不可説不可説転の夢 2
わたしは寛容に微笑む。
そりゃもうありったけの寛容さをかき集めて、微笑みを装った。
「カマユー猊下」
いきなりわたしをぶっ刺した奴に対して微笑むのって、寛大さ総結集しないと無理なんだよ。
濃淡の双眸に、わたしの姿が映る。カマユーの瞳の奥底には、銀めいた輝きが宿った。それはわたしが映っているせいなのか、それとも彼の殺意なのか。
「………『夢魔の女王』、ミヌレか」
「ええ、おっしゃる通り、わたしの人間時代の名前はミヌレ・ソル=モンド。砂漠の民からは神と崇められし存在で、あなたの時代の魔術師たちからは始原的魔力と見做されている現象」
「女神になり果てているとはな。ぼくが刺したからか?」
「さあ? どうかしら?」
わたしはすっとぼける。
あの後すごくいろいろあって、最終的にこうなっただけなんだけどさ。
「オニクスは?」
「あの後のことを、あなたが知る権利はないわ。だって死んだんだもの」
「では何故、呼んだ?」
「言っとくけど、呼びたくて呼んだわけじゃないから。これ、わたしの仕事よ。あなたは時間障壁に接触した影響で、魂がいびつになっているの。わたしは魂の歪みを癒して、また輪廻に還すのがお仕事」
わたしは玉座から立ち上がり、サークレットに触れる。
ヴリルの銀環は月光めいた輝きをまき散らし、錫杖へと姿を転じた。
「輪廻に戻る……オニクスが地球に居るなら、生まれ変わりを望むけどね。だが彼がいないなら、ここで消滅させてくれ」
「涅槃する権利はあなたに無いわよ。それは聖なるものしか許されない。時間外領域に棲む星辰たちに匹敵することだから。でも、ただひとつ権利があるわ」
「興味深いな」
「ここは時の果て、時空を超越したところ。望んだ時代に生まれ変わることができるわ。あなたが誕生するより過去へ生まれることも、あるいは遥かな未来に生まれることも出来るわ。恐竜が闊歩するレムリア文明最盛期でも、アトランティス文明が金星に移住した末期でも、砂漠帝国の爛熟期でも。あるいは遥かな未来、第六人類や最終人類の時代でもご自由に」
聞き流していたカマユー猊下だったけど、途中で、濃淡の瞳は大きく見開かれた。
「……オニクスの生まれた時代にも?」
何抜かしてんだよ、このショタジジィ。こいつ、やべぇ結論に達しやがったぞ。
「指定できるけど……」
「さらにまた次の人生で時間障壁に触れられたら、ぼくはふたたびオニクスの存在する時代に誕生するよう指定できるのか?」
「ぶっちゃけわたしの仕事増やさないでほしいんだけど……出来るけどさ」
「そうか」
カマユー猊下の瞳は薄暗く、口許が微笑んだ。
虚ろな表情だ。
あらゆる負の感情と、あらゆる正の感情がぶつかり合って、対消滅したみたいだな。
「では次の人生も、あんたに会いに来ることにするよ」
「言っとくけど、強くてニューゲームは認めてないわよ。あなたはただの無力な赤ん坊として生まれるの。どこにでもいる赤ちゃんよ。赤死病や戦乱や飢餓で死ぬかもしれないわ」
「どんな地獄に生まれても、たとえあんたに許されなくても、ぼくはふたたび時間障壁に触れる。そしてまた会いに来る。次の人生も、次の次の人生も、そのまた次も、必ず」
マジかよ。こいつ生と死を繰り返しながら、オニクスをストーキングする気かよ。怖い。
まあ、でも仕方ないな。
希望された以上は、指定の時代に飛ばしてあげないといけない。
「死は生まれ変わるための儀式。新たなる旅路に祝福を」
わたしは錫杖を振るう。
「あなたの来世に、まことの幸福を」
虹色の煌めきがカマユー猊下の魂を包む。光の万華鏡に閉じ込められたみたいだ。きらきらと七色の光をまき散らしながら、時間障壁という波打ち際を越え、時間という海へと流されていく。
白い静寂が戻った。
黒い蛇が顔を出す。
「背の君。見てたの?」
「あの星智学のご老体は、計り知れん憎悪を持っているな。私が人間だったころの自業自得だが」
憎悪か……?
あれはほんとに憎悪かなぁ……
そりゃ憎んでいるって言われたら憎んでいるんだけど、恨みつらみの理由というかストーカーする動機は、たぶん背の君の思っているものと違う気がするぞ。
背の君が憎悪だって思ってんなら、別に訂正するつもりはないけど。
「見送ってきます」
わたしはきざはしから降りて、扉を開く。
その先には、宇宙が広がっていた。きらきらと輝く星たちが広がっているけど、地球を眺めることは出来ない。時間障壁に包み込まれた世界は、今のわたしにとって遠すぎる。
地球。
力強く生命が溢れ、美しい因果が綾なす惑星だ。
わたしはあの惑星を愛していた。
だけど還ることは、許されない。
絶対に許されないことだから。
あの星は、わたしの宝石にしてしまったから。
次回更新は9月20日になります