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序の6週間後


 快速船で6週間かけた長旅の終着点は、カルトン共和国エラーブル準州。

 オンブルの生まれ育った地だ。

 歴史は浅い。開拓されてから百年にも満たない地だ。だが港や水路は近代的に整備され、石造りの街並みが続く。カルトン共和国の中でも、ロブスターと楓蜜の輸出で潤っている地方だ。

 ロブスターなど一昔前は役立たずだった。

 美味ではある。

 だがとにかく腐りやすい。

 遠方へ輸出する方法がない時代では、漁師の昼飯になり、残りは畑の肥やしにするしかなかった。

 オンブルの曾祖父は植物学者で、肥料研究として漁師たちからロブスターを買い集めていた。オンブルの祖父の時代は、畑に鋤きこんだロブスターの殻を烏に突かれないよう追い払うのが、子供の仕事だったくらいだ。

 だが魔術の普及は、ものの価値を一変させる。

 【霧氷】と【飛翔】が一般化されるや否や、ロブスターは世界の王侯貴族たちの食卓を彩る存在になったのだ。 

 そして植物学者の一族は、ロブスター輸出商会に鞍替えして富を得た。 

 裕福な一族だ。

 一族の子弟全員を名門大学まで進学させて、さらに海外留学が当然になっている。オンブルが留学先を卒業したら別の学院に入りたいと申し出ても、学費を即座に用立てられる。その程度の財力を築いていた。




 大型の箱馬車が、丘のなだらかな道を進む。

 緑生い茂る路傍と、轍刻まれた赤茶けた土の道に、吹く風は柔らかかった。爛漫の春を祝うように、白楡の梢たちが揺れている。紫のスミレより一足早く綻ぶのは、世にも可憐な白スミレ。また鈴蘭が咲かない季節には、恋人へ捧げるには打って付けの一輪だ。

 白楡の小路を越えれば、オンブルの実家が見えてきた。

 緑の丘の上には、邸宅が一件。

 邸宅の敷地面積はそれほどでもないが、六角屋根の望楼が聳え、素晴らしく瀟洒だった。

 ベランダや窓を可能な限り非対称に配置して、木細工のレースで縁取っている。入れられている装飾はひとつも同じものが無いが、統一感があり、リズミカルだった。

 馬車が玄関に着く前に降り、水仙の庭をそぞろ歩く。

「オンブル坊ちゃま、お帰りなさいまし!」

 出迎えてくれたのは乳母やだ。

 オンブルにとって育ての親に等しい存在である。

 小太りの乳母やは、小走りでやってくる。その容姿も動き方も変わらず、オンブルの口許が綻んだ。

「エクラン王国でますます男ぶりが磨かれましたわね。さ、応接間にお茶をご用意しました。アルジル坊ちゃまとコレイユお嬢ちゃまが、首を長くしてお待ちでございますよ」

 乳母が語る名に、綻んでいた口許が歪む。

「なんでふたり揃ってんの……」

「そりゃ久しぶりにオンブル坊ちゃまに会えるのを、心待ちにしていらしたんですよ」

 乳母は善意そのものの笑顔だった。

 オンブルは足取り重く、応接間に向かう。

 長兄と長姉が嫌いなわけではない。敬意は抱いている。誇れる肉親だ。

 だがどうにもあのふたりとの会話は、抜き打ちテスト気分になってしまうのだ。 

 オンブルは応接間に辿り着く。

 伝統と格式のエクラン王国では、応接間に日光は入らない。絵画や骨董が日当たりで痛むからだ。

 だがカルトン共和国は、居心地の良さを最優先する。応接間は陽だまりそのものだった。

 溢れんばかりの陽だまり。壁には、コーフロ連邦王国製の色彩豊かな壁紙と、暖炉の上には、バギエ公国製の大鏡。窓枠を縁取るのは、エクラン王国製のカーテン。そして小さな卓には、いい香りがするハーブティーに、生姜と楓蜜のビスケットとリュバルブのタルトレットが用意されている。

