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第十五話(前編) 鏡の国のミヌレ


「【乱鴉】!」


 先生は【透聴】発動させているから、伏兵も無効である。

 詠唱が聞こえたら【蝕魔】、遠距離の相手には【乱鴉】、捨て身で突っ込んでくる相手にはエストックを奮う。それでも掻い潜る猛者に対しては、クワルツさんとの肉弾戦である。

 ふたりとも強いなって思ってたけど、揃うともう手の付けられん程度に強い。

「わたし、ほぼ出番無いな」

 一角獣ライカンスロープしてるわたしが、速度的にはトップなのに。

「ミヌレくんは戦闘経験が少ないから、致し方あるまい。混戦は経験がものを言う」

「ミヌレ、きみは霊視していたまえ。索敵も重要だ」

「ういうい」

 霊視しつつ進む。

 神秘的な内装だな。

 象牙の塔って呼んでいるだけあって、生き物っぽい素材。骨とか牙とか真珠とか化石とか、そういう生命力の名残りに満ちていた。ふんわりと明るいのは、全体的に【光】の護符でも仕込まれているのかな。

「これレア素材ですか?」

「修繕費は気にするな!」

 だってケンカ売りにきたわけじゃなくて、まず話し合いしたいの。被害総額は少ない方がいい。

 カマユー猊下はまだ姿を現わさない。

 象牙の塔に入った途端に待ち構えていると覚悟してきたのに、何を企んでやがるんだ、あのショタジジィ。

 裏方に徹するには、オニクス先生への憎悪が強すぎる。絶対に先生の前に出てくるに決まっている。

「怪盗。その扉が禁符標本室だ」

「承知!」

 クワルツさんが、バク転してから扉を蹴り破る。

 禁符標本室に踏み入る。

 戸棚が図書館の本棚みたいにずらっと並んでいて、呪符がラベルを付けられて保管されていた。

 ここが世界最高峰の呪符保管庫?

「無機質で不愛想な空間!」

「浪漫に欠ける宝物庫だな」

 わたしとクワルツさんが同時に呻く。

 ブリキみたいな素材の棚が、ただひたすらずっとずっと並んでいるだけ。飾りっ気もセンスもない!

 標本とか模型って知的なお宝なんだから、もっとわくわくさせるような感じで飾ってほしい。

 絵画には額縁作家がいるし、書物には装丁師がいるじゃん。

 学術を魅力的にする気がないのか!

 もっとオニクス先生のお部屋の陳列を見習え!

「さっきの通路は綺麗だったのに、ここは殺風景ですね」

「あそこは会議の大広間前だからな。他はみな機能最優先で、こんなものだ」

「ここは魔術師の本拠地なんですよね。もっと魔術的な仕掛けのあれこれが、わんさかあってもいいじゃないですか」

 魔力に反応して開く扉とか!

 ふわふわ浮遊する石の床とか!

 魔術的な光で空中に描かれた文字とか!

「私たちは魔法使いではないのだ。魔力が低い魔術師へのバリアフリーを考えろ。あの元司祭など、魔力の量では生徒番号010の足元にも及ばん」

 テュルクワーズ猊下のMPって、レトン監督生より低かったんだ。

 そういや論文と保護活動で、賢者に連なった方だものな。

 喋りながら、わたしたちは奥へと走る。

 進む方向に根拠はない、一切ない。だけどこの先にわたしの呪符たちがある。その予感がある。

 行き止まりには、オリハルコン製の巨大金庫。

「なんて可愛くない檻!」

「ふむ。帝国式金庫か。機能美に割り振りすぎだな」

 この巨大金庫、のっぺりしている。彫金も螺鈿も彩色もされていない。普通の金庫だったら、鍛冶職人が己の美意識の粋を集めて、紋章とか紋様とか描くのに。

 これはただの金属の正方形!

 ぞっとする!

 なに、この牢屋!

