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第一話 おうちに怪盗をお招きしました



 ゲーム機、本棚、お布団。

 わたしはパジャマ姿で、ゲーム機の前に座っていた。

 予知をするための、わたしの魔法空間。ここに降りるのも慣れてきたな。

 いやあ、人間の姿で良かった。こっちの世界でも一角獣になっちゃってたら、クワルツさんをお招きする甲斐がない。

 しかしパジャマか。

 いくら仮想の魔法空間とはいえ、客を出迎える格好ではないな。

 壁にかかっているワンピースに着替える。華やかさを奪った紺一色で、修道女じみた色合い。でも胸には白いリボンがついているし、プリーツスカートなのが可愛らしい。

 クワルツさんは来れるのかな。

 初挑戦だしな。

 

 ジリリリリ………

 

 玄関のチャイムの音だ。

 まさか玄関から入ってくるとは。いきなり枕元にいた先生とは、礼儀が段違いだな。

 階段を下りて、ドアを開ける。そこには漆黒の狼。

「わおーん」

「今度はお前が喋れねぇじゃねぇか!」

「冗句だ」

 黒狼の姿から、青年の姿に転じる。

 仮面で目元を覆い、黒革の衣装を纏っていた。

「すみません、あまり心に余裕がないのでご冗談はやめてください」

「ごめん」

 わたしはリビングに案内する。

 大きな窓と大きなソファがあるフローリングのリビングだ。掛け時計の隣には、わたしが部活で描いた(という設定の)静物の油絵。なんの変哲もないリビング。

 だけどクワルツさんは物珍しげに見回していた。

「硝子が完全に平坦か。こんな透明な硝子窓、まさに夢の存在だな」 

 ああ、硝子の透明度が高いんだよね。

 硝子って普通は、雨雫がべったり張り付いたような状態だけど、わたしの魔法空間だとすごくクリア。硝子が存在していないみたいな透明度なの。

 そうね。こんな大きくて透明な硝子窓があるリビング、王様だって持ってない。これが変哲もないなんて、わたしはまだ感覚が狂っている。

「これはなんだ?」

 テーブルの上に紙包み。

 ん、それはわたしも知らんぞ。

 紙袋から出てきたのは、写真集っぽい書籍。タイトルは『ファンブック 怪盗密着二十四時間』だった。 

 なんだそれ。

「って、あ、そうか、精神に介入されると、無意識に介入相手を読んじゃうんだ。読んだ結果が、書物として魔法空間に形成されるんですよ」

 オニクス先生も小説って形で、過去を三分の一くらい読んでしまったしな。

「申し訳ありません。勝手に読んでしまって……」

「ほお、これは懐かしいな。吾輩の偉業の数々が網羅されているではないか!」

 嬉々としてページを捲っていく。

「ハッハッハッ、受けた覚えのないインタビューが載ってる!」

 クワルツさんはソファにドカッと寝転がった。そのまま本を読む。

 勝手に過去を読んでしまったのに、気分を害していないみたいだ。良かった。

 しかしクワルツさんの本って、先生の小説形態とは雰囲気が違うな……大判でめっちゃカラフル。タレントの写真集っぽさがある。

 この違いは、一体……?

 ふたりの性格の差か……?

「ミヌレくん! これ、吾輩がちっちゃかった頃、海に遊びに行ったときの風景だ。懐かしい!」

 誌面を見せてくれる。

 興味はある。だがしかし、今はそれどころじゃない。

「読書タイムが大事なのはわかりますけど、とりあえず本題に入りませんか?」

「……本………題?」

 この口調。

 まさか本気で忘れている?

