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第十七話(前編) 荊の城は眠らない



「痛ッ……た!」


 皮膚から突き刺さってきた痛みに、わたしは思わず集中を欠く。

 痛い。

 そう、痛みだ。激痛。

 いっつも痛覚遮断していたから、久しく忘れていた。わたしの痛み。

 つまりわたしの星幽体に、直接、痛みがきてるってことか。

 

 荊だ。


 花も咲かない棘が、絡み、縺れ、突き刺さっている。自縛の荊だ。

 この荊だらけの世界が、真プラティーヌ殿下の魔法空間。

 身を護るためなのか、世界への敵意か、それとも自虐?

 どういう心理かさっぱりだけど、これがプラティーヌ殿下の心の在り方だ。

 うんしょうんしょと荊を掻き分け、蹄で蹴り飛ばし、どんどこ突き進む。

 一角獣の蹄は硬質だけど、荊は無限だ。

 プラティーヌ殿下は荊のなかで何を考えているのだろう。

 それに正気なのかな?

 いや、とにかくプラティーヌ殿下を見つけなくちゃ。正気を失っていても、人格が破綻していても、保護しないといけない。

 しっかし全然、辿り着けねえ。

 クワルツさんの時は、わたしの魔力の残滓がクワルツさんの魔法空間を先導してくれた。だけどプラティーヌ殿下の場合、取っ掛かりゼロだ。

 プラティーヌ殿下を早く救わないと、先生が持たない。


 …………くすん……くすん…… 


 泣き声がする。

 遥か彼方だけど、たしか泣き声が届いた。

 罠かもしれない。

 だけど時間がない。

 わたしは泣き声を目指して、荊を踏み潰していく。

 

 不意に、光が見えた。

 


 荊が開けて、金のひかりと銀のひかりが満ちる。

 ここは……王宮……?

 荘厳かつ優美な大階段も、護符製のシャンデリアも、金鍍金が彩る通路も、間違いなくエクラン王宮。

 蝋燭の暖かな火は、金に似て揺らぐ。

 魔術の青白い光は、銀に似て凍る。

 金と銀が、影を織りなしている。

 荊を掻き分けた底には、エクラン王宮か。

「プラティーヌ殿下…! どこにいらっしゃいます?」  

 返ってくるのは静寂ばかり。

 蹄で駆けているけど、けっこう広いや。

 オプシディエンヌの器にされるくらいだから、真プラティーヌ殿下も相当量の魔力を秘めていたんだろう。  

 もしかして自分の部屋かな。

 わたしは記憶を頼りに、誰もいない廊下を歩いていく。薄暗いのか仄明るいのか分からなくて、不安になってくる光度だ。

 

 ……くすん……くすん…… 


 さっきの泣き声だ。

 わたしは耳を澄ませ、四つの下肢を駆けさせて、急ぐ。わたしの蹄の音で掻き消えそうなくらい微かな泣き声だ。消えてしまわないように祈り、がむしゃらに駆ける。

 泣き声が近くなってくる。

 回廊に取り囲まれた中庭からだ。几帳面に刈り込まれた芝生と、芸術的に刈り込まれたトピアリーの群れ。

 そこに、誰かいる。

「プラティーヌ殿下っ! 助けに参りました!」

「うわっ!」

 叫びをあげたのは、男の子だった。

 真プラティーヌ殿下じゃねぇぞ。

 青の宮廷礼服に、紺の革靴、空色の目には涙を溜めて泣いている。この顔、見覚えがある。

 というか、知り合いだ!

「ラリマーくんっ!」

 クラスのモブ男子生徒じゃねぇか!

