一章の終わりと二章の始まり
あるいは夢魔の女王の幼年期の終わりと、反逆の始まり
年を越してしばらくすれば、プレニット果樹園では果樹たちの剪定が始まった。
果樹の枝を断ち切る作業は、長年の経験と勘を要する。枝の育ちを見極めて、未来の姿に従って切らねばならない。
剪定している中でいちばん若い青年が、もっとも的確に素早く枝を断っていた。果樹の未来の姿が見えているような迷いのなさだ。
青年は水晶色の髪を持っており、分厚い眼鏡をかけている。体つきは大人びているが、顔立ちはまだ少年めいていた。齢は十九、この農園の一人息子で跡取りだ。
眼鏡をはずして、冬空を見上げた。鈍灰色の雲がたなびく空に、白く曇った息を吐く。
「我が果樹林に獣が入り込んできたようだな! 諸君、吾輩は見回りに行ってくる!」
一人息子の突発的な発言には、みんな比較的慣れていた。
ごく普通に会話を返す。
「オンブル、お客さんだ。持て成すぞ」
青年は遠くにいる男性に声をかける。
オンブルと呼ばれた男は、蜜褐色の髪と眼差しをしており、海の民みたいな褐色の肌を持っていた。年齢は三十路ほどか。整えられた口ひげと顎ひげ。農作業で鍛えられた上背をしていた。
「珍しいな、クワルトス。いつもだったら自分だけで行くのに」
顎髭を撫でながら首を傾げる。
「うむ。友を荒事に巻き込むのは、吾輩の本位ではないからな。だが今回は少しばかりやってきた獣が違う」
「鹿か山羊じゃないのか?」
「惜しいな。鹿より俊足で、山羊より獰猛、そして狼より孤高。誰にも仕えず捕まらず、こうべを垂れるは清き乙女だけ」
「ちょっと待て。一角獣だと? 私は幻獣学の講義を取ってないが、たしかあれはずっと北が生息地だろう」
「一角獣は健脚と俊足を兼ね備えているからな」
彼らは閑散とした果樹林に入る。
よく手入れされた果樹たちが立ち並ぶ。冬が厳しい年は、餌がなくなった野生の山羊や鹿が樹皮を狙ってくるのだ。
「………一角獣だ」
そして、わたしを見つけた。
林の影で、傷だらけになっている一角獣の姿。
怪盗のクワルツ・ド・ロッシュ。いや、実家にいるときは、本名のクワルトスって呼んだ方がいいのだろうか。
眼鏡を取って、わたしを据える。
ひどい近視だけど、遠視と未来視を宿している瞳。
「………ミヌレくんだな」
呟きに、わたしは頷いた。
彼は怪盗だ。
学院のさまざまなことを下調べして、犯行に及んでいるはずだ。オニクス先生の師匠の話も、どこかで聞き及んでいるかもしれない。
たとえ知らなくてもいい。
すべての呪符を奪われているわたしには、この【一角獣化】の魔術しかない。これに頼るしかない。十全に使いこなすには師がいる。
ライカンスロープ術を使う魔法使い。
教えを乞おう。
そして必ずあの賢者から、先生を取り返すのだ。
先生と、生きるために。
一章完結
次回更新は6月1日になります




