第八話 仮定名称スーパーミヌレ
クラスメイトを誘拐するか否か。
蹲って悩んでいると、クワルツさんが顔を寄せてきた。
「どうしたのだ? ミヌレくん」
「あの子は魔術騎士団長の孫なんて、誘拐したら情報が手に入るかなって……」
「ふむ、誘拐か。吾輩、気絶させるのは得意だぞ」
「そこは窘めて下さいよ。クラスメイトを誘拐したら、学院に戻りにくくなるじゃないですか」
「生徒から怪盗に鞍替えすればよいではないか」
「よいではないか、じゃねぇよ」
小声で言い合うわたしたち。
一方、旧街道を進むクラスメイトふたりは、大声で喋っていた。
「戻ろうよ、雪ふってきそうだしさ」
「ラリマー。いっそ冒険に出ねーか。あの給費生にも出来たんだからちょろいって」
ぶちのめすぞ。
誘拐計画がふたたび擡げるけど、わたしは深呼吸して心を落ち着ける。
「給費生って、ミヌレのこと? そのミヌレが怪我して休学してんじゃん。冒険、無事に出来てないよ」
「怪我じゃないって」
断言するニケルくんに、ラリマーくんは小首を傾げた。
「病気? それとも懐郷病? どっちにしたって……」
「ほら、上級クラスに化け物みたいな教師、いるだろ」
「オニクス先生のこと?」
「王立魔術研究所に長期出張って話だけど」
へえ。そういう建前になってるのか。
確かに教師が捕まってますってのも、外聞が悪いよね。王立魔術学院スフェールは貴族や財閥の家柄の生徒が集う、名門なんだもの。教師の不祥事は隠す方向性で行くよね。
「あの教師、ミヌレを魔術改造しているんじゃ?」
………はへ?
「前に、ミヌレがあの教師の部屋から出てくるの、見かけたんだよ。ピンときたね」
「あの子、【浮遊】使えるから、よく荷物運びを手伝ってるよ」
「そうじゃないって! たぶん人体実験してんだって。そんでスーパーミヌレを制作中なんだって。絶対そうだって!」
「なんで「たぶん」と「絶対」が繋がるの? だからニケル、小論文が再提出に…」
「うるさい。夜中に怪談話すぞ」
スーパーミヌレってなんだよ!
名称が三歳児の男子っぽいぞ。
オニクス先生だったら、もっと中二病的に耽美な名称にしてくれるのに!
しかし先生が非合法な人体実験をしていた過去があるから、間違っていても否定しづらいな。
ん? よく考えたら、わたし、スーパーミヌレだ。
わたしはオニクス先生の手によって、【一角獣化】されている。ライカンスロープ術を得て、一角獣に変身できるスーパー状態だ。
つまりニケルくん大正解?
「だいたいさ、実験するなら、生徒じゃなくて浮浪児を誘拐した方が合理的じゃない……?」
「なるほど。今まで浮浪児で実験していて、ついにスーパーミヌレに着手したのか」
「そこまでイカれた教師じゃないと思うよ」
せやで。
「闇魔術が怖いからなんだかんだ言われてるけどさ、実害とか聞いたことないし」
ラリマーくんが小声ながらもフォローする。
お前、実は良い奴か?
「どうせあの仮面もフェイクじゃない? 虚仮脅しってやつ」
笑い声が枯れ街道に響いた。
先生の片目は、戦争で失ったものだ。
教えられていないけど、わたしは知っている。先生の過去に魔力で踏み入ってしまったからだ。
初陣で失った眼。
わたしは戦後の生まれだ。戦とは縁遠い土地に生まれだ。子供だったころの先生の痛みや苦しみを理解することはできても、共感できることは難しいだろう。
でも踏みにじっていけない場所だ。
――私の片目は地獄にあるからな――
地獄に在るのだ。
オニクス先生は失われた眼を通して、いまだに地獄を見続けているのだ。
それを虚仮脅しと言うんじゃない!
わたしは木立の陰から飛び出す。
いきなり現れたわたしに、馬は蹄を止めた。
「こんにちは、ひさしぶりですね。ニケルくんにラリマーくん」
にっこり笑いかけると、ニケルくんはちょっと戸惑って、ラリマーくんは気まずそうになる。二人とも貴族の子弟らしく、いちおうは礼儀正しく挨拶した。
「ど、どうしたのミヌレさん……」
「療養中だけど学院が気になって。ふふ」
先生を侮蔑した以上、誘拐しても、いいよね。
世界にそんな法則はないかもしれんが、わたしはそういう理屈で動くぞ。
邪悪な考えに没頭しているせいで、わたしは頭上に居る存在に気づくのが遅れた。
雲のなかで、光が散る。
「ふへっ?」
藍の閃光だ。
雪が降りそうな曇天を、目映い藍が貫く。きらめきの輪郭は孔雀緑だ。
あれは光魔術【閃花】。
色付きの光を放って、遠くの相手に信号を送るための魔術。信号弾として使う。
ちなみの光の色は、呪符の素材が反映されます。今使った【閃花】の素材は、たぶん藍銅鉱だな。
藍の光が散り終われば、曇り空に人影が浮いていた。
レトン監督生だ。
「我は風の恩恵に感謝するがゆえに、呪を紡ぐ」
遥かな頭上から降る詠唱は、穏やかなテノール。
「守りたまえ、抱卵の如く、大樹の如くに 【庇護】」
ニケルくんとラリマーくんが、馬ごと【庇護】の結界に包まれた。これは持続性の高い防御呪文で、ある程度の物理衝撃と魔術衝撃、寒暖差、黴菌などから守ってくれる。
どうしてふたりを【庇護】したんだろう?
