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第十八話(前編) エンディングNo.0『女王の処刑』

 


 大賢者カマユー。

 外見は七つくらいの男の子だけど、齢二百を超える星智学の権威だ。

 濃淡の差異がある双眸に、浅黒い肌。星智学の権威に相応しく、数え切れぬほどの星座を刺繍されたローブを纏っていた。刺繍糸は星の瞬きに似て、ローブの色合いは宇宙めいている。

 だけど肉体は不在だ。

 木星に座していて、星幽体だけでやってきている。

 カマユー猊下はダイヤモンドの呪符を介して、星幽体を飛ばしているんだ。

 この部屋のどっかに、ダイヤモンドの呪符が嵌められているのか?

「ようやくおでましか、星智学のご老体」

「オニクス。この部屋にいると思い出すよ、教団時代のあんたをね。意に添わん味方は油で釜ゆでにして嗤い! 媚び諂う味方は鷲獅子に喰わせて哂っていた! そんな男が今更、人並な感情を口にするのか!」

「カマユー・カマハエウス猊下!」

 反論が発されたのは、テュルクワーズ猊下からだった。

 青や緑に明滅する眼を潤ませ、カマユー猊下を睨んでいる。

「罪を償っている相手を、責めて、どうします。パリエト猊下も哀矜懲創、罪を責めるより贖いやすくするが大事だと……」

「黙れ、テュルクワーズ!」

 その激しい怒声に、テュルクワーズ猊下だけじゃなくてウイユ・ド・シャくんやイヴォワールさんまで委縮する。

 先生を憎んでいるのは当然だけど、身内にまで怒りを滾らせていた。

「ぼくの【制約】を解いた以上、贖いは放棄された。やはり生かしておくべきじゃなかった。殺しておけばよかったんだ、教団討伐の時に!」

「私はどう罵られても構わんよ。だがミヌレの処刑を撤回してほしい」

「千年前の帝国を崩壊させておきながら、よくもぬけぬけと言えるものだな」

 なんでバレたんだろ。

 わたしの疑問が表情に浮かび上がっていたのか、濃淡の眼差しが眇められる。

「ブッソールからの遺言だ」

 わたしの脳裏に、雄牛みたいな赤毛の精霊遣いが浮かび上がる。

 サイコハラジック特異体質で、最強の冒険者で、考古学者で、賢者連盟の賢者で、そして砂漠においては宰相にまで上り詰めた魔術師。

 死ぬ間際に千年後へ遺言したのか。

「経緯は把握している。邪竜の真名を知り、目覚めさせる魔術師だぞ。もう全人類程度のささいな話じゃない! 地球すべての生命体に関わる。次は砂漠の帝国を亡ぼす程度で留まらず、地球六度目の大量絶滅を引き起こすかもしれない……!」

 ぞっとするほどの殺意が、わたしに突き刺さってきた。

「ぼくは『夢魔の女王』を観てきたが、彼女はどちらかといえばあんたと同じタイプの魔術師だ。探究するため邁進し、好奇を満たしていく。彼女が将来、邪竜を研究しないと言い切れるか? そして目覚めのメカニズムを把握しないと言い切れるか?」

 言い切れなかった。

 擁護している先生も、そしてわたし自身も、ラーヴさまの生態を研究しないとは言い切れない。 

「万が一、邪竜を制御できるようになってしまったら、もはや全世界の独裁者だ」

「邪竜は人類に制御できる存在ではない」

 微かな怒りを滲ませていた。

 先生にとってラーヴさまは敬すべき恩師だ。制御できるという可能性さえ、侮辱に値するんだろう。

「だが暴走させることは出来る」

 カマユー猊下の呟きを否定は出来なかった。わたしも、先生も。

「それでも頼む。彼女の処刑を撤回してくれ」

 オニクス先生が膝をつき、頭を下げた。

 同時にカマユー猊下の形相は、歪み、狂う。

 まるでライカンスロープでもするように、顔の筋肉がぐちゃぐちゃになった。

「あんたが【制約】無く跪いたのは、教団討伐以来だな。今度は己でなく『夢魔の女王』のための命乞いか。ぼくに背を鞭打たれ、服従を是とするのか。あれほど教団で奔放に振舞ったあんたが、彼女のためにそこまで堕ちるか」

「ああ、どんな屈辱の呑む所存だ」

「だが邪竜を覚醒させられる魔法使いを、生かしておくことなどできない。これは人類存亡だけでなく、地球そのものの存続がかかっているんだ」

「ならば貴様らを殲滅する」

 やっぱり先生は、そのつもりだったんだ。

 撤回させるか全面戦争かの二択。

「私の持ちうる限りの力を奮い、ただひとりの生き残りも許さん。私が殺すと言った以上、月も地上も分け隔てなく殺す」

「ブッソールとアエロリットという武闘派がいなくなってしまった現状じゃ、あんたに立ち向かうのは難しいだろうな。おまけに魔術騎士団長はまだカリュブディスの水柱渉り中だ」

 あ、まだ騎士団長は水支柱の中か。

 ご苦労さまだな。

「そもそも十年前の討伐のせいで、戦闘できる魔術師はそれほどいない」

 濃淡の瞳が、わたしへ一瞬だけ向けられた。

「殺しに殺し尽くした月の廃墟で、『夢魔の女王』の戴冠式を執り行うか?」

「素晴らしい光景ではないか」

「……駄目です!」

 わたしは声を張り上げた。 

 月の廃墟でわたしを女王に祀り上げるなんて、千年前の砂漠と一緒じゃないか。あんな地獄はもう繰り返させない。


「わたしに【制約】を刻んで下さい!」


 闇属性最高位の魔術【制約】。

 なにかをしてはならないって約束を、精神へ半永久的に課す術だ。

「この身に、二度と邪竜の真名を言わぬという【制約】を。そうすればわたしを無力化できます」

「無理だ。あんたはオニクス以上の才能がある。ぼくが【制約】を刻むのは、オニクスでさえ限界だった。ぼくには……いや、賢者連盟の誰にもあんたを【制約】を施すほどの力はない」

