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第一話 (後編) 一角獣は戦乙女を救いたい


 両側から取り押さえられていると、ディアモンさんがやってきた。

「ミヌレちゃん、遅くなってごめんなさい。あらあら、みんな戻ってきていたの?」

 わたしが取り押さえられていることはスルーか。

「ディアモンさん。地球に降ります」

「友人が心配なのは分かるけど、準備がいるから待ってて。オプシディエンヌのことは、教会とも連携を取らなくちゃいけないの。月下老が法王聖下に書簡を出したけど、まだお返事ないし」

 法王聖下ってのは、教会でいちばん偉いひと。

 この世でいちばん偉いと思っているひともいるけど、ひとそれぞれだよね。

「あのやたら名前の長い……」

「94代目法王クリスタリザシオン聖下ね」

 何度、聞いても長い名前だな。

「賢者連盟としては、王家に介入したくないのよ。他の王家に敵視されて、市井の魔術師が弾圧されても困るでしょう。表向きは教会から介入してくれると、丸く収まるわ」

 政治的な話になってきたな。

 ほんとに王族の肉体を乗っ取られたのは厄介だ。

「ニック、クワルトスくん。アナタたちも食事する? お米のおかゆなら多めにあるわよ」

「食べる」

 先生が即答した。

「粥はきみの食べる二倍は欲しい」

「そう。じゃあ用意してくるわ。クリーニングに出したいものがあったら、預かるわよ」

「頼む」 


 ハァ~~~


 キレそう。

 何にキレそうかって?

 あのふたりが夫婦みたいな会話してるからだよ!

 声だけ聴いてれば、ディアモンさんの野太いボイスで夫婦感が失せるけど、見ちゃうとアウト。

 許せねぇって感情が湧いてくる。

「ミヌレくん顔が怖いぞ」

 おっと。許せないって感情が、表情にまで伝達したのか。

 ほっぺマッサージする。

「悩みがあるなら聞くぞ」

「先生とディアモンさんが仲良くしてるの、許せないって気分です」

「ふむ、解せんな。嫉妬ならば、オプシディエンヌの方へ行きそうだが」

「オプシディエンヌ……嫉妬してるかっていうと違うんですよね……どちらかというと殺意。早く殺したい」

 殺意が嫉妬をぶっちぎりで上回っちゃってる。

「クワルトスくんもお粥、アタシの二倍の量でいい?」

「三倍で頼む」

「もう交梨を食べてるのに?」

「これは食事前のおやつだ」

「ふたりとも大食らいね」

 クワルツさんとディアモンさんが仲良くても、嫉妬しないんだよな。

 わたしはオプシディエンヌみたいに熱愛されるより、ディアモンさんみたいな立場になりたいのかな。一緒にオペラとかレストランへ行って、そんでもって他愛ない日常を過ごす。うん、羨ましいを通り越して、妬ましいんだな。

 先生との他愛のない日常なんて、わたしには絶対、手に入らないから。

 わたしが憂鬱になってる間に、食事の支度が整う。

 穀物の甘い香りにくすぐられたら、意識が食事に向く。肺は溜息でいっぱいだけど、胃は空っぽだもの。

 空飛ぶ絨毯が広げられて、さらに敷物が重ねられていた。硬い糸を固く織った布で、茶器を置いても安定する。お盆代わりの布だ。

「ピクニックみたいだな」

 クワルツさんは瞳を輝かせていた。

 そういえばピクニック好きだもんな。ピクニックというか野外の食事。

 エグマリヌ嬢ともまたピクニックできるだろうか。冒険してた時みたいに。

「アタシが机運ぶの面倒だからピクニック形式だけど、喜んでくれるならもっとピクニックっぽい食器とかお花を用意しとけばよかったわね」

「そこで菓子を用意するって言わんあたり、ディアモンらしいな」

「どういう意味かしら?」

「小食の人間だということだ」

 供された食事は東方風。白磁の食器にお米のおかゆとピクルス。それからジャスミンのお茶だ。

 お米でつくったおかゆって美味しいのかな? オート麦のお粥であるオートミールって好きじゃないけど、砂漠で食べた炒め米の葡萄葉巻きは美味しかったものな。

 お米のおかゆを、白磁のスプーンですくう。

 真っ白い。

 なんだか食べ物までが喪中みたい。

 あ、穀物の甘みが強い。粘り気があるけど、嫌な粘り気じゃない。とろっとした心地よさ。

 砂漠の米料理も美味しかったけど、東方の米料理も美味しい! 

