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第十四話(後編) 満月まであと百四時間



 わたしとクワルツさんは、ガレット食べたり、音楽聞きながらお喋りしたり、あと『モン・ビジュー』についてるミニゲームでスコア競い合ったりした。

 うん、クリア後特典にミニゲームできるんですよ。

 エシェックとか、酒場でバイトとか、魚釣りとか。文字は神聖文字化しちゃってるけど、反射神経を競うゲームなら、わたしがルール説明すればいい。

 そして反射神経を競うゲームは、この怪盗の独壇場だった。

「クワルツさん、第三宇宙速度~」

 最終的にクワルツさんはわたしのやり込みスコアを、容赦なく塗り替えやがった。

 奇蹟的に出したスコアが、あっけなく超えられる。

 しかもエシェックのスコアまで塗り替えられた。

「……ちくしょう、ちくしょう。そのうち全部わたしのスコアに戻してやる」

「ハッハッハッ! 吾輩の第三宇宙速度に敵うと思うか?」

 わたしのクワルツさんの間では、第三宇宙速度って単語がプチブーム中である。 

 ちなみに気は緩めているけど、抜いてはないぞ。

 いつ敵襲が来るか分からんからな。

 

 ドゥン……!


 一階から騒音と振動が轟いた。

 わたしのお尻がぴょこんと浮く程度の振動である。

「襲撃か?」

 瞬時に臨戦態勢に入るクワルツさん。

「ああ、あれは先生の仕業ですよ」

「あの教師は、何をしている?」

「わたしの魔法空間の耐久実験ですよ。この空間の頑丈さを計っています」

「無音で出来んのか?」

 ぴこぴこゲームをしていると、先生がわたしたちを呼んだ。ゲームを切って、リビングに降りる。

「実体化した魔法空間とは、頑丈なものだな。手ごたえは『星蜃気楼』に匹敵する」

「じゃあ竜のお方くらいしか破壊できないんですね」

 ふへへ、最強の砦だな。

 居住性ばっちりで防御力もあるなんて、偉いぞ、わたしの魔法空間。

「召喚した術者がきみでさえなければ、もっと踏み込んだ研究ができるのだがな……殺しても構わん重罪人が、魔法空間召喚してくれれば後顧の憂いなく研究できるというのに」

「ハッハッハッ、吾輩の目の前にいるぞ。殺しても構わん重罪人で、魔力が異常に高い魔術師」

「わたしが構います!」 

「私が発現させたところで、客観性に欠ける。さて、魔法空間はあらかた観察した。そろそろ作戦会議をしたい」

「では、どこか離れた場所に着地して、【土坑】で掘り進めて象牙の塔に侵入するのはいかがでしょう」

 王宮に潜入した時の手口だ。

「月下老は地下に隠遁しているが、私は象牙の塔の地下の構造を知らされていない。貯水層にぶつかると危険だな」

「吾輩は地球をバックに登場したい。月を背にして口上したことはあるが、地球はないからな」

「きみとは作戦という単語の擦り合わせからすべきか?」

「クワルツさんを囮にしますか」

「賛成したい気分だが、この魔法空間ごと象牙の塔にぶつけるのはどうだろう」

 わたしのおうちを? 

 ちっちゃなおうちが流星みたいにお空から降って、塔に墜落するのを想像する。ぴゅー、どーん。

「メルヘンチックですね! 先生の発案なのに童話っぽい」

「家ごと登場するなど試みたことがない。それも面白そうではあるな」

「指令中枢を潰せば、末端が混乱するだろう。賢者会議の大広間を狙いたい」

「そこにシャンデリアはあるか?」

「知らん。罪人たる私が踏み入れるわけがないだろう。象牙の塔でよく知っているのは、魔術実験ホールと実験室と施療室くらいだな。発動実験して負傷して施療室コースが毎度だ」

