第十三話 阻止せよ、地雷展開
エグマリヌ嬢が帰宅する馬車に便乗して王都に入り、即、ロックさんを雇って長期の冒険に赴く。
冬の野外は厳しい。
だけどわたしには新アイテムがある。
まずは【庇護】だ。
あのレトン監督生が愛用している呪符である。
これほんとに良いよ、風が強くなってきても体温が奪われないのがすごいんだよ。虚弱体質が普通に行動できるようになるのも納得。
それから乗馬ドレスが完成しました!
冬用の乗馬ドレスはサイドがボタン留めで、動きやすさ重視。毛織の生地は灰色の細縞で、冬用迷彩だ。黒貂の毛皮が襟と袖口についてて、ふわふわぬくぬくである。お揃いの黒貂帽子も頭に乗せれば完璧。
乗馬ドレスだと、冒険に出たとき体力回復増って効果がある。それよりなにより新しいドレスは気持ちがウキウキする。先生が作ってくれたアクセサリーも馴染む色合いだしね。
今回の冒険目的は、サブイベ消化である。
薬剤師さんに頼まれた薬草を取ってきたり、崖下で怪我した飛竜を手当したり、廃墟の盗掘団を蹴散らしてアイテムゲット!
王都に戻って、薬剤師さんから報酬をもらう。
懐の温かさに満足しながら、『引かれ者の小唄亭』を目指した。
「嬢ちゃんは鼻が利くよなあ」
「鼻?」
「報酬になるモンを嗅ぎつけて、凄まじい速さで受けてんじゃん。悩んでないよな。飛竜は報酬じゃねぇけど、嬢ちゃんは竜の鱗が手に入ったろ? すげーなって」
そりゃイベント攻略しているだけですからなあ。
ロックさんが感服してくれてるけど、最適なイベントだけを効率重視でチョイスしてるだけ。
起こる出来事と、その結果が分かっている。
表通りにつくと、悲鳴が上がった。
若い女の悲鳴。
このイベントは!
「ロックさん! 仕事ひとつ頼みます! わたしを追いかけてきてください!」
わたしは【浮遊】を唱えて、急上昇。そして追試で制作した【防壁】を起動させた。
風によって盾を生じさせる魔術だ。物理攻撃を一度だけ防ぐ盾。
ほんとは防御のための魔術だけど、わたしは作った理由は足場にするため。
背後に作った【防壁】を蹴った。空中を進み、さらにまた【防壁】を作って蹴る。そりゃ【飛翔】より遅いけど、代用品としてはこれで十分。試験でシトリンヌに弾かれた時に思い付いたのだ。
悲鳴があった方に急ぎ、人込みを見下ろす。
浮かんでいるわたしを見上げている人間がほとんどだ。
だけどそんなことお構いなしに、走っている男がいた。恰好はごく普通の職人。だが腕には三歳くらいの幼女を抱えている。身なりの良いベルベットドレスに、珊瑚の護符。
「ロックさん、誘拐犯です! 金物屋の小道に入りました、追っかけて下さい!」
わたしは空中に生み出した【防壁】を蹴って、男を追いかける。男が素早く樽を飛び越えようが、裏道に入ろうが、直線を進めるわたしの追跡から逃れられないし、こちとら市街地図くらい暗記してる。
ロックさんに指示を出し、ひたすら追う。
普通の窃盗犯だったらわたしが【浮遊】をかけちゃえば話は早い。でも小脇に抱えられている幼女が投げ捨てられても困るし、同一魔術範囲にして『浮遊酔い』したらまずい。どんな持病を持ってるか分からん相手に、持続性のある魔術かけるのは危険だ。
ロックさんが追い付いて、男のベルトをひっつかむ。
転げ落ちる幼女をわたしはキャッチした。
愛らしい幼女だ。
ほっぺは珊瑚のピンクで、砂糖や蜂蜜が詰め込まれていそうな丸っこさ。そして泣いていても賢そうな目つきは、レトン監督生にそっくりである。
「エランちゃんって、目元はレトン監督生に似てるのね」
わたしの言葉に、エランちゃんは顔を上げる。
豪商アスィエ商会の一人娘にして、レトン監督生が溺愛する異母妹であった。
このイベント、子守係に報酬を貰うか、家族に紹介してもらうか選択できるのだ。家に紹介されてしまうと、レトン監督生の恋愛値めっちゃ上がっちゃうので、報酬をもらう一択である。わたしは恋愛値を上げる予定はない。
ロックさんが誘拐犯を縛り、わたしはエランちゃんを抱えて、憲兵詰め所に行く。
ちょうど顔見知りの憲兵さんがいた。わたしとレトン監督生が襲われたときにいた憲兵さんだった。話が早くてよい。
「あのね、きみね、市街地での【飛翔】は、全面禁止なんだよ………」
