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第五話 (後編) この世界観でロボットってOKだったんだ


 わたしの問いかけに、船室が水を打つ。

 問わずにいられなかった。

 先生は討伐されたのに、スティビンヌ猊下は賢者になっている。どうしてなのか、その事情を教えてもらわなければ気持ちが前に進まない。

 最初に口を開いたのは、ディアモンさんだった。

「ミヌレちゃん。スティビンヌ猊下は殺した人間が多いんじゃなくて、亡くなられた人間が多いだけよ」

「……事故?」

 わたしの呟きに、スティビンヌ猊下が首を横に振った。

「事故なんて可愛いもんじゃないさね。大帝国アルムワールが有する魔導銃および魔導攻城兵器『禁忌の果実(フリュイデファンデュ)』。あたしが九才の時に開発した魔導兵器さね」

 このスティビンヌ猊下が、魔導銃の発明者!

 魔導銃は設定資料集に載ってるけど、魔導攻城兵器って何!

 思わず前のめりになったけど、そういう好奇心ぶっ放していい空気じゃねーな、これ。

 シリアスだ。 

「いのちを奪うことしかできない発明だって分かっていたさね。でもあたしは研究を止められなかったのさ。頭のなかに湧き出してくる思いつきを吐き出さなかったら、その思いつきだけで脳みそが圧迫される。アイディアを留めておいたら、もう日常生活さえままならないのさ。発想をかたちにしてしまえば、その思いつきから解放される。そうやって物心つく前から頭に浮かんだアイディアを、片っ端から魔導兵器ってかたちにしていって十年間、何万人と亡くなったさ」  

 シリアスなんだけど、悲壮感はない。

 スティビンヌ猊下ご自身が悲嘆に暮れてないのか、あるいはゴーレムという肉体では複雑な感情発露できないのだろうか。判断つかないまま、わたしは思ったことを口にする。

「戦争が人体実験より上等だとは存じ上げませんでした」

「ミヌレちゃん。九歳の子供の研究結果を大人が戦争に使ったのと、二十歳の大人が自分の意思で人体実験したとでは、話が違うもの」

 ディアモンさんが優しく諭してくる。

 理性で納得はできる。

 でも釈然としない。

「九歳の子供。そりゃ当時あたしはまだ子供だったけど、研究の結果をアルムワール帝国軍がどう使うかなんて分かっていたさ。そりゃもう予測の範囲さね。でも魔術師が実績を出そうとしたら、ちょっとは馬鹿な真似を仕出かすもんさね。あのお優しいテュルクワーズでさえ、わりと洒落にならないこと仕出かしたもんさ」

 『妖精の取り換え仔』の啓蒙運動か。

 自殺者さえ出た。

 でも自殺しなかったひとだって苦しんだ。ガブロさんの奥さんは、死ぬまで悔んでいたんだから。

「アエロリット猊下は戦争を指揮していたし、ブッソールも冒険者時代はおおやけにできないこともやってたさね。実績を積んで馬鹿なこと仕出かしてない魔術師なんて………カマユー猊下くらいさねえ。あのお方は人格的にも賢者だったさ」 

 そんなことブッソール猊下も言ってたな。

「信じられないかもしれないけど、ほんとさね。功徳兼隆の大賢者。こいつはパリエト猊下のおっしゃっていた評価だけど、その通りだったさ。魔術師という同胞のためなら、労を惜しまない方だった。あたしが月に亡命できたのも、カマユー猊下のお力添えがあったからこそさね」

 帝国から月へ亡命?

 軍事国家の大帝国アルムワールにしてみれば、魔導銃の発明者なんて欠かせない人材だっただろうに。よく亡命できたな。

「けど、ご自身が無辜だからこそ、オニクスの所業でぶっ壊れたのさね。弟子も一族も故郷も親友も研究成果も、オニクスに踏みにじられて………あれは、おいたわしい限りだったさねぇ」

 スティビンヌ猊下は深く項垂れた。

 ディアモンさんもだ。

 沈黙が伸し掛かってきた。迂闊に声を出してしまえば、何かを冒涜してしまいそうになる。黙祷に似た沈黙。

「カマユー猊下の憎悪、狂う前に歯止めをかけるべきだったさ。でも、賢者連盟のみんなオニクスのこと恨んでいたから、虐げようとも当然だと思っていたさね。カマユー猊下の狂気の深さを、見誤ったんだろうさね……」