「毎回、施療室コースだったんですか?」

「危険度が高い発動実験は、私が請け負う取り決めだったからな」

 淡々と述べる。

 先生は以前「発動実験に関しては、私の処罰的な意味合いがある」って言ってたもんなあ。

「おおまかな見取り図は知っているが」

 わたしがスケッチブックとミリペンを差し出すと、先生が塔の間取りを描いていく。

 絵、うまいな。彫金の立体造形もできるのに、製図も上手とかほんと器用だな。わたし、立体造形できないし。

「先生って美術教師も出来るんじゃないですか」

「この程度は基礎だ。黒板に図解を描かねばならん以上、絵が下手では勤まるまい」

「そういえばこの教師、学院の教師だったな」

 クワルツさんが呟く。

 気持ちは分からんでもない。先生が教員免許持つ公務員って、わたしも忘れる。

「ここが大広間の位置。魔法空間を突っ込ませて……」

「ういうい」

「構造は塔だからな、螺旋式だ。三階のこのあたりに、禁符標本室があるはずだ。きみの呪符もそこに保管されている」

「ういうい」

「本部を強襲して指揮系統を混乱、即座に呪符を奪還、地下の月下老と話を着けに行く」

「問題はカマユー猊下ですね」

 星智学の大権威。そして先生を誰より憎んでいる魔術師だ。

 宇宙空間ではエンカウントしなかったけど、象牙の塔じゃ絶対にエンカウントする。

 あいつが象牙の塔のボスだろ。

「あのご老体は出現するために、ダイヤモンドの呪符が不可欠だ。会議室に仕込まれているだろうから見つけ次第、怪盗が壊してくれ。その方が早い」

「吾輩は怪盗であって、破壊者ではないのだが」

「クワルツさん。わたしの処刑がかかっているんです」

「ごめん」

 いちばん偉い月下老に会って処刑とりやめをお願いするか、あるいは連盟すべてを手中に収めるかしないと、わたしはずっとずっと賢者連盟の標的になってしまう。

 残りの人生ずっと手配されるのは嫌だぞ。

 でも残り人生ぜんぶ、賢者連盟の支配下に置くのも大変そうだから、なんとかイイ感じに着地したいな。

 魔法空間はのっそりのっそりと進んでいる。作戦会議しているうちに、窓から入る光が強くなってきた。月が近づいてきたんだ。

 大きな窓の前に、先生が佇む。

「ルーナも久しぶりだな」

 先生が月の正式名称を呟いた。

 遥か太古、原始精霊テイアが地球と睦み、月をふたつ孕んだ。

 白くて硬い月はルーナ、黒くてぼんやりした月はリリス。ルーナは実体を持っているけど、リリスは魔法存在である仮想惑星だ。月って言うと、基本的にルーナを指す。

 月の裏側へと回り込む。以前、ラーヴさまの魔法で宇宙を翔けた時は、象牙の塔は見えなかったんだよなあ。

 太陽からの光を受けた場所は、目映いほどの輝きを放っていた。

 南半球がきらきらと輝いている。

 あれは波……?

「海ですか?」

「月の地理はまだ授業でやっていないのか。あれは蒸発もせず浮力も無い水。弱水からなる海だ」

「弱水……!」

 水ってのは、種類がある。

 湧水か、雨水か。

 硬水か、軟水か。

 海水か、淡水か。

 これら普通の水は、すべて強水って区分だ。雨も清水も硬水も軟水も鹹水も海水も、水魔術で生じた純水も、ぜんぶ強水。当たり前の水のことだから、強水ってわざわざ言わない。   

 その強水と対する存在が、弱水。

 浮力ほぼゼロ値の水だ。

 浮力が弱いという意味で弱水。反水属性の水。

 水なのに浮力という水の加護が欠けているから、飲み水にも農業用水にも適さない。反土属性の魔法金属オリハルコンと同じだな。

「月は水の加護は僅かだからこそ、弱水が生じた。最初に月下老が降り立ったため、賢者の海と呼ばれている」

 語りながら海を指さす。

「ミヌレ。賢者の海のほとりに、白い建物が建っているだろう。あそこが本拠地、象牙の塔だ」

「まんま象牙のかたちですね!」

「歓迎の準備は万端のようだな」

 先生は隻眼を細めた。

 わたしも象牙の塔を霊視する。

 確認してみれば、何十人もの魔術師が魔術を構築展開していた。

「すでに魔術展開されています」

「おそらく【鳥籠】か」

 反風属性魔術【鳥籠】。

 対象を捕縛するには最適だし、月は四属の加護が少ないから打って付けの魔術だ。

「熱烈大歓迎って感じですねえ」

「ハッハッハッ、ここまで手厚い歓迎ならば、こちらもきちんとした挨拶をすべきだろうな!」

 