「大丈夫です! 【浮遊】と【防壁】を組み合わせて跳んでいるので、法律には触れません。合法です」
自信たっぷりに言う。
【浮遊】は運搬や普請でも利用されるので、市街地での使用が許可されている。そして【防壁】も許可されているうちのひとつ。
まあ、一足ごとに【防壁】を使うなんて、魔力の消費が激しすぎる。こんな魔力の使い方できるのはわたしか、オニクス先生くらいかな。なので法律的に禁止されていないのである。
「いやね、しかしね、でもね、実際に飛んでるわけだし、飛ぶのって罰金ですまないんだよ」
「飛んでません。跳んでるだけです。ちょっと滞空時間の長いだけのジャンプなんですよ。法解釈的に合法です」
「でもね、高度がね、飛行高度なんだよ」
憲兵さんと言い合っているうちに、子守がやってくる。まだエランちゃんは泣いていた。お人形を落としたって喚いている。
「怖くて泣いてたんじゃないのかよ」
ロックさんはほっとしたように笑う。
笑い事じゃない。
「どんな人形ですか?」
問いに答えたのは、子守だった。
「きっとまたご両親が買ってくださいますよ」
「わたしはエランちゃんに聞いたんですよ。どんなお人形さんだったのかしら? 大きさは?」
「………ぅ、う」
エランちゃんは泣きながら身振りで教えてくれる。
大きさは十センチもないのか。また買うって発言から、手作りではなくて職人製の人形だな。
それだけ分かれば十分。
「ロックさん『引かれ者の小唄亭』に先に行っててください、わたしちょっと野暮用です」
わたしは来た道を引き返す。
エランちゃんのお人形を探すのだ。
落としたばかりだから見つかるかもしれない。
誘拐犯の馬鹿がさんざん逃走したから結構、探す距離がある。でも人形は見つけなきゃ。
「嬢ちゃん、何やってんの?」
ロックさんだった。戻ったんじゃないのか。
「お人形を探してるんです」
「あれ、すげー金持ちの子だろ? また買ってもらえるって」
「エランちゃんがそれで納得するかどうか知りません。納得しなかったら可哀想ですよ」
「納得しなくても人形くらい………」
「そういうの地雷なんです」
「地雷……? 魔術用語でいわれても、おれさっぱりなんだけど?」
「人形ですよ。人形を手放すタイミングは自身で決めます。他人の都合で、人形を手放すハメになるのは最悪です。ちなみに言っときますけど、この他人って親も含みますからね!」
人形を手放す時期と、処女捧げるタイミングと、子供を産む時期は、本人が決めるんだよ。
いつ幼女から少女になるか、少女から女になるか、女から母になるか。他人に決められてたまるか。
人形遊びの卒業を強制したり、落としたことを諦めさせたり、まして勝手に捨てたり誰かにあげてしまって、少女が大人の階段を上がったみたいな話の展開は絶対に許さない。絶対にだ。
わたしの目が届く範囲で、手の届く範囲で、そんなことは絶対にさせない。
「ふーん。よく分かんねーけど、ま、嬢ちゃんがやるなら付き合うか。ここら辺の雑貨行商とか物乞いとかが、拾って売ってるかもしれねーし。おれはそっちに声をかけとく」
「一銭の得にもなりませんよ」
「いいじゃん。最近は稼ぎがうまくいきすぎて、不安だったから丁度いい」
不安なんてまったく感じてなかったのに。
わたしとロックさんは別々に探す。
路地にはいつくばって探しても、見つかるかどうか分からない。だってこれはイベント外。エランちゃんを助けるまでは予定調和。そのあとお人形探しなんてしなかったから。
……イベント外だから、成功しないかも。
いや、イベント外だからこそ、自由な発想で行動できる。選択肢じゃない行動が取れるじゃないか。
そうだ。
「占いお婆!」
失せ物を占ってもらえるかも!
わたしは【浮遊】で身体を舞い上がらせて、広場にあるテントに急いだ。
ゲーム的には恋愛値を教えてもらえる場所だけど、失せ物は占えるのかな?
テントに駆け込む。
「すみません、失せ物は占ってもらえますか?」
占いお婆は盲目の眼を、水晶から動かさない。
やはり恋愛運以外は、占えないのか。
「おじょうちゃん……あんたは闇に抱かれたね。もうこの婆では占えんよ……」
陶器細工みたいな盲目が向けられた。
闇に、抱かれた?