「ちょっと自由過ぎませんか……?」

「ごめん。きみの事情を聴くことと、これからの相談だったな。思い出した」

 忘れてたんじゃねーか。

 思い出してくれただけで御の字か。クワルツさんにとっては他人事だしな。

 わたしはひざ掛けに座って、背筋を伸ばす。

「話せば長くなるんですが………かいつまんで説明すると、まずあの予告状の日、あなたと戦ったのはオニクス先生って闇の魔術の教師なんですが」

「ああ。そこらへんはオンブルが調べてくれた。学院の見取り図とか、警備員とか、戦力になりそうな人間とかは把握している。オニクスとは、子飼いの暗殺者を抱えていそうな顔の男だろう」 

 子飼いの暗殺者を抱えていそうな顔ってどんなツラだよ、オニクス先生みたいな顔だよ、そうだね。

 刹那の内に、疑問と回答と納得が終了した。

「実はオニクス先生、闇の教団の創立者のひとりで、罰として七賢者に使役されているんですけど」

「ハッハッハッ! 予想より酷いな」

「世界鎮護の魔術師って役職やっていたらしいんですよ。内容知らないんですが、世界って滅ぶ可能性があるのでそれを食い止める役職だそうです」

「滅ぼす役の方が似合うぞ」

「そうですね。七賢者さん的に、鎮護の後釜にわたしを据えて、闇の教団で犯罪行為していた先生を処分しようって流れになったんです。だからわたしは逃げてきたんです」

「【一角獣化】から戻れんのは、逃げるために予備知識もなく獣化したせいか」

「はい」

 獣属性は危険だけど、獣化しないと逃げられなかった。

 クワルツさんは思案投げ首で腕を組む。

「ふむ。感想をひとつ言うが………………あの隻眼の男、よく教員試験を受かったな」

「謎ですね」

 学院長に伺ってみたい。

 どういう経緯で、闇の教団の副総帥という超弩級に厄介な人材を、押し付けられたのだ……?

「わたしは七賢者から先生を解放したいんですよ」

「何故?」

 短い問い。

 吐息ひとつより短いのに、届いた疑問は切っ先じみて鋭かった。

「何故って……」

「吾輩とて夜に生きるもの。人の命がいちばん大事だとは言わんよ。だが彼は確かに罰されるに値する行いをしていた。罪人を助ける必要があるのか?」

「それは………助けたいから、という理由では足りませんか………」

「足りん」

 素っ気なく返されてしまった。

 わたしたちの間に、鉛めいた沈黙が横たわる。けして金にはならない沈黙。息苦しさから逃れるために立ち上がって、明るい窓辺へと近づいた。窓の外は光が満ちて、街並みが続いている。

 王都の風景に似てるけど、違う。

 決定的に違うのは道路が平坦な灰色で、馬を繋いでいない馬車が走っているってこと。

 わたしはそれを自動車と呼んでいた。

 この光景はなんだろう。先生はゲームのことを未来の技術って言ってた。窓の外の眺めは、この国の何十年、いや、何百年か先の風景かもしれない。

 未来視の窓。

 平べったい硝子に触れると、冷たい感覚が伝わってくる。

 五感すら欺く、わたしの魔法空間。

「わたしは多重予知者です」

 微かに息を呑むクワルツさん。

「………稀有だな。多重予知者が稀有という意味ではないぞ。狂ってない多重予知者が稀有だ」

「狂っていました」

 わたしはずっと狂っていた。

 三か月前。熱病の底で予知を繰り返した果てに、狂った。

「わたしはこの世界が現実だと思い、現実を仮想の世界だと思い込んでいました。思い込みだと理解しても、感覚は狂ったままです」

 手のひらを見つめながら、指を動かす。五感の感覚は現実と変わらない。

「いまだにわたしは現実感が希薄です。オニクス先生が、残酷な実験を繰り返してきたと聞かされてました。ですが正直、闇の教団って中二病だなとか、そのネーミングセンスはやばいとか、クワルツさんの衣装は世界観からズレてんぞ。って的外れな事を思ってます」 

「う、うむ?」

「わたしはたった三か月でここまで狂った。だけど三年だったら? もっと長かったら? ………オニクス先生は誰にも、この世界が現実なのだと教えられずに狂って、その果てに罪を犯した。わたしだってたった独りなら、先生と同じ罪を犯したでしょう」


 敵対する人間との諍いを、エンカウントした戦闘だと思って生きて。

 大事な人間の苦しみを、友好値を上げるイベントだと思って生きて。

 魔術がどこまで可能なのか、きっとわたしは好奇心のままに実験していった。


「わたしはまだ罪を成していなかっただけ。罪深さは変わりませんよ」

 宿命を変えてくれたのは、オニクス先生だ。

 あのひとが罪を犯して、悔いたからこそ、わたしは救われた。そう、救われたのだ!

