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第十二話(中編) 喋らずの島の人魚姫


「やだ。そんなに叫ばないで下さいよ。亀さんがびっくりするじゃないですか、もう」

 わたしがひょこひょこ近づくと、全員、土下座モードに移行した。なんと素早い。

「山賊さんたち、海賊業にジョブチェンジしたんですか?」

「へい。実家の家業を継いんだんです」

 リーダー格の男のひとが、額を地べたにこすりつけたまま答える。うん、たしかに見覚えのあるつむじだな。

「おうちが海賊さんだったのに、森で遺跡荒らししてたんですか」

「いや。ま、お恥ずかしい話ですが、ガキの頃、オヤジとケンカしまして。オヤジ、海賊のおカシラだったんです。先月ぽっくり逝ったらしく、戻ってきたんですよ」

「へえ。そういえば人魚の気配に敏感でしたね」

 思い出すのは、湖底神殿のあるカラフェ湖。人魚が出てくる気配に敏感だったのは、もともと人魚がたくさんいるところで生まれ育ったからなのか。そりゃ必死になるな。

 わたしが話を聞いていると、先生とクワルツさんが木陰から姿を現す。

「ミヌレ。誰だ、そのごろつきは?」

「知り合いか、ミヌレくん」

 ふたりの姿が、淡い日光に晒される。

 

「ウォオオオッ、『怪盗クワルツ・ド・ロッシュ』だぁああ!」


 海賊さんが叫ぶ。

 今度は歓喜の大合唱だ。

 こいつら随分、態度が違うな。


 「怪盗だ。こんなところにどうして世紀の怪盗が……!」「本物かよ」「あんなイカレた格好のやつが他にいるかよ」「男爵のエメラルドコレクション事件で、見かけたことがある」「すげえマジかよ、こんな近くでお目にかかれるとはな」「オレらの賞金額の何倍だよ」「倍っつーか、桁が違うぜ、桁」「女房と彼女に自慢しよ」「サイン貰えるかな。誰か書くものねぇの?」


 熱狂的な歓声で出迎えられて、クワルツさんは誇らしげに胸を張る。

 さすがエクラン王国でもトップクラスの賞金首。

 知名度と人気度がずば抜けてる。こういう層にも人気なんだな。

「ちなみに『隻眼のオニクス』もいるんですよ」

 わたしは先生の存在もアピールする。

「誰です?」

 ……は?

 この元山賊の海賊、わたしとクワルツさんは知っていて、オニクス先生は知らんだと?

 足元の石を、蹄で踏みつけた。

 一角半獣ユニタウレの蹄は、火打石のように火花を散らす。砕かれた小石の破片が、海賊の頬をかすめていった。

「あのひとこそ『飛地戦争の梟雄』『戦禍の蛇蝎』『隻眼のオニクス』ですよ」

「ヒィイイッ! すみません、姐御! 出身、ヴィネグレット侯国なんで、飛地戦争に関しては全然分からんです!」

「私の悪名など、轟いていない方が良いのだがな」

「『戦争の梟雄』は、悪口じゃないと思いますが」

「梟雄は貶している」

 喋っていると、後ろの方で土下座してるひとが顔を上げた。

「姐御、あまり暴れるとザラタン亀が起きます」

「ん? きみたちはここがザラタン亀だと知って上陸したのか?」

 先生が疑問を投げかけた。

「え、ええ。地元ですから、一応知ってます。亀のことは年寄りが喋りたがるんですよ」

「では何故、近づいた?」

「雇われたんですよ。魔法使いに。非合法でザラタン亀の調査がしたいからって。前金だけでも破格でしてね」

「海賊が何を調査するのだ?」

「この時期のザラタン亀がどこにいるか、観測してくれって依頼です。ザラタン亀の居場所を突き止めて、それを魔法使いに知らせる。前金も良かったんですが、成功報酬はとびきりですよ」

