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四章の終わりと、五章のはじまり


 あるいは夢魔の女王の戴冠と、賢者たちの終焉





 先生の【飛翔】によって、延々と砂漠を飛び続ける。

 誰とも会わない。

 砂漠遺跡の発掘団も、流浪の民も、見かけない。

 もしかしてすべて滅んでしまったんじゃ………

 世界鎮護の魔術師がいないと、ラーヴさまが目覚めたときに対処できない。わたしたちが不在中にラーヴさまが目覚めて、世界は、とっくに滅びているんじゃないか。

 あの占い婆が、世界最後の生き残りだったんじゃないか。

 空恐ろしい想像が、脳みそに巣食っていく。

「ミヌレ、海岸だ」

 顔を上げれば、水平線が見えてきた。

 真っ赤な砂と、真っ青な海。

「うわ、海です! わたし初めて見ました!」

「時間障壁の向こう側だの、千年前の砂漠だのに行っておいて、海はまだだったのか………」

「えへへ」

「逆に地元だから行かないということか」

「地球が地元……わたし、旅人みたいですね」

「旅人だろう。きみほど時空を旅した人間もそういるまい」

 言われてみればそうかもしれん。

 わたしは紺碧の海を見つめる。

 カラフェ湖も広大だったけど、海は匂いが違う。潮の気配が濃い。呼吸をしているだけで、海に融けてしまいそうだ。

 水平線の遥か彼方で、雲と海を繋ぐ銀色の糸が見えた。

 一瞬、蜃気楼みたいなものかと思ったけど、霊視モードにしても存在している。

「あれはなんですか?」

「海水の支柱だ。カリュブディスの産卵が終わったらしいな」

「あれが!」

 魔獣カリュブディスの産卵。

 カリュブディスたちが深海に卵を産み終わり、本来の住処である小惑星帯に帰っていく。

「もっと近くでみたいです」

 先生は大海原を【飛翔】して、銀色の糸を目指す。

 糸ほど細かった水の支柱は、近づくたびに太くなっていき、それはもう世界最大の滝よりでっかくなった。世界最大の滝ってどこか知らんけど。

 カリュブディスの姿が、水支柱の奥に見えた。

 雲より遥か高く噴き上がり支柱のなかを、無数のカリュブディスたちが泳いでいる。飛竜みたいな翼を広げて、彗星色の尾を翻し、巨体をくねらせ、星を目指すカリュブディスたち。

 なんて壮大なんだ。

 生命の奇蹟、宇宙の神秘だ。

「宇宙まで続いている水の支柱は、飛ぶための風の魔法を維持する壁だというのが通説だ。生きた化石とも言われるカリュブディスは、二億五千年前からああやって地球と小惑星帯を行き来してきたらしい。太古の時代から変わらん光景だ」

 宇宙に生息する魔獣は、ラーヴさまの地震で滅亡しなかったからな。

 まさに太古の生き証人。

「先生、もうちょっと近づけませんか……?」

「きみを甘やかしたいが、安静が最優先だ」

 厳しい口調で言い切られてしまった。

 たしかに本調子でないわたしを連れて、『星蜃気楼』みたいなことになったら困るだろうな。

「ミヌレ。カリュブディスの産卵は毎年ある。来年、また見れるだろう」

「…………はい」

 でも、そのときに、きっと先生はいない。

 オプシディエンヌと死出の旅に旅立ってしまっている。

 今この瞬間に、先生といっしょに見たかったな。

 そんな我儘は口に出せない。唇を結んで、先生に抱き着く。

 わたしたちは海岸沿いに戻り、さらに飛んでいった。

 水平線の向こうに、何隻のも帆船がある。

「先生! 帆船がありますよ、ほら!」

「あの旗印はバギエ公国の海軍だな」

 よかった。

 世界は滅びていない。まだ続いている。

「………ん?」

 隻眼が向けられた方向を見れば、青空に白い点。

 一瞬、カモメかと思ったけど違う。

 遠くから誰かが【飛翔】してきたのだ。

 わたしと同じくらいの女の子? 巻き毛のツインテールを揺らし、白いパラソルに腰かけて、真っ白いドレスを靡かせて、こっちに【飛翔】してくる。

 ドレスが可愛い!

 やたらと手の込んだドレープとプリーツで、ペプラムはレースの縁取り。紺色のリボンが胸元やスカートに飾られて、清楚さを保ったまま華やかなアクセントになっていた。

 でもスカートのかたちが、タイトかつボリュームたっぷりだ。

 流行りのベル型とは違ったシルエットに仕立てられている。ペプラムが後ろでたくし上げられていて、不思議なかたちだな。

 水平器付きゴーグルに、【飛翔】の呪符をつけていた。

 年齢はわたしと同じくらいか、少し上かな?


「ごきげんよう、一角獣の妖精さん!」


 誰だ?