「いけ!」


 わたしの一声で、ちいさなおうちを象牙の塔にぶち込んだ。

 おお、盛大に塔の壁面壊れた!

 クリティカルヒット!

「……ところで塔の修復予算って、わたしに請求されるんでしょうか」

 今更な発言だけど、今気づいたんだから仕方ねぇ。浅慮!

 総額いくらだ?

 ウゥウ~、先生の戦術って戦略がすぽっと抜け落ちてるから、後々困ることになりそうだな。

「月下老の直談判の過程に依るな」

「話し合いが成功しても、書庫の閲覧と引き換えに、修復予算こっち持ちって結論になりそうですね」

「ミヌレくん、大丈夫だ。三等分すればそこまで大変ではない」

「どうせ先生はオプシディエンヌと心中するので、三分の二はわたしの支払いですよ」

「その場合は吾輩と半分こだ」

「払うことになったら払ってから死ぬ!」

「その言葉、覚えておきますからね」

 錫杖を振って、魔法空間をしまう。

 わたしたちの周囲には、瓦礫の山と崩壊の余韻ばかり。

 いや、距離を取って魔術騎士団が潜んでいる。

 捕縛魔術の気配がした。

 

「我は汝に膝折るゆえに、呪を紡ぐ」


 先生はすでに詠唱していた。


「汝こそ飢えたる星、螺旋の底に沈む屍!」


 魔力に黒珊瑚が呼応する。

 呪符によって、あたり一帯に展開していく魔術。

 捕縛魔術が発動する。

「【鳥籠】」 

 だけど先生の発動もほぼ同時。

 

「今こそ渇きを癒せ。魔を喰らい啜りて蝕め 【蝕魔】!」


 【蝕魔】によって【鳥籠】の魔術が、腐らされて蝕されていく。

 先生が発した闇魔術【蝕魔】は、跳ね返すのでもなく、打ち消すのでもなく、魔術の発動そのものを腐食させる術だ。

 『星蜃気楼』に棲んでいたぷよぶよジュレから着想して、先生が実用化まで漕ぎつけた新しい魔術である。

 この魔術の最も攻撃的な点は、発動させなかったのにMP消費させるところだ。

 【蝕魔】という術に対して、まだ定石は決まってない。

 初見の魔術に対して戦略的最善手を思考しなくちゃいけない魔術騎士の皆さんには悪いんですが、すでにわたしは詠唱を開始していた。

 間髪入れず畳み掛けるぞ!

「我は光の恩恵に感謝するがゆえに! その一閃を我が頭上に賜われ」

 先生も続いて詠唱する。

「我は風の恩恵に感謝するがゆえに! 大地が産む息吹を、海原が奏でる旋律を、雷火が轟かす音階を、我がなたごころに賜われ」

 展開範囲と発動を合わせる。


「【閃光】」

「【擬音】」


 同時に発動すれば、鼓膜が爆ぜる爆音と、網膜を焼き尽くす閃光が周囲を覆った。

 轟音と閃光が、魔術師たちの肉体にダイレクトに響く。

「ハッハッハッ、専属の照明係と音響係がいるのは良いものだな」

「誰が照明係ですか」

「【恐怖】!」 

 先生がさらに追い打ちをかける。

 轟音と閃光で負荷がかかった肉体と精神に、手加減ゼロの【恐怖】だ。魔術騎士たちは抗おうとするけど、クワルツさんに気絶させられていく。

 さあ、象牙の塔に出陣だ!


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