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第八話 獣はワルツを踊らない


「サーベルタイガーではあるが、スミロドンと述べた方が正確だな。サーベルタイガーは巨大な牙を持った猫科の総称で……」

「それよりなんで絶滅動物がいるんですか?」

 ハイパーリンク辞典をぶった切って問う。

 舞踏会の招待客たちも、どよめきと悲鳴を上げた。

 まずい。こんな人数が一斉にパニックになったら、大惨事だぞ!


「おーっほっほっほっ、ご安心なさって。これはサプライズよ」


 マダム・ペルルの高らかな笑い声が、広い舞踏室いっぱいに響き渡った。余裕ある所作で長椅子に腰かけると、招待客さんたちみんなすぐ納得したみたいだった。

 えっ? これって舞踏会のショーなの?

 金持ちの仮面仮装舞踏会ってなんでもありなんだ!

 マダムが先生を一瞥する。

「オニクス。というわけで舞踏会のお客さまに被害が出ないよう、なんとかして頂戴」

「何故、私が?」

 あ、お客を落ち着かせるための大法螺か。

「どうせあの招いていないお客さんは、あなたの横っ腹を刺しにきたんじゃなくって?」

 さすがのオニクス先生だって、マンモスとサーベルタイガーには恨まれていないと思うぞ。たぶん。自信ないけど。だめだ、やっぱ恨まれてるかもしれねぇ。

 マダム・ペルルはすぐに小声で従僕さんたちに指示した。

「お客さまたちが無暗に近づかないよう、さりげなく誘導して頂戴」

「ウィ、マダム」

 混沌とした状況に無茶な命令を足されたにも拘わらず、従僕さんらは端正な面持ちで一礼した。軍隊みたいな規律正しい動きで、舞踏室に散開していく。すげー気合入ってる従僕集団だな。いや、従僕軍団って感じ。

 いや、しかしそもそもなんでサーベルタイガーとマンモスが?

 どっちも絶滅した動物だぞ。

「ひょっとして【時空跳躍】で古代生物を巻き込んじゃいました?」

「違う。ライカンスロープ術だ。元司祭の弟子にいる」

 テュルクワーズ猊下のお弟子さん?

