第五話 (前編) この世界観でロボットってOKだったんだ
この世界観、ロボットOKだったんだ!
魔法が満ちて、天馬や一角獣が駆けて、竜が大陸になってる世界に、ロボット!
クワルツさんの衣装も突飛だけど、ロボットは無いだろ!
世界観くらい統一しろよ!
「ろぼっ……と? この肉体はゴーレムさね。天才魔導技師たるあたしの最新にして最高傑作さね!」
胸を張るスティビンヌ猊下。
うーむ。ゴーレムならギリギリ許容できるな。
元の肉体が寝たきりになっちゃったから、新しい肉体を作ったのか。
「ゴーレムに【憑依】しているんですか?」
「魔導ゴーレムの肉体か。【憑依】の術を、完全に再現できたのだな」
わたしと先生がほぼ同時に声を上げる。
スティビンヌ猊下はウインクした。
「大正解」
他人の肉体を奪うんじゃなくて、ロボット……じゃねぇ、魔導ゴーレムを作って【憑依】したのか。
「手作りの身体なら、ひとのものを奪うより禁忌感は薄いですね」
「これは吾輩の私見だが、魂に機械を受肉させるなど、禁忌中の禁忌だろう」
「禁忌か否かは、テュルクワーズあたりに見解を尋ねることにするさ」
軽い口調だった。
たぶんテュルクワーズ猊下に禁忌って忠告されても、この研究を続けそうだな。
「【憑依】の研究はまだ稼働実験中だけど、オニクスが資料を探してるって聞いたから、貸してあげに来たさね」
「……」
ついでに報復しにきたとか、そういう展開か?
わたしはヴリルの銀環に触れる。
いつでも錫杖化できるぞ。
「奥へ上がって。客に立ち話させる気はないさね、具合の悪そうな子もいるし」
エグマリヌ嬢だ。
魔力枯渇して、体温が低下している。
「気圧調整するから、オニクスちょっとそこからどいてほしいさ。梯子の手前あたりに」
スティビンヌ猊下に言われた通り、オニクス先生が梯子側へ下がる。
次の瞬間。
先生の立ってる場所が突然、ぱかっと穴が開いた。
落下していく先生。
「ぅうわうう! 先生が落ちた!」
すぐさま床が塞がる。
「先生! 先生!」
「大丈夫よ、ミヌレちゃん。ニックならどうせすぐ【飛翔】して戻って来るから」
「ハッハッハッ、なんとも心憎い仕掛けではないか! 歓迎の余興か。今度は吾輩にもやってくれ!」
「面白い仕掛けだね、ミヌレ」
誰もオニクス先生の心配してないな!
人望無いのかよ。知ってたけど!
「ちょっとした仕返しさね」
スティビンヌ猊下は青い顔で蹲っている。
「ふむ? 具合でも悪くなったのか?」
クワルツさんが疑問を口に出す。
「落ちるの想像しちゃって、胃の奥がきゅっとしたさね。このボディに胃は搭載してないけど」
「……スティビンヌ猊下。そういえば高所恐怖症でしたね」
ディアモンさんが掠れ声で呟く。
「なんで魔導航空艇に乗ってるんですか」
「【飛翔】しなくていいからさね!」
スティビンヌ猊下は震えながら全力で主張してくる。
「【飛翔】だの【飛竜羽化】だの空飛ぶ絨毯だの! 身ひとつで飛ぶとか尋常じゃないさね! だからあたしは移動のために、魔導航空艇を使うさね」
生身で空を飛ぶのが怖いのか。
へー。それは概念になかったな……
「オニクスだったら、そのうち戻って来るさね。この程度で殺せる男だったら、賢者連盟は手を焼いてないさ」
スティビンヌ猊下はよろよろ立ち上がる。
「自分にメンタルダメージがくるトラップにするのは、本末転倒では?」
「見てるだけで無い胃が縮こまるけど、オニクスに床パカンしてやりたい衝動が上回ったさね」
床パカンしたかったのか。分からんでもない。ある種の浪漫があるよな、床パカン。
スティビンヌ猊下が扉のロックを解除する。
扉の先は、すごく縦長の居間だった。
魔導航空艇の内部だから、間取りが縦長なんだな。
せっかくの魔導航空艇だってのに、窓は無い。
窓があったら雲海を眺められたのに。残念。乗ってる人間が高所恐怖症なら当然か。
いや、観察してる暇はない。エグマリヌ嬢を休ませないと。
「そこの寝椅子。下に仮眠用の毛布があるから使うといいさ」
スティビンヌ猊下の指さした寝椅子に、エグマリヌ嬢を横たわらせた。ジレや靴を脱がせて、毛布を被せる。
「魔力枯渇ならアルケミラの雫があるさよ」
