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第七話 (前編) 魔法空間は何番地?



 手狭な部屋だ。天井一面に飲み水用の貯水タンクと、湯沸かしがあった。あと作り付けの棚には、客用の食器一揃いとか茶巾とか。花瓶まで入っている。

 ここは魔導航空艇の給湯室。

 この狭さ極限の給湯室で、わたしとエグマリヌ嬢で夕餉を作っているのである。時間的にお夜食かもしれない。

 寸胴鍋から湯気が湧く。

 冒険者ギルド印の乾パンをふやかして作った……スープ? これをスープといっていいのか分からんけど、スープに見えなくもない液体だった。

 黒胡椒をかけてから、味見する。

 うん、たぶん腹持ちと栄養は高いぞ。あと塩分補給もできる。

「ふふ。ミヌレ、いっしょに冒険してたの思い出すね」

 エグマリヌ嬢はえくぼ作って、スープっぽい液体をかき回す。

 ま、まあ………たまに食べると新鮮だし、楽しい思い出もあるよな。

 ロックさんが作ってくれた乾パンスープは、これより美味しかった。野外補正が効いていたのか、それとも脂身と香草の隠し味のおかげなのか分かんないけど。

 寸胴鍋を居間に運ぶ。

「お夕飯ですよ~」

「いい香りだな」

 クワルツさんが食器を出すの手伝ってくれた。

「香りはそこそこですが、味は期待しないで下さいよ。オンブルさんがいれば、もっと上手に調理したんでしょうけど」

 オンブルさんはめっちゃ料理上手だ。わたしの内臓も美味しいスープにしてくれたもの。スープっていうか、臓物のクリーム煮込み。あれは臓物が硬すぎること以外は美味しかった。

「あいつは料理上手とはいえ、材料が無ければ如何ともしがたい」

 居間のテーブルで夕食を取る。

 せっかく暖かいものを作ったけど、先生は不機嫌そうだった。

 オニクス先生としては徴兵時代の飯の味だから、ひとくち噛み締めるごとに面白くない記憶が蘇るのだろう。

 ディアモンさんはそもそも食事をしていなかった。おなかが減ってないらしい。

 手持無沙汰ってせいもあるのか、ジャスミンティーを淹れてくれる。

「食後のお菓子よ」

 まん丸の焼き菓子がご登場した。

 やった! まともなお菓子だ!

