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第五話 (前編)  金銀真砂のアイテムたち


 昼も下がりに下がって、日差しも爛れてきた隊商宿。

 ひとっ風呂あびて回廊をぶらぶらしてると、中庭が騒がしかった。

 砂嵐が去ったから、またキャラバンが入ってきたのかな。どんなキャラバンさんだろ?

 回廊から身を乗り出すと、中庭にたくさんの駱駝がみっりちり入ってきていた。

 駱駝たちは、ヴァアアア~、ォヴェアァアア~って鳴いていた。なんとなくわたしも、ォッオヴェ~って鳴き真似してみる。ゥオエエッェエエ~

 駱駝色のなかに、黒い背高のっぽが混ざる。

 おや、オニクス先生だ。中庭にまで出るとは珍しい。ダンジョンから帰還してから、ずっと魔術を開発に没頭していたからな。

 わたしは抱えていた被衣を被り、中庭にのこのこ出ていった。

 先生は商人さんとお話している。

 わたしに気づいて愛想笑いを浮かべた。

「これが私の妻だ」

「妻です」

 臆面もない嘘が板についてきたな。

「娶ったばかりの可愛い妻に贈れるものがあれば、どうか見せてもらいたい」

 先生が愛妻家ぶりっこする。

 呪符の素材探しだが、贈り物というお題目なら誰も疑問に思わない。わたしからしたら見え透いた嘘だけど、周囲のひとたちに疑う理由はないもの。

 高価な品を扱う商人さんが、マンティコア殺しの英雄のために、特別に厳重に封した積み荷を開いてくれた。

 隊商宿の中庭が、たちまちアイテムショップに大変身。

 しかも超絶レアオンリー!

 輝きに圧倒されそう。

 午後の日差しに照らされて金銀に輝いているのは、鼈甲で作られた櫛やビーズや帆船模型、コーパル樹脂、真珠貝の貝殻、それから珊瑚のビーズたち。

 珊瑚は彩り豊かだ。ミルクと薔薇色のマーブルに、黄色と桃色のちょうど中間みたいな色、真紅に漆黒に純白。青い海の底に、こんな彩りが隠れているなんて浪漫だな。

 異国情緒たっぷりな宝石や雑貨は、ちょっとした美術展。

 展示会名を付けるなら『ダリヤーイェ・ヌール朝宝飾展 砂漠の美、悠久の旅』って感じ。

 これ、全部わたしの魔法空間で、フルカラーでアートワークブックになってほしい! どうして砂漠エリアは、攻略本に掲載されてないの? 可及的速やかにアートワーク第二弾を出してくれ。どこに課金したらいいか分からんけど! 出版元わたしだから、わたしに課金すればいいの?

 でも書籍化したところで、貴金属のひんやりとした重たさや、光の加減で変化する艶めきは実感できないんだよね。

 建築とかアイテムとかは、やっぱ三次元が至高!

 わたしは鼈甲の櫛を手に取る。

 これは特に綺麗な飴色。 

 ディアモンさんの持っていた櫛にそっくりだ。

「それが気に入ったのか?」

 先生が優しく声をかけてくれた。

 愛妻家ぶりっこしてるだけなのに、優しくされると鼓動が高鳴る。

 あんまり堂に入った演技はやめてほしい。わたしの恋心は単純なんだから。

 鼈甲の櫛を買う。

「でも、先生。鼈甲って何に使うんですか? 獣属性にしか使わないですよね。あ、魔術インクにでも加工するんですか?」

 小声のジスマン語で問う。

「きみが朝な夕なに使えばいいだろう」

「ふえっ? いいんですか?」 

 そこまで夫婦ごっこしなくてもいいのに。

 また嬉しくなってきてしまった。

 自分の単純さに少し呆れる。

「どうせなら手鏡も買うといい」

「ありがとうございます……うわ、鏡が重い!」

 ずしっときた。

「昔の鏡は金属の塊だ」

「えっ、そうなんですか?」

「この時代の鏡とは、金属の板を金剛砂で磨いたものだからな。私たちの時代で一般的な鍍錫式の鏡、軽いが割れてしまう鏡が発明されたのは、1300年代のバギエ公国だ。それを発展させて、大鏡を製造できるよう技術を改良したのが1500年代のエクラン王国。鏡が割れるようになってから、まだ百年そこそこだ」