 その幸運に胡坐をかいて、先生はすでに犯してしまったから罰されるなど、どうして見過ごせる?


「先生はわたしの未来を救ってくださった。ならわたしは先生を過去から助けたい。それではダメでしょうか?」

 

 クワルツさんは微笑んでいた。

 とても満足そうな微笑み。

 ソファにごろっと寝転がり、腹を見せた。まるで飼い犬みたいだな。

「では、助けたその後はどうする? 駆け落ちでもする気か?」

「駆け落ち、ですか。それもいいかもしれませんね……」

 闇魔術の耐性が高ければ、探知や予知に引っかかりにくい。わたしと先生なら【探知】出来ないだろう。

 ふたりで津々浦々を旅をする。

 温泉巡りもいいな。

 いろんな温泉や、面白い遺跡や、ごはんの美味しい里を当てもなく放浪する。

 勉強するの好きだから、学院に後ろ髪引かれるけど、先生がいてくれればなんでも教えてくれる。

 それにわたしが成長すれば、伴侶としての可能性も考えてくれるかもしれない。

 だってミヌレって四年生でヴィジュアル変わるんだよ。背丈と髪が伸びて、スレンダー美人になる。そしたら先生だって、ちょっとくらいイイかなって思ってくれるかも。

 勝手な妄想が膨らんできちゃった。

 でも、先生だって、わたしに運命の相手が現れるまで一緒にいてくれるって言ったもの。

 現れなかったらずっと隣にいてくれるってことだし。

 先生を助け出したら、駆け落ち、じゃなくて七賢者から逃避行か。

 ほとぼり冷めたら一緒に隠遁して、どこか人里離れた場所に暮らすのもいいな。先生が子供嫌いじゃなかったら、ふたりじゃなくてもいいけど。 

「うへへ」

 おっと、妄想が口から洩れそうだった。危ない、危ない。

 わたしはよだれをぬぐって、キリッとした表情を作る。 


 だってこれは単なる妄想。

 手の届かない夢だ。


「『世界鎮護の魔術師』が、先生以外、わたししか務められないなら、そのお役目を受けます」


 ――ふたたび世界が崩壊しはじめたら、七賢者たちでさえどうしようもあるまい――

 

 世界最高位の魔術師たちでさえ食い止められない崩壊。

 そんなもの想像つかないし、わたしの力で何とかなる現象だと思えない。ほんとに一体、どんな仕事なんだ?

 けど大賢者がわたしを適任だと言うなら、間違いではないんだろう。

「だけど、お役目を受ける前に、オニクス先生は解放したいんです」

 それだけは絶対だ。

「役目を受ける代償に、教師の自由を取引せんのか?」

「そんなもの信用できませんね。裏でこっそり殺されていたらどうするんです。健やかに生きてる証拠として手紙が偽造されて、愛想のいい文面で誤魔化されるのがオチですよ」

 わたしはカマユーを思い出す。

 濃淡の眼差しに宿る殺意を、間近で目にしたのだ。

 わたしの膚にさえ伝わるほど、雪の空気さえ震わすほどの、絶対的な敵意。

 恨み骨髄に徹しているカマユーが、大罪人である先生にみすみす自由を許すか?