「オニクス先生なら、わたしに刻めるでしょう?」

 精神を御する忌むべき魔術だ。

 だけどわたしとしてはレア魔術をかぶりつきで見学できるし、ラーヴさまのお名前を二度と口に出来ないならむしろありがたい。

 わたしは将来、どうなるか分からない。

 もしかしたら連盟を壊すかもしれないし、対立組織を立ち上げるかもしれない。

 でもどんな立ち位置になろうとも、わたしは二度と竜のお方の真名を呼ぶまい。

 滅びを召喚するのは、砂漠で最後だ。

「賢者連盟で【制約】媒介をご用意して頂ければ、わたしはわたしの始末をつけます」

 本当なら月下老と交渉をするつもりだった。

 だってオニクス先生を憎悪しているカマユーが、この条件を呑んでくれるか不安なんだよな。

「駄目だ!」

 真っ向から反対したのは、先生だった。

「きみに【制約】を刻むだと! そんなこと許せるものか! 絶対に! 【制約】させるくらいならば、私は星を墜とし、月を更地に戻す! それが出来る程度の力はある」

 そうなんだよなあ。

 だからこそ厄介なんだよ。

 このひとは勝ててしまう。始末に負えない状態になろうとも、目の前の闘争に勝ててしまうんだ。

「賢者連盟は不可欠です。世界すべての魔術の安定と発展に、連盟は欠かせません。もし連盟が瓦解したら、教会の圧力が地上の魔術師たちへどう加わるか予測できないでしょう」

 こんな発言をテュルクワーズ猊下の前でしたくはなかったけど、歴史的な事実だ。教会からの魔術弾圧が弱まったのは、賢者連盟の結束後。

 わたしは一角獣化して嘶き、蹄で床を蹴った。

 申し訳ないけど、先生の腰に体当たりさせてもらう。

「ぐっ!」

 不意打ちにバランスを崩すけど、それは一瞬だけ。先生はすぐ立て直して、わたしから間合いを取る。

 先生の背後に、黒い影が生じた。クワルツさんだ。

 素早く先生の首根っこを掴む。 

 経絡締めだ。

「ぅぐ……っ!」

 先生が呻きを漏らし、意識を手放した。倒れ込む長身。

 さっき一角獣化してすぐ、クワルツさんに経絡締めを頼んでおいたのだ。

 気絶した先生に、空間が沈黙する。

「先生はあとで説得します」

「【制約】を自ら望むか。月の廃墟で女王になった方が、良かったんじゃないのか」

「わたしは戦争はしたくないんですよ」

「あんたは何を言ってる? この殴り込みは戦争じゃないと?」

「これはちょっとした挨拶ですよ」

 我ながら白々しいことを言った自覚はあるけど、こんなものは戦争に含まない。

「わたしが邪竜を目覚めさせる前、先生は戦争を起こしました。ほんとうの戦争です。捕虜の尋問、見せしめの処刑。警備として働いてくれたひとにさえ、不始末ゆえに処刑を命じました」

「戦争を指揮するオニクスか」 

 カマユー猊下は項垂れる。

 想像しているのだろうか。

 わたしはあの姿を二度と見たくない。思い出すたびに、人間の筋肉や脂肪が焼け焦げた匂いが鼻腔に蘇る。

「それは壮絶だっただろうな。幼いころから梟雄と呼ばれていた男が指揮するなら、苛烈で悍ましいものだろう。敵を死に追いやり、味方に死を命じる。殺戮を率い、戦争を愛し、地獄を謡う。さぞかし美しかっだろう。オニクスが振り撒く美しさは、誰も彼もを死に追いやる」

「カマユー猊下……?」

「あれほど美しかった男が、狗のように屈するのは耐え切れん。ぼくに従うオニクスなど許せるわけがない……っ」

 嫌な感覚が、皮膚に走る。

 ぞわぞわと震える産毛。

 なんだ、この悪寒は?

 

「汝は星の息吹き、星の種子 地球へ帰する生命」


 背後から聞こえる詠唱。

 他に誰かいたのか?


「絶えなく巡りて咲き

 途切れなく舞いて散る」


 わたしの背後にいたのは、カマユー猊下だった。

 え、なんで、背後に?

 カマユー猊下の右手には、小さな短剣がひとつ。瀟洒な装飾がされた短剣で、刀身には呪符が埋め込まれている。

 初めてお目にかかった宝石だ。赤褐色、いや鷲色に透けていた。鷲色の奥底には、さらにもうひとつ不透明な宝石がインクルージョンしている。

「避けろ、ミヌレくんっ!」

 クワルツさんの呼び声は、何かに阻まれているみたいに遠かった。


「光は崩壊し光となり、輝きは瓦解し輝く 星は滅して生まれるがゆえに 【星滅】」


 わたしの胸に、短剣が突き刺された。

 深く、深く、根元まで。

 どういうことだ?

 なんでカマユー猊下が肉体を持っている?

「カマユー・カマハエウス猊下。ま、まさか木星から肉体を……」

「ああ、大赤斑嵐のせいで、肉体帰還の予定が遅れて焦ったぞ」

 今まで出てこなかったのは、この一刺しのため。

 クソ。まさか木星に設置した身体を、遠路はるばる月まで持ってくるか。


「女王は処刑された。これで終わりだ」


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