「お詳しいですね」

「詳しくない。聞きかじった雑学だ。正確な年式と発明者の名前も知らんぞ」

「先生が詳しいって言えるのは、どのレベルですか?」

「論文が書ける」

 即答しやがった。

「レベルが高いな……」

「何を言ってる? レベルが高いというのは、その論文を査読できるようになってからだ」

 査読。

 その分野の専門家が、論文を評価したり検証したりすることである。

 先生が闇魔術分野の査読者だからな。

「とにかく稚拙でも構わん。ひとつでも論文を書けねばな。詳しいと口に出せる最低限はここだろう」

「レベル高ぇな……」

 もういっぺん同じこと、杜撰な口調で言ってしまう。

 わたしの杜撰さに気づかないのかスルーしているのか分かんないけど、先生は手鏡を見比べていた。

「きみの手のひらなら、このサイズだろう」

 そう言いながら、先生は小さな小さな手鏡を指さす。

 シンプルというか、ちょっと無骨な縁取り。エクラン王国の紳士物の鏡っぽいな。古びているけど、物は良いから古び方にはアンティーク的な風情がある。旅のお供にはちょうどいいサイズだ。

 先生が手鏡を手に取った瞬間、顔が強張った。

「鍍錫式の鏡だ」

 え?

 聖暦1300年代に西大陸で発明された技法が、聖暦600年代の砂漠にあるの?

「あの精霊遣いの私物だな」

 裏側を向けると、そこには大粒のダイヤモンド。

 砂漠の日差しを孕んで、地上の星めいて煌めき、虹の色彩を放つ。

 呪符だ。

 この輝き方は記憶にある。ディアモンさんや、キュイヴル騎士団長が持っていた。

「これは賢者連盟に属する高位魔術師しか持っていない。術式非公開だからな。星智学のご老体と通信するための呪符だ」

「ではブッソール猊下は、間違いなく砂漠のどこかに」

 先生は重々しく頷く。

「……この鏡は、いつ、どこで、手に入れたものだ?」

 真剣な口調で、行商に問う。

「ええ、珍しい研磨の石ですが、どこの研磨工房かは突き止められなかったんです。仕入れたのは、帝都街道の宿場町の古物商からですから」

 行商さんはすらすらと答える。

 研磨で目を引いたって思われたのか。

 ブリリアントカットは、この時代、まだ発明されてないのかな?

「手に入れたのは、去年の今頃ですよ。見事な研磨の石が裏についているし軽いから、中にオリハルコンが仕込まれているんでしょう。世にも珍しい逸品ですから、英雄の奥方にふさわしい。いかがでしょうか」

 もちろん買う。

 鼈甲の櫛と、軽い鏡。それ以外にも、魔術の素材になりそうな珊瑚ビーズや真珠貝も、いくつか手に入れる。

 アイテムを購入です。ちゃりんちゃりん。




 買い物を堪能してから、キャラバンのひとたちと豪勢な夕餉を囲み、わたしたちは部屋に戻った。

 さっそく備え付けの机に古びた鏡を置き、新しい鼈甲の櫛で髪を梳く。

 手鏡にわたしを映す。

 ブッソール猊下と合流できれば、もっと時魔術の研究が進みそうだな。出来ればの話だけど。

 だけど見つからなかったら?

 デットラインまでに見つからなかったら、ブッソール猊下を過去に置き去りにするんだろうか?

「いっそブッソール猊下探しに尽力しますか?」

 帝都街道って手がかりが出来たし。

 そこを起点にして聞き込みするとか、冒険者を雇って探してもらうとか。

「博打過ぎる。ついでの聞き込みならやる価値はあるが、そこに集中する気はない。そもそも今現在、この帝国の版図にいるかも不明だ」

「そうですね。砂漠でお亡くなりになってるかもしれませんし」

 ロックさんに再会できたのだって奇蹟だ。

 この小さな手鏡が古物商に流れついたのは、ブッソール猊下がお亡くなりになったからかもしれない。

「いや、死亡だけは絶対ありえん。あれは金星の単騎突入、および長期滞在記録保持者だ。1009日の単身滞在記録は、まず人類では破れん。たとえ砂漠に三年彷徨ったところで死ぬわけがない」

「そのスペック、ほんとに人類なんですか?」

「時間障壁を突破した魔術師の台詞か?」

「あれは竜のお方に、お力添え頂いたお陰ですよ」

「とはいえまったくの魔力無しでは、そこまで飛べんぞ。きみも人類のスペックではない」

 そうなのか。

 そういえばそうだったな。魔力無限はおかしいもんな。

「ミヌレ、魔術インクを作りたい。真珠貝を乳鉢で擂ってくれ」

「ういうい」

 魔術インクってことは、符作りだ。呪符かな、護符かな、もしかして新魔術開発かな?

 真珠貝をずりずりと擂っていく。

 わたしが頑張って擦った真珠貝の粉を、先生が純水に入れる。さらさらっと輝く水を、くるくるっとかき回して、クリス・ダガーの先端に水を滴らせ、黒珊瑚に呪文を書いていった。

 緊張する時間だ。

 わたしは息を潜めて固まる。

「よし、ミヌレ。発動実験を手伝ってくれ」

「もちろんです!」

 まさかもう時魔術が、発動実験まで出来るレベルに?

