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第九話 (後編) 鑑賞会は幽霊たちとご一緒に



 威厳ある御前会議室に、わたしのゲーム機とディスプレイが鎮座する。場違いにも程があるというか、突然の実家感というか。

「これはわたしの過去を、他の方も御覧いただける魔法です」

「あなたの過去だけ? 世界を過去視したり、他の方の記憶を覗いたりはできるの?」

 ヴェルメイユ枢密卿は興味深そうにのぞき込んでいる。

 他の枢密卿や大司教はどこか忌避した目付きだけど、ヴェルメイユ枢密卿はエクラン王国出身だからか、ご本人が鷹揚なのか、屈託なくわたしの魔法を観察していた。

「他のひとの過去は覗けません。自分の過去を視るだけです」

「己の過去を視るのに、魔法が必要かしら?」

 素朴な疑問といった態だった。

 皮肉を素朴さで装っているのか、それもと本当に単純な疑問だったのか分からない。たぶん純粋な問いだろう。

「便利ですよ。解剖した魔獣や目撃情報をスケッチできますし、一度聞いた授業や呪文も再生可能! 復習するのも楽ちんですよ」

 わたしは錫杖を抱えたまま、コントローラーを操作する。

 他の聖職者たちの眼差しは鋭く冷たい。

 魔法にケチつける魔術師はいなかったし、千年前の砂漠では賞賛だったけど、教会の聖職者は分からんぞ。このムービーギャラリーの映像が真実なのか疑うかもしれない。


 予想そのいち 主観に過ぎない。

 予想そのに  わたしが偽造している。

 予想そのさん わたしが狂っている。

 

 まあ、わたしが予知発狂してるのは事実ですがね。

 兎に角、そもそも魔術と教会は相いれない。疑われて当然。もし信じてもらえなくても礼儀正しさを失わず、理論的に説明しなくちゃ。

 再生するのは、王宮の武器展示室でプラティーヌが糸操ってるシーンと、湖底神殿でオプシディエンヌに【時空漂流】くらったあたりでいいかな。

 わたしは注視されてる中、ムービーを再生する。

 大司教や枢密卿というお歴々が、真面目な顔で鑑賞している。

 恥ずかしい!

 こんな真面目な空気の中で、ゲーム操作してるの、めっちゃ恥ずかしいです!

 ほっぺた熱くなってきたけど、頑張って再生を続ける。

 時空を流され、千年前の砂漠に辿り着くまでをディスプレイに映す。

 ………なんか妙に視線が刺さる。

 枢密卿や大司教は、礼儀を逸しない程度にわたしを視界に入れるだけ。視線が合うひとはない。だけど凝視されている気分だ。

 ひょっとして壁の隙間に覗き見穴があって、法王聖下がわたしを観察してるのかな?

