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SS1 先生は壁サー


 王立魔術学院スフェール。 


 伝統と格式ある名門校なので、教師たちもそれ相応の待遇が与えられている。

 住み込みの教師には、職員棟に書斎と居間付き寝室があてがわれていた。ちなみに職員棟なんて不愛想な名前を付けられているけど、ほんとはもっとロマンティックな名称が似合う煉瓦造りだ。 

 わたしは職員棟に入り、オニクス先生のお部屋を目指す。

 濃い夕焼けに染められた回廊は、わたしの足音だけだった。

 闇魔術が恐れられているせいか、それとも本人の性格が最悪だからなのか、オニクス先生のお部屋は回廊ひとつ分ほど離れている。本館から遠いけど静かだから、案外、本人が希望したのかもしれない。


「オニクス先生。生徒番号320、ミヌレ一年生です。入って宜しいですか?」

 

「入れ」


 オニクス先生のお部屋は、とっても素敵。

 そんじょそこらにはない骨や石や剥製たちが、これでもかってほど並んでいる。圧巻だ。

 特に奇形の角が生えている鹿の頭蓋骨が、わたしのお気に入り。

 でも肝心の先生がいない。

「先生。室内でも【幻影】使ってるんですか?」

「こっちだ」

 机の上には、大量の紙の束。その陰に、オニクス先生がいた。

 黒紐で綴じられているフルスキャップ紙が、山のように積み上げられていたのだ。これじゃ見つからない。

「なんですか? それ?」

「レポート採点作業だ」

 先生はレポートを読み始める。

 テスト制作とか採点とか会議とか、先生って生徒から見えない仕事って多いんだよなあ。どんな仕事でも、見えないところこそ肝要かもしれないけど。

「生徒番号320、何しに来た」

「先生宛の包みが、淑女寮の荷物に混ざってましたよ。寮母さんがお忙しそうでしたから、わたしが運んできました」

 わたしは【浮遊】で浮かした荷物を見せる。

 荷札には、重曹と酒石英って綴られていた。

 これってふくらし粉の材料に使うのが一般的だから、寮母さん宛てだと誰かが勘違いしたのかもしれない。重曹はパンとかふんわりさせて、酒石英はふんわり感をキープするのだ。

 先生は何に使うんだろ? 

 酒石英なら兎も角、重曹を使う魔術なんて知らないけど。

「その棚に置いてくれ」

 素っ気ない対応だ。こっちに視線を合わせもしない。

 棚に置けば、これでわたしの仕事が終わってしまった。

 もう少し長居したいな。なんか適当な言い訳してもうちょっと居座らせてもらおう。

 画策していると、先生がいきなりレポートを閉じた。

「なんで途中からマトンシチューの作り方になっているんだ」 

「マトンシチューでレポート水増し?」

「ああ。何故か年に一回はある、マトンシチューの水増し」

 先生は水増しレポートに再提出印を押す。 

「面倒になってきた。参考文献一覧に、私の著書が入ってないレポートは再提出させよう」

「横暴では?」

 思わず突っ込んでしまう。

「私の講義を取っているくせに、私の著書を参考文献にしてない生徒が悪い」

 真顔で言い切った。

 本を貸し出すという概念が図書館にない世界だぞ。それ言い出したら、書籍は強制購入じゃん。

「買うとなると、わたしみたいな給費生だったらつらいですよ」

「図書館には数冊入っている。記憶できなければ写本しろ」

 たしかに最悪その手段があるのか。

 でも。

「最大手だからって、自分の同人誌を読んでないひとを排除するのはちょっと頂けないです」

 正直な気持ちが口から出た。

 闇魔術がジャンルだとしたら、オニクス先生は壁サーだ。最大手だ。覇権だ。

「解釈違いは悪いことじゃありませんし」

「……なんとなく言わんとすることは理解した。だが仮説や解釈が違おうとも、先行研究に目を通しておくべきだろう」

 たしかに創作じゃなくて、研究だしな。

 先生が最高峰なら、否定するにも読むべきだろう。

「お手伝いさせてください。参考文献は一冊でも入っていればいいですか?」

「私の著書を知ってるのか?」

「まだ拝読はしてませんが、タイトルと概要だけは把握してます。『痴愚なる女神への賛歌』と『埋葬された道化師はかく語りけり』、『幻視譚、あるいは獅子の白昼夢』、『魔王神化論』」 

 オニクス先生の著書って、他の『獣属基礎論一』とか『時空間魔術の位相入門』と違って分かりやすいよな。タイトルセンスが際立ってるから。

「最後のは私のじゃない」

 ん? わたしの知識に不備があるわけ………

 しまった。『魔王神化論』はわたしが四年生の時に出版されるからな。まだ先の話だ。

「勘違いでした。すみません」 

 ぺこりと頭を下げる。

 先生は椅子を軋ませて、長すぎる足を組んだ。

「……監督生が不在だからな。雑用させてやろう」

 お手伝いさせてくれた。

 わたしが参考文献のページをチェックして、オニクス先生が査読する。

「先生の著書って……たとえば『道化師』とか、死んで墓に埋められている道化師の独白で、闇魔術を観測するための星智学が語られるじゃないですか。闇魔術って弾圧されていた歴史があるから、そういう物語り風というか、一見して魔術書だと分からないようにするのが伝統なんですか?」  

「否。私の筆が乗るからだ」

「なるほど。結局は同人誌ですからね」

 書きやすいように書くのが一番だな。

 レポートは大量にあるけど、わたしは参考文献一覧を確認するだけ。それほど時間もかからずに終わってしまった。

 これでお仕事終了。先生はレポートを読んで採点していく。

 真剣な横顔だ。

 レポートをいくつか読み終わったのか、先生は背筋を伸ばす。

 棚の戸を開くと、大きな硝子が姿を現した。ひょうたん形の硝子で、金網を纏っている。

「ガソジーンだ!」

 初めてお目にかかった。

 炭酸水製造機だ。これでレモネードとかソーダ割りとか作るのである。

 先生は水の魔術を唱えて、ひょうたんの下の部分に水を満たす。そして上の部分に重曹と酒石英を目分量で入れ、それからもう数滴だけ水をそそぎ、コックを閉める。

 化学反応でガスが生まれ、下の水に溶け込んでいく。

 おもしろいなあ。

 これは魔術じゃなくて化学だけど、こういうの眺めているのも好き。

「興味深いな」

 先生もガソジーンを眺めている。

 おんなじこと考えてるのか。なんか嬉しいな。 

 先生はグラスをひとつ出して、炭酸水を注ぎ、飲み干した。

 お代わりを注いで、机に戻る。


 ………えっ、ええ………おま、ちょ………………そこは、わたしにもお裾分けする流れじゃない?

 

「炭酸水飲みたいんですけど、わたしの分は無いんですか?」

 先生は別のグラスを出してきた。

「きみのグラスだ」

 差し出されたグラスは、めっちゃ厚底。

 いわゆる『偽善グラス』だった。

 客をもてなすと見せかけておいて、ちょっぴりしか飲み物を与えない。だから厚底のグラスは、偽善グラスって呼ばれる。

 つまりは「とっとと帰れ」である。

 ちぇっ。

 わたしは人工の炭酸水をそそぐ。

 作りたてのソーダからは、ぱちぱちとお星さまが弾けるような音がする。オニクス先生の姿を透かして、喉に流し込んだ。

 ほんのり苦い。

 重曹の分量が多いのか、それともここから立ち去るのが惜しいのか、わたしは分からないふりをした。


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