「猊下。みんなとは言いすぎではありませんか。せめて九割です」

 ディアモンさんの訂正は、これっぽっちもフォローじゃないよな。

 たしかに九割の魔術師には忌み嫌われていそうなので、わたしからは何も言えねぇ。

「ふむ。間を取って九分九厘というのはどうだろう」

「どうだろう、じゃねえよ。そもそも間を取る必要性ゼロですよね」

 さすがに小声で突っ込み入れてしまった。

「賢者連盟の九分九厘は蛇蝎のこと嫌いだけど、あたしは恨みはないさね」

 さりげなくクワルツさんの意見が採用された。なんでやねん。

「恨めるほど、あたしはお綺麗な人間じゃないさ。それに蛇蝎のオニクスを敵に回して、壊されたのはたかだか肉体ひとつ。弟子も家族も研究成果も無事だったなんて、あたしは運が良かったさ。楽しくお喋りしたい相手じゃないけどさ」 

 そしてスティビンヌ猊下は顔を上げる。

「これが恨んでない理由。ついでに協力する理由は、パリエト猊下には恩があるからさね」

 不意に発された名に、ディアモンさんが震えた。

 ディアモンさんのお師匠さまで、千年前のわたしに仕えてくれたひと。

「あたしの人工皮膚の開発。パリエト猊下にはそりゃもう世話になったさね。あたし独りじゃ、ここまでの質感は作り出せなかったさね。パリエト猊下の力作さよ」

 スティビンヌ猊下は意気揚々と、肩口のボタンを外していく。胸元まで露出した。

 人工皮膚は首や手首にまでで、あとは金属が露出している。ダマスカス鋼だ。

「骨格はオリハルコン合金。筋肉はダマスカス鋼繊維。人工皮膚はオリハルコンシルクさね。顔周りの質感は、あたしの化粧の腕も発揮してるさよ!」

 化粧か、なるほど。フィギュアも彩色で立体感とかリアル感が違ってくるもんなあ。

 一通り自慢し終わったスティビンヌ猊下は、服を整える。

「あとはテュルクワーズの顔に免じて、ってところさねえ。あの子、復讐される側の人間さよね」

 わたしは何も言えないし、首を横にも縦にも動かせない。テュルクワーズ猊下の人なりを知っているから肯定は出来ない。でもガブロさんの嘆きを間近で見たから否定も出来なかった。

「復讐はしていけない。そんな台詞、復讐する側が言えば聖人。される側が言えば邪悪さね。あたしだってあたしの発明した兵器で家族が死んだ人間なんて、ごろごろいるさね。そういう輩が復讐しにきたら、「復讐は駄目」なんて言えないさ。でもテュルクワーズは貫こうとしている。それどころか殉じようとしている。復讐は神のものだと信じているから。あの子は腰が低いから舐められがちだけど、意外に度胸があるさね。主義主張はどうでもいいけど、あの子の度胸は気に入ってるのさ。ま、そういうテュルクワーズがオニクスの改悛を信じてるんなら、あたしも乗ってやっていいさよ」

 そう微笑み、視線を扉へと移した。

 不意に扉が開く。

 スティビンヌ猊下の金属と硝子の視線の先には、オニクス先生が不機嫌な顔で立っていた。

 戻ってきたんだ。

 毛先がちょっと凍っている。

「大丈夫ですか、わたしが湯たんぽになります」

 抱き着こうと突進したら、しゅるっと躱された。

 躱された!

「慎みなさい」

 まともな大人みたいなことを言いだした。

 砂漠の時は、遠慮なくわたしを湯たんぽにしていたくせに。あまつさえわたしのおなか撫でるという辱めもしたくせに。

 わたしがじっと睨んでると、先生はそっぽ向いてスティビンヌ猊下へ歩いていく。

「【憑依】の資料は?」

「書架に持ってきてるさね。ついでにあたしの研究成果もまとめておいたさ」

 スティビンヌ猊下は後ろの書架を、視線だけで指し示す。

「オニクス。賢者連盟の賢者として、頼みがあるなら聞ける範囲で聞くし、相談があるなら乗るさよ」

「何を企んでいる?」

 この馬鹿正直!

 企んでいると疑っているからって、口に出してどうするんですか!