「……それはきみたちだけに依頼されたことか?」

「いや、他の海賊連中も頼まれたみたいですよ。カリュブディスの産卵期ってことで尻込みした腰抜けもいますが、知ってる限りじゃあとふたつの海賊団が動いているはずです」

 先生が息を呑む。

「人海戦術だ」

「ほへ?」

「おそらく賢者連盟には、私たちがカリュブディスで月に向かうと読まれているな。その間の潜伏地として、私ならザラタン亀を選ぶ」

  わたしたちは全員、闇耐性が高い。【遠視】や【探知】が効かないタイプだ。どこかの村や山に潜んだとしても、魔術で発見されることはないのだ。

 だけど逆に【探知】で視えないところにこそ、わたしたちが潜んでいるってことになる。

 逃げるにはいいんだけど、長いこと隠れていると賢者連盟みたいな組織力があるタイプには見つかってしまう。

 だからこそ移動する幻獣ザラタン亀を、隠れ場所に選んだのだ。

「だから賢者連盟は金で動かせる海賊や冒険者を手当たり次第に使って、ザラタン亀の居場所を探しているのだろう」  

 たしかに賢者連盟だって、カリュブディスの水支柱が出来るまで手をこまねいて待ってる義理はない。

 広大な海から探すなら、人海戦術が打って付けか。

「いい知らせですね。カリュブディスの支柱渉りで月に来れる可能性が高いって、賢者連盟が太鼓判押してくれたようなもんですよ」

「きみは前向きだな」

「先生が後ろ向きなのでは……?」

「ふたりとも正しいぞ」

 クワルツさんが全肯定してくれた。

「海賊ども。ザラタン亀を見つけた報告は終えているのか?」

「あ、一時間ごとに位置の定時報告するんですよ。発見したら、報告やめていいんです」

「定時報告はやめたのか」

「やめてます」

 海賊さんがあっさり言ってくれやがった。

 マジかよ。魔術騎士団が飛んでくるじゃねーか。

 倒すのは簡単だろう、たぶん。

 フル装備のオニクス先生とクワルツさんがいるんだから。あとついでにわたしも。

 でも倒しちゃいけない。わたしたちは象牙の塔にする月下老と話し合いするために、月まで赴くのだ。その前に相手に被害を与えたら、心証が悪化する。

「ミヌレ。【水中呼吸】を作ってくれ。可及的速やかにだ」

「また難易度エクストリームしなくちゃいけないんですね」

 なんで毎度、追い詰められながら呪符を作ってんだろ。

 頑張りますけどさ。

 わたしは鞄を開き、作業用エプロンとベルベットの小箱を出す。ベルベットで眠っているのは、レトン監督生から贈られたふたつの真珠だ。蒼い虹のような淡水真珠と、薔薇めいた海水真珠。

 エプロンをぎゅっと締めて、気合充填、神経集中。

 採取したばかりの毛をペン軸に縛り、ガラス瓶の涙に浸した。

「海賊ども。ザラタン亀を見つけたら、成功報酬なのだな」

「ええ、まあ」

「ならば私たちのことを黙秘してほしい。口止め料はきみたちの命で構わんかな」

 先生は淡々と交渉を始めた。

 わたしは集中して、呪符を作る。

「海賊たちが【読心】されるのではないか?」

 クワルツさんが疑問を表する。

「いや、【読心】できる魔術師は随行しないだろう。私ひとりなら彼らを生かしていないからな。殺しても後顧の憂いのない相手だぞ、略奪後に殲滅する」

「生きてるという時点で、関わっていないと証明されるのか」

「ああ。ザラタン亀を根城にしているが読まれた時点で、私の思考パターンをトレースされている。おそらく指示しているのは、星智学のご老体だろう」

「呪符が出来ましたよ!」

 ふたつの真珠に魔力が宿る。

 【水中呼吸】は真珠がふたつ必要な呪符だ。

 淡水から生まれた真珠と、海水から生まれた真珠が呼応している。

 これで海中でも呼吸可能!

「でもわたしだけしか逃げられませんよ」

 【飛翔】で単身で飛んでも、この時間帯は闇魔術が使えないから発見されちゃう。クワルツさんだって水上を歩く魔法は使えるけど、姿を消したりは出来ない。

 まさかわたしが処刑命令出されてるからって、先生が残って時間稼ぎをする気?

「駄目ですよ! 一人残るなんて死亡フラグ立てちゃ」

「残る気はない。私の心臓はきみのものだ。離れるわけがないだろう」

「じゃあどうするんです……?」

「あの巨躯人魚を使う」

 先生が指さしたのは、銛を打たれて、死体から食糧へと変わりかけている巨躯人魚。

 あれをどう使うんだ?


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