SS2 異世界サニタリー事情
※生理ネタです 読み飛ばしても本編に支障はありません
空は澄み、秋風は穏やか。
秋の行楽にぴったりな日差しを浴びて、わたしは学院私有林の奥へと足を運んだ。
そこには誰も知らない陽だまりがある。
お気に入りの場所だ。
私有林のちょっと開けた場所に出る。
陽だまりの底、枯れ葉の中、漆黒の長躯が倒れていた。
オニクス先生だ。
いや、これは倒れているというより、寝っ転がっているんだな。
お昼寝か。
「………………きみはどこにでも現れるな」
先生は目を瞑ったまま、呟く。
「わたしのお気に入りの場所なんですよ」
「私は去年からお気に入りだった」
「じゃあお気に入りの場所がお揃いですね」
わたしが笑うと、オニクス先生は仏頂面になった。
この回答はお気に召さなかったらしい。
「私は独りになりたくて来ていたのだが………」
「ふふ。じゃあ別の場所探します。失礼します」
あの陽だまりがいちばん良かったのだが、先客がいるなら仕方ない。わたしは踵を返す。
編み物は好きじゃない。
だが、しかし、女にはどうしても編み物すべき時がある。
投げ出さないために編み物道具だけ持ってきた。
部屋にいると図鑑にいろいろ書き込んだり、集めた素材を眺めたりしちゃうんだもん。針仕事と編み物はお外に限る。
鉤編みに四苦八苦していると、先生がやってきた。昼寝タイム終了したんかな?
「試験も近いのに、編み物とは暢気だな」
「いやあ、生理用ナプキンが紛失しましてね。こっちも作っておかないとやばいんですよ」
わたしが編んでいるのは、生理用ナプキンだ。
股に充てるおむつみたいな部分と、両端にはわっか。これを衛生エプロンのクリップにつけるのである。
先生は難しい顔をしていた。
ん。ひょっとして生理のはなしが、はしたないって思われたのかな?
「紛失?」
先生が呟いた。
引っかかったのは、生理ナプキンが無くなったってところか。
「はい。淑女寮だと生理用ナプキンを、ぜんぶ洗濯メイドに渡すじゃないですか」
お嬢様たちは自分で洗わないからな。
わたしは自分で洗ってもいいんだけど、ダメって言われた。
生理用ナプキンを自作して、しかも他人に洗ってもらう世界って、逆じゃねーか。
メンタル的に抵抗感ある。
使い捨ての時代が早く来い。
「わたしのって使用人のものだと間違われるらしくて、たまに紛失するんですよねえ」
「たまにということは、複数回か。それは使用人からのやっかみではないか?」
「失態か悪意か知らんですけど、どのみち無くなっちゃったら作らんといかんのです」
「きみはあの女の不手際で、試験前の時間を浪費している。成績が保てないと在籍できない給費生に、こんな時間の無駄遣いさせるとは馬鹿げた話だ」
先生は隻眼を細めて、腕組みする。
あの女って、寮母さんのことか。
寮の使用人の監督責任はそりゃ寮母さんなんだけど、なんかやたら刺々しいな。
「いっそ買えばいいだろう。きみの懐には多少の余裕があるはずだ」
「売ってるんですか?」
「わたしが知っているのは、王城通りの香水店だな。電話で取り寄せも出来る」
買えるのかよ。しかも通販可。
さすが王都は最先端だな。
「その店の広告を持っている。取りに寄るといい」
「………………先生。なんで香水店の広告を持ってるんですか?」
「間違えて持ってきてしまった。姉妹店が紳士用化粧品店だからな」
淡々と返事してくれる。
「紳士用化粧品店って、何を売ってるんですか?」
「髭剃り用具と髭剃り石鹸」
そうか。先生は綺麗に髭を剃ってるからな。
紳士向きの石鹸とか、整髪料とか、紳士用オーデコロンとかって、紳士用化粧品の扱いなのか。
のこのこ部屋までついていくと、石版刷りの広告をくれた。
黒一色の商品カタログ。これがまたレトロでかわいい。この世界のひとたちには見慣れたものかもしれないけど、活字の滲み具合とかにわくわくする。
ラインナップも夢がある。
香水屋だからメインは香水。最近は花の優しい香りが人気なのか、花の名前が冠された香水ばかりが並んでいる。鈴蘭に薔薇、その隣にライラック、オスマンタス。季節が狂った花園みたい。
手袋用の香水もある。下ろしたての革手袋に、動物っぽい匂いが残っているとき使う香水だ。
それから白粉。「肌に優しい亜鉛華白粉」って、安全性をめっちゃ主張してある。あとは頬紅に口紅。
ちょっとした服飾小物も載っている。絹のストッキング、絹のガーターリボン。付けホクロのセット。
「生理用具は載ってませんね」
「当たり前だ。あらかさまに載せるわけがない。言えば注文を受け付けてくれる」
「……………どうして先生が知ってるんですか?」
「姉が注文していた」
淡々と返事してくれる。
ああ、そっか。以前、お姉さんがいるって言ってたな。
「電話室でひとのいないときに注文するように」
「何故ですか?」
「恥じらいを持たなくても構わんが、慎みは持つように。気まずくなる人間もいる」
「はい」
そうだな。男子に聞こえてたらセクハラになっちゃうかな。
先生が言うなら気を付けるか。
広告を片手に、本館の電話室に向かう。
本館一階の事務室横には、電話室があった。
日当たりのよい側には、仕切り付きの物書き机が並んでいる。
もともと手紙を書くための書簡室だったのを、電話室に改造したらしい。だから文字が書きやすいよう、窓が広く高く取られている。あと郵便箱もあるのだ。
電話してるひともいるけど、女の子ばっかだ。ならいいか。
最新技術である鉱石電話は、樫と真鍮で外箱が作られていた。喋るための送話口が箱の真ん中についてて、聞くための受信器が横から紐で下げられている。
横の受話器を取ると交換手が出たから、送話口へ電話番号を告げる。すぐ香水店に繋いでくれた。
この鉱石電話ってのは、声が聞き取りにくいんだよね。くぐもって聞こえる。この世界じゃ電話は発明されたばっかりで、これから洗練されていくんだろうけどさ。
「すみません! 生理用ナプキン! 注文したいんですが!」
わたしはハキハキした声で、生理用具を多めに注文する。
ちょうど新製品の販売促進しているそうで、木綿ナプキンをお試し価格で勧めてくれた。なんとこれは使い捨てタイプなのだ。旅行する貴婦人用に開発された商品らしい。
使い捨ての時代きてるじゃん、やったね!
「その使い捨てタイプも下さい!」
煩わしいことから、ひとつ解放された気分だ。
ふへへ、まさに自由よ。
先生からもらった広告。これがわたしに自由をひとつくれた。
自室に戻って、広告のしわを伸ばした。鍵付きの引き出しに入れる。
鍵付きの引き出しに相応しいのは、皮張りの聖書や秘密の恋文。それから貴重な宝石。だけどこの石刷りの広告は、聖書や恋文に匹敵するくらい大事だった。
ちなみにその後、使い捨て生理用ナプキンを使っていることを、寮母さんにやんわりと注意された。
何故かって?
生理用ナプキンを回収するのは、女生徒が妊娠していないかどうかのチェックなんだとよ。
だから使い捨てだろうと回収しなくちゃいけないらしい。
電話が発明されても、生理用ナプキンが使い捨ての時代が来ても、プライバシーは旧時代なのかよ……マジか…