「まともな食事もあるのか」

 失礼なことを抜かしたのは先生である。

 思っていても言うなよ。

「月下街で作ってるお菓子なの。月餅っていう東方菓子で、うさぎ模様がマロン、かに模様がココナッツよ」

 けっこう大きい焼き菓子が、ひとり二個か。

 エグマリヌ嬢は月餅を手に取り、上品に割って口に運ぶ。

 お上品さを見習おう。

 ちなみに先生は一口で平らげていた。

「刺繍遣い。きみの分はないのか?」

「そもそも無いから、アナタにはあげられないわよ」

「そうか」

 先生がしょんぼりしている。

 ディアモンさんの分を貰おうと思ったのか。

 絶対にお夕飯の量が足りなかったんだろうな。わりと大食いだもの。

「先生、わたしのあげます」

 この月餅ひとつが大きいから、わたしはひとつでいいや。

 二個を半分こにする。半月になった菓子を、先生へと差し出した。

「いらん。子供の菓子を奪うわけにはいかん」

「ディアモンさんの分は欲しがるくせに、わたしからのは食べられないってどういう了見ですか……?」

「きみは妙な絡み方をしてくるな」

 最終的にわたしの月餅を半分こにした。 

 先生と半分こだ。ちょっと嬉しい。うへへ。

 わたしが月餅もぐもぐしていると、エグマリヌ嬢の表情が虚無になっている。何故だ。

「エグマリヌ嬢……どうされました?」

「なんでもないよ、ミヌレ」

「ふむ。吾輩の推測だが、彼女もお菓子をミヌレくんと半分こしたかったのか、ミヌレくんの男の趣味の悪さに絶望しているのか、どちらかだな」

 遠距離から飛ばされるクワルツさんの言葉。

「ボクはミヌレが幸せならいいよ」

 無理やり笑顔を作る。

「でも否定も訂正もしないってことは………」

「ボク、食器片づけるね」

 エグマリヌ嬢はてきぱきと、空になった食器たちを片付けていく。

「つかぬことをお伺いしますが、ディアモンさんって魔法空間をお持ちですか?」

 問うたのは、エグマリヌ嬢だ。

 そういやオニクス先生やディアモンさんの魔法空間って知らんな。

 クワルツさんの魔法空間は入ったことがある。ベースは果樹園だった。わたしがおたくのおうちで、クワルツさんが果樹園なのすごく本人の本性って感じだよな。

「えーと。アタシは自分の魔法空間を認識できるし、他人の魔法空間へ介入もできるわね。ただ魔力を持っているなら、誰でも持ってるって仮説もあるのよ。認識できないだけで、誰しもこころの奥に世界を宿している」

「ボクも……持ってるんですか?」

「アナタくらいの魔力なら、無意識の下で形成されている可能性が高いわ」

「認識するための練習方法ってありますか?」

「魔法って人それぞれだから、確立されてないのよね。ただ子供の時から繰り返し見る夢が、自分の魔法空間って説があるわ。だからその夢に見る様に心がけると、形成されやすいみたい」

「吾輩、子供の頃など、自分が死ぬ夢ばかり繰り返してたぞ」

 お辛い過去を、雑談と同じトーンで投げかけられた。反応に困る。

 死亡回避のための予知夢、延々と見てたのか。

「その予知夢の場所は同じなの?」

「同じだ。実家の果樹園の外」

「アナタの魔法空間は果樹園かしら?」

「ああ、うむ。そうだな。果樹園だ」

 繰り返し見る夢か。

 わたしは魔法空間形成中に予知夢が入っていたから、狂ったのかな~

「ボクもせめて自分の魔法空間を認識したいです」

「アナタの若さでその魔力量なら、将来的に魔法空間が形成できるようになると思うわ」 

 ディアモンさんの励ましに、エグマリヌ嬢は嬉しそうにえくぼを作った。


 予知だと、エグマリヌ嬢は、レベルがカンストしてもMP300。

 クワルツさんはたぶんレベルアップしてて3,000以上だし、先生は推定29,997オーバーって化け物だ。

 ふたりに比べたら、エグマリヌ嬢は心もとないMPだ。


 でも、世界(げんじつ)予知(ゲーム)と違ってきている。


 エグマリヌ嬢はもっとレベルアップするかもしれない。

 わたしが知るより、ううん、想像するよりも遥かに強く。 

 


 ジャスミンティーの残り香も消える頃、スティビンヌ猊下が操舵室から降りてきた。

「寝床。蛇蝎が居間を使うなら、上の小部屋を女の子たちの寝床にするさね。あ、ディアモン魔術師はどうするさね」

「アタシはニックと一緒で構いませんよ」

 正直、わたしも先生と一緒がいいけど、そうしたらエグマリヌ嬢が独りだしな。それはそれでのけ者にしたみたいで嫌だな。

 わたしたちは展望室を寝床にする。

 星が見守ってくれる展望台だ。そこに布団を敷き詰めていると、野営してる気分になる。

 外でも内でもない空間って、浪漫があるよね。

「ミヌレ、それだけだと寒くない?」

「うい。【庇護】と【胡蝶】があるから、平気ですよ。これは自動的に守ってくれますから」

 わたしの襟元の【胡蝶】を示す。

「でもひっついて寝たいな」

「ういうい」

 わたしたちは毛布や布団を引っ付けて横になる。

 丸窓には星の瞬き。

 のんびり地球からの星空を見るの、久しぶり。海賊船以来かな。

 もう西の空に、驢馬座と飼い葉おけ座が見える時期なんだ。今夜は特に、飼い葉おけ座が濃く揺らめている。飼い葉山盛りって感じ。

「ミヌレがいない時にね、怪盗クワルツ・ド・ロッシュと話してたんだ」

「ふぇい」

 盗み聞きしていた後ろめたさに、一瞬、ふくらはぎが攣りそうになった。

「魔法空間のこと、いろいろ聞いたんだよ。ミヌレみたいな召喚は無理でも、もっと魔力を鍛えて魔法空間を作れば、ミヌレをお招きできるだろ?」

「エグマリヌ嬢の魔法空間……きっと素敵なところですね。楽しみです」

 内心ちょっと冷や汗だった。

 エグマリヌ嬢がレベルアップしてわたしの魔法空間に来れるようになったら、同人誌どこに隠そう。

 いちばんの大問題だよ!

