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第十話 (中編) 友情の定義



 賢者連盟が敵対した以上、ディアモンさんも敵になってしまう。

 見逃してくれるとか、助けてくれるとか、砂糖入りショコラみたいな予想は出来ない。

 ディアモンさんは敵として立ちふさがるのだ。

 先生は、殺すのだろうか。

 最悪の想定が、脳の一部に巣食っている。ラピス・ラジュリさんを噛み殺した時の感覚を思い出してしまった。わたしの胸に鉛が食い込んできたみたいだ。

 がたんと、大きく揺れて、馬車が止まった。

「到着したぞ、ミヌレくん」

 夕暮れの残滓に照らされている閑静な住宅街。

 ここらへんに住んでいるのは、上層中流階級のひとたちだ。弁護士さんとかお医者さんとか錬金薬師とか、あと騎士とか。

 この大通りに面した家のひとつが、ディアモンさんのアトリエ兼非公式賢者連盟支部。

 到着してしまった。

 ディアモンさんと事を構えたくないけど、ここ以外に連盟の手掛かりがないのも事実。あとわたしの呪符も取り戻さなくちゃいけないし。

「あれ? 雨戸、閉まってますけど……ディアモンさんって居ますよね?」

 すべての窓に雨戸が閉まってる。しばらく留守にしてるって雰囲気だ。

 留守だったらいいのになあ。

「間違いなく待ち構えている」

 クワルツさんが太鼓判で、わたしの甘ったるい期待を粉砕してくれる。

「きみの予知が正しく機能していればの話だろう」

 皮肉を口にする先生。

 クワルツさんは魔法使いなので、予知形態は独自性が高い。

 予告状を出すことによって、遠視と未来視を細分化し、予知範囲の精度を上げている。  

「吾輩の予知が信用できんなら、己で予知してみればよかろう」

「私は魔法には頼らん」 

 オニクス先生は馬車から降り立つ。

 【幻影】で姿を消していると、影も落ちない。

「私が頼るのは、私の魔術だ」

「そうは言っても、この辺に賢者連盟所属の魔術騎士が配置されているって分かるの、クワルツさんの予知のお陰ですよね」

「予知など無くとも、監視役がいるくらい予測がつく」

 素っ気なく言い放ち、暮れ泥む路地裏へと消えていった。

 先生は魔術騎士たち排除しにいく。

 わたしたちはその間にアトリエに急いだ。

 扉に鍵はかかってますけど、怪盗の前では無力。

 さっさと呪符を取り戻し、撤退しなくちゃ。

 先生とディアモンさんを対峙させてしまったら、最悪の事態になるかもしれない。

 アトリエの雨戸は硬く閉ざされていて、闇が飽和している。

 壁の銀燭台には蝋燭がひとつだけ灯っていた。【光】の護符でなく蝋燭だ。

 魔術を介していない火、自然の火。

 それはひとがいるって証拠。

「いらっしゃい、ミヌレちゃん、クワルトスくん」

 中性的な美貌に、野太い声。

 見た目と声のギャップに慣れているはずなのに、薄暗さのせいで誰かが他に喋っているように感じられる。脳がバグりそうだ。

 ディアモンさんが身に纏っているのは、襟ぐりが大きく開いたネグリジェに、魔術を織り込んだオパールめいたショール。

 たとえ家でくつろいでいる時やアトリエで作業中でも、喉仏や鎖骨の出る服で人前に出ないのに。

 もしかして寝起きだったんだろうか。いや、違うな、目元には深い隈。長いこと眠れていない顔色だ。

 ディアモンさんは痩せた、ううん、窶れたって言うのがいちばん的確だ。

「お手紙ありがとう。ドレスを取りにきたのね。クリーニングは終わっているわ」

 ディアモンさんの指先には、封筒。

 あれはクワルツさんが出した予告状だ。

「こっちよ」

 まるで普段の対応。

 わたしが処刑命令だされてるってこと、忘れちゃいそうになる。

 案内されたアトリエには、わたしのドレスたちが吊るされていた。

 黒貂の毛皮が飾られている狩猟用ドレス。春緑色のティアードドレス。さんざし模様の散歩用ドレス。純白に輝くオペラ鑑賞用ドレス。ベルベットの怪盗用ドレス。そして婚約式のオリハルコンドレス。

