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第十四話(中編) 怪盗紳士はキャラが濃い



 先生の部屋は気温が穏やかだった。あと微かに先生のローブの内側に似た匂いがする。

 オニクス先生は椅子にふんぞり返る。長い足を持て余しながら組んだ。

「さあ、まずはのっぴきならないとかいう事情を話したまえ」

「………プラティーヌ殿下がですね」

 さすがに予期しなかったのか、御名に先生は息をのんだ。

「わたしの魔術をご覧になって、オニクス先生に教わったのかと問われました」 

「きみに魔術を教えた覚えはないが、癖が似てるのか?」

「いちばん暇な教師だからでしょうかね?」

 そう言った途端、睨まれた。

「誰が、暇だ?」

 威圧感が犇々と、わたしの背骨を軋ませてくる。

「それは不愉快な誤解だぞ。私は研究論文を毎年出さないと、攻撃魔術に課税される。課税されたら年俸でも賄いきれん」

「闇魔術って、課税額がえげつないですからね……」

 法律と数学の授業で、攻撃魔術の課税計算は習った。

 攻撃魔術の呪符って課税されるんだけど、研究目的なら非課税なんだよなあ。先生が常時持ってる攻撃魔術は【恐怖】だけど、他にも保有しているだろうなあ。

「査読会にも出席義務が課せられている。あと基本的に発動実験は私だ」

 新しい魔術が成功するかどうか、魔力が無いとわかんないんだよな。

 開発した魔術が、自分の魔力量だと発動できないってよくある話。

 たとえばエグマリヌ嬢はレベルカンストさせてもMP300なんだけど、もし彼女が新しい攻撃魔術を開発して、その消費MPが500だった場合、本人だと本当に発動するかどうか調べるのは不可能なの。

 だから魔力量が多い魔術師が、発動を代行する。

 先生は消費MP9999の【隕石雨】を打てる。そりゃ発動実験にもってこいの人材だよね。

「一万字も書かされた挙句に発動しなかったというのは毎回だが、この前は発動した途端に術者まで巻き込んできた。両腕が吹っ飛びかけたぞ」

「術師の保護機能の構築をミスってるとか、致命的欠陥じゃねーか。いえ、普通は「我は水の恩恵に感謝するがゆえに」って感じで、術者保護が最初に構築式に入るはずでは?」

「四属なら術者保護が構築されるが、獣属性は術者を保護しないことで発動するからな」

「ああ、獣属性ですか。獣属性の実験は拒否できないんですか?」

「発動実験に関しては、私の処罰的な意味合いがあるので拒否は不可能だな」

「……ほんと何をやらかしたんですか?」

「だから暇ではない」

 ……っていうかですね、暇って言ったのは先生でしょうが。

「とにかくですね、殿下に感づかれて芋づる式にいろいろバレるとアレですし、しばらく距離を取ろうと…………」

「賢明な…判断…だな………」

 オニクス先生は蒼褪めながら頷く。

 芋づる式にバレたくないことを思い出してしまったらしく、先生は胃を抑えた。

「温泉行きたい」

 物騒なこと言い出した。

「ところで今回はどんな装具なんですか?」

「今回はスカートグリップだ」 

 なんて良いチョイスなんだ。

 スカートグリップって、ドレスのスカートを摘まんでたくし上げて、留めておく装具だ。ブローチにチェーンが着いていて、先端はお洒落な洗濯ばさみになっている。お嬢さまたちがテニスしたり、雨の日のお出かけ時にスカートを短くするため使うのだ。

 ロングスカートが一般的な世界でしか存在しないアクセサリーだ。

 先生は銀色のスカートグリップを出した。

「かわいい!」

 思わず叫んでしまった。

 だってほんとにかわいいの。

 ブローチの部分が葉っぱになっていて、裾を摘まむグリップ部分はカエルだ。

 これを付けると、スカートの上にカエルが乗ってるように見えるぞ。小鳥形とか涙型とかお目にかかるけど、カエルのスカートグリップは珍しい。

「かわいいアマガエルちゃんですね。葉っぱとカエルって、【水上歩行】のモチーフにぴったりです」

「きみは、私が作りたくて作ったものを喜んでくれるんだな」

「好き勝手に作って傑作とは、神作家ですね!」

「あと【防壁】と【庇護】だが」 

 えっ? そのふたつにまで装具を用意してくれたの?

 なにかな、なにかな、ブローチかな、腕輪かな、バックルかな、髪留めかな。まさか指輪じゃないよね。先生はわたしの指のサイズ知らないし。

 ひょっとしてコンパクトとか、携帯香水瓶とか。

「ガーターリボンだ」

「チョイスおかしくないですか!」

「きみのガーターリボンは擦り切れていただろう?」

「………………」

 顔が赤くなった。

 同時に、先生も気まずそうに顔を背けた。

 ガーターリボンは、下着です。

 先生は作ってるときに、こっ恥ずかしいって気づかなかったのかな。たぶん思いついて作るのに夢中になって、気づかなかったんだろうな。 

 リボンは繻子で、留め具が猛禽のかぎ爪になっている。

「かっこいいですね。風系で鳥モチーフはよくありますけど、このかぎ爪だけって面白いです。靴下留めって色っぽいか可愛い系かと思いましたけど、こういう方向性だと戦闘感あって、勇ましくて、素敵です」

