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第十一話 月への切符はどこにある?


 夜風と月影を切りながら、箱馬車が空を飛ぶ。わたしと先生は箱馬車の屋根に座り込み、クワルツさんは御者席で腕組みしたまま突っ立っていた。

「ハッハッハッ、絶景かな絶景かな」

 クワルツさんの声は、物見遊山の響きがあった。

「そこの怪盗、静かにしろ。【幻影】では声まで打ち消せん」

 先生は不機嫌そうに呟く。

 不機嫌の原因はクワルツさんのやかましさもあるけど、この寒さも一因だ。わたしと先生はクワルツさんと違って、好き好んで夜風を受けてるわけじゃない。

 魔術を制御しているからだ。わたしが【飛翔】を発動制御、先生が【幻影】を発動維持している。箱馬車の中にいるより、外に居た方が【飛翔】の制御しやすい。

 夜風の吹き付けっぷりが容赦なくなってきたな。鼻の軟骨まで凍りそうだ。

 一角獣化しようかな。

「先生は馬車の内部に戻られては? 【幻影】は馬車内でも制御できますよね」

 わたしは一角獣化すれば寒さへっちゃらだけど、先生の体力は消耗するだろう。

「敵襲があったらどうする」 

「いや、クワルツさんいますよ……」

 先生はわたしの呟きをスルーして、絨毯を書物のように広げた。これは空飛ぶ用じゃなくて、転移用の絨毯だ。

 極彩色に染められたバロメッツ綿と、オリハルコンシルクで織られているな。砂漠暮らしも長かったから、光沢と手触りで絨毯の素材が分かる。

 クワルツさんが御者席から覗き込んでいた。

「ふむ。これで月までひとっ飛びできるのか?」

「出来ん。月と地球の両方に対となる絨毯を、星智的に正しく設置しないと発動しない」

「鉱石電話みたいなものか」

 クワルツさんが納得する。

 たしかに鉱石電話も、両方に電話機がないとお喋りできないもんな。

「西大陸の連盟支部のどこかには、月へ直通できる絨毯が必ずあるはずだ。私はそこを調べて見つけ出す。きみたちはこの絨毯をひと対持っているといい。私が見つけ出して、絨毯で呼び寄せる」 

「範囲広すぎですよね!」

 エクラン王国のMAPだって結構でかいぞ。

 西大陸全域って、そんな広範囲MAPをソロプレイ探索ってマジかよ。

「連盟加入国のみなら兎も角、非加盟国に非公式支部があったらどうするのだ」

「探すのは私ひとりで十分だ。その方が小回りが利く」

「潜入ならば、吾輩の方が得意ではあるぞ」

「きみは予告状を出さねばならんのだろう。オプシディエンヌに嗅ぎつけられたら面倒だ」

「でも先生、ひとつひとつ探している最中に、オプシディエンヌに見つかったらどうするんですか」

 かかずらう相手が連盟だけならいい。いや、魔術師の最高組織と敵対してるってのはよくはないんだけど、まだいい。

 問題は、大毒婦にして魔女オプシディエンヌだ。

「それでも月に行く方法はこれしかない」

 絨毯の疑似空間転移って、転移先にも置かないと駄目なんだよな。

 月に行く方法は、これだけ……

 いや、そんなことはないぞ。

 古代魔術の疑似転移でしかたどり着けないなら、そもそも最初の絨毯はどうやって敷いたんだよ。連盟本部がある月や、それにカマユー猊下の肉体を下ろしている木星。

 絨毯以外の方法があるはずだ。

「先生、先生。月の開拓ってどうやったんですか?」

「聖暦1399年。月下老が肉体を伴ったまま月面着地。翌々年に、弟子五百名を連れて開拓開始」

「詳しい移動手段を教えてください」

 【飛翔】は使えない。風の加護がないと飛べないもの。だから空中庭園くらいの高さで打ち止めだ。

 【飛竜羽化】でも無理。息が続かない。

 東方魔術の奥義かな?

「きみはまさか月面開拓期の手段で月に渉る気か?」

「だめですか?」

「そんな無茶をさせられん」

「無茶なんですね」

「ああ、極めて原始的かつ危険な手段だ。弟子五百名のうち二百七十名が死亡している」

「なら打って付けじゃないですか。そんな方法でやってくるとは、賢者のみなさんは思いませんよ!」

 わたしの発言に対して、クワルツさんは爆笑し、オニクス先生はめっちゃ渋い顔つきになった。

 クワルツさんの爆笑が終わっても、先生は口を開かない。

「移動手段を教えて下さい」

「断る。きみはたとえ不可能に近い方法でも、猛進するタイプだろう」

「わたしは暴走カトブレパスかよ」

「かとぷれぱす」

 妙ちきりんなイントネーションで喋ったのは、クワルツさんだった。腕組みしたまま首を傾げている。

「カトブレパスがどうかしました?」

「昔、オンブルが何ぞ言っていたな。月に行く方法」

「ええっ?」

 そういやオンブルさんも学院に在籍していたから、魔術師ではあるよな。魔力がなくても魔術知識はあるんだ。月の開拓史もご存じなのか。

 先生が長ったらしい舌打ちをした。

「ずいぶん以前の話だ。共和国への海路は荒れてて危険だから、一生帰らなくていいって……吾輩が言ったのだ。それで、なんだったかな……開拓時代の月へ行くのに使ったカトブレパスに比べたら、共和国の海路は遥かに安全……とかなんとか」

