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永久夢的チーティング  作者: 猫目石琥珀
外伝 魔王教授の課外授業 第八夜
493/502

二限目 黄金比の白昼夢


 

 喋る銀はあの夜以来、現れなかった。

 不思議だ。

 気がかりだけど、エランさんや教授に相談するには気が引ける。忙しい時期って言われたばかりだし、念写と違って物証がない。

 ニケル氏なら嬉々として聞いてくれそうだけど、それを元に怪奇記事なんか書かれたら、姉さんが怖がる。

 玄関を念写してみたらどうだろう。そんなこと思いついてしまったけど、つい先日、ニケル氏に釘を刺されたばかりだった。

 軽い気持ちで撮影するのはよくない。

 どうすべきか結論がつかず、気持ちの奥には銀のもやもやが巣食ったままだった。



 

 北舎の物理科学室。

 一日の締めくくりの授業は、どこか眠たげな雰囲気が漂う。

 空気が微睡んでいる一因は、窓際に置かれた水槽のせいかもしれない。

 水槽では硝子を飼っている。

 硝子の銀化実験のため、ひとりひとり持ち寄った小瓶やカップが、赤錆の水に沈んでいた。鉄釘と泡ぶくを餌にして、水槽ごと虹色に肥えていく。その乱反射が、物理科学室を午睡めいた空気にしていた。

 今日は水秤で、鉱石の比重を調べる実験をしている。

 鉱石の比重検査なんて、アルの大得意だからうちの班はさくさくと進んでいく。実験のやり方と、サンプル鉱石たちの比重をノートに書いていった。

 理科の先生は教壇に置かれた懐中時計を見やる。

 そろそろ終業かな。

 終業チャイムが響いた途端、動き出したのはアルだった。

 俊敏に鞄を抱える。

「じゃ俺は急ぐから。今日は兄貴に郊外の渓流まで連れてってもらえるんだ」  

 アルは鞄を抱え込んで、軽々と駆けていってしまった。

 校門前には荷馬車が横づけられていて、御者席にはアルのお兄さんの姿が見えた。あのまま家にも寄らず、石探しに行くのか。

 ということは、あの鞄の中にパンニング皿とか方位磁石とか野帳とか、その他もろもろ入っているんだ。

「鞄が重いのに、よく全力でダッシュできるね」

「アルは学校終わると元気だからねぇ。僕も今日は習い事が早いから、すぐ帰るよ」

「うん、また明日」

 ぼくは独りで通学路を歩く。

 友達のいない下校って、真夏の酵母みたいに悩みが膨れていく。嫌だな。

 石造りの橋が見えてきた。

 ここを渡れば、あと数分で自宅だ。

 郵便配達人と鉢合わせた。

 二十歳そこそこの男の人で、臙脂の長外套に、手紙を詰め込んだ黒鞄を斜めに下げている。

 真面目そうな外見なんだけど、不真面目だ。いつも姉さんに長話を吹っ掛けたり、不必要なことを聞いたりしている。姉さんに迷惑がられているのにやめない。

「やあ、カイユーくん。こんにちは。ちょっと変なこと聞くけどさ」

 変な事なら聞かなきゃいいのに。

 無視しようかと思っていると、配達人は言葉を続ける。

「お姉さんに彼氏とか出来た? 商店街でお兄さんじゃない男の人と歩いていたって聞いたけど」

「野次馬根性すごいですね」

「は? いや、気になって、ほら仲いいのに知らないとショックじゃん」

 仲いい?

 姉さんはこの配達人を、迷惑がっているんだけどな………

 迷惑だって伝えてもいいんだけど、姉さん自身は近所付き合いがあるから敵を作りたくないらしい。

「うちへの手紙はありますか?」

「あるよ、五通」

「ありがとうございます、失礼します」

 ぼくは手紙の束をもぎ取って、会話をぶち切って家に急いだ。 

 姉さんに恋人か。

 そりゃ二十歳なんだし、兄さんにも彼氏がいたし、姉さんにいたって不思議じゃない。

 どきどきしながら走る。

 自宅の赤い屋根が見えてきてほっとした。風見竜のカリュブデスはいつもと変わらず回っている。

 


 玄関先に、神話っぽい石像があった。



 まるで銀の大理石で彫られた美神の像。

 どうしてこんな大理石像があるんだろう。朝は無かったのに。

 ぼくが呆然としていると、石像………じゃなくて、石像だと思い込んでいた相手から話しかけられた。

 

「そなたから光の気配がする」


 あんまりに顔立ちが整い過ぎて、視線も指先も動かな過ぎて、大理石像かと思い込んでしまった。

 声を聴いても、男の人か女の人か分からない。

 性別は分からないけど、美術室の石膏像めいた古風な顔立ちだ。

 黄金比。

 アトランティスの王家の顔立ちや身体バランスを、黄金比と呼ぶらしい。ずっと昔に読んだ数学の本のコラムを思い出した。

 均整は黄金で、色彩は銀だ。

 有り余る銀髪を複雑に編み込んで、黄金比の顔半分を覆っている。瞳も銀、縁取る睫毛も銀。唇には純白のルージュをしている。

 服は流浪の民が纏うゆったりとした衣で、襟ぐりや袖に銀刺繍が縁どられていた。銀無垢のペンダントがついている腕輪。白革鞣しのサンダルにまで、銀の留め具が輝いていた。 

「祝福された光、月より、太陽より静かな。星に似た善き光」

 詩でも諳んじる静けさだ。

 片目を髪で隠して、流浪の民めいた衣装………

 占い師のヴィフ・アルジャン?

