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序 バグが発生しました(してんじゃない)



『戻れん』


 わたしは角を使って、地べたに文字を書く。

 戻れないんだよ! 

 この、一角獣状態からッ!



『どうやって人間に戻るの?』



 訳の分からんバグが発生してんじゃねーよ。

 ゲームなら「ウケる」って笑ってスクショしてアップするけど、リアルでバグは困るぞ。

 進行不能バグじゃないけどさ。

 

「魔力が尽きたら戻るぞ」 

 クワルツ・ド・ロッシュさんの説明に、わたしは絶望した。

 わたしの魔力は無限だ。

 それは戻れないってことじゃないか!

 急募デバッカー。

 っていうか、今までわたしのデバッグ、先生がやってくれてたよな。【浮遊】しかり、予知発狂しかり。

 チートバグ発生させると、無償デバッグしてくれるとか、めっちゃ優しい……すき…

「というか、ミヌレくん。きみは学院の生徒だろう。学院へ行けば解決するのではないか?」 

『追われる身です』

「ハッハッハッ、生身にも学院にも戻れんとはな」

 笑いごとじゃねーよ。

 わたしが睨むと、隣のオンブルさんが申し訳なさそうに頭を下げた。

 唐突にやってきたわたしが厄介事なのに、こちらこそ申し訳ない。

 ああ、でも、ほんとうに、どうしよう。



 一角獣に獣化したわたしは、怪盗クワルツ・ド・ロッシュさんの実家に逃げ込んだ。

 彼の果樹園は、小規模な地主クラス。

 果実酒造りをしているから、ワインやシードルを造る醸造室、保管しておく酒蔵もけっこう大規模だ。

 小麦や大麦などの穀物を入れる穀舎、池の氷を切り出して入れておく氷室。

 他にもうずら小屋に豚小屋、山羊小屋、チーズやバターを作る乳酪小屋があれば、家畜の餌を処理する熱水小屋もある。放牧場付き厩まであるのだ。

 隠れるところは、より取り見取りだ。


 わたしは母屋から程よく離れた、納屋に匿われた。

 納屋は土間で、湿った土の匂いや、しけった根菜の匂いが混ざっている。

 とはいえ小作人を使うほどの農家の納屋ともなれば、暖炉付きの休憩所が付属していた。素っ気ない造りのテーブルとベンチ。木戸窓はいくつかあるけど、ひとつだけ硝子張りで、冬のひかりを部屋深くまで取り込んでいた。

 いま納屋にいるのは、わたしとクワルツ・ド・ロッシュさん、あと彼の親友オンブルさん。

「なにがあった?」

 

『詳しい話は長すぎる 書くの大変 戻りたい』


 今までのことを、角の先端でガリガリ綴るのは時間がかかりすぎる。

「クワルトス、お前なんとかできないのか?」

「孤高の虚栄とは吾輩のこと。師など無き我流の魔術。吾輩とてライカンスロープ術を教えられるものなら教えたい。だが人に戻るのは、吾輩の意識よりさらに深淵の領域なのだ。いかんともしがたい」

「無意識にやってるってことか」

 何言ってんだこの怪盗って思った矢先に、オンブルさんが通訳してくれた。ありがたい。

「おまえは戻るが、ミヌレさんは戻れない。私が思うにたぶん腹式呼吸と胸式呼吸みたいなもので、なにか魔術構成の展開にコツがあるんじゃないかな?」

「オンブルの方が詳しいだろう。こいつ、ミヌレくんと同じ学院に通っていた」

 スフェール学院の卒業生だったの?

 わたしが視線を向けると、オンブルさんは難しそうな顔で顎髭を撫でた。

「知識的にはこいつよりマシだけど、私は聴講生だっただけ。魔力は皆無だしな。造園資格のために、魔術基礎や星智地理学を受講したんだよ。噴水や温室は護符で造るだろう。今時、大がかりな造園には、魔術が欠かせないからな」

