。暖かい。

 やわらかい、あたたかい、もうそのふたつしか脳に浮かばない。息苦しいのに、気持ちいい。なんで。おかしい。

 いけない。離れなくちゃ。

 でも魔導ゴーレムだ。生半可に藻掻いても、腕の力が強くて、重くて、振り払えない。

 じたばたしていると、エランさんがやってきてくれる。

「リチェスちゃん。カイユーくんが苦しそうよ」

「そうさね、力を込めて抱き締めるのは、動物実験を経てからさ」

「スティビンヌ猊下。正論は、研究室の外で口に出さない方がよろしいかと……」

 モリオン氏が小声で諭す。  

「ま、ともかく離してあげるさね。カイユーくんの顔、真っ赤さよ」

 ほっぺから耳までが熱いから、スティビンヌさんの指摘通り赤らんでいるんだろう。恥ずかしい。

「ごめんなさい」

 リチェスの腕が緩まる。でもひっついたままだった。 

 ぼくは俯いて、呼吸を整える。赤くなっている顔が誰にも見られないように。 

「わたし、プレゼント買いに行きたい! いい?」

 リチェスは意気込んで、スティビンヌさんに了解を取ろうとする。

 纏わりつかれていた保護者(スティビンヌさん)はしばらく考えて、硝子質の視線をモリオン氏へと移した。

「モリオンくん、保護者(あたし)の代わりに同行してくれるさね?」

「喜んで」

 火照りを静めているうちに、買い物が決定してしまった。

「……リチェス。誕生日を祝ってくれるのは嬉しいけど、お小遣い使っちゃっていいの? リチェスだって欲しいものあるよね」

「わたしが欲しいものは、もう手に入ったの。カイユーくんのおかげで」

 リチェスは幸せそうに微笑んでいた。

 理想の肉体。その喜びに匹敵するくらいの何かを、リチェスは贈りたいんだ。


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