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第九話 (前編) ここは砂上の楼閣


 中央大法院の外廷には、装飾的な回廊がある。

 むかしむかしそのむかし、皇太子が高官や使節たちと謁見をした回廊だ。皇太子の席だっただけあって、風の通り道になっているから気持ちいい。

 そこに空飛ぶ絨毯を敷き、ふかふかの金糸銀糸クッションを集めて、数えきれないほどの花を飾ってある。

 状態はお昼寝向き。だけど状況はまったく昼寝向きじゃない。


「諸君、救われるべき諸君! いまこの時代にゼルヴァナ・アカラナが降臨された。されどいまだに幼き身ゆえ、私が神官として言葉を伝える!」


 オニクス先生の恵まれた美声が、大法院の外廷に轟いていた。

 大法院にゼルヴァナ・アカラナが降臨したと布告し、黄金門を開放したもんだから、外廷いっぱいに参詣者が集まっている。ターバン巻いたひとも、被衣のひとも、ひっきりなしに詰めかけてきた。

 ゼルヴァナ・アカラナって異端信仰だよな。

 なんでこんなに信者いるんや。いや、いてもいいけど、なんでこんなに集まってんだ?

 

「女王がまことの力を得るために、諸君らの祈りを寄こせ!」


 声を張り上げ、腕を振り上げて語るオニクス先生。

 普段は持て余し気味だった長い手足は、大舞台では水を得た魚。

 生き生きと演説する。

 学院の全校集会でうんともすんとも言わなかったくせに、よく舌が回ることで。

 こういう演説を教団でもしていて、ポンポンヌみたいな信奉者を作ってたんだろうな。そういや、女座長ポンポンヌ、結局、賢者連盟に捕まったのか?

 でも鎮護魔術師の現役と候補が消えたら、それどころじゃないかな~

 ひょっとしてオプシディエンヌの配下に組み込まれたかも。

 魔女が取り込んでいたら、それはそれで厄介だな。

 現代に戻ったらクワルツさん第一だけど、曲芸団クー・ドゥ・フードルがどうなったかも確認しておかなくちゃ。やることいっぱいありすぎて、ひとつふたつすっぽ抜けそう。


「祈りだ。一心の祈りだ! 不乱の祈りだ! 怒りも苦しみも憎しみも哀しみもすべてが祈り! 祈り祈りて祈ること、祈り果てたその先に、ゼルヴァナ・アカラナは真なる女王となりて永久を統べ、諸君の来世にまことの幸福を授けてくれるだろう!」

 

 オニクス先生は一通り演説ぶちかました後、時魔術を研究するためにさっさと図書館に引っ込んだ。

 残されたわたしは何するかって?


 見世物(フリーク)だよ!


 参詣っていう名の見世物だよ!

 曲芸団クー・ドゥ・フードルみたいに曲芸じゃなくて、姿かたちを披露する見世物!

 エクラン王国の王族だって、こんな完全見世物状態じゃねぇだろ。

 王族はプラティーヌしか知らんけど。


 そういや学院でのほほんしてた頃、エグマリヌ嬢から絶対王政時代を聞かされたことがあるな。

 エクラン王国がまだ絶対王政だったむかしむかし、王さまに王権はあったけど、人権は無かった。

 寝起きするところもごはん食べるところも、大勢の臣下たちに観られていた。それどころか臣下の意見をひとつでも多く聞けるように、玉座をトイレに改造してそのまま用を足していたそうな。

 王妃も似たり寄ったりな境遇で、出産まで貴族たちの視線に晒されていた。

 

