表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永久夢的チーティング  作者: 猫目石琥珀
外伝 魔王教授の課外授業 第六夜
477/502

五限目 不安を摘むなら開花前



 オペラがのべつ幕無しに上演されている。

 観客いなくても開幕されているのかと思ったけど、教授の向かい側の席には観客がひとり。

 小さなおじいさんだ。

 髪も髭も、泡立てた生クリームみたいにふわふわ真っ白。そこにちょこんと三角帽子を乗せていた。星飾りの揺れる三角帽子と、白いおひげ、童話から飛び出した魔法使いそのもの。

 星智学の授業をしていた先生だ。

 大きな素焼きのミルク茶碗(ボル・ア・レ)を両手に抱え、ホットミルクをちまちまと飲んでいる。

「じゃがな、魔王くん、留置所は行かん方がいいよ」

「留意しておこう」

 すっと席に座る魔王教授。

 食堂の女中が、沈黙をくぐって何か運んでくる。

 おやつの時間だけど、やってきたのは骨付き羊肉の玉ねぎ煮込みだった。小ぶりな蕪も添えられている。紅葡萄酒もあるから、遅すぎる昼食って感じだ。あるいは早すぎる夕食か。

「魔王くんの甥御くんだって、授業代行するのは大変じゃろうに。ああ、甥御くんからもらった湿布、関節痛によく利んじゃよ。ありがとね」

「あれか。効能は高いが、痒くなるのが難点だな」

「それ、きっと魔王くんが軟膏をよく擦りこんでないんじゃよ。揉むように擦りこめって言われたから、わしちゃん、按摩しながら軟膏ぬってるんじゃ」

「………軟膏?」

「かゆみ止め軟膏。湿布を貼る前に塗るようにもらったやつじゃよ」

「………知らん」

「じゃあわしちゃんが可愛いからくれたんじゃな」

「そうかもしれんな」

 教授は心の底からどうでもいいと言わんばかりの態度で、紅葡萄酒を呷る。

 視線が合ってしまった。 

「こんにちは」

 その瞬間、教授は噎せかけて、全身の力で押さえる。びっくりさせてしまったみたいだ。

 星智学の先生もぼくに視線を合わせてきた。

 つぶらな瞳には、映らないはずの星幽体が写っている。

「魔王くんの生徒?」

「推薦している受験生だ」

「わしちゃんは星智学のメテオールじゃ。キミ、星智学は好き?」

 星智学の教師からの問いに、力強く頷く。

「はい。スフェール学院は星智学が強いから、是非、ここに進学したいんです」

「星智学好きなら、大目に見るか。星幽体でうろつくのは、わしちゃん感心しないのじゃが。魂が寒そうじゃ」

「すみません、教授にご相談しようと考えていたら、反射的に肉体から飛び出してしまって………」

「きみはすぐ面倒事に巻き込まれる」

 面倒事を察した教授は、溜息で紅葡萄酒を波紋させる。

 反対にメテオール先生は、ふっくらとした頬を振るわせて笑った。

「魔王くんを困らせるとは、素質のある子じゃな。そんな寒々しい恰好しとらんで、来るときは肉体を着こんでくるんじゃぞ」

 星幽体だけって寒そうなのかな。

 メテオール先生はミルクを飲み干して、お尻の下からクッションを引っ張り出す。赤っぽい光沢のクッションは、空中にぷかぷか浮いていた。そこにひょいと飛び乗った。

「わしちゃんは仕事に戻るけど、甥御くんによろしく。ばいばい」

 クッションに乗って、ふわふわと行ってしまった。

「呪文を唱えていませんでしたね」

 てっきり【浮遊】で浮かしていると思ったけど、詠唱していなかった。

「あれはオリハルコンシルクと、使い魔の毛を織って作った移動用クッションだ。術式は古代魔術の流れを汲んでいる。使い魔との以心性を制御の要にしているため、本人以外は使えん」

 さすがスフェール学院の教師陣ともなると、珍しいのを日常使いしているんだな。

「で、相談とは?」

 教授に促されて、写真の件を説明した。

 昨日、兄と姉の写真を撮ったら、靄が出来たこと。

 兄の友人のエジル氏に会ったこと。

 そして今日、水晶越しに見たら、写真の靄がエジル氏だったこと。

 教授は骨付き肉を咀嚼しつつ、ぼくの話に耳を傾けてくれた。

「カイユーくん。まず基本的な質問をさせてもらおう。覗いた鉱石は水晶で間違いないな。長石や硝子などと取り違えは生じていないか?」

 心臓がぎゅっと潰れそうになった。

 教授のような多忙な方のお手を煩わせるなら、事前調査しておくべきだった。

 でもアルは長く鉱石採取して、ぼくよりずっと経験と知識がある。信じるしかない。

「石ころ趣味の友人から、貰ったものなんです。でも友人は鉱石に詳しいし、産地も水晶鉱山でした。それにきれいな六方結晶になっていて、単斜結晶じゃないから、ぼくも水晶で間違いないと思います」

