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第四話 (後編) 雲海フィールド



 何はともあれエグマリヌ嬢が無事でよかった。

 賢者連盟で身柄を確保できたし、これでひとまずエグマリヌ嬢は大丈夫………

 いや、ひとつクソでかい問題がある。

「そうだ、先生! あの横領役人! 殺しておけばよかった!」

「いきなりどうした。殺しておけばよかったという点に関しては同意だが」

「ふむ。輜重文官ストラスか。エグマリヌ伯爵令嬢と、内々だが婚約の話が出ているのだ」

 クワルツさんが忌まわしい情報を口にした。

 わたしは口にしたくもない!

 耳にしたくもない!

「オプシディエンヌのやりそうなことだな」

「ニック。輜重文官ストラスって、アナタが子供の時に前歯ぜんぶ折ってやったっていう、下種だったかしら?」

「そう、その男だ。話したか、その話?」

「酔った時に喋ってたわよ」

「先生! 前歯だけじゃなくて、奥歯と脳みそも叩き潰しておいて下さいよ!」

「そこは本当に申し訳ない」

「……? ストラス氏に前歯ありましたよ」

「エグマリヌ嬢! あんな男の名前を呼ぶと、口が穢れますよ!」

「真珠の練粉を固めた差し歯をしている。騎士団の予算横領して、バギエ産真珠で差し歯を作ったと自慢していたからな。前歯を叩き割った本人に自慢する神経が分からん」   

「不快な男だな。ものを盗るなら、予告状を出して堂々と手に入れるべきだろう」

「クワルトスくん、どっちも犯罪よ」

「前歯を叩き割ったって……?」

 エグマリヌ嬢の疑問に対して、隻眼に皺が寄った。

「昔話だ。私が徴兵されたばかりの頃のな。聞き苦しい話だ。いや、婚約の話が持ち上がっているなら、黙っている方が非人情か。あの男、自分の寝床に私を呼びつけ、戦後の世話をしてやるからと理不尽極まりない行為を求めてきたのだ。だから隠し持っていた石で、前歯を叩き割ってやった」

 へえ。 

 クソ横領役人………先生にそんな振る舞いを………

「爪剥いでから、指を切り落としてやる」

「あらあら、ミヌレちゃん、怖いわよ。アナタは賢者連盟に属する世界鎮護の魔術師なんだから、落ち着いて………」

「落ち着きました。よく考えたら爪を剥ぐ前に、まず手の甲に釘を打ちましょう」 

「しかしあの横領役人と縁組させようとは、いかにも邪悪な魔女らしい企みだ。そもそも上官殺害は私の罪だが、その後の隠蔽工作はあの横領役人にやらせたからな。自分で結婚させてから、「父親殺しに関わった男に抱かれるなんて興奮するでしょう」と事実を明かして煽ってく…………」

 瞬間、クワルツさんが先生を殴って、ディアモンさんが先生をショールでぐるぐる巻きにした。

「思春期の令嬢の前だぞ。もっと言葉を選べ」

「そうよ。今のは思慮を欠いていたわ」 

「世の中、ミヌレくんみたいにメンタル強靭な令嬢ばかりではない!」

 いや、わたしは普通のメンタルですよ。

 さっきもブチ切れ怒って、辛くて泣いて、貧弱なくらいだぞ。

「じゃあ間違いなく、兄は闇魔術でおかしくなってるんですか」

 エグマリヌ嬢は微かに震えていた。もともと雪を欺くほどの白い膚だけど、今は氷さえ欺けるくらいだ。

 わたしはぎゅっと抱きしめる。

 強く抱きしめたけど、震えは止まらない。体温まで下がってきた。これは魔力枯渇の症状だ。ほんとの氷像になってしまったみたい。

「……アルケミラの雫、持ってるひといます?」

 魔力回復アイテム、アルケミラの雫。

 これがあれば魔力枯渇の低体温がマシになる。

 さて、ここにいるメンツは、魔力ほぼ無限のわたし。

 魔力が人類トップクラスの先生。

 魔力が魔法使いレベルのクワルツさん。

 魔力をほぼ消費しない古代魔術専門のディアモンさん。

 うん、持ってるわけねぇよなあ。

 エグマリヌ嬢をパーティーinさせるんだから、必要なアイテムだったのに。迂闊。

「吾輩は一本持っている」

 小さな陶器瓶が出される。

 やった!

 用心深いな、クワルツさんは。さすが怪盗!

 急いで飲ませる。

「エグマリヌ嬢。わたしに凭れて大丈夫ですよ」

「ごめんね。なんか気持ち悪くなってきちゃって……」

 顔色の悪さは魔力枯渇のせいだけじゃない。

 性犯罪者かつ父親の仇(従犯)と、婚約させられそうになったんだもの。その事実も気持ち悪いし、そんな悪意を持ってる魔女が近くにいるのも怖い。なにより大好きなお兄さんが、魔女におかしくされているの辛いよね。

 わたしはエグマリヌ嬢を抱きしめたまま、動かないようにする。

 【胡蝶】たちが、わたしたちを取り囲む。

 外気の冷たさは遮られたけど、きちんとしたお部屋で休ませてあげたい。あともっとアルケミラの雫も欲しい。

「あと支部までどのくらいです?」

「ごめんなさい……まだ時間がかかるわ。一時間もかからないと思うけど」

 ディアモンさんが柳眉を顰めて、悩ましげに呻く。

 南の空から、黒い雲がにょきにょきと伸びてきた。あれがクワルツさんが予知か遠視した乱層雲か。

 黒い乱層雲から、白い積雲が出現する。

 あれは雲じゃない。

「魔導航空艇!」

 雲海フィールドに魔導航空艇。

 連なる雲を切って翔ける航空艇は、雄大そのものだった。午後の日差しを受けて、オリハルコン合金の外殻が照り返す。ちらちら輝く乱反射は鱗めいていて、機械仕掛けの竜みたい。