 もしかしてわたし、米料理が好きかもしれん。

「美味しいです。ディアモンさんの手料理はじめて頂きました」

「気に入ってくれて嬉しいけど、実はこれ、月下街のカフェからテイクアウトしてきただけよ」

「カフェが、ある、だと……」

「月下街の桃源通りに、世俗の暮らしを模している街があるのよ。研究と開拓ばかりってのも気が滅入るものね。カフェもあるし碁会所もあるし、小間物屋もあるわ。たまに芝居や市場も立つわ。何年かに一度は歌唱大会も開催されるの。その時は屋台もいくつか出るのよ」

「行きてぇ……」

 そんな場合じゃないのは承知しているけど、行きたくてたまらない。

「芝居って言っても、エクラン王国のオペラみたいに立派じゃないわ。演劇趣味の魔術師たちが集まった素人芝居。演技も衣装も、期待するほどじゃないわよ」

「それでも行きたいです!」

 東方の暮らしを模した月下街。

 絶対に楽しそうじゃないか。

 【幽体離脱】するんだったら、金星遺跡じゃなくてそっちだろう。わたしの脳みそパンケーキ。

「吾輩も行きたい」

「予告状を出さないって約束できる?」

「ふむ。その約束をする前に、筆記用具と便箋を貸してくれ」

「約束する前に出そうとしないで」

 ディアモンさんからの圧が強い笑みに、クワルツさんはノーコメントでお米のお粥を啜った。予告状出さないの、絶対に約束しないつもりだ。

「刺繍遣い。【憑依】の資料はどうなった?」

「テュルクワーズ猊下から連絡を入れてもらったけど、スティビンヌ猊下とまだ連絡つかないのよ。所在が掴めなくて」

「寝たきりの人間の居場所が分からんのか?」

「前の定期健診が終わってから、引っ越したらしいの。でも賢者連盟の研究予算は使われているし、研究報告も上がってるから地球にいるのは間違いないわ」

「居場所を【探知】できんのか?」

「それがスティビンヌ猊下……闇適性が高かったらしいの」

 なんとなく意外。魔導技師だから、火属とか光属とか得意そうなのに。魔導銃は火属性で、鉱石ラジヲとか鉱石電話は光属性だから。

 やりたいことと得意属性が違ってても一流って、スティビンヌ猊下の技術が相当高いのか。

 でも闇適性の高さは朗報だ。

「良かったですね。闇耐性が高いなら、オプシディエンヌの毒牙に掛かりにくいです」

 エグマリヌ嬢を賢者連盟で保護したいんだから、その賢者がオプシディエンヌに搦めとられていたら最悪だもの。

「きみは前向きだな」

 先生が粥皿を置く。空にしていた。早い。

「おかわりできるか?」

「あらあら。ニックってお米嫌いじゃなかった?」

「ワインに合わない料理は、レストランで注文しないだけだ。嫌いと言うほど嫌いではない」

 先生は不愛想に呟く。


 そういえばこのふたり、オペラ観劇してからレストランでお食事とかしていたんだよな~

 妬ましさがぶり返してまいりました。

 視線を逸らすと、寝台横に置いた書籍が目に入る。朝読んでいた『アトランティス異聞』だ。 

 

「わたしってアトランティス時代の人類の先祖返りだったりしますかね?」


 ふたりの会話を邪魔するために、唐突に発言してみた。

 耳にした高位魔術師ふたりは、真面目な顔になる。

「その結論に至った理由は察するが、きみの思考の経緯を述べたまえ」  

「はい、根拠はふたつ。アトランティス時代の第四人類って、魔力がすごく高かったんですよね。それにアトランティスの遺産であるヴリルの銀環が、わたしを主だって認めてます」 

 現在の人類では上限が分からんほどの魔力&アトランティスの遺産を使えている事実。

 だからわたしひょっとかして、アトランティスの先祖返りかもしれんな。

「アタシはニックが第四人類の先祖返りしていると思っていたわ」

「そうなのか?」

 隻眼を丸くする。

「ええ。だってアトランティス文明を築いた第四人類って、知能と身長が今とは桁外れだったんでしょう。月下老曰くニックの身長でさえ、平均より下回っていたらしいわよ」

 209センチが平均以下?

「じゃあわたし先祖返りじゃねぇな」

 わたし、身長は平均より小さいもの。というか、学院だといちばん背丈が低いしな。

 成長して背は伸びるけど、クワルツさんよりは低いし。 

 わたしがアトランティスの先祖返りだろうが、別にどうでもいいんだけどさ。

「私が先祖返りか。それならば素材になる」

「……え」

「私が死んだら、心臓を炎の精霊によって炭化させておくといい。【時空跳躍】の媒体になる」 

 脳裏に過ったのは、マアディン・タミーンさんの死に顔だった。

 無性体という第二人類へ先祖返りした盗掘師。

 時を跳ぶためには、時間の流れに逆らった人間の心臓の炭を媒介にする。

 マアディン・タミーンさんの心臓を炭にして、わたしたちは現代に戻ってこれたのだ。

 でも先生の心臓を、焼いて媒体にするなんて。

「何を言うんです! そもそも先生がいなかったら、わたしは時を跳躍できませんよ! 展開だってひとりだと難しいし、跳んだあとだって無力で……」

「きみは成長する。独りでも大丈夫になるだろう」

 そんな話を聞きたかったわけじゃないのに。

 わたしは空飛ぶ絨毯に寝転がった。

「具合悪くなりました」

 ぺんぺんと自分のおへそを叩く。

「大丈夫か?」

 案じてくれたのは、クワルツさんだ。

 先生はお粥のお代わりを受け取っている。わたしのこと見もしない。

「駄目です。先生が撫でてくれたら治るかもしれません」

「撫でてやったらどうだ?」

「具合が悪いときは寝ていればいい。生徒番号220に会いに行くのは欠席だな」

「治りました! エグマリヌ嬢は保護しに行きますっ!」

 わたしは全力で主張した。

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