 ここまでなら完璧だ。

 久しぶり帰ってきた実家で、乳母が出迎えてくれて、子供の頃の大好物が待っている。郷愁晴らすシチュエーションである。

 だが待ち構えていた相手が問題だ。

 気品ある紳士と、気品ある淑女。

 オンブルに似てない兄と姉だ。

 脳天からつま先までが、帰りたいという気持ちに支配された。

 どうして実家で帰りたいという気分にならなくてはいけないのか疑問ではあるが、兎に角、オンブルは回れ右したかった。

 踵を返すことは出来ず、用意された席に座る。水仙のように背筋を伸ばした。

「やあ、オンブル。おかえり。ワインを送ってくれて感謝しているよ。エクラン王国はどうだった?」

 似ていない兄が微笑む。

 ロブスター輸出商会の役員として、威厳重い笑みだ。

「アルジル兄さん。帝国からのキャビアの関税が軽くなった影響はありますね。立食会でもレストランの前菜でも、キャビアは欠かせなくなってきています。ワインの流行が、海産物に合わせて軽くなっていく傾向がありました」

「ねえ、オンブル。錬金薬学の書籍ありがとう。エクラン王国はどうだったかしら?」 

 似ていない姉も微笑む。

 錬金薬学会の学者として、知性豊かな笑みだ。

「コレイユ姉さん。闇魔術の【睡眠】が、課税されるかもしれません。錬金薬学で麻酔の分野は停滞気味でしたが、次の議会で大きく変わる可能性があります」

「では薬事法に改正の動きは?」

「薬事法に関しては、調べていませんでした」

「【睡眠】が課税されて維持費が上がれば、中産階級クラスでは睡眠薬に頼るものも増えます。効果の胡乱な薬も出回るでしょう。それを規制する法案は進行しているのか、いないのか。そこも抑えておくべき箇所ですよ、オンブル」

「オンブル。保険ギルドの動向は? 【睡眠】に年齢の規制はないが、睡眠薬は年齢によって大きく効果が変わる。睡眠薬による死亡に対して、エクラン王国の保険ギルドも、規約変更をせねばなるまい」

「保険ギルドまでは伝手が作れませんでした」

「そうか。私の予想では睡眠薬での死亡など、保険が下りまい。もし出来るようにすれば保険金殺人が横行する」

「オンブル。これは私見に過ぎませんけど、睡眠薬が身近になれば、使用人が赤ん坊を寝かしつけるために利用し、死亡するという事態が発生するでしょう。使用人階級の人間というものは、自分の役に立つことしか知りませんもの。そうなった場合、殺人なのか事故として処理するのか、エクラン王国の裁判はどう転ぶと思います?」

「エクラン王国の判例から予測すると、被害者の身分によって判決が変わるでしょう。財産や爵位を継ぐ赤子でなければ、事故として。爵位継承権がある赤子なら、殺人罪として判決が下ります」

 オンブルは脳をフル可動させ、エクラン王国の過去の判例を引き出していく。

 記憶を絞り、思考を回転させる。

 だが長姉と長兄の質問は、鋭さを増していくばかりだった。

 裁判の判例は、保険ギルドは、使用人の保護制度は、市井での王妃の人気は、多方面に渡る質問に答えていく。

 もはや団欒とは呼べないのだが、長兄と長姉にとっては間違いなく団欒である。楽しそうに語り、気品ある指使いでビスケットを食べる。

 オンブルに茶菓子をつまむ余裕はない。

 今、何を口にしても味を感じないだろう。

 オンブルが過酷な団欒から解放されたのは、陽だまりが日暮れになってからだった。

 夕餉の時刻まで、あと少しだ。

 酷使した脳髄を疲弊した肉体でもって、居間まで運ぶ。寝椅子に寝転がろうと思ってきたのに、先客がいた。

 妹のコキィユだ。

 もう二十六歳になっているが、実年齢よりずっと若く見える。十六歳の美少女たちを集めて妍を競ったら、コキィユが優勝するほどに若く愛らしい。

 ドレスは純白の綿ピケに、貝殻めいたフリルがたっぷり施されていた。クチュリエというよりパティシエがデザインしたようなドレスである。美少女しか着ることが許されないドレスだが、誰よりも似合っている。