 丸みは帯びているけど、結ばれ方は六方結晶だ。長石の単斜じゃない。

 地理的にも理科的にも水晶だ。

「特徴として蛍石がインクルージョンされています」

「光属性か」

 蛍石は光属性が高い鉱石だ。

 魔力を込めなくても、【光】の護符に反応してうっすら光り、顕微鏡やカメラのレンズにすれば光を安定させる。

「今まできみが撮影した写真に、こういった奇異が生じた前例は?」

「いえ、そもそも今までカメラを触らせてもらえませんでした。銀板を磨いたことはあっても、撮影は初めてなんです。昨日は誕生日だったから特別に……」

「初めての撮影か」

 ぼくの言葉を吟味するように、教授は紅葡萄酒を飲む。

「一つ目の可能性としては、写っていた第三者が幽体離脱してその場にいた。条件が揃えば、星幽体は写真に写り込む」

「写るんですか、幽体離脱しても」

「低確率だがな。カメラの魔術応用は象牙の塔でも研究されているが、研究者はごく僅かだ。どういう条件下で星幽体が写真に写るのか、再現性が乏しい。もし写っている第三者が幽体離脱していたなら、結論は簡単だが始末が悪いな。何故、きみの写真館に幽体離脱してやってきたのか」

 兄の恋人だから、兄を覗きにきただけかもしれない。

 家族の恋愛事情を話すのは、照れくさいというか気まずいというか……

「このエジルという男、兄の友人以外の情報はあるか? 素性や職種は?」

「兄と親しいことくらいしか……」

 エジル氏の身元も調べておけばよかった。せめて仕事で魔術を使っているかどうかくらい聞けたはずだ。

 心臓だけじゃなくて、星幽体そのものがぎゅっと潰れてきそうだ。

「きみの懸念は、教団絡みか否かだな」

 真夜中色と夕暮れ色の眼差しは、ぼくの胸の底にある不安に焦点を合わせていた。

「考えすぎでしょうか」

「きみの二か月を考えれば、不安は尤もで、危惧は理解できる」

 考え過ぎとは軽んじられなかった。

 それだけでも気が楽になる。

「他の可能性もあるが……」

「どういった仮説でしょう」

「いや、仮説に仮説を組み立てても泥船ができるだけだ。思考の海で難破はしたくない。ともあれ私が面通しすれば、教団の残党か否かは判断できる。一度、その水晶と写真を見せたまえ。明日は時間が取れるか?」

「明日は15時に学校が終わります!」

 つい大声を出してしまう。

 教授に会えるのは何であれ嬉しい。

「そうか。16時頃なら時間が取れる。都合が良ければスフェール学院の博物館まで来たまえ」

 ぼくは重ねて礼を述べた。 

 問題の銀鏡写真を、見せに行くことになった。

 先に速達しておくって手段はあったけど、こんな不可解なものを郵便屋に任せる勇気はない。

 それにしても本当に水晶かどうか確認取られた時は、心臓が縮みあがったな。

 お時間を取って頂けるなら、質問は足場固めしてからしないと失礼だ。

 ぼくがあと調べられることは…… 

 エジル氏が幽体離脱できるか、確かめておけばいいんじゃないかな。

 でも住まいは分からない。

 肉体に戻って、悩みつつ宿題を片付けていく。

 階下から香ばしさが漂ってきた。晩ごはんはお肉かな。

「今日は仔羊のナラヴァンよ」

 春野菜と仔羊を煮込んで、蕪が添えられている。うちはオリーブオイルで炒めて、がっつりにんにくを利かせて、バギエ公国風の味付けにしていた。

 教授の食事とお揃いだ。なんとなく嬉しい。

 いや、仔羊肉に浮かれている場合じゃない。

 エジル氏に魔力があるか聞かなくちゃ。

 食事が終わって、姉さんは帳簿に取り掛かり、兄さんとぼくが食器を片付ける。

 いつも通り、流水と陶器の音が響く。

 ふたりきりのチャンスだ。

「ルイ兄さん。あのエジル氏って、むかしから知り合いなの? 職業訓練学校の魔術科で一緒だったとか……」

 問いかけても、兄さんは無表情だ。

 突然の質問に面食らったのか、なんとも思っていないのか、あるいはもっと色々考えているのか、何も伝わってこみない。でも数秒の沈黙の後で口を開いてくれた。

「違う」

「そっか。同じ学校だったら、姉さんも顔くらい知ってそうだし………」

 姉さんは商業科で簿記を学んでいたけど、他人の顔と名前を覚えるのが得意だ。兄さんと親しい同級生くらい覚えているだろう。

「魔術が使えるなら、どんな魔術を持ってるか興味があったんだ」

「あいつは魔力が皆無だよ。でも器用だ」

 ルイ兄さんは無表情だけど、普段より柔らかい口調だった。


 かなり親しい相手が、魔力を持っていないと断言している。

 本当に魔力が無いのか。

 あるいは隠し通しているか、ふたつにひとつだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