第十六話 コラボカフェ第二弾
謹慎なので自分の部屋に閉じこもって読書したり、手紙を書いたり、図鑑を描いたりして過ごす。
読書は最高なんだけど、知らん単語が多すぎるな。辞典を開いて綴りを確認して、また本に戻って。そしてまた単語帳や辞典を開いて。ひたすらその繰り返し。
でも楽しい。
知らん単語さえ愛しい。
わたしの手書き図鑑も充実していく。
だけど呪符を手放すと心もとないなあ。【浮遊】【水】【水上歩行】【防壁】【庇護】、すべてがわたしから離れている。
でも殿下が不在なのは気楽。さすがに宮中の行事をすべてすっぽかすのは不可能だったらしく、父親のディアスポール公爵に呼ばれたらしい。
それより先生の「大事な話」って何だろ?
責任取って結婚する、という話じゃないことは確かだ。なにせオニクス先生である。
いっしょに怪盗を捕まえようって話かな。
その前に、先生、なにか言って……
――きみは………ひょっとして、この世界が……――
視界と脳に、ノイズが走った。
痛みがない痛みのような感覚に、わたしは手からペンを落とす。
うわっ、インクがノートに跳ねた。せっかくこのページ、綺麗に書けてたのに。
ノックの音がした。
扉を開くと、そこには寮母さん。先生のお姉さんだ。
「お姉さん」
「誰が義姉さんですか」
不機嫌オーラに威圧された。
いや、そういうつもりで言ったわけじゃなくて、先生のお姉さんなんだなって思考が口から出ただけなんです。
「ミヌレ一年生。こめかみにまでインクが跳んでますよ。淑女らしくなさい」
寮母さんはハンカチにラヴェンダーコロンを染み込ませて、わたしのこめかみを拭いてくれた。ラヴェンダーの香りがわたしを包む。
おかしい。なんか妙に優しいぞ。
「食事があります。下へいらっしゃい」
「えっ?」
びっくりだ。前回は食事抜きだったのに。
「使用人たちは藪入りですし、一人用意するのも二人用意するのも大差ありません」
寮母さんたちが使ってる使用人ホールは、こじんまりしていた。
飾りっけはないけど、カミツレやローズマリーや薄荷のドライが、束になって天井から吊るされている。たぶんハーブティー用だ。鮮やかさの一切ない、実用的なドライハーブだ。
中心には使用人たちいっぺんに食事できる大型テーブル。そこにざっくりと切ったバケット一人分と、瓶詰のパテがいくつか並んでいる。
一人分?
「寮母さんは?」
「先に頂きました」
一緒に食べてもよかったんじゃないかな……嫌われてる?
でも嫌われてるなら、そもそもごはんに誘わないよね。
見張られながら、バゲットとパテを食べる。美味しいけどなんか居心地が悪いな。黙ってもぐもぐしていると、寮母さんはハーブティーを淹れてくれた。乾いた薔薇の香りが漂う。
このティーセット、お客様用のティーセットだ。金彩されているもの。藍地金彩の陶器なんて、絶対に普段使いじゃない。
黒褐色のケーキが登場する。
「ガトーショコラ! ええっ、大盤振る舞いですね……?」
「愚弟があまりにもわたくしの想像を絶する愚弟だったので、あなたを放置できないだけです」
読書タイムにご飯付きとか、ただの極楽じゃねーか。
寮母さん的にはわたしがいると気詰まりだけど、放置しておけないのだろう。
ショコラの濃厚な風味に、薔薇の華やかな香り。優雅さ極まったな。
寮母さんはヴェールの先端を上げ、ストールピンで留めた。口許だけ出して、薔薇のハーブティーを飲む。
端正な唇だ。
「寮母さんってひょっとして…………オニクス先生に似てる……んですか?」
「呪わしいことに、あの愚弟と瓜二つです。そのせいで喪が明けても、顔を晒して出歩けない」
声は抑揚を抑えていたが、最大級の苛立ちが込められていた。
そうか。絶対にヴェールを上げないし、一緒に食事もしないのはオニクス先生のせいなのか。難儀やな。
「寮母さん。あの、先生はどうなりました?」
「譴責処分です」
始末書を書かなきゃいけないやつね。降格や減給より軽い。
「問題はあなたですよ」
「ふへ?」
「曲がりなりにもあの愚弟は愚弟なりに、夥しい国家貢献を成してきました。あの子の正当性を確保するため、あなたを退学させる話もありました」
「そんな理不尽な!」
「退学処分には、愚弟が反対しています。あれが学院長に頭を下げたんですよ」
「先生が頭下げたんですか……」
冷や汗が流れてくる。