「耳に闇耐性護符が付いている。あれは私が作らされて、元司祭の弟子どもが持っているはずだ」

 二匹とも耳にピアスがついてる。そこには【抗狂】や【抗魅】の護符が輝いていた。

「ひょっとしてわたしのお出迎えでしょうかね」

「私への恨みを晴らしに来たのかもしれんぞ」

 先生は口許を歪める。

 確かに二頭の獣は、殺気立ったまなこをしていた。

 そうか、先生はマンモスとサーベルタイガーにも恨まれていたのか。

 難儀なひとだ。

 オーケストラがメロディを奏で始めた。おねぼうさんな蝶々みたいにひらひらふわふわしている。

 その優雅な三拍子の中、サーベルタイガーが唸りを上げた。テンポを無視して、先生へと襲い掛かる。

 戦闘BGMがバグってんな。

 サーベルタイガーときたら飢えたマンティコアみたいな勢いだけど、先生はすでに【浮遊】と【飛翔】で機動性を増している。

 杖からエストックを抜き放って、サーベルタイガーの牙と鎬を削る。

 エストックにも牙にも鎬ついてないけど。

 一方、マンモスはテラスに面した壁に陣取って、長いお鼻をぶんぶん振っている。

 たぶん先生を窓から逃がさないためだ。

 シャンデリアのひとつに、ばちーんと長いお鼻がぶつかった。

 水晶の小雨がきらきら降る。

「【防壁】」

 誰が【防壁】唱えたんだと思ったら、従僕さんだった。

 お客さんたちは【防壁】に守られて、シャンデリアの雨を楽しんでいる。

「おーっほっほっほっ、うちの従僕が魔術を使えないとでも思ったの? あたくしの主催するパーティーで働くなら、【防壁】は必須よ」

 どんなパーティやねん。

「あの女、遊興庁長官だった時代に野外パーティーで火を焚き過ぎて、老王を火だるまにしたことがあるからな」

「マジかよ」

 そこまでやったら普通、処罰されそうなもんだけどな。

 先生のエストックが、サーベルタイガーの前脚を射抜く。

 サーベルタイガーは野太い悲鳴を上げながらも、俊敏だった。マンモスの陰に下がる。

 マンモスの鼻が大きく振られた。先生を近づけさせないように、床や天井を叩き付ける。

 その間にサーベルタイガーは回復するつもりか。

 獣適性の高い魔術師なら、治癒能力も高いからな。わたしも腕とか足がもげても大丈夫だし。

 一撃で仕留めないと回復されちゃう。

 エストックで長い鼻を刺しても、貫通しない。ぶわぶわな剛毛と分厚い皮膚は、兵士の鎧より硬いみたいだ。

 攻撃力のサーベルタイガーと、防御力のマンモス。

 この二匹がテュルクワーズ猊下のお弟子さんなら、わたしが一角半獣ユニタウレになれると知っているだろう。わたしからの反撃も注意している。

 手の内がバレていたって、加勢しなくちゃ。

「先生。挟撃を提案します。人込みに紛れて、サーベルタイガーへ死角からの一撃を食らわせます」

「却下だ! きみは【時空跳躍】したばかりだぞ。怪我したら、回復の魔力が足らん可能性がある」 

 古代デゼル語で話し合う。

「ではブラフならいかがでしょう。人込みに紛れるだけでも。わたしが攻撃する可能性があるだけで、警戒が分散するかも」

「許可できるのはブラフまで。攻撃は厳禁。位置取りは窓側。虚を突けたら、あの窓から一気に脱走する」

「ういうい!」

 わたしは人込みに紛れ、サーベルタイガーの死角へと回っていく。

 挟撃ブラフだ。

 後ろから攻撃するふりをして、サーベルタイガーやマンモスの注意を引いて、空いてる窓から一気に戦略的撤退をするのだ。

 わたしは四つ足の蹄で駆ける。

 魔力が無くったって、一角獣の駿足があるもの。


「グルゥウォオオン!」


 サーベルタイガーは唸りながら、人込みをジャンプする。

 わたしを追いかけてきた?

 オニクス先生を攻撃するのは兎も角、こんな混雑したとこで暴れて一般人に被害が出たら、賢者連盟と師匠のテュルクワーズ猊下に泥を塗ることになるぞ。

 わたしに飛び掛かるサーベルタイガー。

「ぎゅふっ!」

 押さえつけられ、牙が間近に迫る。

 逃げようと身を捩ると、サーベルタイガーの爪がわたしの横っ腹に食い込む。

 反射的に痛覚遮断。 

 僅かばかりの皮膚や肉くらい、くれてやる!

 わたしは無理やり爪を掻い潜る。

 瞬間、視界が白く濁った。

 まずい。まだ魔力が回復しきれてないから、霊視に使っていた魔力が、回復の魔力の方へ流れ込んでいく。しかも肉体蘇生に足りねーぞ。

 痛覚遮断は辛うじて出来てるけど、蹄が動いてくれない。

「ミヌレ!」

 叫び声が聞こえた。

 マンモスが鼻を振り回して、先生を牽制している。背後を取られたら、脊髄を折られるな。

 サーベルタイガーが唸り、ふたたびわたしに近づいてきた。

 

 赤い人影が、サーベルタイガーを蹴り飛ばした。


「え……?」

 真っ赤な輪郭が、白い靄越しにぼんやり見える。

 さっきの赤い歌姫さんだ。

 歌姫が、サーベルタイガーを、蹴り飛ばした?

 次から次へと信じられない光景が続く。わたしの頭の上で、バースデーケーキの蝋燭みたいに?がぐるっと明滅する。

「随分と弱々しい姿だな、ミヌレくん」 

 歌姫から発された声は、男のひとの声だった。

 しかもわたしのよく知ったボイス。

 この声は本当? わたしの願望でも幻想でもなく現実?

「もしや高度な魔術を使ったのか? 時間障壁から帰還した後より、魔力が感じられん」

 歌姫は真っ赤な髪を掻き上げる。

 指を梳けば髪から赤さが抜け落ちていき、水晶色の輝きが溢れ出した。朦朧とした眼にもはっきり映る輝き。

 片手で真紅のドレスを脱ぎ捨てる。

 黒革の衣装が露わになった。

 わたしは目を凝らす。

 振り向いた顔には、薔薇の仮面ではなく黒い仮面。


「クワルツさん!」

   

 わたしの眼前に佇んでいたのは、クワルツさんだ。

 クワルツさんが生きていたんだ!

 もちろん生きてるって信じていた。でも目の前にいてくれると、指先や肺の底に巣食っていた不安が一気に抜ける。

「さて、ミヌレくん。良いニュースと悪いニュース、どっちから話せばいい?」

「良いニュースは見て分かります!」 

「然り」

 クワルツさんはわたしを抱きかかえ、床を蹴った。

 シャンデリアの上へと飛び乗る。


「月と踊る獣とは吾輩のこと! 怪盗クワルツ・ド・ロッシュ見参!」

   

 クワルツさんはシャンデリアを吊るす鎖を握りしめた。

「ミヌレくん。シャンデリアを落下させて、あの巨象に一撃食らわす」

「先生! シャンデリアが落ちます!」

 わたしは古代デゼル語で、先生へと注意する。

 それと同時に、クワルツさんはシャンデリアの鎖を引きちぎった。 

 落下していく水晶のシャンデリア。

 水晶飾りや、【光】の護符を、目まぐるしくまき散らす。

 まるで星を秘めた雫。

 まるで虹を封じた霙。

 なんて綺麗。

 散りながらきらきら輝く水晶の飾りは、クワルツさんの髪の輝きそのものだった。舞踏会の輝きも窓からの月明りもぜんぶぜんぶ、クワルツさんから放たれているみたい。

 真鍮の巨大なシャンデリアは槍のように、マンモスへと落下する。

 劈く絶叫が轟いた。

 わたしを抱きかかえたまま、クワルツさんはしなやかに床に着地する。

 すぐ傍らにはマダム・ペルル。シャンデリアが落ちたというのに、落ち着き払っていた。微笑みさえ浮かべている。

「お騒がせして申し訳ない、マダム」

「ほほほ。いいのよ、面白かったんだからいいじゃない」

 いや、けっこうな被害総額ですよ。

 シャンデリアひとつと窓ひとつ、ぶっ壊されちゃってるし。


「では吾輩はお暇させて頂こう! 絢爛の夜よ、ひとときの饗宴よ! いざ、さらば!」

 

