第六話 (後編) タイムアタックは好きじゃない
わたしは埃まみれの財宝を手に取る。
このルビーの首飾りなら、【爆炎】や【火矢】を作れそうなんだけど………
火属性の攻撃魔術か。
資格持ってないのに所持してるのが憲兵に見つかったら、国家反逆予備罪や国家反逆陰謀罪として問答無用で投獄されちゃう。火属性は火災の原因になるし、国家反逆に打って付けだから、とにかく管理が厳しいのだ。
あと製粉所近くで火属性使ったら大爆発したとか、製油所近くで火属性使ったら大炎上したとか、想定外の事故が多い。
過去事例からすると予期せぬ事故が多いから、火炎は控えた方がいいだろう。
わたしはエメラルドの柄の短剣を手に取る。
このエメラルドなら【斬風】とか【颶風】あたりか。これもレベルの高い攻撃魔術だ。
でもやっぱり攻撃魔術って、ピンとこない。
わたしは移動魔術が欲しい。
土の重さにも囚われず、水の冷たさにも阻まれず、火の熱さにも負けず、風の荒々しさにも屈せず、わたしが望む場所へたどり着く魔術が欲しい。
やっぱ【浮遊】が好きなんだけどなあ。
荷物は軽々と運べるし、高低差が激しくても通れるし、それに攻撃にも使える。
酔客とか盗掘団とか、人間って殺すと法律的に問題があるので、【浮遊】を使うのだ。浮遊させて高く浮かばせて解除、落ちてきたところにまた浮遊。それを繰り返すと、安全に気絶させられる。
まさに万能。
だけど【浮遊】向きの長石がない。
視線を彷徨わせているうちに、小さなピンブローチを見つけた。
どうして暗がりで、こんなに小さく地味なものに目が留まったんだろう。
真鍮に瑪瑙が嵌っていて、修道女が使っていそうなくらい飾り気がない。手に取ればまるで元からわたしの持ち物であったかのように、しっとりと皮膚に馴染んだ。
この瑪瑙は【土坑】向きだ。
「【土坑】は………無理か」
反土魔術【土坑】は、学院なら二年生で制作できる呪符だ。
高レベルではないけど、学院外で作ろうと思っても作れるもんじゃない。
だって【土坑】の魔術インクって、オリハルコン製の入れ物で汲んだ水だよ。オリハルコン!
オリハルコンは魔法金属だ。
金属でありながら、反土属性の魔法を宿しているため、マイナス重量を持っている。常時浮遊状態の稀有な金属だ。
学院の備品にはある。でも普通はオリハルコン製のものって規制されているの。特権階級の所有物だ。
「【土坑】かい? オリハルコン製の水差しならあるよ。ほら、天井に」
指さされた天井を見上げれば、ふわふわと浮いている水差し。
「ふほっ? どういう高純度ですか!」
学院の備品だって、あんな浮くほどの純度じゃないぞ。
オリハルコン割合は75%で、他は硬度を保つため銅とか鉛を混ぜている。
「古代帝国ダリヤーイェ・ヌール朝の遺跡から発掘されたものだ。無垢に近いよ」
「あの砂漠の遺跡から?」
古代帝国と言えば、千年前に栄えた砂漠の国だ。
東西交易の中継地にして、魔術大国だった。それが突如として原因不明で亡んだ。絢爛の王宮も、莫大な財宝も、すべて砂の下。過去の栄華を求めて、遺跡を発掘している。
そこから発掘された無垢なオリハルコンの水差しなんて、まさに国宝級。
美術的にも、魔術的にも、博物的にも、どの分野からしても財宝だ。
「発掘隊が盗賊に襲われていたのを、クワルトスが追い返したんだ。その時の行き掛けの駄賃だよ」
国宝級を駄賃にすんな。
オンブルさんが机に登って、水差しを取ってくれる。
真赭とも飴色ともつかない曖昧な色合い。この風合いは間違いなく高純度オリハルコン。ターコイズが無数に埋め込まれ、隙間には音楽記号みたいな模様が刻み込まれている。絢爛豪華を行き過ぎているけど、ギリギリ悪趣味じゃない。