疑問に思っていると、レトン監督が旧街道に降り立った。
真鍮色の髪に馴染む、真鍮と鞣革の水平ゴーグルを装備している。分厚い外套は、光の加減で黒から濃緑に移り変わる上質の染料で、毛皮の縁取りが施されていた。
レトン監督生、【飛翔】の呪符を作って、飛行試験に受かったんだ。
すごいな。
飛行試験の過去問を見たことあるけど、かなり難易度高いぞ。
「ミヌレ一年生! どうして、いや、すまない、挨拶はあとでさせてもらう」
レトン監督はゴーグルを外す。
普段は優しい真鍮色の瞳が、今は険を増している。
こんなに怒りを押し出しているレトン監督生って、めっちゃレアじゃないか。
「ニケル一年生、ラリマー一年生。地震後の点呼に集合しなかった理由を先に聞かせてくれ」
そりゃ怒り心頭だよな。
学院にいるはずの生徒が地震後に見つからなかったら、事故か怪我を想定して動くしかない。
「いえ、あの、もう学院の外で」
「外出届も出さないで? どれだけ先生たちが心配して走り回ったか、きみたちは知るべきだ。それにその馬は、マイユショー監督生の馬だよ。地震で脱走馬があったのかと、厩の使用人たちも蒼白になっている」
レトン監督生が外套の下から、革張りの手帳を出す。
あれはレトン監督生が、呪符たちを収めている手帳型の収納ケースだ。
「我は水の恩恵に感謝するがゆえに」
テノールによって、魔術が構築され、展開していく。
この金臭い感覚は、攻撃的な魔術の展開だ。
レトン監督生、攻撃魔術も習得していたのかよ。意外。
攻撃の気配はクラスメイトの男子二人にも伝わったのか、慌てて手綱を引く。ニケルくん、思ったより乗馬が上手いぞ。
レトン監督生の構築が一手遅いな。
攻撃性の高い構築は組みにくいからね。
わたしはフォローするため、【土坑】の呪文を紡ぐ。
「我は大地の恩恵に感謝するがゆえに、大地のひと掬いを返上せん」
わたしの唱えている呪文に、レトン監督生がびっくりしているけど展開中に干渉すると危険だから、邪魔はしてこない。
【土坑】なら即席の落とし穴を生み出せる。
もちろん道に穴を開けたら罰則だし、わたしが穴を掘りたいのは街道じゃない。
「穿たれ、空虚に還り賜え【土坑】」
【土坑】によって街道斜面の土が抉れる。
枯木立が倒壊して、ニケルくんの行く手を塞いだ。
穴を開けたら戻すのは大変だけど、枯木立ならレトン監督生の【飛翔】で後片付けは簡単。
「その清き恐ろしさを賜れ 冷たきを、鋭きを、いまここに希う 【霧氷】」
レトン監督生の詠唱は結ばれ、ニケルくんとラリマーくんの周囲が、純白の霧氷に覆われた。粉砂糖めいた輝きを反射させているけど、あの空間に手を突っ込んだら霜焼けになる。
氷の霧を発生させる呪文だ。
ふたりは先に【庇護】がかけられているから、【霧氷】の冷たさも鋭さも届かない。
逆に言えば【庇護】の範囲から出れば、皮膚は凍てつき焼けるだろう。馬は【霧氷】に鼻づらを突っ込みたくないらしく、てこでも動かない。
「きみたちはマイユショー監督生が回収しに来るから、待っているように」
レトン監督生の宣告に怯えているけど、抜け出さないんだ。
覚悟を決めれば出るのは簡単。
だけどこの二人に【霧氷】を突破する気はないらしい。慌てふためき、困り果てて、顔を見合わせている。
そもそもこんな中途半端な場所で下馬して逃げても、学院に戻るのも王都に行くのも大変だしな。旧街道は道も険しいし。
「【庇護】と【霧氷】のコンビで、簡易的な牢獄って案はいいですね」
「ほんとは牢獄じゃなくて、猛暑でもエランが汗疹でないように作ったんだよ。エランに【庇護】をかけて、暖炉に【霧氷】を掛けると夏も安全に涼しいだろう」
「そいつは良いですね!」
クーラーか。
【霧氷】って元々は戦争中、遺体搬送のために開発された魔術なんだよね。直接使うと霜焼けになるけど、【庇護】との二重がけは名案である。ちなみに現在ではクール便とか、氷室とかに多用される。
「ミヌレ一年生。ちょっと話をしてもいいかな?」
わたしたちは少し歩いて、二人に声が届かない場所まで移動した。
なんだ、話って。
ひょっとしてアレか、例の件か。
オニクス先生がわたしを口説けって唆した件か?
客観的に、「きみが口説けば、ほかの男子生徒の牽制になる」とか「本気で口説けばいい」とか真面目な優等生に吹き込んでおいて、自分で手を付けてる教師って、最低だよ。
気まずさと罪悪感のミルフィーユで、ガチの冷や汗が噴出してきた。
ああ~、クソ~、ラリマーくんとニケルくんの前に出るんじゃなかった~
どうしよ。
逃げようかな?




