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第十三話(後編) ザラタン駅より海賊船経由特急カリュブディス号

 オニクス先生の供述。


 起 他の海賊に見つかった。

 承 黙っていてくれるように交渉。

 転 誰かれ構わず略奪する凶悪な海賊だったため決裂。

 結 海の藻屑にすればいいと思った。


 先生はこう供述しているわけですが、この承転ってほんとにあったのかうっすら疑う。

 そもそも先生が交渉?

 嘲笑したの間違いでは?

 ちなみに敵の海賊さんたちは、先生が軒並み半殺しにしていた。燃え盛る敵帆船は、先生の【水】によって、ほとんど鎮火している。焦げ臭さと油っぽさとが、潮風に混ざっていた。夕焼けまでも煤臭い。

 ちょっと目を離した隙に、どうしてこんな惨憺たるありさまを作り出せるんだろう。

「先生。【幻影】で帆船ごとを消せばよかったのでは?」

「消える帆船など、賢者連盟の耳に入ったら怪しまれるに決まっている。人魚の餌にするのが安全だ」

 斜め後ろから呻きが聞こえる。 

 海賊の頭目である中年の女のひとだ。こんなに筋骨隆々の女のひとって珍しいな。赤毛はぞっとするほど血に似ていて、血走った眼をしている。文句を言いたそうだけど、顎が粉砕されていた。杖の柄で殴ったんだろうな。 

「『血海のシナーブル』か。賞金額は3万エキュ」

 クワルツさんが呟きながら、女海賊の首を鷲掴みにした。経絡締めを食らわせる。

 瞬時に気絶する女海賊。頭目があっさり気絶したせいか、それともクワルツ・ド・ロッシュという大物が登場したせいなのか、有象無象の敵海賊たちは縮み上がった。

「金額、クワルツさんより高いんですね」

「賞金額は危険度にも因る。吾輩は人殺しせんが、この海賊は血に飢えたカリュブディスのように鏖殺していくからな」

「だから人魚の餌にしても構わんだろう」

「そうですよ」

 先生の意見に賛同したのは、海賊さんだった。

「こいつらのさばらせておくのは危険ですし、ここでこっちに恨みを向けられたら、うちの島が真っ先に危険ですからね」

「捕まえちゃった以上しかたないですね」

 バギエ公国の海域の治安は、改善したい。

 だって13年後には、レトン監督生ちの保養所&別荘があるんだし。

「ミヌレくんはそれでいいのか」

「クワルツさんは反対なんですか」

 わたしが以前、密猟者を殺していた時は看過していたのに。

「吾輩とて賞金首、綺麗ごとを抜かすつもりはない。だがきみ自身は、無暗な戦禍を忌むのだろう。その教師が戦禍を広げたら、きみは抗いもせず流されるのか?」

 痛いところを突かれた。

「いつか砂漠の二の舞にならねばいいが」

「………………」

 ほんとうに痛いところを突かれてしまった。

 今回は些細なことだけど、このまま「凶暴な犯罪者だから仕方ない」って、「治安のために野放しに出来ない」って、殺すことを肯定していったら、砂漠の戦争の時と同じ結末になってしまう。


 ――殺すことが最適なら殺せ――

 ――捕まえることが最適なら捕縛しろ――

 ――逃がすことが最適なら逃走を促せ――


 わたしの支えだった言葉だけど、もう盲目的に従えない。

「お手数ですが【睡眠】かけて、しばらく熟睡させ続けるってのは出来ませんかね」

「出来んことはないが、私が月に行った後はどうする? ここで処分した方があと腐れがないぞ」

「ですが……」

 殺してしまえば、あと腐れが無いのは事実だ。

 今までずっと先生の言葉に頼っていたせいで、先生の言葉に抗う理屈が紡げない。でもわたしのこころのどこかに、抗う言葉があるはずだ。わたしは先生とだけ生きてきたわけじゃない。


 ――手っ取り早いことばかり選んじゃうと―― 

 ――あったはずの選択肢をどっかに落としていく―― 


 不意にロックさんの言葉が、鼓膜に蘇った。

 ガブロさんの受け売りだって言っていた。

 そう、ロックさんだ。

 ロックさんに協力してもらえばいいんだ。

「このひと高額賞金首なんですよね。なら冒険者ギルドに連行しましょう」

「賞金を受け取れるのは、正式な冒険者………いや、そういうことか」 

 暮れゆく甲板に闇の呪文が唱えられていった。

 これは【幻影】だ。

 まぼろしの影が構築され、展開し、発動した。

 先生がロックさんの姿を纏う。砂漠で別れた姿じゃなくて、初めて会った時の姿だ。

 人懐っこい笑顔に、分厚い体躯。鞣革を油煮にした鎧と、毛織のマント、腰には小剣と銀のダガー。

 懐かしい。

 この姿を見ようと思えばムービーギャラリーでいくらでも見れるけど、ディスプレイの中だけだもの。

「ロックさんの姿なら賞金も受け取れますし、治安も良くなります」

「手間はかかるが、きみが月に行って転移絨毯設置するまでは時間があることだしな」

「冒涜!」

 ロックさんの外見で、先生のボイスとは、あまりにも冒涜ぅッ!