 浪漫も欠片も無い箱に、わたしの呪符が閉じ込められているなんて冗談じゃない! オリハルコン合金に、真鍮装飾とか房飾りとかしてくれないと、囚われてるわたしの呪符が可哀想でしょ!

 先生の呪符は、伝統と雰囲気がある地下納骨堂だったんだぞ。

 あっちの方がずっと素敵だったのに。

「ミヌレ。金庫の前に結界が張られている」

 ふん。こんな結界、わたしのキスで秒速陥落だ。第三宇宙速度より早いぞ!

 結界開放されたら、先生が【透聴】で内部の音をチェックする。

「よし、魔術的罠はない。怪盗! 交代だ」

 すぐさまクワルツさんが巨大金庫の前に立ち、先生はしんがりに回る。後ろから追ってくるであろう魔術師を警戒して、エストックを抜いた。

 クワルツさんは金庫を睨む。

「最新型だな。二十五秒かかるぞ。いや、罠がある」

 仮面の下の瞳が、先読みをする。

 瞬間的な未来予知だ。

 クワルツさんは深呼吸して、真っ暗な天井を見開けた。

「金庫を開けた途端に、あの天井から大量の水が一気に落ちてくる。人魚化しても泳げない水だ。溺死する」

「人魚すら溺れるなら、弱水だな」

「弱水を降らせるなんて、殺意高めな防犯装置ですね」

 この部屋が水没するからって、わたしが【水中呼吸】を詠唱しても無意味だ。

「私が【浮遊】を詠唱して、弱水を浮かせよう」

「頼む」

 クワルツさんが腰のポーチから、ピッキング道具一式を取り出す。

 道具が意思を持ってるんじゃないかってくらい早い。

 巨大金庫の扉が開いた瞬間、天井から放水される。 

 先生の呪文が、水に干渉する。

「【浮遊】!」

 最初に噴射した勢いで、弱水はわたしのくるぶしまで滴ったけど、ほとんど天井に【浮遊】している。

「ミヌレくん。開いたぞ」

 やった!

 わたしの呪符たちが戻ってきた。

 金庫の中には平べったい小箱。蓋を開けば、呪符がひとつひとつ絹に包まれて眠っている。

「おはよう、わたしの呪符さんたち」

 【浮遊】と【水】。

 初めて貰った銀のペンダント。蜻蛉の羽根めいた銀細工が月長石を包み、留め具の下にアクアマリンの雫が揺れている。

 チョーカーと重ねて着けても邪魔にならない。

 それから【水上歩行】。

 これはスカートグリップ。葉っぱ形のブローチを太もも辺りに留め、プリーツスカートの裾をカエル形のクリップで摘まむ。

 お次は【庇護】と【防壁】。

 これはガーターリボン。鳥の鉤爪をモチーフにした勇ましいデザイン。 

 ああ、身に着けていくたびに、わたしの中に、わたしが満ちていくみたい。今までわたしが欠けていたんだ。


「ミヌレ、水から離れろ!」

「ふへ?」


 揺れる水面には、わたしが映っている。

 鉱石色の髪に、細い体躯と一角獣の下肢。

 水面のなかのわたしが、わたしへと手を伸ばしてきた。

 まるで湖から水妖が這い上がるように、水面のわたしがわたしの下肢をつかむ。がしっと。

「ひぎゃっ?」   

 掴んでいる手を振り払おうとしたけど、まるでどこかから映し出されている影みたいだ。実体がない。

 下へと引っ張られる。

 床があるはずだった足元は、底なしの水に変わっていた。

「ミヌレくんっ!」 

 クワルツさんが手を伸ばしてくれる。

 だけど、届かない。

 水鏡に泳ぐ偽りのわたしが、わたしを水鏡へ溺れさせた。



 沈む。

 沈む。

 鏡の湖へと、独り沈む。



 弱水だ。

 反水属性の水は、人魚の肺でも呼吸できない。

 処刑方法が溺死って、中世かよ!