「わたしは、大変、とんでもないことを……」
「そこはむしろ感謝していますよ。愚弟がひとに頭を下げることを覚えたなら、それはそれで成長です。『宮廷の蛇蝎』と言われた愚弟でも、謝罪のひとつできるようになれば生きやすくなるでしょう」
「『蛇蝎』って………先生は【蛇蝎】が扱えるんですか?」
獣属性【蛇蝎】は、猛毒を生み出す魔術だ。
危険すぎて禁止されている。
「あの頃は使えませんでしたよ。ただ純粋に世間様から嫌われていただけです」
「………なにを、やらかしたんですか」
わたしの呻きに、寮母さんは頭痛を堪える仕草をした。
「わたくしはあの子と縁を切りました。あの子の行いを今更どうこう言うつもりはありません」
それっきり寮母さんは何も話してくれなかった。
その日の翌日、エグマリヌ嬢がやってきた。
「ミヌレ、怪盗を見物しようとして、謹慎食らったんだって」
「おまけに殿下にも目を付けられました」
「やっぱりうちの城に来るべきだよ! ちょうど親戚も帰ったよ」
エグマリヌ嬢の提案は最高だったけど、寮母さんは難色を示した。表情は分からないけど、空気で分かる。
「何故、ダメなのです? 夜間無断外出の謹慎なら、もう解けているはずでしょう? わが兄サフィールから正式に招待状もあります」
夜間外出だけだったら、謹慎は解けているのだ。
オニクス先生との色々あれこれが無ければ、とっくに。
寮母さんとしては醜聞を他の生徒に喋ることも出来ず、神経質に指を動かす。
「学院長に許可を取ってきます」
一時間後、わたしはエグマリヌ嬢の馬車に乗っていた。
揺られ揺られて数時間。
実は睡眠時間を削って読書していたので、わたしはすっかり眠りこけていた。
「ミヌレ、ミヌレ。そろそろ到着するよ」
「ぅへ?」
よだれをぬぐって、外を見る。
北方領リコルヌ。
峻厳と連なる山並みが、どこまでも雪に覆われている。
雪原の遥かな彼方に、お城のシルエットが浮き上がっていた。
「お城だ!」
灰色っぽい石造りで、尖塔がいくつも立っている。お城って言われて想像するタイプの、典型的なお城だ。
王都の王宮よりお城っぽい。
そのうえ、王子より王子っぽいひとが出迎えてくれた。
エグマリヌ嬢の兄、サフィールさまだ。
すらりとした長身で、長い髪をひとつに括って流している。
普段着だったけど、腰にはレイピアを帯びていた。幼い頃から帯刀の習慣があって、剣を外していると体の重心がおかしくなるらしい。
「はじめまして。貴女がミヌレ嬢か、会いたかったよ。マリヌの手紙でよく話題になっているからね」
イケメンだな!
いやいや、もっと語彙を使おう。
「………………」
顔がいい。
やばい。圧倒的な顔の良さに、それ以外ちょっと語彙が沸いてこない。
落ち着け、わたし。スチルで何度もお目にかかってるだろ。いや、まあ、サフィールさまって、スチル見るたびに「顔が良い」って言っちゃうくらい顔が良いんだけど。
「どうかされました?」
「かっこよすぎて呆然としてました。世の中、こんなかっこいい殿方がいるんですね!」
わたしの感想に、サフィールさまは笑った。
エグマリヌ嬢は中性的で、少女漫画の王子様キャラデザ。お兄さんのサフィールさまは、大人向け恋愛小説(濡れ場あり)の王子様キャラデザって感じ。とにかく顔が良い。
これで次期伯爵で、騎士団でも有望株なのかよ。
「びっくりした」
「ミヌレの正直さに、こっちもびっくりしてるよ」
エグマリヌ嬢は半分笑って、半分呆れているみたいだった。
「ミヌレ。言っておくけど、兄は見た目より、さらに中身のほうがかっこいいからね!」
「えっ、かっこいい………」
「ただ妹に甘いだけだよ」
エグマリヌ嬢の案内で、寝室に通される。
大きな窓硝子がある部屋で、月明かりがロマンチックに満ち溢れていた。
「客室じゃなくて、ごめんね。ほんとは侍女室として使っていたんだ。正規の客間がある棟は閉めちゃってて、次は夏まで開かない」
「わたしの寮部屋より広いですよ」
侍女って役職は、上級使用人だ。
特に貴族の奥方の侍女ってのは、教養や気品を求められる。舞踏会の付き添いをするなら、貴族の作法に熟知してなきゃいけない。伯爵夫人の侍女なんて、そこそこ良家で稼ぐ必要があるお嬢さんだ。
あとこのお部屋、貴族の奥方の衣装を扱うので、ちょっとした染み抜きや繕いが出来る作業スペースがある。