 わたしは思わず、先生へ頭突きした。

 げぶっ、硬い。

 腹筋にぶち当たった。おかしい。今までは股間にクリティカルしていたのに。

「ミヌレ。きみ、身長伸びたな」

「じゃあ股間に頭突きするには、ちょっと屈伸しなくちゃいけないですね」

 わたしは屈伸運動する。

 しゅっしゅっと。こんな感じかな。

「さて。【睡眠】をかけるが、通らん人間は経絡締めをしてくれ」

「ミヌレくんの考えの末だからな。承諾しよう」

 ふたりが敵海賊を眠らせている間、わたしは頭突きの練習をした。

 



 

 眠った敵の海賊さんは船倉へ。

 わたしは肌を真水で洗い流し、あったかい晩ごはんを食べて、清潔な寝床に入る。

 お布団にもぐっているんだけど、ひとしずくほどの月明りが、わたしの眠りを追い払ってしまう。なんて邪魔な月の光。賢者どもの呪いかよ。

 きちんと寝ないと、魔力回復しないのに。

 明日も特訓したいからな。

 潮の香りに、月下香の甘い香りが混ざった。

 先生の、香りだ。

「ん……?」

 瞼を開くと、先生の顔が近かった。

 三日月の光で彫られたように、顔の陰影が青白い。綺麗だな。

 いい夢だ。

 夢というより、本人の願望が駄々洩れである。どうかこの夢が途切れませんように。

「ミヌレ」

 ………………ん?

 いや、これ、夢じゃねぇのか!

「ぴぎゃ!」

 わたしは飛び起きる。

 頭突き事故になりそうだったけど、先生は難なく躱してくれた。

「な、なんですか! いきなりひとの寝顔を覗き込んで」 

「装具が出来た」

 【水中呼吸】の装具か。

 耳朶に何かついてる。

 もしかしてイヤリング?

「イヤリングなら、自由に一角獣化できるだろう。重さはどうだ?」

「重くないです。え、むしろ軽い?」

 淡水真珠と海水真珠、大粒の真珠がわたしの両耳に飾られている。真珠と金具でそれなりの重さになるはずなのに、付けてる感触はあっても、引っ張られる感じはない。

「銀とオリハルコンの合金だ」

 わたしはイヤリングに触れる。

 かたちが違うな。

 海水真珠の方はドロップタイプ。淡水真珠は変わったかたちの金具に縁どられている。

「……淡水真珠の方は、淡水魚のモチーフですか」

「ああ、よく分かったな。鱒をイメージした。禁漁の鱒だ」

 先生は【光】の護符と、手鏡を持ってくる。

 手鏡の中で、水滴と魚のイヤリングが、【光】に照らされて青白く輝いている。水のない水底めいた暗がりで、揺れるふたつの真珠。

 『永久回廊』にいた真珠鱗の魚を思い出す。

 水の無い回廊に波紋と飛沫を描き、水音を奏でていた小さな魚たち。あれは鱒だったんだ。ふふ。

「あれ、花びらが……」

 ドロップタイプに花びらが付いていると思ったら、これは小さな桃色珊瑚だ。

「水難防止の護符だ」

「エランちゃんが身に着けてるタイプの護符ですね」

 小さいと呪文が書きにくいのに、先生ったらよくこんな小指の爪くらいの珊瑚に書けたな。

「カリュブディスの水支柱のなかでは、焼け石に水だがな。私の自己満足だと嗤ってくれ」

「わたしが勇気づけられるから自己満足じゃありませんよ」

 夜の静けさの中、唐突に扉が開く。

 クワルツさんが飛び込んできた。

「ミヌレくん、もうすぐ水支柱が生じるぞ!」

「カリュブディスが始発するんですか!」

 急だな!