 長時間は滞在できないから厳密に封印しなくていいだろうけど、絶対に見つかりたくはない!

 突然、エグマリヌ嬢が溜息をついた。

「ミヌレは緊張してない?」

「ふへっ? 緊張?」

「ボクが行くわけじゃないのに、ずっと緊張してるんだ。明日は教会総本山なんて」

 あ、ああ、教会か。

 そういや明日の昼は、教会のお偉いさんと会うんだったな。 

「普通、魔術師だったら緊張しますよ」

 教会は中世ずっと、女性魔術師を迫害、弾圧、処刑していたからな。通称『魔女狩り』。

 おまけにエグマリヌ嬢は、男装しているし。

 教会が異性装を処刑対象にしなくなって、まだ二百年だもの。

 賢者連盟のおかげで魔術師の社会的地位が上がったし、エクラン王国では教会は魔術師に対して寛容だけど、西大陸全体からすればやっぱり教会と魔術師は友好的とは言い難いのだ。

「ミヌレは知ってるかな? 聖騎士の鎧って、オリハルコン含有の非結晶合金製なんだよ。だから魔術を阻害するんだ」

「それは攻略本に載ってなかっ……いえ、存じ上げませんでした。聖騎士の装備って、対魔術師用なんですね」

 【氷障】と同じシステムだ。

 あの魔術は、結晶化していない氷を空気中に捲くからな。

 金属だって非結晶状態にすれば、たしかに魔術は効きにくい。

「うん。魔術通りにくいから気を付けてね」 

「いえ、あの……わたし、戦争に行く予定はないですから」

「予定は未定だし……」

「暴れませんよ」

「うん。祈ってるよ」

 信じてくれないのかよ。

 そんなにわたし日頃の行いが悪いのか。悪いですよ!

 呼吸を整えていると、あくびが出そうになった。

 眠いな。

「エグマリヌ嬢……わたし、眠くなっちゃって…」

「あ、ごめんね」

 エグマリヌ嬢は仮眠を取ったから、あまり眠くないのかな。先にぐーすか高いびきするの申し訳ないけど、わたしは眠くてしかたかなった。

 みんなまだ起きてるのに。

 ごはんが終わっても、先生は【憑依】の解析中だ。

 因果律を守るため、プラティーヌ殿下の肉体から、魔女オプシディエンヌを引きはがさないといけないもの。

 先生のこと考えながら、わたしは眠りに沈んでいった。




 目を開く。

 どこだ、ここ。

 暗くなってるから一瞬、分からなかったけど、ここ居間だ。天井の全世界地図とダイヤモンドピンが見えるもの。

 つまりついうっかり幽体離脱しちゃったってことですね。

 そんで先生が【星導】を持ってるから、そっちに引っ張られた、と。

 先生は空飛ぶ絨毯の上で眠っていた。規格外の長身に合う寝床なんてないだろうから、空飛ぶ絨毯が適切だよな。ちなみにディアモンさんは寝椅子で、クワルツさんも椅子の上で眠っていた。

 みんな寝てるのか。

 そうか。

 先生の寝顔に近づく。

 星幽体だから気づかれないぞ。

 おやすみのキスくらい許してほしいな。

 わたしがキスした途端、落下感に捕らわれた。奈落に吸い込まれていく感覚。

 ふえ!

 なに?

 勝手にキスして罰が当たったんか?

 戸惑った次の瞬間、わたしは暗闇にいた。

 妙な場所まで跳んだのかと思ったけど、足元がぬかるんだこの独特の感覚、間違いなく他人の魔法空間だ。  

 もしかして先生の魔法空間に沈んじゃったの?


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