 いやいや、モブなんて単語は失礼だな。ここはゲームの世界じゃないんだぞ。

 あ、とりあえず霊視しとこ。

 よし、本物のラリマーくんだ。よし、じゃねーけど。

「どうしてここにラリマーくんがいるんですか? じゃあいつも一緒のニケルくんもいるんですか?」

「ニケルは祖父の見舞い!」

「ああ、ニケルくんって魔術騎士団長のお孫さんでしたものね」

 魔術騎士団長はカリュブディスの水支柱渉りで、かなりの重症らしい。まだ月で療養中である。

 わたしのせいなんですけどね。

「いつもぼくがニケルの腰ぎんちゃくしてるわけじゃないよ」

 眉間に皺を寄せて、唇を尖らせる。

 そうか。ピンで見たの初めてだったからな。

 ラリマーくんはバティストハンカチーフで涙を拭う。背筋を伸ばしながら立ち上がれば、貴族の子弟に相応しい姿になった。

「ぼくは母に会いに来たんだよ。母は王姫付き女官長をしているけど、宮中で倒れたって連絡がきて。だから急いで参内を…………あれ、どうしてミヌレは参内できるんだ。貴族でもないのに」

「色々ありまして、ヴェルメイユ枢密卿と参内しました」

 わたしが出した名前にラリマーくんは脳内検索し、数秒後、空色の目がぎょっと見開かれた。

 ヴェルメイユ枢密卿のお名前を思い出したらしい。

「は? なんで! うそだろ!」

「あだやおろそか、まして嘘偽りで、王国トップクラスの高貴なご婦人の名前を出せますか?」

「むり……」

「わたしも魔術師見習いですから、どうして教会の高貴なお方と一緒にいるのか疑問でしょうけど、ほんとに色々とあったんですよ。詳しいことが話せる日が来たらお伝えします」

「ぅ、うん」

 頷く動作をした途端、ラリマーくんがしゃがみこんだ。

 顔色が悪いぞ。

「ラリマーくん、何日の何時からここに紛れ込んだんです?」  

「10日の、昼過ぎかな………」  

「昨日からァ?」

 まずい。

 魔力が消耗しているんだ。

 ラリマーくんのステータスは知らないけど、クワルツさんでさえ短時間で消耗していた。このままじゃ魔力枯渇する。

「早くここから脱出してくださいよ」

「どうやってっ?」

「自分の肉体を目指す感じで、跳ぶんですよ!」

「飛ぶ?」

 ラリマーくん、困惑してる。

 魔法空間慣れしてないのか。

 もしかしたらラリマーくん、初めて魔法空間に沈んでいるのかもしれない。

 わたしが引っ張り出すことは出来る。だけどこのまま脱出したら、肝心のプラティーヌ殿下がお救いできない。

 ちなみにいちばん簡単な解決法があります。

 わたしがラリマーくんにキスして、魔力を補充する。

 嫌ダァァアアアアッ!

 だってこいつ同級生なんだよ。

 大人のロックさんやクワルツさんなら人工呼吸って分かってくれるけど、同級生にはキスしたくない。人工呼吸なのにキスしたって彼氏ヅラされたら、殺すしかないじゃない。 

 見捨てる………?

 脳内にちらっとだけ、後味がよろしくない選択肢が浮かんだ。

 同級生だしなあ。

 でもラリマーくんって以前、オニクス先生の仮面のこと虚仮脅しって侮辱しやがったんだよなあ……

 うん、じゃあ見捨てても後味悪くならないかな!

 …………いや、まて。ここは魔法空間だ。

 魔力を体外に出すという手順は不要なんだ。

 見捨てようと決めた瞬間に、名案が思い付いてしまった。観念して助けよう。なんでオニクス先生を侮辱した男を、同級生ってよしみだけで助けなくちゃいけないんだ。クソが。

 わたしはラリマーくんの肩に触れる。

 自分に宿っている魔力の流れをイメージして、ラリマーくんへと注ぎ込む。

 豊潤な魔力が溢れ、ラリマーくんに満ちていった。

「………あ、楽になった? なんで?」

「恩着せがましく言いますけど、わたしの魔力で回復させたんですよ。早くプラティーヌ殿下を探して、ここから脱出しないと死にます」

 わたしは平気だが、おまえが死ぬ。

「うそ! そんなデンジャラス状況だったの?」

「デンジャラスなんですよ」

「っていうか、ここどこ?」

「魔法空間です。わたしたちは幽体離脱して、プラティーヌ殿下の魔法空間にいるんですよ。他人の魔法空間に滞在すると魔力が消耗して、魔力枯渇が起こります」 

「意味分かる単語で喋って!」

「他人の夢の世界に入っちゃったんですけど、他人の夢に入ると自分が死ぬ!」

「分かった」

 分かるんだ………

 適当なこと怒鳴っておいてアレなんだが、こんなクリーム抜きシュークリームみたいな説明でいいんか、ラリマーくん。

 わたしたちは薄暗い廊下を進みながら、声を張り上げる。

「プラティーヌ殿下、どこにおいでですか? プラティーヌ殿下!」

 探しながら、わたしの思考はぐるぐる回転していた。

 どうしてラリマーくんが、プラティーヌ殿下の魔法空間に?