 さすがだ。元闇の教団の副総帥で人体実験による屍の山を積み重ね、賢者連盟で発動実験のモルモットにされていたひとは、段違いだな~

「あの櫛を、【飛翔】させてくれ」

「はい?」

 指さされたのは、買ったばかりの鼈甲の櫛だった。わたしは呪文を唱える。

 次いで先生が詠唱をかける。

「我は汝に膝折るゆえに、呪を紡ぐ」

 ん? この出だしは闇魔術だな。

「汝こそ飢えたる星の屍、螺旋の底に沈みて潜む影。渇きを癒さんがため、魔を啜りて喰らえ【破魔】」

 わたしの【飛翔】は普通に発動した。

 先生の魔術は不発だ。

 不全呪文のせいで、黒珊瑚が内側からひび割れてしまっている。

「駄目か。やれそうだったから構築してみたが、術式構築まで至っても展開が出来んな。展開式が不全だったな………いや、魔術インクは海水の方が適してるかもしれん」

 考え込む先生。

「………時魔術は?」

「時魔術か。あれは基礎が足りなさすぎる。陪都ダマスクスまで辿り着かんと取っ掛かりがない。これはそれまでの手すさびだ」

 しれっと語る。

 公式から新刊情報が出たから、刊行されるまでメインジャンルの原稿ストップして、他ジャンルでP100オーパーの突発オフセ本を作るタイプかよ!

 それはそれで凄いですけど、メインジャンル同人誌が脱稿したのかと思っちゃったから、少しばかり……いや、すごく落胆した。

 しょぼん。

「ミヌレ。きみを未来に連れていく。その約束は、忘れていないぞ」

「……いえ、しょんぼりしてすみません。本格的な研究は、陪都ダマスクスに入ってからですものね」

 勝手に期待して落胆するなんて、みっともない。

 魔術の新規開発なんて、いくら先生でも簡単な事じゃないもの。

 わたしは頑張って笑顔を作る。

 あっ、でも見破られちゃうかも。わたしって顔に出やすいから。

 よし。

 わたしは先生に抱き着いた。これなら顔を見られないぞ。

「信じてますよ」

「ミヌレ…」

 

「お客さま~、失礼します~、ご注文の品をご用意致しました~」

 

 隊商宿のおばちゃんが、色々と持ってきてくれた。

 ほんとは旧都で揃えようとしていた旅道具一式である。これでやっと旅支度が整う。

「奥さまの肌着の仕立ては、これでよかったかしら~? 確認してちょうだい~。大変ね~、裁縫道具もなくすなんて~」

 仕立ててもらった肌着のサイズを確認する。

 他にも旅の道具が揃っている。

 ほくち箱と、携帯ランプと、灯り用の油。灯りは先生が【光】の護符を持っているから要らないんだけど、用意してもらったしありがたく受け取っておく。この真鍮の携帯ランプ、凝った彫金が施されていてかっこいいし。

 野営用の毛布と絨毯。真新しい上に、赤と黒の染料がたっぷりと使ってある上等なものだった。これを詰める布団袋まで、鮮やかな赤と黒だ。

 水牛の革水筒。水漏れも臭みもない。

 それから裁縫セット。ハサミと針入れは、厚手の布をくるっと巻いて収納するタイプ。糸もたっぷり付けてくれた。

 ああ! 模写したい!

 レアアイテムも素敵だった。でもこういう異文化日用品にも、こころにぐっとくる。宝石は美術館だけど、今度は博物館だな。

 いろんなアイテム見れて、気分はお花畑。

 こころが充足していく。

「んで、こっちが軟膏と湿布と包帯~。こっちの包みが携帯食料ね~、干し肉と~、干しナツメヤシ。奥さんの好きな白桑の実も、たっぷりご用意しときましたからね~」

「やった!」

「あとはこれ、最高級の香油。ご注文通りジャスミンですよ~」

 ふへ?

 先生がわざわざ注文したってことは、魔術インクに使うのかな?

 聞こうと思ったけど、先生が道具をひとつひとつ丁寧にチェックしている。

 黙っていると確認し終わった。

「問題ないな。明日の早朝、いや、夜明け前には発とう。一刻も早くダマスカスに辿りかねばな」

「ういうい」

 明日で宿を引き払う。

 中庭の手洗い場にいるマンティコアの石像ともお別れか。あの石像、見慣れたら、ちょっとお茶目な顔してるよね。

 わたしたちは早々にお布団に入る。

 先生の腕の中はあったかくて、幸せで、わたしはすぐ寝入ってしまった。  


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