 覚束ない口調だ。

 胡乱な記憶を紐解いているから、そりゃ自信なくて当然だけど珍しいな。ここまで自信なさそうな口調。

「カトブレパスでどう月に行くんですか? あれ、石眼の魔法を使う魔獣ですよ。天馬ペガサスとか飛竜ワイバーンみたいに、人間が騎乗できるタイプじゃないです」

 長鼻目モエテリウム科カトブレパス。鼻の短い長鼻目の代表的な魔獣で、使う魔法は土属性。おもな生息地は、バユ藩王国とケス土侯国に跨るニグリス湖。

 『幻獣解体新書』の文章が、反射的に脳裏で流れる。

 ロックさん攻略ルートのイベントボスでもあるので、しっかり記憶しているぞ。

 でも月とカトブレパスって、関連性がないよね。そもそもカトブレパスって飛ばないし。

「うむ。オンブルは詳しいこと語っていた気がするが、なにせ幼少時の会話だ。覚えておらんのだ。ごめん」

「カトブレパスでどうすれば月に……?」

 なんとなく先生へ視線を映すと、渋い顔をしていた。

 致命傷ではないけど、ダメージ食らったみたいな表情してるな。

「不正解なんですか?」

 長ったらしい舌打ちをかまされる。

 カトブレパスを使うってのは、的外れじゃないのか。

「月へ行くのに、カトブレパスを素材にした呪符が必要なんでしょうか?」 

「ふむ。石化の魔獣か。月までの階段を石化で作るとか」

「カトブレパスは土の魔法を使いますが、土の加護を反転させて反土属性系【浮遊】みたいな呪符で、月まで行くのかもしれません」 

 ちらっと先生の表情を見る。

 不正解だな。

 先生から醸される空気からして、正解を口から出したくて仕方ないのだ。ディアモンさんの研究に対しても「門外漢だが」と突っ込みを入れるハイパーリンク辞典が、素っ頓狂な不正解を連発されて、おとなしく黙っていられるわけがない。

「あえて肉体を魔法で石化させて、【浮遊】で宇宙に行く……とか?」

「【石化】と【浮遊】の組み合わせか。方向調整をどうするのだろう?」

「宇宙空間に出た場合の【浮遊】指向性……か。そこは研究したことないですね」

 わたしたちはどんどん仮説を述べる。

 先生は必死で黙っているんだけど、苦しそうに悶絶していた。

「あ! 図書館で、魔術史を調べればいいんですよ。学院付属図書館なら、たぶん魔術史ぜんぶ揃ってますし」

「図書館に忍び込むルートならあるぞ」

「許可できない! 学院の図書館は、オプシディエンヌも気に入っている」 

 そういやプラティーヌ殿下に、図書館の魔術書を返してくるように頼まれたことあるな。鉢合わせたら最悪だ。

「だったらカトブレパスの生息地はどうでしょう。月面開拓史が伝わっているかもしれませんね」

「宜なるかな。素材として必須ならば、どのみち赴かねばならんしな」  

「無駄足だ!」

 先生の裂帛が轟いた。

「じゃあ正解を教えてくださいよ」

「………………」

「観念してください」

 わたしはぴょこんと先生に抱き着く。

「ミヌレ。はしたない振る舞いをするんじゃない」

「今更! わたしのこと散々だっこしたりキスしてたの先生でしょう」

「過ちだったのだから正す! もう子供扱いはせん」

「え……では、大人の女性として見て頂けるということですか?」

「私の発言を前向きに捉えるんじゃない!」

 わたしを引き離そうとする先生。

 百足の手甲にしがみつく。むぎゅむぎゅ。

 手甲には、『隕石雨』を発動させる呪符が輝いている。

 素材はダイヤモンド入りの隕石。

 媒介はオフィオタウラスの角。

 魔術インクはカリュブディスの涙と天の川の砂鉄。

「……………かとぶれぱす、かりゅぶでぃす」

 わたしの口が、魔獣の名を紡いだ。

 魔術師ならこのふたつの魔獣を間違えるはずがない。

 だけどクワルツさんは魔術師じゃない、怪盗かつ魔法使いだ。

「オンブルさんの言った魔物って、カトブレパスじゃなくてカリュブディスじゃないですか?」

「そうかもしれん」

 クワルツさんは適当に肯定し、先生は長い長い舌打ちをした。

「その舌打ちは肯定ですね」

「ミヌレくんは舌打ちで感情が分かるのか」 

「クワルツさんだって、オンブルさんの溜息で感情読めるでしょう」

「確かにな」

 え? 適当に言ったのに、ほんとに読めるんだ。

「ミヌレくん。カリュブディスとはどんな魔獣だ?」

「もともとの生息域は小惑星帯なんです! 産卵時のみバギエ公国の渦潮海峡に降りてくる。つまり宇宙と地球を、行き来しているんですよ!」

 わたしの網膜に、先生とふたりで眺めた水支柱の光景が蘇る。雲より遥か高く噴き上がり、支柱の奥で無数のカリュブディスたちが泳いでいる光景。太古から連綿と続く産卵風景。