 もちろんオンブルにまったく似ていない。

 土産のレースを吟味している。オンブルが届けたエクラン王国からの土産物たちが、繙かれて、開かれていた。

 アーモンド形の瞳は、憂鬱そうにレースを眺める。

「お気に召さないかい?」

「最高よ。でもオンブル兄さま帰ってきちゃったら、エクラン王国で流行してるレースと宝石、誰に頼めばいいのかしら。兄さまの審美眼に匹敵するひとなんて、なかなか居ないし」

 カルトン共和国の社交界でも、エクラン王国のレースとワインは垂涎の的だった。

「エクラン王国。私も遊びに行きたいわ。生地を取り寄せて仕立てさせても、どうしたってエクラン王国の仕立てと比べると優雅さに欠けるのよね。シルエットがお堅いのよ。ほんとカルトン共和国には、ろくなクチュリエがいないんだから。この前の舞踏会でも、毛皮商会の奥さんが、エクラン王国からメゾンごとクチュリエ招聘したって……」

 妹から放たれる社交界のマウント合戦を、相槌打ちながら聞き流す。

 昔から変わらない。

 変わっていなくてはおかしいのに。

 オンブルは肝心なことに気づいた。

「そう言えばお前、なんで実家にいるの?」

「離婚したからよ」

「また?」

 思わず呟いてしまった言葉は、口を押えても取り戻せない。

 可愛らしいアーモンド形の瞳は、吊り上がっている。

「何よ。エクラン王国じゃあるまいし、離婚なんてよくあることじゃない。それともまさかオンブル兄さま、根っこまでエクラン王国民になっちゃったの?」

「いや、私からは文句ないけど、あのふたりはなんて言ったんだい?」

「アルジル兄さまとコレイユ姉さまのありがたいご高説? さあ? 聞いてなかったから知らないわよ。そもそも聞く必要あるの? 離婚だろうが婚約破棄だろうが、私が私の人生を謳歌して何が悪いのよ」

「ほんとに好き勝手してるんなら、私はそれでいいよ。離婚しても婚約破棄しても、修羅場になって刺されても、駆け落ちしても、一族の頭の固い連中が想像する範囲でしかないからね。そのくらいの自由なんて、わざわざ声高に自由って謳うほとじゃないよ」

 影ながら怪盗の助手を務めてきたオンブルとしては、本音だった。

「どういう皮肉かしら」

「本音なんだけどね。いきなり闇の教団の副総帥になったり、賢者連盟に殴り込みかけたり、まして怪盗になって予告状をばらまくなんて、そんな奇天烈なことしないだろう」

「屈辱ね。どうせ想定内の行動しかできないってこと? 叱られるより腹立つわ」

「馬鹿にしたつもりはないよ。ただおまえは愛らしくて、立ってるだけで社交界の華になるだろう」

 それは事実であるが、兄からの不意打ちじみた賛辞に、妹は鼻白みつつ毒気が抜けた。

「おべんちゃらで流さないで」

「そういう意味じゃないよ。周囲からの無言の圧力で、華やかな醜聞を期待され、無意識のうちに応えてなければそれでいいんだ。おまえの魂が結婚だの離婚だのに合ってるなら、それでいいんだよ」

「まさかオンブル兄さまったら、私は離婚も結婚もしたくないのに、周囲の圧力でさせられてるって思ってるの? 気持ち悪いこと言わないで。私そこまで幼稚じゃないわ」

「なら、いいよ。おまえが社交界に飽きて突然、巡礼の旅がしたいとか、正義の味方になりたいとか、無人島に自分の王国を建設したいって言いだしても、私は応援するよ」

「馬鹿々々しい。それに駆け落ちだけは絶対しないわ。生みの親の二番煎じだけは御免よ」

 コキィユはふんっと顔を背けた。

 拗ねた仕草さえ愛らしい。兄としての欲目ではなく、彼女の唇の動きから足の運び方まで、コケティッシュだった。舞踏会で歩いているだけで男心を弄んでいると、男に揶揄られ女に侮蔑されるほど、彼女の所作のひとつひとつが小悪魔的な魅力に溢れていた。