漆黒の闇の塊みたいな人を思い出す。オニクス先生だ。
そうか。闇耐性が高いと【遠見】や【探知】に引っかかりにくいから、オニクス先生との恋愛値は占えないってことか。なるほど。
「今日は恋愛値じゃなくて、エランちゃんのお人形のありかを占って貰いたいんです。落とし物も占えますか?」
「……失せ物探しか。婆の得手ではないが……その子の生まれた月日は分かるかね?」
「花咲月の9日です」
メインキャラじゃなくても、誕生日は暗記している。
お婆は頷いてから、水晶を撫でる。水晶の内部から何かを汲みだすような手つきだ。
テントの内部に魔力が満ちる。
「………人形は手から手に渡っている。留まっておらん……婆に分かるのはこれくらいだのう」
「ありがとうございます!」
わたしは料金を払って、テントを出て、跳ぶ。
よし、最悪な状況じゃない。人形はまだ壊れていないし、どこかドブに沈んだわけじゃない。人の手に渡っている。
希望が湧いてきた。
落とし物として憲兵所にあるのか、それとも故買商に渡っているのか。
エランちゃんが連れ去られた箇所から地道に歩き、行商さんや屋台のひとたちに聞く。誘拐の騒ぎは耳に届いていても、人形は知らないって言われた。
もう真っ暗だ。
行商さんたちも居なくなっていく。
「おっ、嬢ちゃん。居た居た」
人通りが薄くなった道で、ロックさんが手を振ってくる。
「おれ、『引かれ者の小唄亭』に戻るよ」
「お気を付けて」
「で、これ」
わたしの目の前に、陶磁器のお人形。
若草色と薔薇色のドレスには泥がひっかぶっているし、巻き毛もほつれているけど、顔立ちには傷がついてない。
「あんま大きい声じゃ言えねぇけどさ、物乞いの集めた物を買い取ってるやつがいるんだよ。落とした人形を探してるって言ったら、そこらへんの浮浪児を総動員させて見つけてくれた」
「必要経費、出します!」
人形を買い取った分は当然、行商に話を聞けば物を買わなきゃいけないし、物乞いに話を聞くなら喜捨しなくちゃいけない。物入りだったはず。
占い代を支払った後でも、薬剤師さんから報酬で懐は温かい。
だけどロックさんに遮られた。
「おれが手間賃もらったらかっこ悪いだろ。それより早くもってってやるといいよ」
「かっこいいです!」
わたしは大急ぎで、高級住宅街に跳ぶ。
レトン監督生の実家の住所は、知っているのだ。ひときわ大きくて新しい邸宅だ。中庭にはアクアマリンの噴水がある。
わたしは【浮遊】で、子供部屋の窓に近づく。
泣き声がしていた。
ベッドに寝かされているエランちゃんが、涙と鼻水垂れ流しまくっていた。眼球の水分がなくなる勢いだな。
乳母やに人形はいっぱいあるじゃないって、窘められている。
うるせー。何体あろうが、人形をなくしたら落ち込むわい。
乳母やが明かりを消して部屋を出て行った。わたしは硝子をノックする。
エランちゃんがわたしを見つけた。
「妖精さんだ!」
飛んでたから妖精さん認定されていたらしいぞ。
警戒心で泣かれても厄介だから、好都合だ。
「ほら、お人形みつけてきたよ」
「うわあ、わあ、みんな喜ぶよ、こっち、こっち、来て」
クローゼットみたいな棚がある。象嵌に彩色された綺麗な棚だ。
「あけて、あけて」
棚を開ければ、ドールハウスだった。
三階建てに地下付き邸宅。家具も小物もみっしりと入っている。ひと昔前の田舎の生活を模しているのか、居間には糸車や機織り機が鎮座していた。本当に紡いだり織ったりできそうな精緻さじゃないか。
「ただいまー」
お人形を戻すエランちゃん。
めっちゃ人形がある。それからリスの毛皮で作られた犬たちがたくさん。このおうちは犬派らしい。オルゴール付きの鳥籠にも、極楽鳥が美しい羽根を垂らしていた。
エランちゃんはお人形を、ひとりひとり紹介してくれた。
「おひげがね、退役軍人のおとうさん。こっちが看護師のおかあさん。退役軍人だからねんきん暮らしなのよ。ひとりむすめが戻ってこなかったら、このひとたち胸が張り裂けて死んじゃうわ。きちんと心臓を入れてもらったのよ。ルビーなの。だから悲しいと張り裂けちゃうのよ」