 いや、でも、帝国しか有してないはずの魔導航空艇が、どうしてこんな空域にいるんだ。

「エクラン王国の領空侵犯だぞ」

「……いえ、あれは、賢者連盟所有の魔導航空艇よ」

 ディアモンさんが指さした航空艇の側面には、月の紋章。

 たしかに賢者連盟の紋章だ。

「魔導航空艇を擁していたのか」

「非公式に造船してるって噂あったけど、完成してたのね……」

 ディアモンさんが呟く。

 賢者連盟も開発していたんだ。魔術の頂点たる賢者連盟で、開発していない方がおかしいよな。魔導技師の賢者さんもいるんだし。

「ふむ。あれを盗むなら、賢者連盟に予告状を出せばいいということか」

「盗んでも操舵できないでしょ」

 即座にディアモンさんが突っ込む。

「ハッハッハッ、使いこなせるか否かなど、怪盗倫理の前では論ずるに値せん」

 つまり盗みたいから盗むのであっても、使いたいから盗むのではないのだよな。クワルツさんにとって盗んだ美術品は、クレームゲームのぬいぐるみ以下。

 わたしたちが眺めていると、魔導航空艇の側面の一部が開く。鉄梯子が下ろされた。

 あとぴょこんと飛び出したのは、拡声器か?

「あーあー、音声確認。『夢魔の女王』、『未来視の狼』、ディアモン魔術師、エグマリヌ伯爵令嬢。あとついでにオニクス。舷梯を下ろしたさよ。この魔導航空艇に入ってもいいさね」

 【擬音】で拡張されたジスマン語が、黒い乱層雲に響く。

 若い女のひとの声だな。あと訛ってるから、エクラン王国のひとっぽくはない。

「お知り合いの魔術師ですか?」

「いいえ。知らない声よ。ニックは?」

「一度も聞いた覚えがない」

 賢者連盟に属してるってことは、ひょっとすると先生に恨み抱いているタイプかもしれない。用心しよ。

 わたしたちはタラップから、魔導航空艇へと入る。

 せまっ苦しい小部屋だ。金属が剥き出しだから、圧迫感が強い。 

 奥側の扉が開いて、女性が現れた。

「ようこそ、あたしの魔導航空艇へ」

 出迎えてくれたのは、二十歳くらいの女のひと。

 黒っぽい銀髪は、肩に触れるか触れない程度で切り揃えられている。女のひとの髪型でもないし、男のひとの髪型でもない。強いて近いものを挙げるなら、修道女のベールの下の髪型だよね。

 衣装の色調は、美しいけど説明しづらい。淡いピンク交じりで透明感のある青だもの。宵の水面にピンクの蓮が映ってると、こんな色調になるのかな? それとも夜明けを映したサファイア? とにかく基本は澄んだ青で、ハイライトは薔薇色。

 しかもデザインは、西方でも砂漠でも見たことないタイプ。シルクが手首から肩、胸に至る身体のラインにぴったり沿っている。腰の上という高い位置でスリットが入っていて、下はゆったりとしたズボンを履いている。

 シンプルかつ動きやすそうだけど、腕や肩にぴったりさせる裁断と縫製は、仮縫い一度じゃ足り無さそうだ。

 それにコルセットが無いから、スタイルの誤魔化しが効かない。

「洗練美を極めたドレスですね。シンプルの極致ですが、ぴったりとゆったりの切り替えとバランスが優雅です。それに得も言われぬ色彩って、まさにこの色調ですね。色彩がデザインを際立たせて、デザインが色彩を引き立てています! こんな色と形が調和したドレス、初めてお目にかかりました」

「ありがとう。これはダーリンの故郷の民族衣装さね。あたしは帝国出身だけど、髪を長くしておくのとコルセット嫌いだから、東方大陸南部の恰好してるのさね」

 女のひとは明るく微笑む。そしてディアモンさんへ視線を移した。

「久しぶりさね、ディアモン魔術師。百年ぶり?」

 友好的な態度だ。

 だけどディアモンさんは怪訝そうに瞳を細めていた。

「どなたかとお間違えでは? アタシはディアモンですが、まだ百年も功夫を積んでおりません」

「ちょっとした冗句さね。ディアモン魔術師は、あたしが誰か分からないようさねえ」

「…………まさか、スティビンヌ猊下!」

 ディアモンさんが叫び、強張りつつ後ずさる。

 え? このひとが賢者スティビンヌ猊下?

「大正解」

 スティビンヌ猊下は茶目っ気たっぷりにウインクする。

 先生のせいで寝たきりって聞いてたけど、完治したのか?

 いや、それより禁書庫から、無断拝借された【憑依】の資料の件だよ。

「猊下、そのお姿は……?」

「あたしの二十歳の頃の外見さね。このころにダーリンと出会ったから、やっぱりこの外見がお気に入りさね」

 外見年齢を弄ってるのか。

 どんな魔術を使ってんだ?

 纏ってるドレスが珍しくて素敵だったから、霊視するのすっぽ抜けていた。

 霊視モードに切り換えだ。

 ……ん?

 なんだこれ、目の前にいるの人間じゃない。

 全身に循環している液体は、血液じゃなくてマーキュリー水だ。でも【屍人形】……とも、違う?

 そもそも臓器がないし、骨格がオリハルコン? 呪符が埋め込まれている? 

 ……あれ? え? もしかして。




「ロボットだ!」




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