「サイズは大丈夫か?」

 わたしは寝椅子に座って、スカートを捲って、古いガーターリボンを外す。

 硬い繻子のリボンを引っ張って、留め具でリボンを留めた。

「金具が肌に当たってないか?」

「丁度いいです。これ、ほんとにかっこいいですね。見えても良いくらい」

「人に見せるものじゃない」

「ういうい」

 スカートを直す。  

 先生は彫金道具を出して、わたしの呪符をアクセサリーに組み込んでくれる。

 器用な指先。

 真剣な眼差し。

 わたしは幸せな気分で眺める。

 ああ、キスしたいな。

 でも相手が喜んでくれないキスなんて、価値がない。

「どうした、顔を赤くしたりしょげたりして」

「…………見てたんですか?」

「視界の端でちらちら動くからな。気に入らんなら作り直すが」

「先生に作って頂いたものは最高です! 新奇と芸術性が高い次元で融合している造形で、どの角度から見ても表情豊か。まさに新しいセンスと、積み重ねてきた技術の結晶です」

「では何故そんな表情をしている?」

「あ、の……肉体感情に…思考が引きずられている状態が続いているので…………」

「ふむ。つまり?」

 先生はわたしの話をきちんと聞く態度を取っていた。

 口ごもっていられない。

「………先生にキスしたいなって」 

「却下する」

 予想通りの答えだった。

 ああ、先生はわたしを馬鹿な女の子だと思っただろうか。

「肉体接触の結果で恋慕するなんて………すごい頭悪い」

「その意見は否定する」

「だってわたしが、こんなにちょろい人間だったなんて! やだ!」 

「落ち着きなさい。私の話を聞け」

 先生は手作業を中断して、わたしへと視線を移した。

「むろん非合意によっての肉体接触では恋慕なぞ起きまい。だが恋慕がなくとも合意があるなら、肉体接触を経て恋慕が発生する場合もある」

「そうでしょうか……」

「見合い結婚は、恋愛感情がなくとも夫婦の営みをするだろう。だがその過程で相手を愛しく感じ始める人間は少なくない。そういうことだ」

 確かにお見合いで結婚して、子づくりしている相手に一切、暖かな感情を抱かないってのも非人間的か。

 政略結婚でも愛し合う夫婦だっているだろうし。

 そう言われると、わたしの感情はアリなのか?

 アリな気がしてきたぞ。よし。

「だが、きみの感情を理解して容認することと、きみの感情を受け入れることは別問題だ。区別はしなさい」

 一瞬だけ抱いた期待は粉々に崩れた。

 わたしの気持ちに寄り添い、理解を示したのに、先生はわたしと付き合う気はないのだ。

「じゃあ。どうしてわたしに優しいんです。こんな中途半端に優しくして………」

「恋愛関係にならなかったからといって、人間関係ごと断ち切れというのか? それは暴論だと思うが」

「そういうことじゃなくて!」

「そうか、そういうことではないのか……私はきみが幸せになればいいと思っているだけだ」

「わたしの幸せってなんですか?」

「周りの生徒と遜色ない教育を受けてほしい。怪我や病から遠いところで育ってほしい。きみが望む伴侶を得てほしい」

 ああ、このひとは、義父の如く、師の如く、わたしを慈しむつもりなのか。

 それこそ歪んでいる。

 …………いいや、先生を恨むのはお門違いだ。そもそもの切っ掛けは、図書迷宮を抜け出すための、合意の上に成した協力行為。それを盾にしてしまえば、わたしは最低な女になってしまう。

 つらい。

 先生はわたしのことが好きで、わたしも先生が好きだよ。それなのにどうして同じ気持ちじゃないの?

 この気持ちを押し殺すことが辛い、でも押し付けることも惨めだ。

 心が冷え切っていく。

 先生から沈痛なため息が落ちた。

 いつもの皮肉さが一切ない。

 どうしていいか分からないのはこっちなのに、先生も途方に暮れている。大人なんだからしっかりしてほしい。

 ノックの音が響いた。

 ちなみに現在時刻、消灯間近である。

 わたしは慌てて机の裏に隠れた。悪いことはしてないけど。

「先生。そろそろ刻限ですよ」 

 レトン監督生の声だった。

「あと十分ほどしたら行ける。きみは先に休みたまえ」

 先生の言葉で、レトン監督生の足音が遠ざかっていく。

 消灯時間なのに、どうして監督生が職員棟にいる?

 紳士寮の消灯見回りしているはずなのに。

「送っていけないが、きみは早く寮に戻りたまえ」

「緊急で何かあったんですか? こんな夜に?」

「少しばかりややこしい会議みたいなものだ」

 先生はわたしと視線を合わせず語る。

「…………先生。もう少しこの部屋、眺めていってもよろしいでしょうか?」

 ダメもとで聞いてみる。

 断られるだろうな。

「ノックしても反応するんじゃないぞ」

「えっ、いいんですか?」

「きみは私の収集物に触ったりしないだろう」

「もちろんです!」

「なら好きなだけ見ているがいい。戸締りは気にしなくていい。鍵は自動で閉まるように、護符が仕込んであるからな」

「ありがとうございます。わたしは暢気に眺めてますから、先生はお仕事頑張って下さい」 

 先生の博物コレクションを眺める。

 もちろんこの博物コレクションも眺めたかったんだけど、大事な目的は別にある。


 今夜は満月。


 怪盗クワルツ・ド・ロッシュのイベントです。

 装備も万全になったし、今夜は怪盗の仮面を剥いでやる。



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