人形のドレスをほどいて、胸部を触らせてくれる。
「ねっ、心臓があるでしょ?」
「ええ、あります」
お人形の心臓。
それは、この子の世界観だ。
わたしはエランちゃんの世界観を否定せず、そしてなにひとつ付け加えないように頷いた。
否定するのは最低だが、無断で設定を付け加えるのもいけない。それは否定と等しいのだ。ドールハウスはこの子の世界、この子の宇宙。だから、あるがままに認める。わたしの意見や空想ではなく、感想だけを告げなくちゃいけない。
「このぶさいくなでぶっちょはコックで、痩せっぽちが皿洗いなのよ。おうちを掃除するのが、このそっくりのさんにん娘よ。いちばんちびが雑用係。このおばあさんが家政婦よ」
エランちゃんはお人形遊びをする。
一家のお人形を動かすより、使用人の人形を動かしている方が好きらしい。
「『あのわがままおじょうちゃまが帰ってきたら、おかしを作らないとね。やれやれ』」
でぶのコックを、キッチンで動かす。
「『このいたずらさんにん娘め! おれさまのつくったお菓子にその小指いっぽんでもさわったら、包丁で切り落としてやるからな。きえー』」
でぶのコック人形が、包丁を振り回す。
「『いやさ、おくさまはお優しいが、お料理ひとつできないおかた。タルトひとつにフロリーナの実をひゃっこ使うって言っても信じますよ。きぇっきぇっきぇっ』」
跳びはねるでぶのコック人形。
ひょっとしてこのおうちの使用人って、こんな感じなんか………?
エランちゃんはたっぷり人形で遊び、唐突に寝た。
遊び疲れて眠ったエランちゃんを、抱えてベッドに連れていく。
「おやすみ、エランちゃん」
『引かれ者の小唄亭』の酒場の営業時間は、昼下がりから早朝まで。
もうすぐ酒場が閉まる。
朝一番出立する冒険者は慌ただしく朝食を流し込み、冒険者タルトや乾パンを買って旅立つ。
わたしはオートミール。
よく文学作品に登場して憧れていたけど、実際に食べると……うん、憧れという底上げがあるから食えるだけだな。塩が混ぜられた糊。粥ではない。
朝ごはんはみんな適当に食べるから、女将さんも手抜きだし。
ロックさんはオートミールにプラスして、辛味を効かせた腎臓料理を付け合わせていた。めっちゃ辛そう。
「朝いちばんで豚の腎臓って、胃のこなれが悪くなりませんか?」
「胃のこなれって気にしたことない」
なるほど。ロックさんの岩みたいな肉体を維持するには、朝から臓物料理を食べられる胃腸じゃないとダメなんだな。
わたし、朝から食べられる腎臓って、羊くらいだぞ。豚はちょっとな。
客が入ってくる。
「レトン監督生?」
人の事は言えないけど、めっちゃ目立つやん。
育ちがよさそうな身のこなし、貧相な体つきと虚弱な肌の色。しかも絹地に金縁刺繍が施されたケープは、誰が見たって極上。革靴に泥汚れがうっすらとしかついてないってことは、馬車を使ってやってきたんだろう。
レトン監督生はさっそく絡まれかけていたけど、常時展開させている【庇護】が容赦なく酔客を弾く。
酒場の客は、魔術師に手を出さない。
以前、わたしをからかってきた酔客に、【浮遊】を使って散々どついたからだ。
「ミヌレ一年生、エランを助けてくれてありがとう………」
心からの微笑みだ。
「いやあ、お人違いですよぅ」
適当に嘯く。
だってエランちゃんは助けたかったけど、レトン監督生との恋愛値を上げるつもりはゼロなんだもの。
「憲兵から聞いたよ、助けてくれて感謝する」
そういや身元バレバレだったな。
「ミヌレ一年生。きみにどうしてもお礼がしたくて」
「やった。じゃあここ、レトン監督生の奢りってことで宜しくお願いしますっ!」
「お、ラッキー!」
「女将さん、わたしの先輩が、食事代を支払ってくれるんで、いってきます!」
わたしは荷物をひっつかんで、外へと駆け出した。ロックさんは受け取ったばかりの食料を、荷物に詰めつつ走ってる。器用やな。
「嬢ちゃん、今日はどこ行くの?」
「旧街道です」
ロックさんの問いに即答する。
攻略本が手元になくたって、最適手順と地図はわたしの脳内に刻み込まれている。
わたしたちは王都を出立した。




