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第十三話(前編)  愛しい忌まわしい、わたしの


 記憶メモワール


 思い出(スヴニール)


 わたしが喪っているもの。

 魔力によって予知発狂を起こし、わたしは自分がミヌレだということさえ忘れていた。

 未来を知っていても、過去は知らない。

 朧げな記憶を完全に取り戻せば、わたしはわたしになれる。

 ……そしたら、先生に未来を伝えられるような気がする。きっと。


 でもオプシディエンヌに狙われている状況で、里帰りなんて許可されないよな。

 世界鎮護の魔術師のために護衛がいるけど、大移動なんて賢者連盟とっては余計なお仕事だもん。

 とりあえずスティビンヌ猊下には、帰郷の意思をお伝えするけどさ……



 先生と一緒に、航空艇の執務室へ入る。

 以前ほど重厚な調度品ではないけど、それなりに風格のある安楽椅子と、専門的な製図机が置かれている。その製図机の前で、スティビンヌ猊下はゆったりと腰を下ろしていた。

「蛇蝎に女王。丁度、呼びに行こうと思ってたところさ」

「あの横領役人から、情報を搾り取れたのか?」

「御名答」

 先生の問いに対して、スティビンヌ猊下は上機嫌なウインクで返した。これは良い知らせっぽいぞ。

 スティビンヌ猊下は製図机の引き出しから小箱を出す。

 黒い天鵞絨の小箱だ。宝石を入れるための箱。

「ついさっき届いたさね。オプシディエンヌが偽名で、プドリエ大公国の銀行商の貸金庫に預けていたものさ」

 小箱の中には、宝石がひとつ。

 どんな闇より昏いのに、銀河を閉じ込めたように奥底から輝きを放っている。

「アンティファティス石か……」

 邪眼を宿せしアンティファティス石。

 闇の至宝石のひとつ。

 霊視なんてしなくても、膨大な魔力が込められているって、肌に伝わってくる。

 これは先生が【破魂】を込めた四つの至宝石うちのひとつだ。

 もしかしてオプシディエンヌ、至宝石ををバラバラに保管してるの?

 そりゃすべてが先生の手におさまったら、オプシディエンヌを殺しきれる魔術になるもの。

 東西南北に隠しダンジョンを作って、四天王に守らせていてもおかしくないレベル。

「大公国の銀行商は、鉄壁の守秘義務を誇ってるってご存じさね? これを貸金庫から出させるのに、教会とヴェルメイユ陛下が苦心なさったさよ」

「さすがに魔女狩り時代の無茶はできんからな」 

 そんな皮肉より先に感謝するべきでは?

「あとのみっつは、ストラスからの情報でも見つからなかったさね。厄介さねえ。あとみっつ無いと、あの魔女を滅せれないさよ。どこに隠したんだか」

「ダンジョンの最下層に隠しているとか、人里離れた場所で魔獣に守らせているとか。まさか【時空漂流】でどこかに流したとか………」

 わたしは思いつくまま喋る。

「仮説に仮説を重ねても仕方ない。ただオプシディエンヌが至宝石を手放すとは思えん。危険であっても、貴重な素材だ。すぐに取り戻せる場所だろう」

 オニクス先生はそう呟いて、アンティファティス石を光に翳す。

 丁寧に確認してから、小箱にしまった。

「傷も無い。魔廃もされていない。ひとつでも無事に戻ってきたことを喜ぶとしよう」

「前向きなのはいいことさね。ついでに法王聖下とヴェルメイユ陛下への感謝も忘れないでほしいさね」

 世渡り能力のあるスティビンヌ猊下は、先生にしっかり釘を刺してくれた。

「ところでおふたりさんの用件は何さね?」  

「一度、故郷に戻りたいんです」

「里帰り。別に構わないさね」

 スティビンヌ猊下があっさりと許諾してくれた。

 予想以上にあっさり許されたから、用意していた大量の説得が、脳みその底で空回りしている。

「神妙な顔してるから何の用事かと思ったら、そんなことさね」

「いいんですか? 魔術騎士団の方々にご迷惑ですよね」

「あいつらの迷惑は知らんさ」

 尊大なこと言い切りやがった………

 そりゃ賢者という確固たる地位に座って、成果を上げて、今も要として働いているスティビンヌ猊下は堂々としていられるだろう。でもわたしはまだ世界鎮護の魔術師候補だ。偉そうにふんぞり返っていられない。

「わたしは以前にもご迷惑をおかけしたので、心証を下げたくないのです」

「なんかやったさね?」

「婚約式ですよ。空中庭園で大暴れして、地盤崩れさせたんです。それからカリュブデスの水支柱で宇宙へ行ったとき………」

 話している途中で、スティビンヌ猊下がぐしゃっと椅子から滑り落ちた。

 そういやこのひと、超弩級の高所恐怖症だった。

 高いところから落ちるって話題だけでも、卒倒しちゃうんだ。

 スティビンヌ猊下はしばらく呻いていたけど、なんとか持ち直した。

「気にすることないさ。もともと『夢魔の女王』の故郷には、監視役を配置しているさね。カマユー猊下が処刑命令を下してから、家族を監視しているさよ」

 ずっと前から賢者連盟の監視下か。

 千年前から戻って、処刑命令が下ってるって知らなかったら、故郷に帰っていたかもしれないしな。

「帰郷するなら、それはそれで連盟としても都合がいいさ。あたしは『夢魔の女王』の直系親族の血液を採取したいさね。『夢魔の女王』用の【憑依】ボディを作っておけば、万が一にも対応できるさよ」 

