第十八話(後編) 元の世界に帰還?
顔の半分を覆う仮面に、黒いローブと、黒曜石が嵌った杖。
ゲームのキャラデザそのままの衣装。
は?
わたし、ゲームやりすぎてとうとう幻影を?
幻覚じゃなかったら、オニクス先生のコスプレイヤーという不審者が、ピンポイントで不法侵入しているのか。
不審者はゲーム機を手に取り、ひっくり返して観察してる。まるで未知の道具を見ているみたいだ。
「ちょっと何すんです!」
「この技術はなんだ? そうか、未来視か。何百年後の技術を認識しているのか。すさまじい予知だな。遠視と読心と探知を組み合わせて、能動的に行動した場合の予知を何パターンも算出? 化け物か、きみは。ちなみに褒めている」
「なん……です…?」
「きみの予知の仕方は独特だな」
オニクス先生がわたしの本棚をあさる。設定資料集やアートワークブックを開いた。
「副読本という形態で過去視をしているのか。未来視と過去視を同時にして、予知の精度を高くしている」
なんやこれ、シュールやん。
シュールすぎる。
ゲームのキャラが、わたしの部屋で設定資料集を読んでるって光景だぞ。非現実過ぎて、めまいがしてきた。
「コスのクオリティ高すぎだろ。オニクス先生のコスプレさせましたってタイトルでアップしたら、クラスタ騒然としそうやな」
黒い隻眼が、わたしに焦点を合わせた。
「結論から言うぞ、ミヌレ」
オニクス先生のコスプレイヤーは、わたしの前で膝をつく。
いや、でもコスプレイヤーにしては、ボイスまでそのままだぞ。
それにこの香り。
月下香の花の甘さだ。
「きみは無意識に、予知夢の魔法を使っている。それも何度もだ。予知というものは繰り返すたびに、予知と現実との認識が曖昧になって、精神が崩壊してしまう。だから多重予知夢の魔法使いは、発狂を回避するため、己と予知を乖離させる」
彼はゲームを指さした。
「きみは予知で発狂しないため、ゲームという認識で予知を繰り返していた」
「は?」
「この世界は偽りだ。ここは予知を繰り返すために、きみが魔法で作り上げた仮想世界。きみがゲームだと認識している世界こそ真実だ」
なんだこの不審者。電波系か?
逃げなきゃ。
「ここに書籍がある。だがきみは学院に来た当初、読み書きできずノートは穴あきだらけで生徒番号220に補填してもらっていたな」
彼はわたしの本棚を指し示す。
みっしりと詰まったオタクの本棚だ。
「きみのノートはすべて目を通した。もしきみがこちらの世界に産まれ生きて書籍を読めるというならば、どうして自分の世界の文字でメモを取っていない?」
「ぁ、あ……」
周囲の風景が揺らぐ。
わたしの周りが朧げになって、輪郭が収縮し、色彩が散る。
「うそ! わたしの名前はミカで、わたしはこのゲームが大好きで、ほんとうに好きで! だからってゲームのほうが現実なんて、そんな都合のいい思い込みを」
「ミヌレ、それがきみの名前だ」
「ちが、ちがう、そうじゃない。それはヒロインの名前なの」
「完全に現実と仮想が反転しているな。すでに発狂していたのか」
「わたしは狂ってなんかいない!」
「いいや、きみは狂っている! 私と同じだ!」
裂帛が響く。
揺らいでいた風景が吹き飛んで、流れて、凪いだ。
周囲にあるのは、漆黒と星。
「私も、そうだった………子供の頃、戯曲の世界に入ったと認識していた。誰かを殺すことも、何かを壊すことも、見捨てることも、裏切ることも、平気だった。筋書き通りにすれば勝利すると知っていた。私も予知によって狂っていた」
オニクス先生は項垂れ、そしてわたしを見つめた。黒い隻眼はわたしの姿を映している。
鉱石色の髪を持つ、華奢な少女。
「ミヌレ、私たちの世界に還るぞ」
「信じられない………」
「今は信じなくてもいい。私が傍にいて信じさせる」
あの世界。魔法と魔術があって、竜が蒼穹を舞い、一角獣が雪原を駆ける。
「あっちがわたしが生きる世界なの?」
「そうだ。いや、少し訂正する。きみと私が、生きる世界だ」
先生の両腕が、わたしを抱きしめる。
月下香に包まれる。
この香りがいちばん好き。安心する。
今はこの安心に溺れたい。
わたしは目を閉じた。