 へー。講義には外部の受講生もいるけど、園丁さんも魔術を習うんだ。

 アクアマリンの噴水はどこでもあるもんね。魔術に理解がないと、今どきは造園も出来ないんだ。

 そういや建築家って【土坑】と【浮遊】は取得するから、造園技師も魔術は勉強するよね。

「特に水魔術の護符は、水路に使うから欠かせない。この農園の水路も、半分くらいは水魔術に依存している」

 ほうほう。

 って、今はそれどころじゃない、

「オンブルの知り合いに【抗魔】を使える魔術師はおらんのか?」

「いるけど、【抗魔】は獣属性を解除できないよ。あれは術式の術者保護してる構成に干渉して、魔術解除させる仕組みだから。獣属性は術者への保護がそもそもない」

「それでも図書館に入館する資格はあるではないか。蔵書で調べれば………」

「すまないが獣魔術は解剖学やってないと、閲覧申請が通らないんだよ」 

 オンブルさん、学院付属図書館に入れるんだ!


『ラーヴ って、魔術師を知ってますか? ラーヴの綴りは想像です』


「ラーヴ? 聞いたこと無いな」

「正規の魔術師なら、魔術師録に記名されているだろう。あ、いや、でも国内だけだな。連盟諸国含むと分からん」


 指摘されて気づいた。

 外国の魔術師だったら、マジで消息掴むの大変じゃん………

 ラーヴさまの国籍も年齢も性別も伺ってない。もっと突っ込んで聞いておけばよかった。


「いや、教会簿なら国籍問わない。祖名が分かれば辿れる」

『祖名も分からん』

「そもそも国籍もってる魔術師なのか? 流浪の民だったら教会簿にも記載されていない」

『民族も分からん』

「………何をやったか知らんが、学院に戻った方が良いのでは」

 それは!

 無理なの!

 確かにわたしは学生なんだし、なんかあったら学院ってのは常識的に正しいですよ。でも学院はゼッタイダメ。賢者の手が回ってるに決まってる。

 やっぱ最初から説明しなきゃな。

 書くの? 今までのこと全部、書くの?

 ゆっくり書いていくしかないか………

 わたしがため息をつこうとしたら、納屋の扉が開いた。冷たい外気と一緒に、誰か入ってくる。

「若旦那さん、オンブルさん。奥様がクロワッサン焼いたんスよ~」

 小さな女の子だ。

 エプロンスカートっていう作業着で、片手にはでかいバスケットを提げていた。わたしよりふたつかみっつくらい年下。クワルツさんは一人っ子だから、この子は使用人かな?

 薄暗い納屋の中、白いわたしの姿がつぶらな目に留まってしまった。わたしは頭を下げて、角を隠す。

「なんスか? 山羊っスか? 品種の見たことない山羊っスね?」

「ああ、北方にしかいない品種だな」

 いけしゃあしゃあと説明するクワルツさん。

 横で黙ってたオンブルさんがちょっと笑う。肩振るわせてんじゃねーよ、バレるだろ。

「体格の良い雌山羊っスねぇ」

 そりゃ一角獣だしな。

 角と尻尾だけは見られちゃいけない。さりげなく物陰に隠れる。

「毛並みもぴかぴかっス。肉付きはいまひとつ悪いから、毛糸取る品種っスかね」

 農家目線で評価される。

 一角獣が山羊だったら、毛糸取る品種だな。

「最高級の糸だからな」

「市場価格だとグラムあたり、今いくらだ? めちゃくちゃ急騰しているぞ」

 オンブルさんが笑いをこらえながら語る。

 一角獣の鬣や尻尾の毛って、魔術の媒介として有能なのに採取量は少ないからな。 

「そいつは高価な山羊っスねぇ。おっぱいはつやつやしてるから、まだお乳をぎゅっぎゅっってされてないスね。若いっス」 

 ぎゃあ。

 わたしは慌てて土間に座って、胸を隠した。そういえば乳房が丸出しスタイルだった!