 嫌な万が一である。

 ロボットになったら、ごはん食べられないじゃねーか。絶対に嫌だ。

「今のところ人工精霊が創造できないけど、準備だけはしておくつもりさね。でも先にほんとの親子かどうか確認する必要があるさ」

 ………まあ、そうですね。

 土壇場になって、実は養女でした身内はゼロです、ってのは困った展開だもの。

「ほんとは『夢魔の女王』自身に産んでもらうのが、いちばん確実で………」

 スティビンヌ猊下はわたしを一瞥した。

 わたしの年齢や体形を考慮して、内心で却下したのだろう。

 いやな感じの沈黙になっている。   

 気まずいな。

 先生が背後で一音も発せないくらい気まずい。

「あの、スティビンヌ猊下。あの小役人から情報を絞れたのに、オプシディエンヌの居所は掴めないんですか?」

 話題を変える。

「なしのつぶてさね。残党を捕まえようが、資産を没収しようが、アジトを家探ししようが、抵抗がないからこっちも尻尾を掴めないさ」

「静観しているのか。あの魔女が静観しているなど、逆に恐ろしい」

「そうさねえ。オニクス、何か推論は?」

「時間に頓着しない魔女のことだ。【破魂】を使える私が寿命で死ぬまで、ミヌレ捕獲を先延ばしにするつもりか?」

「気が長い………」

 唖然とする。

 十年くらい隠れているつもりかとは思ったけど、それはさすがに気が長すぎる。

「だとしたら悠長な話さね。そこの蛇蝎がアトランティスの先祖返りしてるなら、寿命がどれだけあるか分からないのに」

 アトランティスの民。

 第四民族は背も高く魔力も高く、そして寿命も遥かに長かった。

「先祖返りなんて、あたしは観察したことないさね。でもブッソールの書庫からアトランティスの先祖返りって文献を漁ってみたけど、あたしらより寿命が長かったみたいさね。というかそもそもの話だけど、東方魔術最秘奥【羽化登仙】。あの不完全版って寿命が千年になるっていうより、肉体をアトランティス時代の寿命に先祖返りさせているかもしれないさね。適当に思いついただけだけど」

「私の寿命が……ミヌレより…長い?」

 絶望を聞かされた顔だった。

「どうせオプシディエンヌに【破魂】するから、あたしらとしてはどうでもいい話さよ。オプシディエンヌにとっては大問題だけど」

「確かに寿命問題を考えないわけではないだろう。では何故、無抵抗に部下を捕らえさせている?」

「手の離せない研究に夢中になっているとか………」

 なんかまた厄介な魔術開発してるんじゃないだろうな。

 あとはスペアの肉体を培養してるとか?

 なんにしたって碌な事してないぞ。 

「それこそ子供でも産んでる可能性があるさね」

 スティビンヌ猊下の呟きは軽くて、一瞬、おぞましさを受け取り損ねた。

 子供を産んでいる?

「というか、産むのは卵さね」

「連盟と教会が追い詰めているこの状況でか?」

「このタイミングだから、入用になったさね。【憑依】には血族の血が必要さ。あのモリオンって子供ひとりじゃ実験に確保できる血液が少ないし、予備に産んでおくさよ。あたしだって産めるもんなら産んでおくさ、っと………これは娑婆にいられない発言だったさね」

「完全に踏み越えていたな」

 ほんとにスティビンヌ猊下は、倫理の欠けたところを処世で埋めてるなあ。わたしだって倫理あるわけじゃないけどさあ。

「しかしこの状況で、男を侍らせているとはいくらオプシディエンヌでも……」

「産むとしたら、オニクスとの子供だろうさね」

「………馬鹿な」

「心当たりはあるさよね?」

 銃口めいた眼差しに、先生は肯定も否定もできないまま口を噤んでいた。 

 わたしも口を噤む。

 思い出したくないこと思い出して、気分悪くなってきた。吐きそう。

「魔法を付与した交配は、種族差を凌駕するさね。異馬しかり、ピポグリフしかり、月下老しかり」

 そこのサンプルに月下老はぴったりだけど、話題に挙げるのは不敬ではないかな。

 いや、そもそもスティビンヌ猊下は何を言い出しているんだ?

 話の着地点が読めないまま、スティビンヌ猊下の語りに耳を傾ける。

「でも月下老のご母堂は、数えきれないほどの失敗したさね。肉塊や蛭子を産むはめになった。たぶんだけど、オプシディエンヌも似たようなもんさね。あれが第三人類だとしたら、あたしら第五人類とは違い過ぎる」

 たしかに。だってその頃の人類って、両性具有の獣弓類だったものな。

 哺乳類と獣弓類って、交配できそうにないぞ。

「けど第四人類の先祖返りとなら、子供を成すのは不可能ではないさよ」

 スティビンヌ猊下は推測を切って、先生から視線を外した。

 重い沈黙が横たわる。

「猊下。つまり、その……極端なこと言うと、オプシディエンヌと子供を作りやすいのは、現代においてオニクス先生だけってことですか?」

「先祖返りは稀有だから、その可能性はあるさね。それを考えるとオニクスの寿命まで待つってのは考えにくいさ。オプシディエンヌにとって素材を産ませてくれる男は、稀有だろうし」

 生理的に気持ち悪くなったけど、その可能性は一理ある。

 モリオンくんには大量の採血痕があった。

 自分の息子さえ素材と思っているあの魔女なら、もうひとりふたり出産しようと思っても不思議じゃない。 

「ま、里帰りの件は騎士団に話しておくさよ。数日中には帰れるさね」

 さっきまでの硬質な声とは打って変わって、ウインクにぴったりな明るい声だった。

 


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