「予定はもう少し先では?」

「畜生相手に予定は立たん!」

 わたしはチョーカーを締め直し、太ももに短剣を装備し、素早く革のかばんを背負う。中身は月面に設置する絨毯と、旅糧のドライフルーツ。【閃光】と【土坑】の呪符。

 甲板へ飛び出す。

 月明りが眼に差し込んできた。

 瑠璃紺青の空から星座たちが退けられて、月だけが夜に座している。

 海はのっぺりした漆黒。

 波ひとつない。

 ……いや、何か、来る。

 海は凪いでいるのに、わたしの一角獣の心臓が、ばくばくと高鳴り始めた。

「総員、衝撃に備えろ!」

 先生が命令を発してから、【浮遊】と【飛翔】を詠唱する。

 魔術が一瞬で構築され、展開していく。展開範囲は、この海賊船まるまるひとつ。しかも船だけで、荷物や人員は展開範囲に含めていない。なんて精緻で綿密な展開の仕方だ。 

 海賊船は浮かび上がる。

「ミヌレ。カリュブディスが宙へ帰還するぞ」

 そして数秒後。

 水平線の彼方が盛り上がる。

 瞬間、水が爆発した。

 海面が大きくうねって、山ひとつ分より大きな波がいくつも生じて、世界のすべてへと襲い掛かる。その津波に、大気までも波紋する。

 帆船の舫が千切れそうなほど、帆が飛ばされそうなほど、大きく揺れた。

 【飛翔】して海面から離れているのに、この衝撃ってとんでもねーな!

 海面にいたら、どんな大型帆船だって沈没していたぞ。

 全員、帆船の綱や舫を握っている。渾身のちからでどこかに捕まってないと、空中へ投げ出されてしまう。

「ハッハッハッ! これは絶景だな」

 ひとりだけ、メインマストに登って笑っているやつがいるけど、あれは例外だな。

 また帆船が大きく揺れた。

 波飛沫が甲板まで届く。

「続けざまに来るぞ。用心しろ!」

 カリュブディスたちが水を噴き上げている。 

 深海の底の水が噴き上がり、雲を越え、天へと昇っていく。

 宇宙へ出発進行するカリュブディスの大群。

「私は大気圏の限界まで上昇する。もし水支柱渉りが無理だと思ったら、脱出したまえ。たとえエーテル濃度が高かろうと、きみの離脱をフォローする」

「ういうい!」

 先生とクワルツさんが見守っていてくれる。

 それだけでどこまでだって行けそうだ。

「ミヌレ。いまだ」

 わたしはすでに【飛翔】を唱えていた。そしてもうひとつ唱えるのは、肺の人魚化【水中呼吸】だ。


「我は海の裔 血潮と肺腑は人魚ゆえに、水を恋う【水中呼吸】」


 肺と血液を作り変えつつ、さらに完全一角獣化した。

 【飛翔】し、海面に突っ込む。

 渦巻く水の支柱へと吸い上げられる。

 息が出来る。

 激しく荒れ狂っている水に翻弄されてるけど、うまいこと息が出来ている。

 成功した!

 カリュブディスに乗車成功ですよ!

 あとはカリュブディスに押しつぶされたり、弾き飛ばされたりしないように、回避していくだけ。

 でっかいヒレがわたしの眼前で翻る。

 水流が掻き回された。

 一角獣の小さな身体は、くるくるって木の葉みたいに回される。他のカリュブディスにぶつかったら死ぬ!

 避けた瞬間、死角から稚魚が!

 わたしの足を掠める。

 ぶわっと、視界が真っ赤に靄った。

 前足が一本、稚魚に掠められた衝撃で引きちぎれたんだ。ヴリルの銀環で即座に回復。

 クソ。これ霊視モードの方が回避しやすいか?

 一瞬一瞬が生死を分ける。

 メンタルがゴリッゴリに削られるじゃねーか。

 こういう時に『夢魔の女王』の物理無効の【胡蝶】があったら、便利だったのに。

 最強防具のオリハルコンドレスや最終武器のヴリルの銀環を入手する前に、最強防御魔術【胡蝶】のイベントを起こしておきたかった。起こす方法知らないけど!

 千年前の砂漠で絨毯工房に社会見学した時に、発生イベントあったんかな。あるいはディアモンさんに古代魔術を習うルートかな。

 急激に、水の温度が下がった。

 なんだこれ。氷よりも冷たい。流れる雪の中に埋もれているみたい。

 

 宇宙だ!


 水支柱の彼方には、星が満天に煌めいていた。

 風の加護の無き処。

 わたしは生身のまま、エーテル満ちる宇宙空間へと辿り着いたんだ。


 さあ、このまま向かうぞ。

 月という魔術師の世界へ!



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