「それで……」

 オンブルは髭に触れながら言い淀む。

「何よ、オンブル兄さま」

「いや、うん。サンドルはどこ?」

 末の弟の居場所を問う。

「知らないわよ。あいつの居場所なんて、お天道様にでも聞いてちょうだい。先月、コーフロ連邦王国の消印付が来たけど、今どこにいるかなんて本人だって分かってないわよ」

「相変わらずか」

 居場所を聞きたかったのは末弟ではなく、もうひとりの家族の方だ。

 口から出しにくくて、疲れたふりをしていたが、このまま黙っているわけにもいかない。オンブルは口から家族の名を出した。

「父さんは? まだ挨拶していないんだ」

「さあ? あのひとだったら、書斎にいるんじゃないの?」  

 オンブルの父親は商会の仕事などせず、己の研究のために私財を投じていた。財力が一族にあるからこそ研究できているが、歓迎されているわけではない。実の娘から「あのひと」呼ばわりされるのも已む無しである。 

 穀つぶしなら兎も角、金食い虫なのだ。

 本人はどう言われようが、ただ己の研究に時間と金を費やすのみだった。

 


 

 父の書斎に、自然の光は入り込まない。

 護符の【光】が灯されている。

 壁一面には、革表紙の書物が詰め込まれていた。内容のほとんど鉱石学に植物学、一部はレムリア時代に関する書物だ。エノク語の写本もある。

 オンブルは奥に進む。

 足音はすべて絨毯に喰われて、闇が青白くなっていった。

 壁は書架から標本棚へと変わっていく。

 世界各地から集められた琥珀が、ラベルを付けられて並んでいた。

 オンブルは墓場を連想してしまう。

 蟲の墓ではない。

 時の墓だ。

 何億年という時間そのものが、樹液の化石に埋葬されているのだ。

 書斎の最奥の机に、蝋燭の明かりと中年の男がいた。

 父親だ。

 家族の中で、唯一、オンブルと似ている。

 髪や瞳の色彩、目鼻立ちから顎のライン、指の関節の括れ方や足の爪のかたちまで、恐ろしいほどそっくりだ。そのせいでオンブルは何となく昔から、父親は自分が請け負うものだと感じていた。誰に命じられたわけでもないが、父親を気に掛ける係になっている。

「久しぶりですね、父さん」

「見ろ! 素晴らしい琥珀が採れたんだ。お前も見るといい」

 一族の金食い虫が夢中になっているのは、琥珀だった。

 琥珀狂のコパラ。

 それが社交界で囁かれている彼のあだ名だった。

「色合いも美しいが、中に入っている羽毛が見事だろう? これは鳥じゃない。恐竜の羽根だ。琥珀こそ浪漫だよ。永遠の片鱗、過去を閉じ込めて、何億年も先の未来に贈る」  

 その語り口ときたら、酔っぱらいに似ていた。

 恐竜の羽毛を閉じ込めた琥珀を、陶酔の眼で見つめている。

「こっちの琥珀には、レムリア文明の人類の宝飾が閉じ込められている。石英の彫像だ」

 蜜色琥珀に封じられた石英。

 その隣に巨大な琥珀があった。

 黒い絹糸の束みたいなものが、琥珀にインクルージョンされている。

「父さん。これは何ですか?」

「よくぞ聞いてくれた。これはレムリアの第三人類の毛髪だ」

「第三人類の……? 大発見じゃないですか。発表は……」

「発表したら、魔術師どもが奪いに来るだろう。魔術師どもときたら、すべて素材か媒介に砕いてしまう」

 忌々しそうに吐き捨てる。

 実際、魔術師が、古生物学者や考古学者と意見を違えることは多かった。

 それはもう敵対と言っても過言ではない。

 魔術の材料として加工したい魔術師と、過去の遺物を残しておきたい学者。思考の差によって、実力行使を伴う争いが起こることもある。特に獣属性の学会は、テロの対象や乱闘場になっていた。