 顔見知りっぽい対応だけど、クラスの女子にこんな子いた覚えはないぞ。いや、だいたいクラスの女子って、わたしが一角獣のライカンスロープ術を使えるの知らんはず。

 疑問が過った瞬間、彼女の腰かけているパラソルの房飾りが目に入った。

 さまざまな護符が編まれている。

 風雷を退けるターコイズの護符、炎を退けるガーネットの護符、石化などを防ぐオーソクレースの護符。

 そのなかのひとつに、珊瑚の護符があった。

 水難を防ぐ珊瑚の護符。

 あれはレトン監督生の異母妹、エランちゃんの護符だったはずだ。

 そうだ。そもそもわたしのことを妖精さんなんて呼ぶ女の子は、たったひとり。


「エランちゃん……」

「ふふっ、大正解!」


 ゴーグルを頭のてっぺんに上げる。

 レトン監督生にそっくりな顔。

 喋らなかったら、レトン監督生が健康的になって女装してるって勘違いする。


「うわあ、妖精さん縮んだ? エランの方が背が高くなったのは分かるけど、へんな感じ。あ、悪の魔法使いさんもご機嫌麗しゅう~」

「待って! エランちゃんいくつ? 今、何年っ!」

 エランちゃんは、三歳児だったのに。


「いまは聖暦1630年。幼芽月のついたちです。エランは十六歳になりました!」


 わたしより年上になっちゃったエランちゃんは、満面の笑みで言い放ってくれた。

「……戻る時空、ずれた」

「初めて使った時魔術で千年跳躍して、13年の誤差ならばむしろ上出来だ」

 先生はわたしの頭を撫でながらも、声は途方に暮れていた。

 もいっかい時魔術を使って、13年きちんと戻らなきゃ。

 そう思った瞬間、貧血みたいな感覚に襲われる。まだ魔力が回復しきってねぇ。

「顔色悪いよ。妖精さんと悪の魔法使いさんは、うちの別荘に来てよ」

「申し出はありがたく受けるが、その呼び名はなんだ…?」

「じゃあなんて呼べばいいの?」

 無邪気に聞いてくるエランちゃん。

「蛇蝎とでも呼べばいい」

「先生! 先生です、学院の教師ですから!」

「じゃあ先生と妖精さん。行くよ」

 エランちゃんはゴーグルを付け、パラソルに腰かけなおした。

 とんでもないスピードで飛んでいく。

 エランちゃん速度は出てるけど、レトン監督生と比べて荒いな。構築した後の展開が雑い。あれ着地できるのかな?

「妖精さん、メレンゲ食べる? フランボワーズのメレンゲ」

 小ぶりなガラス瓶をを差し出してくる。ガラス瓶には薔薇色のメレンゲが詰まっていた。アザランがキラキラ輝くメレンゲだ。

「ピクニック気分か?」

 吐かれた口ぶりは、皮肉がたっぷり塗られていた。

「助けにきてくれたエランちゃんに失礼じゃないですか」

「ほんとはアルケミラの雫の方がいいのは分かってるよ。でも自然治癒での回復がどのくらいかかるか、確認しておきたいんだよね?」

「無礼なことを言ってすまなかった」

 先生は謝罪する。

 回復率も結果観測のひとつだよな。

 メレンゲを食べる。

 先生の口にも、ひとつ押し込んでやる。

「お菓子って、瓶詰にすると美味しそうさが百倍だよね」

「あの、エランちゃん。すごく大事なこと聞くんですが」

「えー、未来のことはお喋り厳禁、因果律が狂うからダメって言ったの、妖精さんだよ」

「それでも聞きたいんです。そのドレスがこの時代の流行なんですか?」

「そうだよ」

「大事なのか」

 先生から突っ込まれた。

「当然じゃないですか! わたし、ライカンスロープ術者ですよ! あのドレスだと、ユニタウレ化したらぱっつんぱっつんになっちゃうじゃないですか。ドレスの流行って、最重要事項ですよ!」

 エランちゃんの着てるドレスのデザインは可愛い。

 一見、技巧に凝っているだけに見えがちだけど、リボンの大きさや位置のバランスにセンスが溢れている。位置と大きさがちょっとでも違ったら、とたんにけばけばしいだけのデザインになる。

 技巧をふんだんに使いながら、その豪華さより清楚さを印象付けていた。

 まさに芸術的ドレスだ。

 だけどこのボリュームたっぷりなタイト系が流行りだとしたら、一角半獣ユニタウレになるとみっともなくなるぞ。

「妖精さんって一角獣に変身するものね。スカートなら腰の後ろで、ボタン留めして紐で支えて襞を作ってるの。取れるよ。エランのもリボンの下にあるよ、ボタン」

「やったぁああ、ライカンスロープ使える!」

 叫んだ瞬間、貧血まがいの感覚に襲われた。視界が端から黒ずんで、白濁して、遠くなっていく。

 まずい。霊視がまた切れそう。

「おとなしく回復に専念したまえ。いっそ眠ってくれるとありがたいのだがな」

 優しい囁きと共に、抱き締められた。

 うん。早く回復しなきゃ。

   

 

 先生の望みを、叶えるために。


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