「若旦那さんが買ってきたんスか? 山羊は好きっスよ」

「いや、遠くから迷い込んできた。とびきり高価な山羊だ。牧場に返しに行く」

「若旦那、またまた遠出するんスか? 帰ってきたばっかりじゃないっスか」

「気ままなる流星とは吾輩のこと。誰も繋ぎ止められん」

 ビシッと胸を張る。

「へいへい。ま、こんな大きくて若い雌山羊は、そりゃ大事っスよねえ。じゃあ奥様に若旦那のお出かけお伝えしてくるっスよ! ではでは」

 女の子は身軽な足取りで行ってしまう。

 わたしは顔を出し、また角で地べたに文字を綴る。


『怪盗だって、疑われないんですか?』


「真夜中の陽炎とは吾輩のこと。体格を変えているゆえに、吾輩が怪盗だと思われんよ」

 体格? 冬だから着こんでて、わっかんねーよ。

 クワルツさんは上着を脱いで袖をまくる。

 あれ? めっちゃ細い。

 満月の下で見たときは、細身だけどしっかりした筋肉が付いていたのに。

「以前、ミヌレくんと出会ったときは、魔法によって肉体強化していたからな。普段は細身だ」 

 確かに体格の印象が違う。

「瑕疵なき不在証明とは吾輩のこと。ここは王都から一日がかりの距離ではあるが、狼ならば道なき道を走り、一晩で行き来できる」

 完璧なアリバイだ。

 体格違ってアリバイあったら、そりゃ犯人扱いできねーな。

 ただの変人だ。

「ライカンスロープ術の使い手とバレたから、今まで通りの不在証明は危険だがな」

 呟いたのは、オンブルさんだった。

「わが友は心配性だな。堂々としていれば良いのだ」 

 クワルツさんは屈託なく笑う。


 ………そういや、わたしの魔法世界で、オンブルさん×クワルツさんの同人誌あったな。

 あれは誰の妄想やねん。

 怪盗クワルツ・ド・ロッシュは闇耐性が高くて読みづらいから、やっぱオンブルさんか。いや、周囲にナマモノの腐女子がいる可能性もある。それをうっかり読んだ可能性が……?

 永遠の謎にしておいた方がいいかもしれない。

 今はそんなこと考えている場合ではないし。


 顔を上げると、すっごくいい香りが満ちている。

 女の子が持ってきたバスケットからだった。

 わたしは鼻先を寄せる。小麦とバターの香ばしさだ。

 バターって余計な匂いが付きやすい。たとえば一緒に保管しているキャベツやカブとかさ。でもこの香りからしてきちんと保管されているバターだ。クロワッサンって言ってたなあ。

 そういえばおなか空いた。

 北方領から果樹園まで走りづめだったからなあ。

 途中で露をすすって喉を潤したけど、何も食べられなかった。だって真冬なんだもの。

 わたしにもちょっと分けてくれないかな?


『おいしそう 食べたいです おねがいします』


 角で言葉を綴ると、クワルツさんとオンブルさんは、困った表情で顔を見合わせていた。

「人の姿に戻れないということは、獣化は初めてか?」

 わたしは頷く。

 ふたりの困った顔は、悲しげな顔に変化した。

 なんだ? なにがあった?

「ミヌレくん。悲報を告げるのは怪盗の役目ではないが、吾輩が言わねばならんな。全身獣化の場合、その獣が消化できるものしか食べられないのだ」

 ………へっ?

 一角獣って……主食…草だよな………

「吾輩も狼化している間は、生肉しか食えんぞ。生の肉か魚」

 じゃあ戻れるまで、わたし草なの? 干し草生活?

「お。ドライフルーツもあるぞ」

 オンブルさんがレザンの実やポムの実のドライフルーツを出した。椅子にナフキンを敷いて、食べやすいように乗せてくれる。

 おいしい。

 噛めば噛むほどじわりと滲む甘さと香り。久しぶりの糖分に、脳みそと唾液腺が大喜びだよ。

 しかしクロワッサン………

 さすがに良識あるふたりは、わたしの前でクロワッサンを食べるという愚行を犯さなかったが、それでも香ばしさは立ち込めている。

 やだ。

 とっとと戻りたい。

 戻ってクロワッサンとかマドレーヌとかガレットが食べたい!

『【幽体離脱】できますか?』

 手っ取り早い案を述べてみる。

「常々やってみたいとは思ってる」

『【幽体離脱】で、わたしの意識に介入する 話が早い』

「挑戦してみるか」

「おいおい、【幽体離脱】って死亡事故が多い………」

「吾輩は怪盗。怪盗は己の犯罪哲学のままに生きる。そういうものさ………というわけで、吾輩の肉体を頼む」

 あっけらかんと言うクワルツさん。

 オンブルさんは微笑んだ口許から、ため息を吐いた。


 ……こんなに肯定的なため息、わたし、初めて聞いたわ。



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ウマは普通にパン食べるよ
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