 絶対ありえない。

 あそこまでの狂おしい憎悪を見せつけられて、馬鹿正直に取引するほど脳みそふわふわパンケーキじゃない。

「わたし自身が助け出し、自由にしなくちゃ信じられません」

 絶対条件だ。

 賢者は信じられない。

「………オニクス先生には、ラーヴさまっていうお師匠さまがいらっしゃいます。手助けをして頂けるかもしれないですが、名前以外は何も知らないんです」

「きみほどの魔法使いなら、遠視や予知で探せんのか?」  

 予知や、遠視。

「たぶん無理です………」

 先生の言葉が脳裏に蘇る。


 

 ――私の手に負えなければ、我が師を頼ることになる――


 ――あの御方ならば、間違いなくきみを癒せる――



「わたしの発狂が癒えなければ、師匠のラーヴさまを頼るとおっしゃっていました」

「闇魔術の最高峰が、頼る、相手か」

 オニクス先生なみに闇魔術を極めてるってことだ。

 そんな人物、予知に映るはずがない。

「魔法でなく地道に調べんと見つからんタイプか。ではそのラーヴという魔術師を知ってる人間に、心当たりはないのか? あの教師の親しい友人とか」

「先生に友人はいませんよ。交友関係まったく知りませんけど」

「まったく知らないのに断言するのか……」

「お姉さんがいるのは知ってます」

「姉弟仲が良いのか?」

「悪いです。先生の師匠のこと知ってる可能性は無くもないですが、答えてくれるかどうか。先生と縁を切ったと言われましたから」

「確かに闇の教団なんぞと関わった過去があるなら、友人を作るのも難しいし、肉親も縁切り已む無しだろう」

 寮母さんの頑なな様子を思い出す。

 実の弟が公妾と姦通したあと、闇の教団なんか立ち上げたら、二度とかかわりあいになりたくないよね。

 それでも重曹や酒石英を貸し借りしてるあたり、肉親の情が無くもないのかもしれない。

 でも寮母さんって学院から離れることはない。使用人が年越しの藪入りになっても、淑女寮に残っていたくらいだし。

 賢者の監視がありそうな場所に行くの、危険過ぎる。  

 クワルツさんは沈思黙考のターンに入った。

 リビングに掛け時計の秒針が響く。

「……やはりオンブルに頼み込んで、名簿を当たってもらうか」

 水晶色の髪をかき上げながら呟いた。

「ただこれは吾輩の勘だが、正規の魔術師では無さそうな予感がする。調べるべきは魔術師録ではなく、魔術犯罪者名簿だな。過去の服役者から現在の手配者まで、幅は広いが可能性はある。あるいは魔術師除名録」

 魔術犯罪者名簿と、除名録。

 さすが怪盗、着眼点が良い。

 そうですよね。オニクス先生の師匠なんだから、魔術犯罪者名簿に記載されててもおかしくないですよね。偏見だけど。

「国内だけなら法曹院、国を跨った犯罪者なら冒険者ギルドの管轄になる」

「希望が見えてきた!」

「ひとつ問題がある。その師匠ラーヴは『魔術師』か?」

「えっ………ああ、『魔法使い』かもしれないってことですか?」

「もし魔法使いならお手上げだぞ」

 呪符も呪文もなく魔力を扱うもの。

 それが魔法使いだ。

 魔法使いはクワルツさんみたいにどこにも所属していないか、あるいは賢者連盟に所属しているか。もしラーヴさまが賢者連盟の属しているなら、協力は仰げないな。

「目下の問題から片付けていくか。ミヌレくんを人のかたちに戻さねばな」

 忘れてた。

 魔法空間では元の姿だけど、現実のわたしは一角獣。

 クロワッサンも食べられない身の上だ。

 手助けしてくれそうなラーヴさまを探すのも大事だけど、このままじゃ困る。

「しかし魔力限度がないに等しいのか。魔力が尽きれば、吾輩は強制的に戻るのだが………」

 魔力が尽きるまで、魔術を。

 なんか記憶に引っかかったのがあるぞ。


「図書迷宮!」


 そうだ。

 開くだけで大量の魔力を消耗する迷宮。


「そこの扉を開きます!」



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