 あのカリュブディスの水支柱に乗って、月まで行ったのか!

「カリュブディスの水支柱に突っ込めば、宇宙まで行ける。たしかに共和国への海路より危険ですね」

 危険だけど行けるんだな。よし、採用しよ。

「じゃあバギエ公国へ急ぎましょうか」

「ふむ。海水浴は久しぶりではあるな」

「危険だ!」

「ういうい。で、その水の支柱に入るには【水中呼吸】がいいんですか? 【水上歩行】ですか?」

「【胎息】しかない」

 聞いたことのない魔術だ。

「東方魔術【胎息】だ。羊水に浮かぶ胎児のように呼吸する術がある。水柱の内部は【水上歩行】できないくらい水の加護が強く、【水中呼吸】では皮膚がふやける」

「その呪符はどうやって……」

「【胎息】に呪符はない」

「え? じゃあどうやって魔術展開しているんです?」

「そもそも東方魔術は、基礎構成理論から違う。基本的には肉体を魔術的に鍛えて呪符化して、呪符無しで魔術を使うからな」

「ああ、【房中術】とか……」

「ふむ? 【房中術】とはなんだ?」

 魔術素養のないクワルツさんの発言が、静寂を呼び込んだ。

 わたしの発言が迂闊だったと認めよう。

「そもそも百四時間もかかるのだぞ!」

 オニクス先生は全力の大声で、クワルツさんの疑問を強制シャットアウトした。

「……ってことは、四日ちょいか」

「月とは共和国より近いのだな」

 クワルツさんが呟く。

 快速船で六週間だもんな、共和国は。

「第三宇宙速度だぞ、カリュブディスの最高速度は。人類が出せる速度と比較するな」

「第三宇宙速度?」 

「地の加護を引きはがせる物理速度。秒速16.65キロだ」 

 一秒間に16.65キロ進むのか。

 脳内に世界地図を思い浮かべる。約一分で西大陸のどこでも行ける速度だな。

 カリュブディスあの巨体で、その速度なのかよ。

「とにかく! カリュブディスの水柱渉りは、危険度が高すぎる! カリュブディスはリヴィアタン級の人魚より巨躯だ。その群れに入り込んで、月までの距離を共にするなど狂気の沙汰だ! 呼吸が続く術式があっても、秒速16.65キロの尾びれや背びれにぶつかれば、間違いなく死ぬぞ!」

 さっき【幻影】では声が隠せないって言ってたのに、すげーエキサイトしてんなあ。

「ぶつからなければいいんですね。分かりました」

「分かってない!」

「ミヌレくん。ライカンスロープ化したまま、その【水中呼吸】をすれば耐久度が上がるのではないか?」

 クワルツさんが言葉を挟む。

「危険だ。そもそも【水中呼吸】も、肺と血液の人魚化というライカンスロープ亜種だ。多重ライカンスロープ(キマイラ)は危険度が高い」

「大丈夫です。バグっても何とかなりましたし!」

「吾輩はミヌレくんを食べたくはないのだが」

「食べ物を好き嫌いしないでください」

「ハッハッハッ、問題はそこではないのだが」

「ともかく完全一角獣化すれば寒さへっちゃらですし、一角獣の肺を人魚化すれば大丈夫ですよ」

 最強装備のオリハルコンドレスに、完全一角獣化があれば、物理防御は高いぞ。

 バグっても先生とクワルツさんがいるなら大丈夫。たぶん。

「きみの計画は机上の空論だ」

「ういうい。とりあえず【水中呼吸】を作りましょう」

「無理だ。呪符に良質の真珠が欠かせん」

「持ってますよ」

「は…? え…?」

 お、先生ってばびっくりして素っ頓狂な声を出してる。レアだな。

「レトン監督生からプレゼントされた真珠をふたつ、持っています。最高級ですよ!」

「そんな高価なものをプレゼント?」

「婚約祝いに頂きました」

 最高級の淡水真珠と海水真珠。

 あのふたつがあれば、【水中呼吸】が完成する。

「私はライカンスロープ適性がないのだが」

「ご安心を。まずわたしが月まで百時間の旅をして、転移絨毯を設置。そんで先生たちを呼べば解決ですね!」

 この真珠を月への切符にして、カリュブディス特急にご乗車だ!


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