「私のコレクションは、魔術師などの手に触れさせんぞ」   

「しかしこんな貴重なものを発見できたら、父さんの名声も……」

「名誉! そんな下らんものを口にするな。私は名誉乞食じゃあないんだ! 誉れだの賞賛だの、そんなものは犬の餌にしてやれ!」

 狂気じみた眼で喚き、そして深呼吸の後、琥珀を愛撫する。

「おそらくこの髪は、民草の髪ではない。レムリア時代の支配者の髪だろう。レムリア時代を統治していたのは王だが、崇拝されていたのは蜘蛛の称号を持っていた存在だ。竜と獣を人を統べる美しき蜘蛛。捧げる供物はショコラトルと花、そして王の心臓。アトランティス遺跡の石版に刻まれている」

「レムリア時代を、支配していた蜘蛛の、髪」

「そうだ。黒曜石の髪を持ち、この世ならざる美しい蜘蛛だと伝えられている」

「………本当なのですか?」

 オンブルの問いかけが震える。

 疑問から発せられた問いではない。期待から発された問いだ。

「無論だ。分析にかけてみたが、第三人類の頭髪ではあり得ん。まだ人類が哺乳類ではなく獣弓類だった時代だぞ。体毛は獣に近い。石版が正しくば、現代の人類と変わりない毛髪は、祀られし蜘蛛だけだ!」

 父の声は興奮を増していく。

 だがオンブルの耳にはもう届いていない。

  

 もしも本当にこの琥珀に封じられている髪が、聖娼ネフィラ・ジュラシカのものだとしたら。


 オンブルは王立魔術学院スフェールで、魔術基礎を学んだ。

 髪という存在が、どれほど重要な媒介であるか知っている。

 ミヌレの【一角獣化】の呪符は処女の髪が媒介であり、【水中呼吸】は人魚の髪だ。

 そしてこれがネフィラ・ジュラシカの髪なら、大きな切り札になるかもしれない。

 オンブルの思考は、これを盗み、エクラン王国へ戻る計画が組み上げられていた。倫理や道徳や父への罪悪感も吹き飛ばしながら、その計画は綴られていく。

「父さん。その毛髪入り琥珀を発表する気が無いなら、この石英のデザインを装飾品にして、レムリア風として売り出してみますか? 好古趣味の貴族の興味を引けそうですよ」

「お前は商人の血が強いようだな」

 父は侮蔑を隠しもせず呻く。

 オンブルは興味がないふりをして、石英入り琥珀を眺めた。 

 網膜に映っているものは琥珀だが、脳裏に浮かんでいるのはクワルトスだった。

 水晶色の髪を持つ友人。 

 闇属性の強いクワルトスは、幼いころからずっと己が死ぬ悪夢に苦しめられていた。冬の狼に喰い殺される夢。それを予知夢だと気づき、運命を変える手助けをしたのはオンブルである。

 クワルトスが死ぬ予知を回避し、友情は結ばれ、めでたくハッピーエンド。

 劇的な道のりと、感動的な終わり。

 そう、終わりだった。

 そこでオンブルの活躍は終わり、クワルトスの怪盗としての生き様が始まる。

 エクラン王国の夜を舞台に、月をライムライトにして怪盗喜劇が上演されるが、オンブルはただ傍らで事務的に手伝いをするだけになってしまった。

 まるで余生だ。端役だ。

 端役でも、舞台に上がれるだけ恵まれているのかもしれない。

 狼に転じられる怪盗や、闇の教団の副総帥や、無限の魔力を持つ一角半獣。そんな連中と、自分が肩を並べられるはずがない。

 格が違うのだ。

 惨めに思うことが驕りだ。

 ………それでも。

「クワルトス……お前の人生の端役で終わるつもりはないよ」

 琥珀の闇の中、オンブルは誰に聞かせるつもりもない独白を噛み締めた。



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