 ディアモンさんがひとつひとつ仕立ててくれたドレスだ。

 汚れはすべて取り除かれているけど、思い出は宿っている。

 わたしは最強装備を手に取った。

 プリーツの優美なオリハルコンドレスは、わたしの膚に吸いついてくる。

「こっちが呪符」

 ディアモンさんは小箱を出してくれる。【閃光】と【土坑】の呪符があった。

「わたしの呪符!」

 このふたつがあれば、敵に目つぶしかまして落とし穴に落とすっていうコンボ決められるぞ!

 こころが少し沸き立ってきた。

「ミヌレちゃんの呪符、残りは月にあるわ」

「ずいぶん厳重に保管されてるんですね。先生のは納骨堂だったのに」

 危険度もレア度も、先生の呪符の方が高いぞ。

「ニックの呪符や護符の素材って、オプシディエンヌが先代の国王から拝領された宝石なのよ。エクラン王室から返還要求が出たから、仕方なくね。ホントは連盟で研究と封印したかったんだけどね」

 国王が下賜した宝石か。

 納骨堂に保管されていたのは、返還要求っていう政治的な問題だったのか。

「ニックは外で見張りの魔術騎士と戦っているのかしら?」

「殺さないように釘を刺しておきました。だから大丈夫です、たぶん」

「そこは心配してないわ。周辺を監視している魔術師は、ニックかあなたが来たら月へ報告するだけの人員よ。ニックの不意打ちを躱せるほどじゃないし。それにニックは遵法精神ゼロだけど、人権がある人間は殺したがらないもの」

 さすが唯一の友人。よくご存じだ。

 先生はメンタルもスキルも魔王だけど、法治国家内だと比較的おとなしいのである。そう、先生っておとなしかったんだって骨身にしみた。砂漠の帝国みたいに暴力と縁故が幅を利かせる社会だと、手加減ゼロで地獄を作ってくる。

 それでもいざとなったら、エクラン王国内でも容赦ないだろう。

「ディアモンさんは逃げて欲しいんです。処刑命令が出されてるなら、わたしたちがここから逃げ果せたとしても、ディアモンさんは絶対に巻き込まれますよ」

「心配してくれてありがとう。でもここはアタシに任せられた支部で、掛け替えのないアトリエよ。アタシのいのちと等しいの。逃げることは出来ない」

 極彩色の糸や布が満ちたアトリエ。

 大きな刺繍枠には、途中まで刺繍された絹が張られていた。色彩という糸は刺繍によって輪郭を得て、鳥や花や果実として描かれている。ディアモンさんが糸に魔力を込めながら、刺繍していく壮大な魔術。

 アトリエはディアモンさんの魂や技術が、かたちになる場所だ。

 役目とか仕事とか抜きにして、ここは捨てられない。

「でもミヌレちゃん、アナタたちに月への行き方くらいなら教えてあげられるわ。屋根裏に象牙色の扉があるの。あれを開ければ象牙の塔(トゥール・ジボアール)よ」

 月への行き方を語りながら、わたしたちと目を合わそうとしない。さっきからずっと。

 わたしが存在しないんじゃないかって、奇妙な態度。ディアモンさんはずっと独り言を繰り返しているみたい。

「抵抗はしないのだな」

 クワルツさんは腕組みしながら呟く。溜息と間違えてしまいそうな呟きだ。

「無駄だもの。クワルトスくんと戦えるほど戦闘能力があるわけじゃないの。そこらへんのごろつき程度なら何とかなるけど、アタシにできるのは移動や転送、それと防御くらい」