これが亡びた砂漠の帝国ダリヤーイェ・ヌール朝の美術品かあ。
おっと、愛でている暇はない。
キッチンで水を満たし、魔術インクにする。
媒介は草食獣の骨。
たっぷりと水を滴らせ、わたしは【土坑】の呪文を綴っていく。
頭上の部屋からは、戦闘の声と騒音が響いていた。振動が伝わって書きにくいぞ。
だけどのんびりしていられない。
わたしタイムアタック系は苦手だから勘弁してほしい。
まだ心臓貫かれて、震える指で呪符を作る方がマシだよ。ほんのちょっぴりな。
なんでわたしはエクストリーム呪符制作してんだよ。
「勝利に愛されし黒水晶とは吾輩のこと! たかだか五人で相手をしようとは片腹痛い! 廊下で見物中の一人は吾輩のファンか? 見張りは退屈だろうに」
高笑いとともに、頭上から分かりやすい状況説明が聞こえてくる。
劇場型犯罪者って、こういうところ便利だな。
「吾輩は不服だ! 観客が不在の舞台は心が躍らん!」
木が割れる振動が響く。
たぶんクワルツさんが窓をぶち破って、屋根の上に登ったのだろう。騎士たちは部屋から飛び出して、クワルツさんを追う。狙撃の音まで聞こえる。
「まだ騎士が残っているな……」
薄っぺらい造りだから、頭上から騎士の足音はよく届く。ふたりほど残っているようだった。
みんなで追っかければいいのに、誰か残っている。さすがにここを空にするなんて、幼稚な行動はしないか。
足音どころか会話まで筒抜けだった。
「洗い場の食器から察するに、あの怪盗の他に、少なくともあとひとりくらい居たはずだ。探索を」
いらねぇ。その優秀さいらねぇ。
「仲間を連行できれば、まかり間違って怪盗を逃がしても上官に申し開きが立つ。盗品もあるかもしれん。隣室から屋根裏まで捜索するように」
うゃ、ややや。やめろ。
動揺からくる震えを抑えて、呪文の末尾を綴り終える。
急ごしらえだけど、瑪瑙の内部で魔力が安定するか?
「よし」
魔力が安定した確かな手ごたえがあった。
わたしは窓を開いて、ピンブローチを握りしめ詠唱を始める。
「我は大地の恩恵に感謝するがゆえに、大地のひと掬いを返上せん」
反土属性【土坑】
本来は塹壕を掘るため開発され、いまは土木や灌漑の工事に使われている。人間や動物には傷はつけず、土だけを消滅させる。
ゲームで使う場合、横に穿てば敵の足場を悪くしてスピードを落とし、縦に穿てば落とし穴になる。
魔術の対象は、窓のすぐ外にある道だ。
「穿たれ、空虚に還り賜え【土坑】」
外は大騒ぎになった。
いきなり道に穴が開いたら、騒ぎにもなる。
わたしは立て続けに唱え、外に穴をいくつも作る。
陽動作戦だ。
上の部屋の足音が、窓際に駆けていった。
探索中の兵士も、外の騒ぎに引き付けられたんだろう。うまい具合に外に意識が向いているぞ。わたしとオンブルさんは、窓の反対側にある廊下へと飛び出した。
見張りは玄関と裏口かな。
階段を下りて、一階の管理人室に入り込む。キッチンも無人だった。
避難勧告が出されたのか管理人もいない。好都合だな。
わたしたちは食料貯蔵庫へ降りた。地下室は冬は暖かいから根菜も凍らず、夏は涼しくてバターやミルクが腐りにくい。それに王都って土地面積で税金がかかるから、食料貯蔵庫はどこでも地下が基本だ。
石壁の貯蔵庫だ。玉ねぎやにんにくが天井から吊るされ、樽の中には人参や蕪が砂といっしょに埋められている。
「壁も床もすべて石造り、か」
オンブルさんは独り言ちた。
この【土坑】って、石には通じない。砂にも無効、つまり腐食物がない土属性には干渉できない。
