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第六話 (前編) タイムアタックは好きじゃない


 目が覚めたら、臓物のクリーム煮込みが完成していた。

 おっきな鉄鍋から、湯気香らせるクリーム煮込み。玉ねぎ入りで、ほんのりキノコの香りもする。寝ぼけまなこがパッチリするレベルの美味しそうな香りだった。

 マジで作ってくれたんか……

 茹でるだけじゃなくて、まともな料理になっているぞ。

 オンブルさんはエプロンを付け、田舎パンとチーズを切っている。円形のまな板の上に並べられ、そのままテーブルに出された。朝日が満ちる空間に、素朴な食事が並ぶ。

 クワルツさんがキッチンからやってきた。重そうな瓶底眼鏡をかけて、サージのジャケットとズボンを着ている。手に持っているシロップの空き瓶には、ミモザの花とパセリが無造作に差し込まれていた。

 彼がわたしに気づく。

「おはよう、ミヌレくん。空腹だろう。オンブルの料理は美味いぞ」

「ミルク売りからクリームが買えて運が良かったよ」

 オンブルさんの言葉を縁取るように、窓の外からはチリンチリリンと鈴が鳴り、ミルク売りの掛け声と手押し車の軋みが遠ざかっていった。王都郊外の牧場から、ミルクやバターやクリームを売りに訪れている行商人だ。

 窓の彼方は晴れ渡った空が広がり、連なっている屋根が朝日に照らされている。中庭や裏庭を持てない労働者階級は、路地にロープを渡して、洗濯物を干していた。

 現在位置は下町地区だな。

 このお部屋は三階か。眺めがいい。

「ここってオンブルさんの自宅ですか?」

「いや、隠れ家。偽名で借りてる安アパルトマンだよ。キッチンと寝室がひとつ」

「隠れ家は浪漫だぞ。怪盗だったら隠れ家のひとつやふたつは持たんとな!」

「安普請だけど、隣の部屋は風景画家でいつもスケッチ旅行だし、下の部屋もまた別の名義で借りてある。聞き耳を立てられる心配はないよ」

 オンブルさんはクリーム煮を陶器の皿に盛る。

 おお、これが一角獣のお肉と臓物。

 もぐもぐ。

 固いな。 

 この肉、噛んでも噛んでも口の中にある。こいつ、いつまで口の中にいるつもりだろう。でもクリームの風味がとても滑らかで、キノコのおかげなのか生臭みも少ない。固すぎる臓物以外は、完璧だ。