「この衣装棚。ボクが袖を通してないティーガウンやネグリジェを突っ込んでおいたから、適当に使って。ショールもある」
「いいんですか?」
「おじいさまが作らせただけで、ボクの趣味じゃない」
伯爵令嬢のティーガウン。
お客様の前に出られる部屋着ってやつで、ゆったり系ワンピースだ。そんなにごてごて飾り付けされていないけど、とびっきり上質なシルクをふんだんに使ってあって、トレーンがひいてる。
「ミヌレは可愛い恰好が似合うね。自分で着るのは好きじゃないけど、ミヌレが可愛い恰好をしてるのは好きだな」
手放しでほめてくれる。
「うちに来てくれて、ほんとうに良かった……心配だったんだよ」
エグマリヌ嬢は厚手のショールを羽織らせてくれる。
抱き締めるような仕草だった。
「ここなら絶対に安全だから」
「お気遣い頂けて嬉しいですわ」
そう言うと、エグマリヌ嬢は頬にえくぼを作る。
鞄から書物を出して、机の棚に収める。オニクス先生が貸してくれた書だ。
『獣属基礎論一』と『獣属基礎論二』、それから『生命宝石総覧』『幻獣解体新書』『解剖魔術学』。
「ミヌレ。残りの休暇でそれ読むつもりなのかい?」
エグマリヌ嬢は不機嫌さを隠してない。
「え、いえ、お借りした蔵書なので、寮の部屋に置いておくのは不安だったんですよ」
「ふーん」
わたしが言い訳すると、エグマリヌ嬢は背表紙を睨む。
「高度な魔術書ばかりじゃないか。こんなの貸してくれるひとがいるのかい?」
「ええっと、あ、の。寮母さんの弟さんが、わたしが謹慎しているのを見かねて貸してくださったんです」
「寮母さんの? ご家族がいたんだ、初耳だな。ずっと寮に住み込みらしいから、身寄りがいないのかと思っていたよ」
エグマリヌ嬢の意識は、寮母さんの方へといった。なんとか誤魔化せたかな。あとは知らん。
わたしはベッドに腰かける。
ベッドの傍らには、紋章付きの銀無垢ボンボニエール。
「そのボンボニエールに入ってるお菓子は、好きな時に食べてね」
すごい貴族っぽい。
枕元にお菓子があるって童話みたい。やろうと思えばやれるんだけど、自分でやるのはちょっと違うんだよね。自動的にお菓子が用意されている状態が、貴族っぽいの。
「明日は遠乗りしないか? 今の季節にしか見れない風景があるんだよ」
「連れて行ってくださるんですか?」
「もちろんだよ」
エグマリヌ嬢はぱっと顔を明るくした。
「ミヌレ嬢、マリヌ、食事が温まったよ」
サフィールさまの声だ。
「兄の作ったチーズフォンデュは、ほんとに美味しいからね!」
全力で主張するエグマリヌ嬢に、サフィールさまは苦笑い。
「きちんと成熟したチーズを使えば、だいたい美味しいんだよ。味は保証する」
「光栄ですっ!」
イベントでは何百回と食べたけど、実際に口に運べるなんて大歓喜だ。
案内された部屋は石造りで、壁には年代物のタペストリー。そして大きな平炉があった。たっぷりと石炭がくべられていて、雄牛だって丸焼きに出来そうな火力だった。
余熱台の置かれた鉄鍋からは、空腹を刺激する香りが漂っている。
「素敵です。古い御伽噺の世界みたい」
「そう言ってくれると、こちらとしてもありがたい。ほんとうは昼食室なんだ。晩餐室を用意させるには、使用人が足りなくて。銀器や陶磁の食器も、執事が鍵をかけて出せない」
「わたしが急に押し掛けたんですよ」
サフィールさまが手ずから給仕してくれる。
ああ、すごい。ご本人なんだよ。すごくない?
大皿には切られたバケット、茹でた野菜や、腸詰が並んでいる。口直しに檸檬とオリーブのサラダ。それから搾りたてオレンジジュース。
コラボカフェ第二弾だな。
このゲームのコラボカフェ企画するなら、サフィールさまお手製チーズフォンデュと、オレンジジュースは入れなきゃダメなメニュー。でも入れたらこのイベントのネタバレになるかなあ。
「明後日には家政婦が戻ってくる。とびきり美味しいグラタンを作ってくれるひとなんだ」
「楽しみです」
ライスグラタンはサフィールさまの好物。
お米って穀物、食べたことがないんだよなあ。異世界の食材、もっと食べたい。
「食べ過ぎないでね。米って慣れないひとが食べると、胃のこなれが悪いから」
「あれは腹持ちがいいって言うんだよ」
サフィールさまが擁護する。
あたたかな暖炉の前、チーズフォンデュを取り囲み、冒険の話や授業の話をした。
至福のひとときだった。




