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永久夢的チーティング  作者: 猫目石琥珀
外伝 魔王教授の課外授業 第四夜
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二限目 自己紹介は清く正しくしましょうか



 どこか座れる場所はないかな。

 探そうと思って星幽体を伸ばそうとした途端、がくんと身体が崩れた。転びそうになる。

 しまった。

 今のぼくは星幽体を肉体から出せないんだ。

 不便だな。

「パティーヌさん、もう少し歩けるかしら? 博物館の玄関ホールなら、座れる場所があるわ」 

「ご心配ありがとう。歩けます」

 しばらく歩けば、壮麗な大神殿が見えてきた。

 アトランティス風の建物だ。幾多の柱が聳えて、葉アザミの彫刻を纏っている。屋根の破風に飾られた彫像は、角が折れた一角獣、その足元に大蛇が這っていた。

 スフェール学院付属博物館だ。

 ここはよく知っている。博物館は一晩で回り切れなかったから、何度も星幽体で入り込んだんだよなあ。

 ありとあらゆる鉱石や、幻獣の骨格標本や剥製があるんだ。

 ぼくが好きなのは、なんといっても最上階の星智室。

 星史室にはレムリア時代の観測道具から、現代の星智学観測所と同じ最新道具が展示されている。採取された隕石が並べられて、壁には月や金星の地層が描かれている。地球から時間障壁までを表現した模型室はかっこいいんだよな。

「こっちはエランお勧めの博物館! 質量ともに西大陸最高よ。この博物館を目当てに各国の学者さんたちがやってくるし、ライカンスロープ学会(リュカントロポス)の定期会議も行われたりするわ。たまに展示入れ替えで閉鎖するけど、在校生と卒業生なら基本的にはいつでも入れるわよ」

 歩きながら説明してくれる。

 道の両脇には幻獣の彫像たちが並んでいた。鷲獅子グリフォン、天馬ペガサス、冥府犬ケルベロス、石眼牛カトプレパス、それから砂漠の蝙蝠獅子マンティコアも。

「この彫像も原寸大で、生物学的に正しく彫られているの。だから冥府犬ケルベロスの歯も、トカゲと同じく同形歯性……歯の形が奥歯まで同じでしょう」

 ケルベロスの口許を指し示す。

「……トカゲ?」

「ケルベロスはスキュラやヒュドラの仲間なの。鱗竜類多頭蜥蜴目。哺乳類の犬に似てるけど、これは収斂進化ね。だからケルベロスの歯は、犬とまったく違うのよ」

「へー」

 アトランティスの幻獣なのは知ってたけど、分類までは知らなかった。

 彫像を覗き込めば、ワニみたいな歯並びをしている。

「飾られている彫像ひとつとっても、スフェール学院博物館は美術的、あるいは紋章的な伝統を排除して、博物的正しさを追求してるのよ」

 何度も来た博物館だけど、解説付きなのは初めてだな。

「と、ごめんなさい。腰を下ろせる場所が先ね」

 守衛さんに両開きの扉を開けてもらえば、広々とした大理石のホールが待ち構えていた。

 床は飴色の大理石、柱はミルク色の大理石、縁取りはショコラ色の大理石。どの大理石にも、アンモナイト化石が入っている。古代の水底がそのまま神殿になったみたいだ。

 柱の陰には、アトランティス風の寝椅子が置かれている。紫色の絹張りで、縁や足には臙脂の彩色がされていた。展示品じゃないかって思うくらい優雅だったけど、エランさんが案内してくれたんだから、座っていいんだろう。

 パティ姉さんはほっとして、寝椅子に腰を下ろした。

「じゃまずこの博物館の構成を説明するわよ。一階は幻獣学、二階以上は星智学、地下から地質学や鉱石学、あとは古生物学など、地球を模すように展示構成されてるわ」

 エランさんは底抜けに無邪気な笑顔で、天井を指さす。

「カリュブデスは海と宇宙を行き来するから、このホールに飾られているの」

 大理石の柱を見上げて、天井まで視線を上げれば、巨大な海生動物の骨格が目に入る。

 カリュブデスの骨格標本。

 おじいちゃんの故郷の海にいる幻獣カリュブデス。

 窓から朝の陽ざしが柔らかく反射して、大ホールを満たしている。こんな優しい光の中で、カリュブデスの骨格標本を目にしたの初めてだった。

 アンモナイトが漂う太古から、大海原と大宇宙を行き交っていたカリュブデス。

 地の海と星の海を渉るもの。

「このカリュブデスは、教授の奥さまが獲ってきたの」

「えッ?」

 新事実に震撼する。

 カリュブデスを、獲ってきた?

「死んで浜辺に打ち上げられたのを、エクラン王国まで運搬してきたんですか」

「ちがう、ちがう」

「なら海底に残った遺骨を引き上げたんですか」

「拾ったんじゃなくて、獲ってきたの」

 呑み込めずにいると、エランさんの説明が追加される。

「奥さまが17歳の頃、水支柱渉りに再挑戦していたら、カリュブデスがぶつかってきたらしいの。そのカリュブデスが、これ」

「そのカリュブデスが? これ? ……は? え? カリュブデスにぶつかって生きてるんですか? 田舎の養蜂家で育った慈悲深い聖女じゃないんですか。それ聞くと、海洋蛮族って感じですよ」

「蛮族じゃなくて、妖精さんは妖精さんです」

「……妖精さん?」

「ああ、奥さまが結婚する前は、エランは妖精さんって呼んでいたの。見た目だけは美少女だから。中身は控えめに言ってカリュブデスだけど。だから小さめカリュブデスマドモアゼル・カリュブデスなんて呼ばれていたりもしたわ」

