表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/502

第四話 (中編) 砂嵐のランダムネス・ダンジョン




 先生は肌着に袖を通し、ターバンを巻き、衣を着て帯を締める。帯にクリス・ダガーと帯飾りを差し、百足の籠手を付け、ジャボットピンを襟元に飾る。羽織った長衣に、御影石のブローチを留めた。

 壊れかけたワタリガラスの仮面をつけ、蜥蜴の杖を持つ。

 うん、かっこいいな。

「完全装備ですね」

「なにがあるか分からんからな。また宿を引き払うはめになるかもしれん」

 【光】の護符まで懐に入れる。

 たしかに。わたしも小銭とかハンカチくらい持っていくか。

 わたしが被衣を着終わると、先生にむぎゅっと抱き抱えられる。

 窓から【飛翔】した。

 砂嵐のせいでみんな窓塞いでいるから、飛んでるところは見られないだろう。

 渦巻き状に荒れ狂う砂嵐を目指していく。

「きみは『星蜃気楼』に関して、どれほど知っている?」

「西大陸のダンジョンの名前を挙げろって設問なら回答できますが、特徴を書けと問われたら解答欄は空白ですよ。ブッソール猊下がバギエ公国で発見したって、ロックさんに聞いたくらいです」 

「では昔話からしよう」

 超絶イケボ昔語りがはじまった。

「バギエ公国の伝承で、蜃気楼の如く唐突に現れる塔があった。ある時は谷底に、ある時は湖に、またある時は雲間の果てに。それがただの幻想ではないのは、ときおり人が迷い込み宝を持ち帰ってくるからだ。とはいえ持ち帰った宝が本物なのか、まったく眉唾だったらしい。あの精霊遣いが発見するまでは」

 ブッソール猊下。

 精霊遣いにして、考古学者、そして最強の冒険者。

「伝承に過ぎなかった遺跡の出現位置予測をして、存在を証明、長期プロジェクトを立案。冒険者ギルドと賢者連盟共同の元、発掘調査を率いたのがあの精霊遣いだ」

 かっこいい!

 伝承が真実だと証明して、プロジェクトリーダーとしてフィールドワーク!

 学者としても冒険者としても華じゃん。

 そういや賢者連盟の賢者なんだから、そのくらいの功績があるのか。

「内部調査の報告書を目にしたことがある。古代エノク文字が彫られているから、造られたのはアトランティス時代だと推定されているな。仮想惑星の天文台、あるいはエーテリック領域を観測するための潜水艇だったという、このふたつの仮説が最有力だ」

「どっちも浪漫があって選び難いですね」

 ひとの眼には見えない星を探す天文台、あるいは精霊の領域へ沈む潜水艇。

 胸がわくわくする。

 まだ遺跡まで距離があるけど、赭と黅が入り交ざった砂嵐が視界を閉ざしてきた。

 【飛翔】は風の加護に包まれている状態だから多少マシだけど、やっぱり移動魔術だからな。防御魔術と違って、完全には防げない。

「先生、砂とか鼻に入ったりしませんか?」

 わたしは被衣を着てるから防げるけどさ。 

「きみのスカーフを貸してくれ」

 スカーフを貸せば、先生は鼻と口許を覆った。盗賊か馬賊みたいだな。

 砂嵐の奥へ奥へと進む。

 荒れ狂う中心に、塔っぽい影ひとつ。

「すごい、初見のダンジョンですよ!」

 そりゃ何度もクリアした『図書迷宮』も『湖底神殿』も、視ると行くとじゃ雲泥の差。

 だけど初見のダンジョンってのは、こころが躍る。 

「ずっと愛していたゲームに、大型アプデがきた気分ですよ! 中にいるモンスターも、お宝も、攻略本に載ってないんですよ! うひょひょひょ」

「きみはたまに分からんことを言う」

 よく聞く言葉だったけど、口調は妙に優しい。

「中に入れますか?」

「ダンジョン探索用の装備を整えていないのに、踏み入ったりしないぞ」

 優しさに付け込んでみたが、そこまで甘くなかった。

 先生の言い分も分かる。

 初見殺しの魔獣がいたらヤバい。永久回廊の『魂を毀すもの』なんて見た目は小さいけど、即ゲームオーバーの超弩級危険モンスターだしな。

「精霊遣いが調査した時は、外壁が大破している箇所から入ったそうだ。そこあたりから内部を覗けるかもしれん」

「やったね!」

 お喋りしていたその僅かな間に、『星蜃気楼』が目の前に迫る。

 これが流浪の遺跡『星蜃気楼』か。

 かたちは塔っぽいんだけど、外壁には螺旋階段が巻き付いている。継ぎ目が無いせいと真珠っぽい光沢のせいか、巨大な巻貝って印象を受けた。

 砂嵐に吹き付けられながら、ぐるぅり一周する。

 ん?

 どこも壊れてないぞ。

 ぜんぶぴかぴかで、亀裂どころかヒビひとつない。

「……破壊箇所が無い。この時代にはまだ外壁は無事だったのか!」

 砂嵐のなか、真珠じみた表面が煌めく。

 表面に模様がついてる……?

「あれは神聖文字か!」

「螺鈿みたいですね。綺麗……」

 真珠光沢の表面にみっしりと刻み込まれていたのは、神が使っていたと伝えられている神聖文字。『図書迷宮』のエメラルド牌や、『永久回廊』の回廊にも刻まれていた文字だ。

 ただの一度も同じかたちが出現せず、模様の如く綴られる文字。

「神聖文字まで刻まれていたのか」

「大発見ですね!」

「これを照合すれば、天文台だったのか潜水艇だったのか判別できるかもしれん」

 オニクス先生は勢い込んで近づいたけど、砂嵐がさらに激しくなった。

 【飛翔】が安定しない。

 先生は【飛翔】の熟練者なのに、ここまで安定しないって、相当な砂嵐だな。

 わたしは霊視モードで、外壁を視る。

 うむ。特に何かいるわけじゃないな。

 オニクス先生は、外壁の螺旋階段にゆっくりと着地する。

「………ッ!」

 着地の瞬間、先生が強張った。

「どうなさいました?」

「踵に何かくっついた感覚がある」

「ほへっ?」

 わたしは霊視モードに切り替える。

 なにかいる。半透明で、微かに青白くて、ゲル状に蠢く何かが、先生の足元にへばりついていた。

 いつの間に出現したんだ?

「ジュレみたいなものがいます! さっきまでいなかったのに」

「調査報告書にはなかった存在だな」

 先生は足を上げる。

 事も無げに階段を登った。 

「動けるんですか?」

 ぶよぶよしているジュレは、獲物に粘着して喰らうんじゃないのか。焦った。

 先生の足は、融けたり焼けたりしないみたいだ。

 良かった、ほっとした。

「ああ、移動できる。が、魔術が、使えん」 

 ほっとした瞬間にいきなり刺さってきた事実を咀嚼して、嚥下して、もいっかい反芻する。

 魔術が使えない?



 は? この状況で、唐突に、魔術無し?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