「どのみち床下は土ですよ」
わたしは膝をつき、床に手のひらを当てて、呪文を詠唱した。
貯蔵庫は石造り。だけど床の更に下は、土だ。
魔術が構成され、土が消滅して、足元の石が暗がりへと落下する。
オンブルさんがすかさず、わたしを引っ張って転落を防いでくれた。
「ここを降ります。樽か何かで逃走痕跡を塞げそうですか?」
「小樽ならなんとか……動かせるよ」
ふたりで穴へと降りていった。地盤沈下が怖いので、もう少し深く掘ってから横穴を穿つ。
即席の地下道。
アリになった気分だ。
でも方向がちっともわかんないなあ。
「ミヌレさん。そっちに進むと水道にぶち当たる。2時方向に修正してくれないか?」
オンブルさんが背後で教えてくれる。
「現在地が分かるんですか?」
「だいたいだけどね、この辺の地理には詳しいから」
わたしは【土坑】を続けて使う。
途中で別方向に穴を開けておいたり、落とし穴として下を穿っておくのも忘れてない。追いかけてきた時の引っ掛けのためだ。
【防壁】を持っていれば、穴に蓋できたのにな。
いやいや、今は持ってない魔術のことを考えるのは、やめよう。詮無い。
「ミヌレさんは暗いのが続いても平気なのかい?」
「平気ですね。あんまり暗くて怖いって気持ちが無いんですよ」
どちらかといえば落ち着くかな。
「私は地上が恋しくてしかたがない。あと数メートル先に養鶏場があるはずだ……そこなら人目が少ない」
「了解しました。助かります」
オンブルさんがいなかったら、水道のひとつふたつぶち抜いてインフラ破壊していたかも。
「いいや。クワルトスの騒ぎに巻き込んだのはこっちだ」
「巻き込んだのはわたしの方なんです」
呪文を紡ぎながら、言葉を吐く。
そう、もともとの元凶はわたしだ。
「図書迷宮の件はクワルツさんから聞いてますか?」
「大まかにだけどね。賞金稼ぎたちが占いで自分の居場所を突き止めてきて、そのうちひとりが……噛まれて崩れた」
「わたしが魔力を吸収したからです。あれは【屍人形】でした」
「禁呪中の禁呪じゃないか!」
地下道に声が響く。
オンブルさんは咄嗟に口を押えた。
「おそらくプラティーヌ殿下の作品です。わたしを捕まえるために、放ったんでしょう」
瞬間、オンブルさんが息を飲む。
土の暗闇に緊張が飽和した。
「プラティーヌ殿下って……ディアスポール公爵殿下の一粒種の?」
「はい」
「それは、王族が教会法に反しているってことだよ。証拠はあるのかい?」
証拠。
わたしの魔法空間には、ラピス・ラジュリさんが封印されている。星幽体って、証拠として提出できるものなのかな。
黙って考えていると、オンブルさんは証拠がないという意味に受け取ったらしい。
「では仇やおろそかに口にしないように。不敬罪だ」
口調こそ穏やかだけど、一つ一つの単語に慎重さがあった。
うなじに冷や汗が噴き出る。
「オンブルさんって王党派なんですか?」
まずい。
これはまずいぞ。
共和国出身だから油断していた。
王党派だったら最悪だ。
過激王党派は立憲君主制より、以前の絶対王政を望んでいる。過激派じゃなくても王党派だったら、わたしの発言を不敬罪として訴えるだろう。
この状況で背中を向けているのは不安だ。
ここにクワルツさんがいれば安心できたけど、暗闇の底でたったふたりっきり。背中刺されたら死ぬ。
オンブルさんが少女の背中を刺すタイプとは思えないけど、主義主張が絡むと分からん。
「私は共和派だ」
きっぱりと告げられる。
だけどオンブルさんから感じる緊張は、解かれていなかった。
「私は全人類は平等だと信じている。だからこそ、王権は恐ろしい」
全人類が平等だって?