 仮説そのいち 事故

 ラリマーくんも魔術師見習いだ。うっかり幽体離脱しちゃって、プラティーヌ殿下の魔法空間に入り込んだ。


 仮説そのに 画策

 オプシディエンヌが何かを企んで、ラリマーくんをプラティーヌ殿下の肉体に入り込ませた。


 画策だとしたら、さっぱり意図が不明だ。

 だって仲良くない同級生だもの。たぶんいざとなったら見捨てちゃうぞ。後味は悪いけど。

「ニケルがいなくてよかった」

 ラリマーくんがぽつりと呟く。

「友達想いなんですね」

「そうじゃないよ。あいつは危険だろうが差し迫っていようが、絶対、怪談を喋り始めるんだ。ほらあの茶台の陰になってる暗がりに幽霊が潜んでるとか、あの天井画の呪いの物語りとか妄想して語りだすよ。別に怖くはないよ。でもあいつの妄想とか怪談コレクションを、ひたすら聞かされているの鬱陶しいじゃないか。ニケルだって怖がりのくせに、なんで怪談が好きなんだ。あいつ上級生に小突かれた腹いせに、その上級生の城館を下調べして、とっておきの創作怪談を広めたんだよ。別にそういう仕返しでもいいけどさあ、監督生に叱られなかったし。でも怪談作りの下調べ、ぼくまで手伝わせたんだよ。ニケルは想像力が突飛だから、魔術騎士を目指すより怪談作家にでもなった方がいいんじゃないかな。でもあいつ小論文でいっつも赤点なんだよね。語りは上手なくせに、なんでいっつも小論文は無茶苦茶なんだろ」

 いなくてよかったって言ってるわりに、話題の内容がほぼニケルくんなのだが?

「遊戯室が塞がれていませんね」

 以前、参内した時は封鎖されていたからな。貴族たちがカードゲームで社交するお部屋か。ちょっと覗いてみよう。

 薄暗いけど、その豪奢さは感じ取れた。僅かな足音も吸い込む絨毯が敷かれている。居心地良さそうなソファや、羅紗が張ったテーブルが、いくつも置かれている。

 人影がいた。

 輪郭はドレスだけど、プラティーヌ殿下じゃない。 

 雰囲気や挙措は大人っぽい。でも二十歳にはなってないと思う。すみれ色のドレスに、すみれの造花の髪飾り、すみれ模様のブローチ、すみれ色の瞳。それに野山に咲くすみれっぽい細い姿勢。

「………コルディエリット監督生!」  

 ラリマーくんが声を出して、駆けだした。

 彼女がコルディエリット女子監督生か。

 設定資料集にも一行しか登場してねぇし、初対面だ。

 プラティーヌ殿下ぶりっこしてたオプシディエンヌに、監督生の仕事をすべて押し付けられていた。そのせいで、予知でも現実でも、わたしの学院生活にはまったく関わってこなかったんだよなあ。

「コルディエリット監督生まで、どうして、ここに?」 

「わたくしは卒業してから、プラティーヌ殿下のご学友として推挙され、宮廷に上がったのよ。だから宮廷に居を許されているの。でも、どうして、こんな暗いところにいるのかしら………プラティーヌ殿下はどちらに?」

 すみれ色の瞳はぼんやりとしている。焦点だけじゃなくて、挙措もぼんやりしていた。 

 最悪だな。

 だって目の前にいるコルディエリット監督生って、偽物だもの。

 即座に霊視したんですよ。

 そしたら霊視が二重にぼやけているんですよ。

 コルディエリット監督生という幻の薄皮の下に、白銀の美少女が透けて視えているんですよ。


 真プラティーヌ殿下だ。


 なんで真プラティーヌ殿下が、姿を変えて元監督生を演じているんだ?


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