「これって食料の無い無人島に漂流しても、わたしはわたしの肉を食って生き延びられるってことですね!」

 やったね。

 チートだ、チート。無限増殖バグなら有効活用しておこう。

「この肉を食えるのは、オンブルの腕前が良いからだろう。かなり丁寧に下拵えしていたぞ」

 クワルツさんはパセリをちぎって、クリーム煮を掬う。

「ありがとうごさいます」

 作ってくれたオンブルさんは、ホットミルクをお供にして田舎パンと硬いチーズを口に運んでいる。

「オンブルさんはクリーム煮、食べないんですか?」

「私は狂ってないからね」

 穏やかなのに断固とした口調だった。

 わたしも狂ってない………いや、多重予知のせいで狂ってるな。現在進行形で。

 パンとチーズも平らげて、クリーム煮のお代わりする。パセリを足した。

「ミヌレくん。他に必要なものは?」

 デザート欲しい。

 と言えるほど図太くないです。

「おなか膨れました。ありがとうごさいます」

「糧ではなく、物品の方だ。他に足りぬものがあれば、用意しよう」

 欲しいものはある。

 でも図々しいかな。

 わたしが黙っていると、クワルツさんが立ち上がり、寝台の縁に手をかけて持ち上げた。あれ片腕で持ち上がるもんじゃねーだろ。

 下には大量の麻袋。

 普通は小麦粉とか入れる袋だけど、輪郭からして入っているのは貨幣。たぶん金貨。

「遠慮はいらん。これは計画資金として使っているが、持て余し気味なのだ。盗んだ金で遊んでも面白くもなんともないからな」

「盗むのは楽しいんですよね」

「楽しいぞ!」

 そうか。犯罪哲学と怪盗倫理ってむずかしいな………

「あの、では、ずうずうしいのですが………外出着をお願いします」

 言い出しにくかったけど、要望を喉から絞り出す。

 服はきちんと用意してもらっていたの。

 でも図書迷宮のエンカウントで、カバン置き去りにしたんだよね。だから無いの。

 一度用意してもらえたのにまた請求するのって、めっちゃ申し訳がないな。 

「なるほど。吾輩の如き怪盗衣装を欲するのは、至極当然であったな」

 全然まったくちっともなるほどじゃねーよ、この怪盗。

 なに理解しましたってツラで頷いてんだ?

「怪盗衣装が欲しいって言ってないですし、今後、言う予定もないです。わたしはそこらへんの古着屋さんにある冬物を一着、立て替えて頂ければ……」

「それで良いのか?」

 クワルツさんの問いかけは、ひどく真剣だった。

「己の信念を貫きに行くというのに、そこらへんのつるし売りの服だと? それでテンションが上がるのか? 否や、戦闘服にはそれ相応の浪漫が必要だ!」

「クワルツさんの衣装って、実用性で仕立ててもらったんじゃないんですか?」

 皮膚接触で魔法を使うために露出を高くして、狼に転身するのに脱ぎ着が簡単な仕組み。

 実用重視だと納得していた。

「たしかに実用性を兼ね備えているが、美学と浪漫の結晶でもある」

 マジかよ。 

「きみは戦いに赴く衣装が、そこらに吊るされている服で良いのか」

「良いです。ドレス鑑賞は好きですが、自分が着飾る熱意はないです」

「そうか……」 

 なんだかちょっぴり残念そう。

「吾輩が子供の頃の外出着なら、用意しておいた。サイズが合いそうだったからな」

「助かります!」

「ミヌレさんは男の子の服装して、大丈夫? ズボン履くの、ショックじゃないかい?」

 オンブルさんが案じてくれた。

 この時代じゃ、普通の感性の女の子はズボン履かないからな。異性装が処刑対象から外れて、まだ二百年しか経過していない。

「わたしは平気ですよ。いろんなお洋服を着れると、わくわくします」

「異性装に抵抗ないのは、怪盗の素質があるのでは? やはり怪盗の衣装を発注すべきではないか?」

「いいえ、遠慮します。未来永劫、着る予定はありませんし」

 クワルツさんの発言には素早くを釘を刺した。

 だってほら、怪盗賛美すると、クワルツさんの恋愛値が上がっちゃうし………

 クワルツさんは実家の果樹園と醸造所を継ぐけど、怪盗も続ける予定だから、怪盗に理解あるお嫁さん欲しいんだよ。あとクワルツさんって再来年から見合い攻撃され始めるんだよね。

 わたしがここでうっかり賛同すると、都合のいい結婚相手としてロックオンされちゃうからあえて素っ気なくいくよ。

「外出着はきみの体力が回復したら渡そう」

 たしかにまだ本調子じゃない。

 食事がひと段落して、オンブルさんが口を開いた。

「さて、私の調べてきたことだ」

 フルスキャップ紙がテーブルに広げられた。

 丁寧で几帳面な文字が綴られている。

「ラーヴって名前に近かったり、愛称になりそうな魔術師をピックアップしてきた」

 オンブルさんが出したのは、魔術師録の除名者と、冒険者ギルド賞金首になっている魔術師の写しだ。

 名前と生年月日、それから概略。

 古代魔術史の編纂家、魔術社会主義派の随筆家に、護符製作職人、治癒魔術師、星智地理学の建築家。

 うーん。正直、あんまりパッとしないメンツだなあ。

 オニクス先生の師匠としちゃ力不足が否めない。

「吾輩は法曹院に忍び込んで、収監されている魔術師の名簿を確認したが、ラーヴという人物は見当たらんかったな。ふつう犯罪をするときは偽名を使うから、こっちは期待していなかったが」