人間が平等なのも王権と同じくらい幻想だと思うが、わたしは茶々を入れず拝聴する。
「王権は神からの賜りものではない。転覆させようと思えばできるんだ。王家は打破できる。だからこそ王国を維持するためには、些細な事でも不敬罪として処罰しないといけない。まして王位継承者が教会法に反しているなんて訴えたら、不敬罪として処罰される」
千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ。
【土坑】しているせいか、古い格言が脳裏によぎった。
「わたしの訴えがアリほど小さな訴えでも、王権が揺るぐ可能性があったらぷちんって潰されてしまうってことですね」
王権は不文律という力を持っている。
プラティーヌ殿下が禁呪に携わっていても、訴えが握りつぶされる可能性が高い。
「そうだね。その推測を口に出さない方がいい。クワルトスの前では特に」
「ふひぇっ? クワルツさんって王党派なんですか? 怪盗なんて反社会性生物やってるのに?」
「クワルトスの曾祖母が、ジョワイオー3世と公妾プレニットの娘だ。何代前の国王だ? とにかく実家も本人も王党派だし、私だってクワルトスと政治の議論だけはしない」
「マジかよ……」
クワルツさんの方が安心できないタイプだったとは、思いがけなかったな。
こうなると誰が王党派なのは分からんし、プラティーヌ殿下の件に関しては口を慎もう。
賢者連盟に訴えるまでは。
そもそも魔術の監視をしているのは、賢者連盟なんだよね。【屍人形】なんて物騒な魔術を放置するわけがない。
1 先生を助けて自由にする。
2 賢者から役職を賜り、信用される。
3 プラティーヌ殿下の身辺調査を、賢者連盟に依頼。
賢者か先生だったら、わたしの魔法空間で捕虜してるラピス・ラジュリさんを調べられるだろう。
これで綺麗に片付く。
ただし1に辿り着くまでが、困難なんだけどさ……
ラーヴさま候補を調べた書類。灰になってしまったのが、つくづく悔しい。
陰鬱な息が口から出てしまう。
「ミヌレさん? 疲れたのかい?」
「いいえ。せっかくオンブルさんに、ラーヴさまをのこと調べて頂いたのに……」
「あれなら大丈夫。該当のページは忘備してある。調べなおしはすぐだよ」
「ありがとうごさいます!」
オンブルさんの調査が無為になったわけでもないし、手掛かりが途切れたわけでもない。
わたしの沈んでいた気分が、上がっていく。
いくらオニクス先生の師匠だからって、手助けしてくれるとは限らない。
それでもラーヴさまは一縷の望みだ。
「ラーヴさま、どんな方だろう」
なんといってもあのオニクス先生の師匠であり、尊敬されているひとだ。
会ってみたい。
会いたい。
斜め上へと穴を掘る。
真っ暗で湿った土を延々と掘り進むと、やっと光が差し込んできた。
細いけど、太陽の光だ。
刹那、大地が震動した。
「ふへっ?」
光が塞がる。
立てないほどの振動、一気に濃くなる大地の加護。
地震?
嘘だろ、このタイミングで地震って最悪じゃねぇか!
早く【土坑】で地上に出ないと。
あともうひとつ唱えれば、光のある場所まで届くのに。
詠唱の半ばで、構築が崩壊していく。駄目だ、【土坑】が組み立てられない。図書迷宮と似た空気が、五感を圧迫する。大地の加護が強すぎるんだ。反土属性の魔術は、構築した端から圧されて崩れていく。
世界と魔術が反発する。
間に合わない。
土砂が崩れる。
あと一歩なのに。
「ミヌレさんっ!」
オンブルさんは叫びながら、わたしを抱きしめた。