 わたしもさっきスティビンヌ猊下を問い詰めちゃったけど!

「あたしの脳髄から湧くものなんて、発明以外ありはしないさね。企みが入る隙間なんてないさ。ついでにオニクスの研究成果も残していってくれれば、あたしとしては嬉しい限りさ」

 ひどく蓮っ葉な口調だった。

 恨んでないけど、たぶんオニクス先生のこと嫌いなんだろうなあ。

「では頼みがある。断絶の大山脈に向かってくれないか」

「あんなところへ何しに行くさね?」

「【破魂】の素材、闇の至宝石を隠してある」 

「闇の至宝石、か。伝説級の宝石には興味あるけど、残念ながらそれは後回しさね。反対方向さ」

「連れていくべき目的地があるから、この魔導航空艇で私を回収したのか」

「ご名答」

 スティビンヌ猊下はウインクしてから、天井の全世界地図を指さす。

「目的地は教会総本山キュストード市国さね」


 キュストード市国。

 法王が統べる教会国家。

 国家として考えるなら、国土も人口も世界最小。だけど聖職者すべてが国民で、教会や修道院すべてが領地だって考えるなら、西大陸最大にして最古の国家だ。



「ついさっき月下老へ、法王からの書簡が届いたさね。プラティーヌ王姫が【屍人形】を制作してるっていうなら、教会も他人事じゃないさね」

 【屍人形】って、教会の影響力が強い国じゃ、第一級の禁呪だものな。

 土に還るべき屍を弄る魔術は、殊の外、忌み嫌っている。

 エクラン王国を含む周辺諸国では、造っていると発覚した時点で縛り首。資料は焚書か禁書の二択って厳しさ。

「オプシディエンヌ討伐に協力してくれるのか」

 教会は聖騎士団という僧兵軍を擁している。

 協力してくれるなら、百人力だけどさ。

「そうさね。王族が【屍人形】作りなんて、洒落にならない事態さよ。けど教会を、まして聖騎士団を本格的に動かすには、証拠ってものが必要さね。というわけで、『夢魔の女王』」

「はひ?」

「魔法でちゃっちゃと過去視でご披露するさね。プラティーヌがオプシディエンヌとイコールだって、教会のお偉方に示してあげてほしいさ」

「マジですか」

「マジさね」

 教会総本山で魔法を披露とか、ひょっとかすると教会史上初では?

 それはそれでちょっと面白いかな。

 オプシディエンヌ討伐の増援や戦後処理役は欲しい。気合い入れて頑張らなくっちゃ!

「教会総本山の出入りには証言する『夢魔の女王』と、あとふたりまで付き添いが認められているさね。あたしは教会に関わりたくないから、ディアモンとオニクスが付き添うといいさ」

「ふむ。吾輩は犬のふりすれば入れるだろう。犬を勘定に入れるとは思えん」

「ペット不可だぞ」

「ミヌレくんの盲導犬としてならば可能だ」

 盲導犬!

 その発想はなかった。

 エクラン王国だと盲導犬ってレアだし。

 さすが神学校卒の着眼点だ。盲人学校や聾唖学校って、教会付属が定番だもんな。

「ミヌレくんの視力が不自由だという事実は、教区司祭が把握してるのではないか?」

「ええ、たぶん。年に二度、家庭訪問がありましたから」

 いまだに過去の記憶あんまり無いけど、司祭さまの訪問は覚えている。金彩のティーセットを使うから、目の見えないわたしが割らないように釘を刺されていた。

「もし盲導犬の登録番号を聞かれたら、賢者連盟で独自教育した盲導犬だとごり押しすればいい。教会は盲導犬を断れん」

「あらあら、名案だわ。使い魔を盲導犬みたいに使役してる獣属性魔術師も、実際いるもの」

「たしかに戦力は多い方がいいな」

「戦争はしないでくださいよ」

 わたしの呻きに、先生は肩を竦めた。

「勝てない戦争はしない」

 つまり勝てると思った瞬間、開戦するってことか……?

「そうさね。負け戦の気配を察知して、即座に総帥の首を切って命乞いしてきた男が言うと説得力あるさね」

 スティビンヌ猊下の乾いた皮肉が、船室に響く。

 やっぱりこのひと、オニクス先生のこと恨んでなくても大嫌いなんだな。



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