 ……そうだな、考えてみれば、エクラン王国の昔の王族の方が嫌だな。


 わたしはひたすら参列者に拝まれているだけなので、まだプライバシーは犠牲してねぇからな。

 でも暇。

 心地よいお香が焚かれて、ジャスミンや薔薇が飾られて、おなかは果物でくちくなってる。もうこの状態、完全にお昼寝したくなってくるよね。

 だからって、あくびはおくびにも出せない。

 ヴェールは被ってるから分かんないだろうけど、参詣者さんたちに失礼だしな。

 参詣者の行列はまだまだ途切れない。

 っていうか、増えてるよ。

 これが壁サーだったらまだ同人誌がひとの手に渡っていく充実感とか、金銭の受領業務とかあるけど、わたしは優美に座っているだけがお仕事。

 献上された果実を、ちみちみ食って暇をつぶすのも限界だ。

 この暇さをどうしてくれよう。

 わたしは斜め横へと視線を移す。

「暇ですね」

「暇だよ」

 ロックさんも暇そう。

 わたしが神さまにクラスチェンジして、オニクス先生は悪の魔術師から悪の神官に、そんでもってロックさんの肩書も冒険者から近衛隊長にチェンジしていた。

 クラスチェンジなのかジョブチェンジなのか、そこは微妙な問題であるな。

 近衛隊長って言っても、装備は動きやすさ重視のままで、パッと見た限りあんまり変わっていない。

 ただ偉いひとだって分かりやすいように、銀のダガーに、ダマスカスの短剣、そしてオリハルコンの剣を下げている。

 ターバンとマントは地味なんだけど、キビシス織り。有角獣アマルテイアの毛を織り込んでいるから、猛毒無効と石化無効がついているのだ。

 物理的な最強装備じゃないけど、砂漠エリアじゃ最適装備だ。

 ブーツはマンティコア革製で、毛皮もついている。砂地で移動力アップである。

「こんなにじっとしてるなんて、おれ、学校以来かも」

「学校は授業があって楽しいじゃないですか」

「授業内容とかよりさ、じっとしてるのが嫌いなんだよね。姫さま守るのはいいんだけど」

 ロックさんからの呼び方は、「奥さん」から「姫さま」にチェンジしていた。

 呼び声に込められている感情は、出会った時の「嬢ちゃん」から一切変わってねぇけどな。

 そこがロックさんの付き合いやすいところである。相手の肩書を尊重はしているけど、あんまり気にしてないところ。

「マジで暇すぎ。暗殺者とか来ないかな」

「来たらわたしにください。ロックさんより暇なんですよ」

 帝国はゼルヴァナ・アカラナを邪教認定している。

 二万もの兵と精鋭部隊を殺したゼルヴァナ・アカラナに対して、次はどんな手を打ってくる気だ?

 あれだけの魔術を見せつけられた以上、次は、講和か、暗殺か。

 会議が踊ってんのかな。

「あげないよ。なんかあったら姫さまを守るの、おれの仕事でしょ」

「じゃあ複数きたら、わたしにひとり分けてくださいよ」

「ええ~、そんなん絶対、旦那に文句飛ばされるじゃん」

 たまのお喋りが息抜きである。

 わたしは囚われのお姫さまかッ!

 ああ、お絵描きしたい、勉強したい、呪符作りたい、冒険に出たい。 

 初日から退屈で爆発しそう。

 【飛翔】しようかと思っていた矢先に、宦官のシッカさんがやってきた。

 所作の優雅さが水際立っているから、遠くからでも目を引く。

 わたしに対して恭しく膝をつく。

「楽師らを揃えました。いと尊き姫君に、楽を献じる栄誉をお与えください」 

 わたしは全力で頷いた。

 やった、演奏会だ。

 シッカさんは気が利くな。

 これでちょっとはマシな気分になるぞ。

 独奏に声楽に演舞に曲芸、それから詩の朗読。手を替え品を替え芸術を供してくれたおかげで、わたしは日が暮れるまで退屈せず済んだ。

 ロックさんはすぐに飽きたみたいだったけど、わたしは異国の芸術を満喫できた。

 でも、ラピス・ラジュリさんや、あの楽師のおじいさんほどの腕前じゃない。

 おじいさん、元気かな?

 兵士たちが黄金門を閉じる。

 本日のゼルヴァナ・アカラナ業務は終了だ。





 わたしはロックさんと一緒に、大法院の奥へと下がった。

 大法院の奥は華やかなタイルに彩られている。 

 ここらへんはこの大法院が皇太子の宮殿だったころに、私的な空間として使われていた場所だ。ハーレムみたいな場所ね。

 その大広間には、美女がずらっと並んでいた。

 エクラン王国じゃお目にかかれないタイプの美人ばかり。ラピス・ラジュリさん系の美女が勢ぞろいしているもんだから、わたしの後ろで、ロックさんが無言で大興奮してやがる。

 奴隷宦官のシッカさんが進み出て、わたしの足元に跪いた。

「姫君。身の回りの世話をする女奴隷を揃えました。何なりとお申し付け下さい」

「……ぇぇ」

 楽師は嬉しいけど、奴隷は嫌だ。

 そもそも奴隷制度をやめてほしい。

 生理的に受け付けないんだよ。

 自由になればいいのだ。みんな、自由に。

 解放を。

 そう言いかけたわたしの喉を絞めたのは、脳裏に過る先生の眼差し。

  