「吾輩たちにではない。賢者連盟に対してだ」

「逆らえるわけ、ないでしょう。魔術師は……魔術師の社会でしか、生きられないのよ」

 美しい女性のかんばせで、野太い男性の声で、ディアモンさんは訥々と語る。

 言葉の断片の隙間から、ディアモンさんの苦労や苦悩が滲んでいた。具体的に知らないけど、魔術師以外の社会ではすごく生きづらかったんだろうって伝わってくる。

「ディアモン。吾輩の予知能力の瞬発性を知っているはずだ」

「ええ、睡眠を介さなくても、瞬間的に予知できる。ただし予知射程距離は平均三日、最高が五日」

「然り。ゆえに吾輩は知っている」

 クワルツさんの囁きに、ディアモンさんの肩が跳ねる。


「その象牙色の扉の先は、人間が生きられない宇宙空間だということを」


 象牙色の扉の先は、星しか座せない虚空が待ち構えている。

 クワルツさんは『予告状』を届けることで、予知精度を高めている。その結果、クワルツさんは象牙色の扉の先がどこに繋がっているか、予知していた。

 わたしたちをディアモンさんが見逃してくれたり助けてくれたりすることは無い。

 クワルツさんの予知で、必ず敵対することが読めている。

「ええ、クワルトスくんなら予知できるでしょうね。カマユー猊下はアナタのこと『未来視の狼』って呼んでたくらいだもの」

 ディアモンさんはさっきより落ち着き払っていた。

 むしろほっとしたみたい。

 わたしたちのこと、宇宙に放り出すつもりはなかったのかな。

「吾輩の予知を織り込み済みか」

「友人たちに死なれたら寝ざめ悪いわ」

 溜息めいた呟き。

「でも同じね。賢者連盟が敵に回ってしまったんですもの。もうどうしようもないわ。少なくとも魔術師としては、もう絶望的ね」

 絶望的? そんなもんかな?

 ちなみにクワルツさんも首を傾げていた。

「ミヌレちゃん。恐ろしくないの?」

「別に。でもぶっちゃけカマユー猊下は、これを機に来世に行って頂こうかなって思ってます」

 だってオニクス先生の背中に鞭刻みやがったし。

 先生を私物化しやがって面白くなかったんだよ、あのクソガキジジィ。

 敵対確定したなら、もう容赦しねぇぞ。うひひひ。

 わたしの口端から、ぷくぷくと笑いが泡立ってくる。

「強いわね」

「敵と戦うことや、味方を守ることに、なんの恐ろしさがあるんです?」

 幾千億万の敵も恐ろしくない。

 憎悪も、石礫も恐ろしくない。

 ほんとうに怖いのは、愛するひとに立ち向かう時だ。

 ディアモンさんにとって賢者連盟に逆らうことは、地獄に堕ちるに等しいかもしれない。

 だけど幸福も地獄も、ひとそれぞれ。わたしにとっての地獄はただひとつ。オニクス先生だけだ。あの男だけがわたしの唯一の恋で、たったひとつの地獄だ。

 他になにひとつ、恐れるものなどありはしない。

「わたしは月に行く方法を見つけて、この処刑を撤回させます。さようなら」

 次の瞬間、アトリエの扉が開かれる。

 夜そのものが入ってきたように、冷たい空気がアトリエに染みていく。

 オニクス先生だ。

 マジかよ、早いぞ。外の見張りさんたちのお片付け、もう終わったの?

「は、早かったですね」

「人数と居場所が分かっているからな。それに経験不足の魔術騎士ばかりだった」

「あらあら。戦闘経験豊富な魔術師なんて、アナタが十年前に殺しちゃったじゃない」

「そうだったな。私がすべて殺した」

 淡々とした返答と、闇より深い隻眼。

 その瞳の色の意味が、殺意なのか無関心なのか落胆なのか、わたしには読み取れない。ただ確実に、ディアモンさんだけを映していた。



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