 控えめじゃなくて大袈裟の間違いだろう。

 でもラリマー編集長が、「運命を轢かれる」って言っていたな。あながち仰々しい表現じゃなかったのか。

「繰り出される逸話が人外ですね」

「人外よ。妖精さんだから」

 なんでそれで片付けられるんだろう。

「じゃあお次は」

「星智階が見学したいです!」

「そこは今、展示入れ替えで立ち入れないわよ」

 なんでそんな衝撃的事実をあっさり伝えられなくちゃいけないんだ。

 せめて心構えさせてほしい。

 がっくりしていると、エランさんが奥に進む。

「見どころはいっぱいあるから、がっくりしている暇はないわよ」

「はい」

 見られないんだったら仕方ない。他の展示だってすごいし。

 ちっちゃい子じゃないんだから、こんなことで逐一、足を止めていたらいけない。

「こちらは現代幻獣室。特に山岳コーナーが見どころよ」

 山岳地帯のジオラマになっていて、剥製のグリフォンたちが群れ成していた。翼を広げて、鈎爪を上げて、眼の焦点を合わせ、まさに獲物を狩る寸前の姿を保っている。

 グリフォンたちの周りには、山岳地帯にすむ小動物や昆虫の剥製も飾られていた。蛇とか高山ネズミとかの剥製が、蝶の剥製を食べようとしている。

 星幽体で何度か入り込んだ箱庭室。剥製と標本が、生を模している空間。

 エランさんがにこにこしている。

 カリュブデスを指し示した時と同じ、底抜けに無邪気な笑顔だ。

「まさかとは思いますが……」

「すべて奥さまが狩ってきたグリフォンなのよ。手ずから解剖して、胃の腑に残った骨や毛をひとつひとつ顕微鏡でチェックして、餌になっている小動物を特定! その小動物たちの剥製を添えて、グリフォンを頂点捕食者とした食物連鎖の実物大ジオラマを作成! 16歳の夏休みの自由研究ね」

「自由研究? 博物館の部屋ひとつ使う質と量の自由研究を、16歳で?」

「そもそもこの博物館が、奥さまの夏休みの自由研究を保管するために建てられたのよ。ここの六割は、奥さまが在学中に巡検して得たものなんだから。すごいでしょう!」

 エランさんは自慢げに語る。

 とんでもない話だ。

 教授の奥さんは、ご本人も天才なんだ。

「奥さまは、破天荒で素晴らしい功績と実力を持った魔術師なの! 教授か奥さまどちらが魔術師として上位か論争させたら、決着つかないわ」

「そんなに!」

「教授の奥さまが無敵にして最強、そして永遠。エランはそう思ってるの!」

 瞳を輝かせて宣言する。

 もしかして博物館を案内されたの、ただ教授の奥さまの凄さを知らしめたいだけだったのでは……

 面白かったけど。

 そんなこと思っていると、奥の方からざわざわと団体がやってきた。

 ローブを纏っている講師と、十数名の生徒たちだ。

 博物館内講義だ。

「そして哺乳類の台頭と気候の激変により、恐鳥類は絶滅へと追い込まれていきました。その滅びの間際、恐鳥類フォルスラコス科から進化して魔力を持つようになった種が、鷲獅子グリフォンです。グリフォンは地球最後の恐鳥であるといえましょう」

 講師は喋りながら、グリフォンの足元を指し示す。

 小枝で作った巣に、瑪瑙めいた卵、そして雛鳥の剥製があった。おとなの剥製は平気だけど、赤ちゃんの剥製ってぎょっとする。なんでだろう、同じ剥製なのに。

「現生のグリフォンの雛は鳥の形質のみですが、性的成熟するとライカンスロープし、哺乳類の下肢を得ます。ライカンスロープするための星幽体情報を種族単位で得たのはグリフォンのみで、補食による水平伝播が現代では定説です」

 よく分からない単語だけど、ぼくも入学したら理解できるようになるんだろうか。

 あの生徒の中のひとりになりたい。

 ぼくが眺めている光景が、いつか掴める未来かもしれない。無意識に拳を握る。

 どんなに難しい授業や課題だって、魔法に手錠をかけられたって、あそこに行きたい。進みたい。さらに先にある教授の元へ。

 ……そして遥かな先の宇宙まで。

 講義が終わって、波が引くように生徒たちが去っていく。  

「カイユーくん、そろそろ戻りましょうか」 

 名残惜しいけど、姉さんが待っている。エランさんに促されてグリフォンの箱庭から出た。

 遠くの歩廊に、誰か歩いている。

 廊下に並外れた長身に、黒髪と黒いマント。

 教授だ!

 あの長いシルエットは魔王教授しかいない。

 肩に白鸚鵡を乗せている。教授って使い魔を持ってたんだ。

 ぼくは思いっきり駆け寄る。

 ああ、肉体から出られないのがもどかしい。魔法に手枷が掛けられていなかったら、星幽体で飛び出したいくらいだ。

「教授! 魔王教授! 今日はいつものかっこいい方じゃなくて、平凡な恰好なんですね」

 黒いマントに黒いジレ、ホワイトタイは黒い宝珠で留めている。普段と違ってまともな紳士礼装している!

 普段と違うのは恰好だけじゃない。

 年齢も違う。

「……あれ、また若くなってますね?」

 二十歳半ばくらいの見た目になっていた。

 でも膚が赤っぽい蜜色をしている。流浪の民みたいな肌の色。

 それに両目の色が同じだ。黒水晶を思わせる透明感のある黒だ。

「カイユーくん。そのひとは教授じゃなくて……」

 背後から、エランさんの声が飛ぶ。

 教授じゃない?

 じゃあ誰?


「はじめまして、教授の隠し子のモリオンでぇす」


 教授そっくりの顔に笑みを浮かべ、とんでもない単語を発した。





 隠し子?


 


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