 ――きみに奴隷の幸せを理解できるとは思えんがな――


 嘲笑いを含んだ囁きが、わたしの鼓膜に触れる。

 奴隷の幸せ、か。


「では湯あみを手伝ってください」

 

 沐浴の間とはまた別に。湯殿が仕立てられている。

 朝方に沐浴、夕方に湯あみ、それが身分の高いひとの習わしだそうだ。水を豊富に使えない貧しいひとも、朝夕の祈りの前に手足を清めるのが常識らしい。

 蒸し風呂に入る。砂漠の乾燥した世界では、優しい湿度が何よりの贅沢だ。

 モザイクタイルのベンチに腰を下ろし、ゆっくり休む。

 蹄の手入れが上手いひとを揃えたのか、ごつい爪鑢を使って整えてくれた。

 香油が滴る。

 ふわっと甘く漂う花の香り。

「これはジャスミンより軽やかですね。百合ほど青っぽくないし……?」

「レモンの花ですわ」

「そうなの? レモンの花ってレモンの香りじゃないのね」

 知らなかった。

 だってエクラン王国って、レモンとかオレンジは自生してないもの。

 エグマリヌ嬢のおうちにあるオランジェリーなら、花の香りも楽しめるかな?

 湯気に満ちる幸せな香り。

 わたしは心地よさを味わいながら、ここにいる美人たちを眺めた。

 どんな絵画のモデルにもなれそうな美貌で、幸せそうに微笑でいるけど、奴隷なんて不遇な立場だ。

 

「あなたたちは生まれ変わった先の世界は、どんな世界がいいでしょうか? 何になりたいんですか?」


 まずは幸せの定義の擦り合わせだ。

 幸福の条件は、ひとそれぞれだものな。


 わたしからの問いに、女奴隷たちの美貌が色めきだった。

「姫さま。平凡で平和でしたら、何も望みません。顔なんか男の子が嫌がらない程度でいいですし、奴隷を雇えないくらいでも借金が無い程度なら、もうそれだけで結構です」

「なんでも望めるなら、わたくしめは宝石になりたいですわ……高貴な方たちを飾りたい」

「わたくしめは借金で売られましたので……」

 お、奴隷の無い世界がいいのか?

「お金のない世界に生まれ変わりたいですわ」

 そこか。

 誰しもが、望みを語る。

 宝石への生まれ変わりを望んでも、貨幣の無い世界を望んでも、奴隷のない世界とは誰も言わなかった。

 彼女たちにとって貨幣制度より当たり前なのだろうか。

 それともわたしの前じゃ、本音を口にできなかったのだろうか。

 ひとり、望みを述べていない。

 いちばんスタイルが良い女奴隷だ。

 豊かに波打つ髪も黄金で、長いまつげも黄金。しかも双眸は、黄金と鬱金。無垢な黄金から彫りだした美女像みたい。

 たしか名前はザルリンドフトさんだったかな。

「ザルリンドフトさん、あなたの望みは?」 

「はい! ザルリンはぁ来世じゃなくってぇ、今生でぇ叶えたい望みがあるんですぅ」

 舌足らずな発音で、無邪気に微笑む。

 今生で叶えたいこと。

 前向きで景気がいいな。

「何でしょうか?」

「蛇の閣下のぉ側室になりたいですぅ!」

「……ァアん?」

 側室?

 オニクス先生の側室だと?

 一瞬、この女、わたしに対して何を抜かしているんだ?

 いや、そうか、この世界では、一夫多妻が常識なのだ。

 まずは落ち着け、落ち着こうか。

 自分から問いかけておいて、答えが気に食わないからと、癇癪を起す人間にはなりたくない。最低じゃん。

 よし落ち着いたぞ、落ち着いてないかもしれないけど。

 わたしは自分の濡れた髪を梳き、顔を隠す。

 そうしなければ感情が漏れてしまいそうだった。

「……それは叶わないですけど、あなたが、いつか素晴らしいひとに嫁げるように願いますよ」 

 わたしは辛うじて呟く。

「それじゃだめなんですぅ。ザルリンは姫さまと閣下にぃお仕えしたいんですよぅ。ザルリンが側室になったらぁ、おふたりがいつも幸せになれるようお仕えしますぅ」


 倫理観が相容れねぇな! 



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