アルケミラの雫を服用させると、エグマリヌ嬢の顔色が戻ってきた。
これで容体が落ち着くかな。
わたしはほっとして、寝椅子の隣にある丸椅子に腰を下ろした。
よし。やっと落ち着いて居間を眺められるぞ。
すごくロマンチックな内装だ。
壁は木目の板張りで、寝椅子やミニテーブルの調度品が揃っている。布張りは淡い薔薇色と渋い木苺色の緞子、木材はショコラ色で統一されている。ピンクとショコラを組み合わせた色って、大人っぽいのに可愛いな。今度、ドレスを仕立ててもらう機会があったら、こういう色合いをお願いしてみよう。
椅子の足元をよく見たら、真珠貝の螺鈿で矢車菊が描かれているの。さりげなく凝ってる。落ち着きと愛らしさって両立するものなんだ。
奥の突き当りには書架。あと製図机。木製と錬鉄の重厚な製図机で、光の護符の明かりとトレス台も横に付属していた。錬鉄が矢車菊模様で可愛いな。特注品なんだろう。
お洒落な女性の製図室って雰囲気。
でもこんなに立派な調度品があって、暖炉とシャンデリアが無いのは、なんとなく違和感。
わたしはそのまま天井を見上げる。
「あ、天井が全世界地図!」
天井画として、全世界地図を描くのって素敵。古めかしい描き方だけど、製図は現代的だ。
「その全世界地図は便利さよ。現在位置が分かるようになってるさね。あのダイヤモンドのピンが、自動的に魔導航空艇の現在位置を示してくれるさね」
エクラン王国の王都南方に、ダイヤモンドのピンが浮いていた。無垢オリハルコンの装飾で、ふわふわと浮いている。
じっと見ていると、ダイヤモンドがゆっくり動くのが分かる。
「ほお、素晴らしいな。浪漫と実用性が、高度に合致している」
クワルツさんが手放しで褒める。
「わたしの魔法空間にもあったら便利なのに」
「確かにな。きみのディスプレイに投影できるようになれば、有益であろう」
能力アプデされねぇかな。
そんで先生をマーキングしておきたい。
「周りのしつらえも素敵ですね。厳めしいのに可愛らしいなんて、エクラン王国じゃ見かけないセンスです。もっと殺風景な内装かと思ってました」
「あたしが暮らしているから、無機質にならないようにしたさね」
「ここで暮らしているんですか?」
高所恐怖症なのに?
飛ぶのが苦手過ぎて、魔導航空艇にずっと乗船してるのか。
分かる気がする。いや、やっぱ微妙に分からんけど。
「このボティなら、地上から離れてもそれほど不自由しないさ」
食事とかお風呂とかしなくていいって意味かな。
「一応、来客用の水回りも完備してあるし、食料も積んであるから栄養摂取はできるさよ。加熱器もあるから、お湯も飲めるさ。なんだったら遭難者用のブランデーを温めてもいいさね。味は保証しないけど」
スティビンヌ猊下は語りながら、いちばん奥の安楽椅子に腰を下ろす。
「あらためてはじめまして、『夢魔の女王』。あたしは賢者のひとりスティビンヌさね。専門は御覧の通り魔導技術さ」
「はじめまして、スティビンヌ猊下。失礼を承知でお尋ねします。スティビンヌ猊下はご自身の肉体を蛇蝎のオニクスに壊されて、あの程度でお許しくださるんですか?」
不躾を通り越して宣戦布告じみた質問に、スティビンヌ猊下の双眸は眇められた。
金属色と硝子光沢の瞳だ。
いや、あの眼球は金属と硝子そのものなんだろう。
無機質の眼球は、わたしに焦点を合わせる。何故か魔導銃の銃口を思い出した。王宮樹園でモリオンくんに銃口を向けられた時の、あの緊迫した感覚。
「たしかに元々の肉体は、もう肉体じゃなくて肉塊さ。脳は欠けて、脊髄は半壊、眼球は潰れて、手足はぜんぶ切断したさ。まったくの芋虫さね。だけど、そんなものさよ」
「………そんなもの?」
「因果応報ってやつさ。あたしの研究のせいで死んだ人間の数だったら、蛇蝎と同じくらいさね。もっと多いかもしれないさ。あたしだって何万という人間に、死を齎した。オニクスを責められるほどお綺麗じゃないさ。でも、才能がある魔術師ってのはそういうものさ。時には何かを破滅させながら、誰かを絶望させながら、進む」
先生以上にひとを死なせた?
「だったらどうして賢者連盟は、あなたを賢者にしているんです?」