「………………」

「………………」

 わたしとオンブルさん、ふたつの沈黙がハーモニーした。

 だって怪盗として名乗ってるクワルツって名前、本名であるクワルトスの愛称形だぞ。

 ほぼ本名じゃねーか。

 突っ込みたかったが、わたしより遥かに長い付き合いであるオンブルさんが沈黙を守っているので、僭越な振る舞いは控えておいた。

「ありがとうございました。必ずお礼を致します。そうだ、わたし古代螺旋貝の化石を持っているんです。護符を作りますね」

 古代螺旋貝の化石の破片。

 好事家に高値で売れるけど、この化石で時属性の護符や呪符が出来る。

 【断末消滅】っていう即死キャンセルできる護符か、【時間遡行】っていうか1ターン戻せる呪符。

 ボス戦では、めっちゃお世話になる。時属性の呪符を作るには、砂漠遺跡の古文書が不可欠なんだけど、入手先は知ってるからそのうち作れるだろ。

「困ってる女の子から物を貰うつもりはないよ」

 オンブルさんは微笑んだ。

「いえ。お手伝いして頂いたのに、お礼しないなんておかしいです」

「ミヌレくん。きみはきみより小さい女の子を助けて、お小遣いを差し出されたら受け取るかね?」

 クワルツさんの柔らかな問いかけに、エランちゃんを思い出す。

 人形が大好きな三歳の女の子。

 あの子がお礼にお小遣いを出してきたって、わたしは受け取れない。

「きみが強大な魔法使いであり、有望な魔術師であることは疑っていない。だが吾輩たちからしてみれば、きみは子供だ。謝礼など到底、受け取る気になれんよ」

 クワルツさんの主張は分からなくもない。

「子供は大人に恩を返すべきではない。返してはいけないのだ。恩義に感じるならば、きみが大人になったとき、困っている子供に返すといい」

 けどお礼はしたい。

 よし。この件が片付いたら護符をお礼としてじゃなくて、季節の贈り物としてとびっきりの護符を制作しよう。

 それなら受け取ってくれるだろう。 

「はい」

 とりあえずわたしが頷くと、クワルツさんはほっとしたように空気を緩める。

 オンブルさんは食後のお茶を淹れてくれた。

 ミルクティーだ。

「ジンジャーの香りがする」

「オンブルのジンジャーミルクティーは絶品だぞ」

「楓蜜シロップだよ。どうぞ」

 陶器のミルクポットが差し出された。なかを満たしている金褐色のシロップはとろりとしていて、見ているだけで甘さが伝わってくる。色合いは、オンブルさんの髪や瞳にそっくり。

「エクラン王国では珍しいですね。楓蜜って」

「私の故郷だと蜂蜜より一般的なんだけどね。私は共和国の出身だから」

 オンブルさんは語りながら、クワルツさんの分のジンジャーミルクティーを淹れる。

 きめ細かに立ち上る湯気。

 分厚い眼鏡が曇ってしまったクワルツさんは、シャツの裾を引っ張って拭く。

「クワルトス。おまえ、眼鏡拭きは?」

「そこらのどっか」

 クワルツさんが頤を上げた瞬間、表情が強張る。

 眼鏡をテーブルに投げ捨て、オンブルさんの足を蹴り飛ばした。盛大にバランスを崩して、倒れるオンブルさん。

「ふへっ?」

「ミヌレくんはテーブル下へ!」

「はひっ!」

 クワルツさんの叫びに従って、わたしは椅子から転がり落ちるようにテーブル下に潜る。

 なんだ、いきなり?

 次の瞬間、音が弾けた。

 シロップの空瓶が吹き飛んで、水とミモザが板張りの床を濡らす。

「狙撃だ、窓の外」

 速く荒い呼吸のなかから、クワルツさんは叫びを絞り出した。

 わたしは匍匐前進しながら窓へと近づく。火かき棒にブリキコップを引っ掻けて、窓からちらっと振ってみた。ギィンって震えて吹き飛ぶコップ。

 完全に狙撃じゃねーか。

 

「怪盗クワルツ・ド・ロッシュ! 貴殿は完全に包囲されている。おとなしく投降するといい」


 窓の外から轟く、騎士の勧告。



 マジかよ。

 食後のお茶、わたしまだ飲み終わってないんですけど!


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