 ときどき枢密卿や大司教がなんか喋っている。わたしは聞き取りできない。知らん言語だもの。教会で使ってる言語って、たしか現代エノク語だもんな。

 ただ先生は聞き取れているみたいだった。

 黒い隻眼が眇められる。

「『時空の箍を毀せしもの』?」

 先生が零したジスマン語の囁きに、会議室は瞬時に水を打つ。

 まるで神聖な言葉を、悪魔に聞きとがめられたみたいだった。 

「ミヌレ・ソル=モンド魔術師。本当に千年前の帝国に辿り着いたのですか?」

 静寂の中、ヴェルメイユ枢密卿がたおやかに問う。

「そうですよ。じゃあ遺跡をご覧ください。わたしたちの時代には砂に還っている四属精霊像の遺跡です」

 わたしは先生との夜の遊覧飛行したムービーを流す。

 夜空を飛んで、光あふれる遺跡を眺めたんだ。

 ……でもわたしの視線だから、基本的に先生にフォーカスされてるんだよな。もうちょっと遺跡にも注目して。

 わたしの願いと反して、先生のアップが映る。


『そうだな。全人類の幸福より、きみが幸せの方が大事だ』


 先生の甘ったるいボイスが、会議室に炸裂した。

「ヴァアアアァアアッ!」 

 思わずキャンセル。

「えーと………あっ、陪都ダマスクスの大法院を映しますね!」

 絢と鋼の大都市、麗しの陪都ダマスクス。

 暮れ泥んでいく世界に、大法院のシルエットが切り絵のように浮かぶ。

 黄金細工の門が、夕日に照り映えていた。 

「その魔導的な道具で、平水晶のなかの目次を選択するのですね」

「はい」

 ムービーギャラリーに並んでる目次は、神聖文字化(もじばけ)してる。

 現実空間では読めないけど、章で分割されているから、だいたいの位置で内容が分かる。

「わたくしも操作できるかしら」

「出来ますよ」

 ヴェルメイユ枢密卿にコントローラーを渡す。 

「これは誰が操作しても、あなたの記憶が視えるの?」

「そうですね。内容はいっしょです」

 わたしの操作を横で見ているだけで覚えたのか、ヴェルメイユ枢密卿はなめらかな指使いでボタンを動かし、タイトルを選択した。

 ディスプレイに雪景色が映る。

 青い空と、白い雪、漂う湯気。

 そんでもって先生の裸も。

「ヴァアアァアアッ! キャンセルッ! キャンセルボタァン!」

 即座にキャンセルする。

 大山脈で先生と温泉に入ったシーンじゃねーか。

 こんな公衆の面前で、オニクス先生のヌードご披露したくねーよ。

「あれは先生と温泉入った記憶なんで、別のをお願いします……」 

「ごめんなさいね」

 ヴェルメイユ枢密卿はカーソル下げる。

「ここならいいかしら?」

 ここのムービーは、砂漠を旅してるあたり。

 えーと、マンティコア解体してるより後くらいだな。ロックさんと会ったか、あるいは隊商宿に到着した頃くらい。いかがわしいことは無いな。

「たぶん大丈夫なあたりです」

 選択されて、ディスプレイにムービーが流れる。

 映し出される映像は、砂漠の隊商宿の寝室だ。懐かしいな。

 ランプがひとつ。

 金帯びた闇の中、オニクス先生が盥と海綿で身体を洗っていた。暗がりに浮き上がるのは、鍛えられた肢体。膚に流れる雫が、金色に反射して闇に散っていく。 

「ヴギャアアァア、キャンセルゥウヴッ!」

 ピンポイントやめろォオオォッ!

「これは先生と宿に泊まった時の記憶なんで、勘弁してください」

 羞恥で心臓が爆ぜそうだった。

 やっぱこれは他人に渡したら危険だな。

 先生を盗み見たら、ディアモンさんのショールでぐるぐる巻きに拘束され、椅子から崩れ落ちていた。

 あとで、怒られそうな気配がするな……

 背後でBGMが変わる。

 ん?

 なんでゲームが勝手に動いてるの?

 画面がムービーギャラリーから、ミニゲームに変わっている。

 がちゃがちゃ鳴るコントローラー。

 ぴこぴこ動くカーソル。

「誰か勝手に操作してるっ!」

「ミヌレちゃんが暴走してるんじゃなくて?」

 ディアモンさんも覗き込む。

「違う。誰かに干渉されてます! 誰ですか、勝手にわたしのコントローラー操作してるのっ?」

 枢密卿や大司教たちを睨んだけど、彼らも戸惑っているみたいだった。

 ひょっとして聖職者の中に魔法使いがいるの?

 魔力が高いけど、宗教家の道を選んだひとが、わたしの魔法に干渉している?

 霊視で魔力高い人間が判別できないかな?

 わたしは霊視モードに切り換えた。

 コントローラーを視る。

 そこには幽霊が座って、コントローラーを操作してやがった。


「でかいな!」


 わたしの大絶叫が、御前会議室に轟いた。

「ミヌレちゃん? 虫でもいたの?」

「虫じゃなくて、クソばかでっかい幽霊がいるんです! 先生の身長よりでっかい!」

 こんな超弩級サイズの幽霊っているの?

 幽霊なのに、儚さってものが一切無いのだ!

 いやいやそもそも、なんで真っ昼間から、幽霊が出没しているの?

 幽霊。正しくは星気二重体。肉体と精気を失った星幽体で、何らかの原因で第三の死を迎えていない。太陽が沈まないと、具象できない。それが世界の法則なのに。 

「誰か【星還】を持ってないんですか?」 

 幽霊を滅する光魔術だ。

 これを放つと、星気二重体が急速に分解されて、地球を循環する星気光に吸収される。

「アタシは古代魔術とのハイブリッド系だから、そういうのは使わないの。そもそもニックは光属性苦手だし」

「仕方ないですね。じゃあわたしが食い殺します」

 【恐怖】を詠唱して喉笛を食い千切れば、星気二重体は滅する。手間がかかるけどさ。


「お待ちなさい」 

 

 穏やかに声をかけてきたのは、ヴェルメイユ枢密卿だった。

「それは総本山に棲む幽霊です。時が訪れば自ずと天のきざはしに昇るでしょう。聖地に魔術は不要です」

「浄化できん言い訳に聞こえるが?」

 ショールから脱出した先生が、呼吸より先に皮肉を吐く。

「魂を魔術に委ねるなど、わたくしたちは望みません。そして、この幽霊も」

 先生は鼻で嗤うけど、わたしは詠唱をやめた。

 自分ちじゃなくてよそ様のおうちだ。総本山の会議室に幽霊が棲んでいたって、廊下で鼻歌ダンスしたって関係ないものな。ここに住んでるひとたちが幽霊を許容してるなら、別にいいか。


 でっかい幽霊は、じっとわたしを見据えていた。


 さっきの妙な視線は、このでっかい幽霊か。 

 もの言いたげな気配が伝わってくる。

 だけど幽霊は声を発しなかった。発さなかったのか発せなかったのか分からないけど、無音のまま、高いところにある聖印へと消えていった。



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