 以前、姉さんが占ってもらったっていう、巷で大人気の占い師。   

 どうしてうちに?

 事態が把握できなくて、言葉が返せない。

「われの美しさに言葉を失ったか」

 何言ってるんだろ。

 たしかに美人だ。

 でもディアモンさんの方が綺麗だったな。教授の友人のディアモンさんは、瞳が目映かった。生き生きとしていた。

 この占い師ヴィフ・アルジャンは、目鼻立ちが完璧で皮膚も滑らかで、作り物が動いているみたいだ。他人の外見にああだこうだ物言いを付けたら神さまに怒られるけど、抵抗感がある。

「われは占い師。未来を視るもの。もし翳りあらば、何なりと申し付けよ」

 占い師は去っていく。

 強烈だけど現実味が無くて、なんだか白昼夢めいていた。

 玄関から入ると、姉さんと鉢合わせる。お盆にはお客さま用のティーセットと、真っ白いチューリップの花束。

「ただいま。姉さん、占い師のひと来てたけど何?」

「何って、写真撮影よ。また土曜日に取りに寄られるって」

「なるほど」

 撮影なら誰が来たって不思議じゃない。

 仕事が繁盛しているなら羽振りもいいだろうし、占い師だって人間なんだから、肖像写真の一枚や二枚、撮るだろう。

 ぼくの疑問は解けたけど、姉さんは眉を顰めていた。

「変な客だった?」

「あのヴィフ・アルジャン、なにか………あたしを勧誘してるのかしら? 無遠慮に踏み込まれている感じがして、気分が良くないわ。わざわざ花まで持ってきて」

 罪のない花束を睨む。

 白いチューリップたちは何も言わない。あの占い師の真意が秘められているはずなのに。

「この前も骨董屋巡りしていたら、話しかけられて。別に挨拶くらいするけど、延々と着いてきたのは辟易したわね」

「占いに依存するように、営業かけられてるってこと? それとも………」

 口説かれているとか。

 思いついてしまったけど、家族に言える単語じゃないな。気恥ずかしい。

「詐欺?」

 別の単語を引っ張り出す。

 ヴィフ・アルジャンが占い師として営業かけているだけなら、かなり失礼だけど。

「うちはエクラン王国に親戚もいないから、詐欺師からは好都合よね。営業で狙うとしても、もっとお金持ちに狙いを付けてほしいわ」

 ぼやきながらキッチンにティーセットを運ぶ。

 ついでにチューリップの花束を、水切りしてから空の瓶に挿した。煉瓦壁の背景に白が映える。

「姉さん。さっき手紙が来てたよ」 

 封筒をキッチンのテーブルに広げた。

 春色の封筒たち。一通だけ無地の封筒があった。差出人には取引銀行の印。

「何かしら? 満期のお知らせにしては早いわね」

 姉さんはレターオープナーを棚から出す。

 銀行からの文面を広げた途端、小さく悲鳴が上がった。

「えっ、何っ? どうしたの? 振込ミス?」 

「大丈夫。そっちじゃなくて、ほら、冬に誘拐された件」

 冬、光の教団にエランさんと姉さんが拉致され、教授が留置所バカンスした。

 その件と銀行に、何の関係があるんだろう。

「宗教団体を敵に回したくないから、示談にしたのよね………その見舞金? 示談金っていうの? それが一括で」

 ぼくに便箋を見せてくれる。

 口座に振り込まれた金額は、うちの年収より遥かに多かった。

「もしかして示談金を察されたから、占い師が寄ってきたのかしら。決めつけるのは良くないけど、こういうタイミングだと悪い方に考えちゃうわね」

 姉さんの危惧は分かる。

 大金が振り込まれたタイミングで、信用できない相手が寄ってきたら、不安になる。

「いくら甘い事を言われても、気をしっかり持つ! これしかないわ」

 決意を固め、拳を握る。

 勇ましい勢いだ。

「こっちはあたしの友達からね。カイ宛てもあるわ」

 よく見れば、ぼく宛ての手紙も一通ある。

 ひっくり返して差出人を見れば、エランさんからだった。

 受験の件でお急ぎの知らせかな。

 レターオープナーを貸してくれたから、自分宛ての手紙を封切る。


 

 カイユーくんへ。

 先月の教団の誘拐事件の処理が、すべて片付きました。

 カイユーくんの活躍で早期解決し、教授が関わったにしては比較的被害も少なく、兄の準爵も感謝しています。

 こちらから伺うのが筋ですが、兄は腺病質であちこちと飛び回るのは困難です。

 もしお時間があれば、週末、ご都合の良い時間に馬車を迎えに行かせます。

 良い御返事をお持ちしています。

 あらあらかしこ(アミカルモン)

 

「レトン準爵にご招待された!」

 


 教団の件のお礼だったら、モリオン氏からたくさん専門書を貰えただけで十分だ。

 でも偉大な魔術師にお会いする機会は逃したくない。

 現代の偉大な魔術師を十人挙げろって言われたら、誰でもレトン準爵の名を挙げるだろう。

 レトン準爵が発明した魔導空調機によって、工業と医療は大きく安定した。今まで職人芸や運任せだった工業製品が、安定し、かつ安価で製造できるようになったんだ。

 姉さんが深く深く溜息をつき、予定帳を広げる。 

「どこか時間作れないかしら。土曜日はルイが一日出張撮影で、あたしも商工会と……」

「姉さん! 付き添いは要らないよ、ぼく独りでも平気だって! エランさんがいるんだし、心配しなくても大丈夫。行くって返事出すね」


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