 そもそもいきなり沈められたら、呪文が詠唱できねーし。水責めって不意打ちするの、魔術師に効果的だな。

 ヴリルの銀環を錫杖にして、渾身の力で振るう。

 魔法空間から召喚したアイテムは、おっきな泡。つまり空気だ。

 宇宙でも呼吸できる魔法空間内には、空気が満ちているからな。

 大きな泡に顔を突っ込んで、呪文を詠唱する。


「我は水の恩恵に感謝するがゆえに、水の恩恵をひととき返上せん 【水上歩行】」


 水とわたしの間に、隙間が出来た。

 ほんとは水中では【水上歩行】って使えないんだよ。だって水中ってのは、水の加護が強すぎる状態だから。でもこれは弱水。反水属性だから、沈んだ状態でも【水上歩行】が使える。

 よし、これで呼吸は確保だ。いつまで持つか分からんけどさ。

 落ち着いて見回す。

 波が鏡みたいに、わたしを無限に映していた。蹄で暴れるけど、水がかき回されて、泡がきらきら上っていくだけ。泡のひとつひとつが鏡めいている。鏡で出来た水の世界だ。

 ……綺麗。

 いやいや、うっかり見惚れている余裕はないぞ。先生とクワルツさんから分断されるとか、マジでピンチですよ。

 とりあえず藻掻くけど、他人の魔法空間に入ったみたいに、身体と魔力の踏ん張りが効かない。

 今は呼吸できるし、皮膚や眼球が弾けないから、差し迫った危機感はないけどピンチ。

 霊視モードにしてるんだけど、魔術構成が複雑すぎて読めない。取っ掛かりがないんだよな。

 魔術の世界最高峰に、学院の一年生が魔術で勝てるわけねーんだけど。

 水から明るさが無くなっていく。 

 光が届かない深海に沈められたみたいだ。

 五感の感覚が鈍くなっていくのに、意識は鮮明だ。何も感じない。自分の肉体さえ、存在を感じ取れない。

 もしかしてこれがアエロリット猊下の【無限鏡影】?

 まさか鏡じゃなくて、水鏡でも発動するの?

「ごきげんよう、『夢魔の女王』。鏡の底にようこそ」

 可憐な囁きが聞こえてくる。

 声も口調も吐息のささやかさも、童話の姫さまみたい。鈴を転がすような声って、まさにこれだよ。

 波間が揺れ、ひとの輪郭になった。

 目の前に立つのは、わたしの姿。

「はじめまして。わたくしは賢者アエロリットです。あなたの姿を勝手にお借りしてごめんなさい。わたくし、もう自分の容姿を忘れてしまったの。鏡に映ったひとの姿を借りることしかできないから、しばらく貸して頂けるかしら」 

「嫌」

「ごめんなさいね」

 謝罪を口にしただけで、賢者アエロリットはわたしの姿のままだった。

 アァん? わたしの拒否をスルーしやがったぞ、この女!

 厚かましいな!

 いきなりカチコミ入れたわたしが言うのも図々しいけど、この女も図々しいぞ。

「お初にお目にかかります、猊下。わたしたちは月下老と話し合いをしに参りました。通して頂けますか?」

「ごめんなさい、それはできないわ。世界鎮護に関する方針は、カマユーさまに委ねられているんですもの。そしてカマユーさまは、処刑か無期封印をお望みです。そしてわたくしも同意しました」

 お姫さまみたいに愛らしく微笑む。

 鉱石色の髪が揺れて、鏡色に煌めいた。  

「あなたは魔法空間を具現化できるそうね。でもこの領域はわたくしの支配下。鏡から出られないわたくしだけど、鏡の中で負けることは無いの。絶対に」

 水鏡の空間に、魔力が波紋していく。

「邪竜を目覚めさせる女王は、永遠に眠って頂きます。全人類の幸福と地球の繁栄ために」 

 


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