 クワルツさんはわたしを庇いつつ、窓から飛び出した。

 極寒の夜がわたしたちを包む。

「待って下さい、先生がまだ……」

「シャンデリアの一撃で、窓際へと駆け寄っていた。すぐ追いかけてくる」

 クワルツさんは風より早く屋根を駆け、針葉樹の枝を発条にして跳び、高い高い塀を跳び越える。魔術で守られてないから、風が頬を打ち付けてくる。どきどきする疾走感だ。

 最初に出会った時も、こうやって抱えられて冬の夜を駆けていったんだ。

 あの時は困惑で脳みそいっぱいだったけど、今はクワルツさんがいる安心と興奮で胸がいっぱいだ。

「怪盗」

 おや、オニクス先生も追いついてきた。

 【飛翔】は、問答無用の直線距離だから早い。

「援護には感謝する」

「ハッハッハッ、ミヌレくんを助けるついでだ」

「ミヌレは私が抱えよう」

「あと少し進んでからにしてくれ」

 クワルツさんはことさら大きくジャンプして、苔生した地べたに着地した。そのまま地を駆けていく。

 先生も低空飛行に切り替えた。

「真っすぐ行くと、宿場街道に入る。もうしばらく逃走の痕跡をつけたら、西方向に吾輩ごと【飛翔】させてくれ」

 宿場街道に行くと思わせて、別方向に舵を切るのか。

「先生がやった『止め足』ですね」

 わたしを雪山に置き去りにした時、クラバットの血を使って誤誘導した逃げ方だ。

「あれは騙されましたからねえ」

 何故か先生が低く呻いていた。何故だ。

「どうした、何を案じている? サーベルタイガーの動きからして、そこまで俊敏ではあるまい?」

「ああ。スミロドンの攻撃力は脅威だが、速度は現存の猫科より劣る。それが絶滅理由だという仮説もあるからな。マンモスはさらに遅鈍だ」

 ふむ。舞踏会場って限られたバトルフィールドなら、強いタイプだな。速度は無いけど、攻撃特化と防御特化の絶滅ペア。

 オープンフィールドに移動したら、【飛翔】している先生と、魔法で体力筋力を強化してるクワルツさんには追い付けない。

 そういやあの舞踏会場、めちゃくちゃになったよね。絶滅ペアがテュルクワーズ猊下のお弟子さんなら、賢者連盟に弁償してもらえるんかな。

「賢者連盟に損害賠償請求する窓口って、ディアモンさんでしょうか?」

「元遊興庁長官は損害だと思ってないだろう」

 断言したのは先生だった。

「あの元遊興庁長官の主催するパーティだぞ。死人が出なければ御の字だ。豚の丸焼きの中に仕込んでおいた鳩が逃げ、宮廷のあちこちに巣を作って難儀したこともあった。噴水の勢いを増し過ぎて、中庭を水没させたのも知ってるぞ」

「ハッハッハッ、それは愉快な話だな」

 なんかやけにクワルツさんが楽しそうに笑っている。

 会場をめちゃくちゃにして、怪盗の流儀の反しないのかな?

 っていうか、クワルツさんはあのパーティに、歌姫のふりして忍び込んだんだよね。盗んでこなくてよかったのかな?

「薔薇の花びらで会場を埋め尽くした事もあったな。遭難者二人が、三日後に救出された」

「マダムは噂に違わぬな。それでよく遊興庁長官の役職を馘首されなかったものだ」

「うまくまとめる手腕があるからな。王宮の中庭を水没させたときは、宮中で小舟を持ってこさせて舟遊びに切り替えた。それにジョワイオー3世の一人娘だ。王族でないにしろ蔑ろにはできん」

「……はひ」

 待て、ジョワイオー3世の一人娘?

 ジョワイオー3世と公妾プレニットの娘が、クワルツさんの曾祖母のはずで……

 ふへっ? じゃあマダム・ペルルって、クワルツさんのひいおばあさま!

 クワルツさんはオプシディエンヌの糸で切り刻まれた後、ひいおばあさまを頼ったのか。なるほど。歌姫に化けていたのは怪盗として盗むものがあったわけじゃなくて、オプシディエンヌから身を隠すためなんだ。

「さて、悪いニュースの対策を取らねばな」

「ふえ? さっきの悪いニュースってジョークじゃないんですか」  

「ジョークだったらよかったが……」

 クワルツさんは一瞬だけ、口ごもった。

 なんか強烈に嫌な予感が伝わってくるんですけど?


「賢者連盟が敵に回った。ミヌレくんを殺すつもりだ」


「ふへぃ……?」

 わたしの呟きときたら、クワルツさんからのニュースに相応しくないほど間抜けた声だった。


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